74.悪役令嬢の新・義兄
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは13歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「もう、最後の最後、肝心なところで抜けてしまわれて、私、大変でしたのよ。
本当に締まらない方なんですから」
王国の弔問団の帰国式—
見送りに来た私に、メアリー百合妃殿下が盛大に愚痴を仰せだ。
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結果から言うと、アルトゥール殿下の“矯正処分”は大成功だった。
“憑き物が落ちた”。
と、いう言葉通りだった。
微妙にまとっていた“やさぐれ臭”や、斜に構えた“ひねくれ感”、面倒くさいことこの上なかった“すねすね構ってちゃん”などが、綺麗さっぱりと消えていた。
そう、シャンド男爵令嬢の件がある前の、“好青年”に戻っていたのだ。
天晴れ、クレーオス先生!
大天才、クレーオス先生!
である。
念のため、数時間休ませても変わらず、先生は、「儂もまだまだ捨てたもんではないのお。ふぉっふぉっふぉっ……」と上機嫌だった。
こっそりと、「どうしてこの手を最初から用いなかったのか」、聞いてみたところ、好々爺から、急に表情が引き締まり、毅然とした態度で教えてくださった。
「姫君。人という存在は、神ではない。
他者を、“操り人形”にする権利は、誰にもないんじゃ。
今回は“おばか”が、浅はかにもその禁忌に触れた故な。
自分の身に返ってきただけなんじゃ。
古代帝国では、“因果応報”と申した。
『した事の善悪に応じて、その結果がある』という意味じゃ。
他者を“操り人形”にしようとした故に、その身に返り“操り人形”にされた。
この罪は本来ならば王国では死刑が相当じゃ」
私の喉がヒュッと詰まる音がした。
「この技術は秘匿されている故、一般の法律には規定されておらぬ。
『医術に関する規定法』の中で、『医師が悪意を持って、病気怪我の治癒のためではなく、医術で患者の心身を傷つけた場合、同等の結果を、その心身に受ける』とあるじゃろう?
あれを適用してるんじゃがな」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
過去に、既婚を隠して未婚女性と交際し、妊娠した途端、騙して堕胎手術を施し、結果的に女性は不妊となってしまった。
この事例から生まれた法令だったはずだ。
ちなみにこの裁判では、法令成立以前には遡れないため、当時の国王の裁可で、この医者も不妊処置、すなわち去勢されている。
今回の“矯正処分”も超法規的措置で、拡大解釈的ではあるものの典拠はあった訳で、内心ほっとする。
ちなみに、アルトゥール殿下は、皇女母殿下の御機嫌伺いの後、皇城内で転倒・失神したため、たまたま近くにあった騎士団の医務室で、治療を受け休養していた。ということになっている。
数時間、意識を消失していたため、経過観察でそのまま動かせず、帰国前夜の夜会は、やむなく欠席となったという流れだった。
この話の筋を考えたのはルイスだ。
さすが、参謀殿だ。
私の旦那様はやっぱりかっこいい。
私は“お墨付き”の規定通り、“鳩”でごく簡易に報せ、お父さま向けに詳細な内容の手紙を、早馬で出していた。
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出発式前に、メアリー百合妃殿下が、勢いで愚痴ってしまわれている。
まあ、いきなり、“外交の締め”を背負わされたのだ。
初めての外遊だったのに、大変だったよね。
ごめんなさい、メアリー様。
それで、新・アルトゥール殿下は、メアリー百合妃殿下に、真摯に謝罪している、という訳だ。
「本当に申し訳なかった。
メアリーには、最後の最後まで、助けてもらったよ。ありがとう。
大使に聞いたが、スピーチも社交も素晴らしかったみたいだね。
締まらない夫だけど、自慢の妻だと想ってるよ」
今までにない率直な評価を受け、メアリー百合妃殿下は赤くなったお顔を開いた扇で隠し、ツンと横を向く。
私はメアリー百合妃殿下より少し背が高いため、隣りにいると、様子がよく分かるのだ。
照れて赤くなってらして可愛らしい。
「あ、当たり前でしてよ。
これでも、王国の百合妃ですわ。
これくらいこなして、当たり前ですもの」
「うん。そうだと思う。メアリーは百合妃の職務を、誇り高く行ってくれてるものね。
私にはもったいないくらい、優秀で美しい妃だよ。
昨日も不測の事態に、適切にサポートしてくれてありがとう」
「と、とんでもないことで、ございますわ!」
