75.悪役令嬢の専属侍女
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※前半はルイス視点です。
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは14歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
弔問団の出発式で、エリーはメアリー百合妃と本当に楽しそうだった。
俺の騎士団の仲間達と似たような関係なのだろう。
だったら、水入らずにしてやるべきだ。
メアリー百合妃との時間は、残り30分もない。
終わったら、その分を取り戻せばいいだけだ。
それよりも俺は、アルトゥールの様子を観察していた。
今朝の謝罪は相手に押し付ける、自己満足型のよくあるタイプだ。
エリーを気にしてはいるものの、俺の“助言”には素直に従い、適切な距離も取っていた。
俺は心中、クレーオス先生の技量に改めて感服していた。
昨日のクレーオス先生による、“矯正処分”にエリーは立ち会わなくて、本当に正解だった。
俺が思っていたよりもずっと、エリーに対しての執着が根深かったためだ。
ある種の催眠状態、つまり無意識な言葉で、それはよくわかった。
「ぼくは、ぼくは、リーザを、探して、探して、こなきゃ、いけないんだ……」
「それは何のために?」
「リーザを、リーザみたいな存在を、探して、探して、探さないといけないんだよ……」
「なぜ、探さなければならない?」
「お母様に命じられた……。
いや、それより、ずっと、前から……。
そう、最初に、会った、時からだ…。
白詰草の、花の上にいたんだよ……。
『ほら、あの女の子、なんて可愛いらしいんでしょう。
あなたにぴったりの、素晴らしい子なのよ。
お花で何か、作ってあげてきなさい』
って、教えて、くださった…。
それから、ずっと、ぼくは、リーザを、探して、側に、居続けたんだ……」
「お母様が、言ったから、探し続けているのか?」
「そうだよ。お母様が、言ったから……。
ぼくも、そう、思う……。
リーザは、とっても、素晴らしい……。
お母様が話してた…。
王国で、10年に1人、出るか出ないかの、素晴らしい、女の子なんだって……。
ぼくの、お嫁さんだもの…。
才能豊かで、努力家で、ぼくを、とっても、愛してくれてる……。
本当なんだよ。
そう、あの時計の、ピンクダイヤモンド、みたいなんだ……。
滅多に、見つからない、宝物の、女の子…。
リーザは、ぼくの、モノなんだ……」
幸せそうに微笑み、ずっとこの調子だったアルトゥールに、クレーオス先生は、実に粘り強かった。
エリーがモノでないこと、もう他の人のお嫁さんだと、苦しみ抵抗するアルトゥールに、言い聞かせ続ける。
最終的に受け入れた時、アルトゥールの顔は、涙と鼻水とよだれで、ぐちゃぐちゃだった。
「そうなんだ……。もう、ぼくの、リーザじゃ、ないんだ……。
ぼくの、お嫁さんは、ソフィアと、メアリー、なんだね……」
こう誘導して、さらに強く上書きし、念のための、“トラップ”さえ、仕込んだ技術は専門家によるものだった。
終わった時は、クレーオス先生も、かなり消耗していらしたが、確実な手ごたえは感じていた。
「もしも暗示が解けても、姫君には迷惑はかからないじゃろう。お二人ともご内聞に願いまする」
俺とウォルフ団長に、丁寧に頭を下げられた。
それもあってか、クレーオス先生は、弔問団の出発式にはお見えにならなかった。
俺経由で、大使に分厚い封筒を預けたのみだ。
おそらくは、ラッセル公爵と国王陛下への報告書なのだろう。
俺はエリーの隣りで、弔問団の馬車列を見送る。
アルトゥールはもう二度とやってくるな、と強く念じていた。
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【エリザベス視点】
これからどうするべきか。
私は悩んでいた。
エヴルーにもう、1ヶ月近く帰れていない。
無性に帰りたい。癒されたい。
でも体調もある。皇妃陛下のご出産も間近だ。
相談相手のルイスは、クレーオス先生の意見を最優先すべきだとの意見だ。
「その前にも全治2週間の怪我をしてる。
その治りかけで、“例の件”も心身に負担がかかった。
心ももちろんだが、身体だってすさまじく硬直してたんだぞ。
その唇の傷ができた時だって、俺が口を開けさせようとしてもダメだった。
続くようなら、いっそのこと、顎を外そうかと思ったくらいだ」
「顎を?!」
私は思わず、両手で両頬を覆う。
いくら何でも、と、ちょっとだけ思ってしまう。
傷は順調に回復している。クレーオス先生のおかげだ。
「大丈夫。入れるのは慣れてる。体術の訓練でたまに外すヤツもいるんだ」
「大丈夫じゃないわ。少なくとも私は嫌だもの」
ルイスの青い瞳が、真剣さを帯びる。私の頬に手を伸ばし優しく撫でてくれる。
つい、その大きな手の優しい手触りにうっとりとなりそうだ。
「それくらいの食いしばりようだったんだ。
そうだ。マーサにはきちんと礼を言ったか?
