73.悪役令嬢のお墨付き
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは12歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「え?!なんですと?!」
王国大使が耳を疑う表情を浮かべた。
外交を担う方が、そんなにはっきり感情を露わにするべきじゃないんだけど、色々ありすぎて、もう余裕がないんだろう。
そんな時に、こんな事を提案してごめんなさい。
「はい、今説明した通りです。
先生、実施は可能ですか?
先生ならおできになる、しかもかなりの高難度な条件も成功できると考えています」
こんな時でもクレーオス先生は、飄々となさっている。
「ほうほう。姫様はただの姫様ではござらぬな。
恐い恐い」
「で、お出来になりますの?」
「出来るか、出来ないか、と言われれば出来る。
ただし、国王陛下の許可が必要じゃ」
「ご返答、ありがとうございます。
ゲール騎士団長は、どうお考えですか?
帝国の皇太子殿下が、王国の王子殿下を使嗾、唆し、王国の第一王女と帝国の皇女母殿下に薬を盛り、第一王女を洗脳しようとした。
帝国の法律でも、教唆犯、
つまり、他者をそそのかし、その者に犯罪を実行するよう決断させ,実際に罪を犯させた人間は、実行犯と同じ量刑でしたわよね?
証拠は充分かと思いますが、いかがお考えでしょうか?」
私は、アルトゥール殿下が持っていたメモと手引書を広げる。
そこには、まごうかたなき皇太子の筆跡と、彼でなければ知り得ない事実も記されていた。
「……エリザベス王女殿下。
これは、私では判断できかねます。
やはり、皇帝陛下のご裁可が必要です」
「かしこまりました。では、ただちに、第一級の緊急案件だと、奏上なさってください」
「しかし、これは王国の国王陛下のご判断も必要な事案でございましょう?
先生も、国王陛下の許可が必要だと仰られていました」
「ああ、失礼しました。
これをお見せするのを忘れていましたわ」
私はとある文書を全員に回覧する。
「こ、これは……」
「こんなものを、お持ちとは……」
王国の大使閣下と騎士団長は、顔色を変える。
「私もお守り代わりで、一生、使うことはないと思っていたのです。
まさか、こんなに早く使うことになるとは。
さあ、皇帝陛下に上奏をお願いします。
内容は、『大至急、エリザベス第一王女、及び王国大使閣下、クレーオス王国侍医長、ルイス公爵閣下、そしてゲール騎士団長閣下、この5名との会議に、ご来臨いただきたい』でいかがでしょう。
もちろん、王国と帝国を揺るがせる非常事態が発生したと言っても、過言ではないでしょう」
騎士団長は普通には悟られぬくらい静かに深呼吸をすると、腹を決めたようだった。
「では、上奏して参ります。
大至急でも、尊き御方。
多少は待たされるでしょう。
その間に、部屋の用意も命じます。
それでは、皆さまご移動を」
「承知しました」
「はいよ、参りますか」
「了解」
「……か、かしこまりました」
一斉に立ち上がり、皇帝陛下の執務室へ向かった。
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30分ほどの待ち時間に、騎士団長は軽食の手配までしてくれた。
朝食以降、何も食べていなかったから、正直嬉しい。
それも私には、唇の怪我に配慮して、食べやすいプリンやカットフルーツだった。
さすが名高い愛妻家。さすが騎士団長。
女性への気遣いが洗練されトップクラスです。
クレーオス先生は、食後に唇を手当てしマスクを渡してくれた。
でも最初は使わない。
インパクトを与えるためだ。
先触れがあり、いよいよ皇帝陛下のご来臨だ。
全員起立してお迎えし、最上席に座られると、手振りで着席を許される。
5人の顔を順次見回した時、クレーオス先生と、そして、私に目が止まる。
凝視された視線の先は、私の唇だ。
ありがとうございます。気になりますよね。
でも先生のお薬がとてもよく効いてて、そんなに痛くはないんですよ。
全治1週間だそうです。
あれ、おかしいなあ。
つい最近、全治2週間の怪我が治ったばかりのような気がして……。
あ、いけない。会議に集中だ。
まず騎士団長がクレーオス先生を紹介し、王国大使閣下が本人と身分を保証する。
重要な証人であることも含めてだ。
そうして始まった報告に、皇帝陛下のお顔がみるみる険しくなっていく。
以前、「実年齢より老けて見えるから、何とかしたいんだ。シワ取りクリームというものはないのか?」と、皇妃陛下の目を気にしてご下問があった眉間の皺が、見たことがないほど深くなっていく。
頭蓋骨に達していそうだ。
とりあえず内容を全部聴き終え、皇帝陛下は私に向き直る。
「念のため、その文書を拝見させていただきたい」
「承知しました。こちらでございます」
私は文書をテーブルに置くと、騎士団長が立ち上がり、皇帝陛下にお渡しする。
目を通すと、私をじっと見つめられる。
「これは……。なぜ今まで仰らなかったのだ」
「今までは必要ありませんでした。現在は必要不可欠になりました。
情勢の変化のためです。
平常時は、優秀な王国の大使館が、有意義な職務を果たしています」
皇帝陛下がもう一度、目を配る文書には、こう記されている。
『王国国王は、深く信頼し愛する、我が養女、エリザベス第一王女に、以下の権限を与える。