今までにない状況に、やや混乱しつつあるメアリー百合妃殿下に、私は声をかける。
ルイスは私の隣りに居てくれた。
ちなみに唇の傷を隠すため、マスク姿である。
昨日の夜会の欠席理由は、湿疹の悪化と感染による軽度の発熱だった。
「いかがされましたの?メアリー百合妃殿下、アルトゥール王子殿下」
「あ、エリー殿下。聞いてくださいまし。
先ほどから、私、俗にいう“誉め殺し”にあってるんですのよ」
「誤解だよ、メアリー。反省して、褒める時は素直になろうと思っただけだ。
それを“誉め殺し”って、寂しいよ……」
アルトゥール殿下がしゅんとする殊勝な姿に、メアリー様も『ホント?ね、信じてもいいと思う?』と私に、アイコンタクトを送ってくる。
何せ、今朝、見送りに来た大使館で、私とルイス、メアリー様は別室に呼び出された。
そこで、新・アルトゥール殿下が、いきなりの謝罪を始めたのだ。
今までの愚行を列挙し、どれだけ私とメアリー百合妃殿下を悲しませ迷惑をかけたか、謝りに謝り続けた。
いきなりのことに、「頭部打撲がきっかけで別人になるって事例、ございました?」と、メアリー百合妃殿下が、扇の陰で聞いてきたくらいだ。
内心、ギクッとしたが、少し黙考してから答える。
「…………別人と申しますか、頭部打撲の衝撃で、今までと違う脳内神経回路が開かれて、別の考え方ができるようになった、という事例は聞いたことはございます。
『目が覚める』と俗に申しますでしょう。
迷いが消え去り、正しい姿に回帰する比喩ですわ」
「本当に『目が覚めた』ならいいんですけど、ねえ」
今までも何度か真面目に戻ろうとして、また別のところでひねて、を何度かやらかしているので、信用が限りなく低くなっていた。
前途は厳しいが、自業自得でもある。
がんばれ、新・アルトゥール殿下。
戸惑っている私とメアリー百合妃殿下を見かねたルイスが、割って入ってくれた。
「アルトゥール王子殿下。
部外者ながら、出発の予定時間もあります。
メアリー百合妃殿下とは、帰国の途上でゆっくりと、我が妻エリザベスにはお手紙に書いてくだされば、繰り返し読め、誠意も遠からずは伝わるのではないでしょうか」
ありがとう、ルイス。素晴らしい代案、助け舟だわ。
でも私にはもう不要かな。
その努力は、ソフィア薔薇妃殿下とメアリー百合妃殿下に注いでほしい。
「そうですわね。いちどきに言われても、覚えきれませんし、私はお手紙の方がありがたいかと。
ただ正直なところ、その必要もございません。
もう過去のことで、私は今とても幸せですの」
私は隣りに立つルイスを、愛おしげに見上げる。
ルイスはその眼差しに応じ、甘く見つめ返してくれる。
私とルイスは、服喪中の黒い服装ながらも、今日も互いの色目を取り入れており、ピアスはお揃いのエヴルー公爵家の紋章の金細工である。
夫婦円満を絵で描いたような一対だった。
さらにルイスが私の腰に手を伸ばし、ぐいっと引き寄せてくれる。
「アルトゥール王子殿下。
妻がこう申しております。
エリーのことはどうかご放念くださるか、私にお任せください。
よく知らない私を信用できないのなら、周囲から人物眼を高く評価されていらっしゃる、ラッセル公爵をご信用ください。
私は若輩ながら義父上に、『エリザベスをお願いします』と言われた身です。
どうか、ご安心のほどを」
「そ、そうか。分かりました……。
リーザ、いや、エリザベス公爵閣下。
遅くはなりましたが、ご結婚おめでとうございます。
遠き地より幸せをお祈りしています」
「ありがとうございます。アルトゥール王子殿下」
「祝福を感謝します。アルトゥール王子殿下」
私とアルトゥール殿下の関係も、これで、やっと、やっと、やっと!スッキリ清算できたと実感できた。
これもルイスが、堂々と幸せアピール、いや、幸せの実態を照れずに、いつも通りの自然体で見せてくれたおかげだ。
「私もルイス公爵閣下の仰せの通り、帰りの馬車でゆっくり伺いますわ。時間はたっぷりございます。
出発式まではもうすぐですわ。
さあ、参りましょう」
〜〜*〜〜
メアリー百合妃殿下の呼びかけで、大使館の外に出てきてからの冒頭に戻る、だった。
私はアイコンタクトに、「今は謝罪を受けてこの場を収め、帰りの馬車でゆっくりなさいませ。行きの愚痴もたっぷり聞かせられますわよ」と、メアリー百合妃殿下に頬を寄せ答える。
「そうですわね」と囁きが返ってきたところに、ルイスの手が肩に伸びる。
「エリー。メアリー百合妃殿下にお近づき過ぎだと思う。
ここは公私で言えば公だ。
エヴルー“両公爵”らしく振る舞おう」
「失礼いたしました。メアリー百合妃殿下。
ルイス公爵閣下。ご注意、感謝します」
「ん、わかってくれれば、それでいいよ」
ルイスは私の頭を優しく撫でる。
と、ちょっと待った!