マーサがクレーオス先生を呼びに行ってくれたんだ」
「……きちんと伝えたわ。命の恩人だもの。
でもお礼をしようとすると、『お仕えする者としては当たり前でございます。私をそのような者とお思いですか』って言われて、できてないの……」
私は肩を落とし気味に答える。
マーサに何かしてあげたい。
でも、すると、マーサの自尊心を傷つけることになるのだ。
とても難しい。
多少、気持ちはわかるだけに、難しい。
「マーサは南部の出身で、給与の一部を毎月、南部の復興基金に寄附し続けているだろう?
最悪そこへの寄附にするか」
「それはそれで喜ぶと思うけど、マーサに対してではないわ」
マーサは20数年前の紛争時、家屋敷も焼かれ、領地も焦土となり、父や兄も戦死した。
命からがら、母と二人、帝都方面に避難してきた際、天使の聖女修道院の院長様に救われた。その時、母娘共に髪を切り、男性と少年に変装していたという。
修道院でお母さまと出会い、“心酔”しなかった事もあり、院長様の勧めで、まずは侍女見習いとなった。
男爵令嬢として下地があったマーサはすぐに侍女へと昇格し、王国への外交団参加の際は、志願して専属侍女として同行し、結婚後にはラッセル公爵家でお母さまに仕えた。
私が生まれる前に帝国に帰国した理由は、お母さまの命令だった。
たった一人残された家族であり、シスターとなっていた母の重い病気の知らせが、修道院より届いたのだ。
お母さまは悩むマーサに、『治ったらまた一緒にいてほしい』と送り出した。
そして自分の母とお母さまが、相次いで亡くなった後、マーサはお母さまの娘である私が継承した、エヴルー伯爵家に仕え続けた。
複雑な事情を抱えてはいるが、マーサはエヴルー公爵家随一と言っていい忠義者だ。
なんとかその心に報いたかった。
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「失礼します」
そのマーサが、ちょうどハーブティーを入れて持ってきてくれた。
冷ましても美味しいタイプで、ルイスとの“あの出会い”の時の進化形だ。
給仕は専属侍女の仕事ではないのだが、マーサは私の世話は、可能な限り自分でする。
もちろん毒味役もだ。
私たちに、ハーブティーと蜂蜜、カットフルーツを給仕し、壁際に控えようとしたマーサに、ルイスが呼びかける。
「マーサ。ちょっと話があるんだ。座ってもらえるか?」
「はい、旦那様」
マーサは悪遠慮せず、示された場所に着席する。
別家ではほぼないが、これも“エヴルー家風”であった。
「マーサ。クレーオス先生を呼びに行ってくれた件で、褒賞金を辞退し続けてると、エリーから聞いた。
事実だろうか?」
「はい、さようでございます。私はエリー様のためにさせていただいただけです。
感謝のお言葉とお気持ちのこもった所作だけで充分で、褒賞金は不要でございます」
当然のように答えるマーサに、ルイスは両腕を組む。
「う〜ん。そうか。それは困った。
そういった言動は、これからのエヴルー公爵家の家風には、残念ながら合わなくなっていくかもしれない」
「え?」「は?」
ルイスの言葉に、私もマーサも驚く。
「もちろん、エリーとこれから詰めていくんだが、私は身分や年功序列に関わらず、信賞必罰方式でやろうと思ってるんだ」
「信賞必罰方式、でございますか」
「ああ。騎士団はほとんどがそうなんだ。
褒めるべきことをした家臣には褒詞と褒美を与え、罰するべき行為をした者は、たとえ最上位のアーサーでさえ罰する。
風通しのいい家にしたいんだよ。汚職の防止にもなる。
家風の基本の一つとして、エリーはどう思う?」
ルイスは私に振ってくる。
これはマーサの話のためでもあるし、家の方針としても大賛成だ。
「いいと思うわ。やる気も醸成できる。運用には配慮が必要だけど、基本はそれでいいと思う」
わたしの同意に、ルイスは私とマーサに笑顔を向ける。
「エリーと同じ方向性で嬉しいよ。
マーサ。君は褒詞と褒賞を受けるべきだ、と俺とエリーが判断する行動を取った。
あの場で、誰もクレーオス先生を呼びに行こうとは思っていなかったし、出来ていない。
エリーはもっと苦しんだだろうし、強い理性で抵抗し続けていたら、心が壊れてたかもしれないんだ」
ルイスの言葉にマーサが青くなる。
私も改めてゾッとする。
今でも悪夢を見る時があるが、その度にルイスは優しく抱きしめ安心させてくれていた。
マーサもルイスの説明に少し顔色が悪くなっている。
「エリー様のお心が……。なんてことを……」
「そう。マーサは褒賞金を受け取るべきことをした。
理由はあと二つある」
「あと二つ?」
なんだろう?私も知らないことだ。
「クレーオス先生が仰ってたんだ。
メアリー百合妃殿下と摂取したリキュールに含まれていた成分は、かなりのものだった。
だが、あの朝、飲みすぎたエリーに酒精が抜けるよう、ハーブティーを摂取させ、念入りにマッサージしただろう?