人には公の態度って言っときながら、自分は妻を愛でてるじゃないの。
私だって、もうすぐ離れてしまうメアリー百合妃殿下と仲良くしておきたいのに。
「ああ、ルイス公爵閣下はご存じございませんのね。
私とエリザベス殿下は、幼い頃から、王立学園卒業まで、幼馴染、兼、素晴らしい好敵手、兼、親友でしたの。
どうか、出発の時までは、昔に帰らせていただけませんか?
しばらく会えないのですもの」
私の腕を取りピッタリくっついてくる。
うんうん、意地っぱりだけど、素直になった時は本当に可愛いのよね。そして強い。
「……わかりました。妻のご親友なら、出発までは楽しくお過ごしください。
私は大使閣下と少し話して参ります」
ルイスは一礼すると、すっとその場を離れる。
さすが参謀殿。人の気持ちをわかってくれるんだなあ、と思っていたら、隣りでくすくすメアリー百合妃殿下が笑っている。
「ルイス公爵閣下。嫉妬させすぎちゃったかしら。
きっと見てるのがお嫌で、エリー様から離れられたのよ。
ごめんなさいね、エリー様」
「え?!そうなの?!」
「そうだと思うわ。騎士団で過ごされて、女子学生の実態もよくご存知ないんでしょう?
こんなにべったりすることがあるなんて、思われなかったんじゃない?
でも、さすが騎士様だわ。私を睨んだりなさらなかったもの」
「ルイス様はそんなことなさらないわ」
「あら、アルトゥール殿下はされてたのよ?
まあ、私達が仲が悪いって誤解させてたから、無理はないんだけど」
「そうだったの。恐い目に合わせててごめんなさい」
「大丈夫よ。アルトゥール殿下の目力なんて、大したことなかったわ。
それより、エリー様。
これからは、本当にご自分を大切にね。
あなたはもう、ご自分を第一に考えてよろしいのよ。
せっかく帝国にいらしたんですもの。
エヴルー公爵領は、あなたが大好きな美しい田園地帯だし、ぜひゆっくりのんびり過ごしてほしいわ。
今までの分も、絶対に息抜きすること。
いい?百合妃命令よ」
「ありがとう、メアリー様。私もなるべくそうしたいと思ってるんだけど、なかなか……」
「エリー様は、『滅私奉公』を、あの王妃様から叩き込まれて、“癖”になっているの。いえ、されたの。
意識的にやらなくては。約束よ。
まずは自分のために、そしてルイス様と二人のために、生きていってね。
王国にも、里帰りでも外交でもいいから、是非いらして。
ソフィア様と二人でお待ちしているわ。
薔薇妃と百合妃を両手に花、と愛でられるのはエリー様だけよ」
「あら、アルトゥール殿下は?」
「今のところはまだまだね。これからに少しは期待できそうかしら」
ここで、出発式の開始が呼びかけられる。
新・アルトゥール殿下は、立派にスピーチをこなし、拍手を浴びる。
私はもう一度、メアリー百合妃殿下と抱き合うと、ルイスと寄り添い、手を振りながら馬車列を見送った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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