そのおかげで、かなり減ったに違いない、というのが、クレーオス先生の分析だよ」
ルイスに言われて思い出す。確かにその通りだった。
「確かに、あの朝のマッサージ、本当に痛かったわ」
「はい。いつもと同じ加減なのに痛がられていて、これはお酒のためかと、ご出仕も控えたお身体でしたので、なるべく抜いていただくようにいたしました」
「そうだろう?
残りの一つは、エリーの肩の痛みを気にしてくれたおかげで、痛み止めを飲むことになった。
あの痛み止めにも、例の薬の効果を少しは和らげる効果があったそうなんだ。
マーサは知らず知らずのうちに、エリーを助けてくれていた。
それも3つの理由だ。
アーサーに言って、報奨金は給与に上乗せして振り込む。拒否は無しだ。
本当なら別家を起こして、領地を与えたいほどなんだ。
でもマーサはそれを望まないだろう?」
「旦那様……」
ルイスの絶対的命令に、マーサはもはや抵抗しなかった。
「上級使用人で、エヴルー公爵家の女性使用人のトップに近いマーサが、褒賞金を受け取らないと、これから下の者達も受け取りにくくなるんだよ。
マーサ様は受け取っていないのに、私が受け取っていいのかしら、ってね?
それは分かるだろう?」
「……はい。なんとなくは……」
マーサは戸惑いながらも頷く。
「そう。理解があって嬉しいよ。
アーサーなら喜んで受け取るね。今度会ったら聞いてみるといい。
受け取らないと、俺と同じく怒ると思うなあ。
それとエリーが悲しむ。どうして受け取ってくれないの、ってね。
エリーを悲しませたくないだろう?」
思い悩んでいたマーサだが、そこは前を向いてはっきりと答える。
「はい!それはもちろんでございます」
「だったら、この話はおしまいだ。
エリーもこれでいいね」
「ありがとう、ルー様。
マーサ、これからもよろしくね」
私は隣りの席に座ったマーサを、軽く抱擁すると、マーサに叱られる。
さすが、マーサは揺るがない。
「エリー様。そのようにお背中をひねられると、またお痛みが出ますよ」
「だって嬉しいんだもの。マーサがようやく『うん』って言ってくれて。
本当にありがとう、ルー様」
「どういたしまして。
そう思うなら、エリーもきちんと休みを取ること。上が取らないと、下も取りづらい。
これはウォルフにも言われてる。騎士団で実証済みだ。
それに、メアリー百合妃殿下にも、『滅私奉公“癖”』を抜いて、きちんと休養するように言われたんだろう?」
うわ、藪蛇だ。
でも本当のことでもある。努力はしないと。
「わかったわ。クレーオス先生の判断に従います」
「よし。これで解決だ。
それはそうと、マーサ。
どうして、あの時、クレーオス先生を呼びに行こうと思ったのか、よかったら教えてもらえないか?」
ルイスはずっと引っかかっていた懸念を、いい機会だと思い尋ねてみる。
私はそれに戸惑いを覚えた。
「え?ルー様?」
「一般的にあの状態で、『普通の医師を呼びに行こう』とは考えにくいと思ったんだ。
ああ、言いたくないならいいよ。マーサの自由だ。勘だってありえるしね」
ルイスはマーサに逃げ道を作ってくれた。
だが、しばし考えた後、マーサは少しずつ話し始める。
「…………クレーオス先生は、アンジェラ様の主治医でございました。
王国で、ラッセル公爵様とご結婚された直後からでございます」
「え?そうだったの?私を産んで体調を崩される前からの?」
初耳だ。そういえば、“天使効果”があったのに、大丈夫だったのだろうか。
「さようでございます。
『“天使効果”を調べてほしい。治療できないか』と、ラッセル公爵様がクレーオス先生にご相談なさって、色々研究されておいででした。
クレーオス先生は、アンジェラ様より前に、帝国にいらした時に、“天使効果”の患者様を診たことがある、とラッセル公爵様に仰せだったようでした。
念のための遠くからの面会でも、近寄られても、“心酔者”にはならず、アンジェラ様も安心してご協力されておいででした」
「そうだったの……」
「そんなことが……。それで、あの状態のエリーを見て、クレーオス先生を呼びに行ったのか」
「はい。エリー様のお心が常とは違うのは、すぐにわかりました。本当にお苦しそうで……。
“天使効果”とは違いますが、王国一の名医であるクレーオス先生なら、どうにかしていただけるのではないかと、一筋の望みでございました。
なので、褒賞金をいただけないとも思ったのです。
本当に偶然で、私もあんな風に治していただけるとは思ってもみなかったのです」
「いや、可能性を考えただけでも、素晴らしい。
クレーオス先生の事を知っていてくれたマーサのおかげだ。ほんとうにありがとう」
「本当よ、マーサ」
ルイスと私がにこやかに微笑みかけると、マーサは立ち上がり、お辞儀をする。
「お仕えするご夫妻にお褒めいただき、光栄の極みに存じます。では職務に戻らせていただきます」
マーサは姿勢を正すと、専属侍女らしく振る舞い、いつもの壁際の定位置に立った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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