王国の王族として恥じぬ言動を取る限りにおいて、現在住居する帝国内で、国王代理の権限を与える。
王国大使の上位者であり、王国大使はその命に従うべし。
ただし、迅速な報告を不可欠とする。』
直筆で、サイン入り、その上に、印璽、王国の印が、しっかり押されていた。
つまり、帝国内で、王国の国王として保障してやれる、私への最大限の“自由”の“お墨付き”だった。
養女にしていただいただけでなく、破格の扱いを、ありがとうございます。国王陛下。
お守り代わりで、一生使うつもりもない、ルイスにも内緒の家宝にするつもりだったんですが、有効活用させていただきます。
あ、でも私が死んだ後、こんなものがひょいっと出てきても、きっと困ったわよね。
あとでどうするか、ルイスと相談しなきゃ、なんて考えていると、皇帝陛下が私を呼ぶ。
「エリザベス第一王女殿下。いや、国王任命全権大使閣下。どう呼べば分からぬが……」
「どちらでもご自由にお呼びください。
私は私であり、権限は変わりません」
「では、エリザベス殿下。
本当に貴女はこの処分を望むのか?」
皇帝陛下が、騎士団長が説明した私の提案への再確認を行う。
「はい、一個人としては、殺しても飽き足りない程ですが、王国と帝国間に戦端なぞ開きたくございません。
せっかく、二国間で、友好通商条約が締結、発表されたこのタイミングで、互いの国民も、王室と帝室へ向ける目が厳しくなるでしょう。
何よりこの案は、王国にとっても、帝国にとっても利があり、もっとも適切な落とし所に思えるのです。
幸いにも、私の“耳の”後遺症の確認に、実父と養父が相談し派遣してくださった、クレーオス先生あっての判断です」
実父はもちろん、愛するお父さま、王国宰相ラッセル公爵だ。
養父はもちろん、長年に渡り敬愛し、娘代わりに可愛がってくださった国王陛下でいらっしゃる。
“耳”の第二皇子の件、毒殺未遂の被害を忘れた訳ではないでしょうねえ、と優美な微笑みで、圧迫をかける。
早速、お父さまの教えを実践だ。
「私としては異存はない。
むしろ、これですませてくれるなら、ありがたいほどだ」
皇帝陛下の頷きを受け、騎士団長が参加者の同意を求める。
「では、帝国側は、実行犯の皇女母殿下の侍女長を、最北の地の修道院へ入会させること。
皇女母殿下には、退職に際し、最も自然な理由を説明すること。
アルトゥールに薬などを渡した人間、及び皇太子の“負の遺産”の継続的な調査。
王国側は、アルトゥールを“矯正処分”すること。
帝国側の確認者は、ルイス公爵閣下、騎士団長とする。
この判断は固く秘し、一生涯、天に召されるまで、口外無用とする。
以上でよろしいでしょうか?」
最北の地の修道院とは、貴族女性の実質的な流刑地だ。
一生を祈りと労働に捧げられる。
皇女母殿下のために何度も討議した、あの侍女長殿が、と心が痛む。
しかし言葉巧みに騙されたとはいえ、実行犯なのだ。
それも仕える身としては、私的感情に流されすぎた、誤った判断だ。
致し方なかった。
騎士団長の確認に応じる声が続く。
「異議なし」
「異議はございません」
「異議なし」
「儂も異議はござらぬ。大任ですが最後のご奉公ですな」
「異議はございません」
「私も異議はございません。
ではこの判断に従い、早速取り計らいましょう」
私は重々しく、感謝の会釈を行う。
何せ『帝国内では国王代理の権限を持つ』者なのだ。 今限定だけどね。
「騎士団長、よろしくお願いします。
皇帝陛下。貴重なお時間をありがとうございました」
「いや、エリザベス殿下。感謝する。これからもよろしく頼む」
なんと、驚いたことに、皇帝陛下が握手を求めてきた。
「こちらこそよろしくお願いします。
友好通商条約に則り、互いに尊重する二国間の平和と発展を目指したく思います」
私が握り何度か確かめ合った後、手を離す。
皇帝陛下の退出を見送ると、私達は騎士団本部へ急ぎ立ち戻る。
最後の大仕事が待っていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「エリーは立ち会わないのか?」
ルイスが不思議そうに尋ねる。憎しみに近い私の感情を知ってのことだ。
「えぇ、私が視界にいると、恐らく“矯正”の妨げになると思う。
私がいなくなってから、不運になった。
私を取り戻せば、輝ける王太子時代に戻れるって勘違いしてるなって、さっきの暗示の時も思ったの」
「そうか。なるほどな……」
少し寂しそうな声の色だ。
「ルイスこそ、辛くない?
こんな、決して気持ち良くないのに、見届けてもらうなんて……。
それに皇太子がまさか王国であんなデマをアルトゥール様に吹き込んで、暗示をかけてたなんて。
絶対に、許せないわ……」
「エリー。俺は騎士団の職務として、もっと酷い拷問もやったことがある男だ。
それと皇太子に関しては、昔もそうだが、近衛役で犬扱いされた時はっきり感じたんだ。
理由は不明だが、憎まれている。憎悪されてるってね。
だから俺にとっては今更だ。
だが、まだ手の者が残ってる可能性もある。
今まで以上に心配性になるかもしれないが、許してほしい」
その気持ちも当然だ。
目の前で、暗示状態とはいえ、『アルトゥール様を愛してる』と連呼したのだ。
私自身が、私の声で。
あの時の、驚きと悲しみが一瞬滲んだ青い瞳は忘れられない。
ソファーに座る私の手に、ルイスが手を重ねてきた。
私もそっと重ね、温もりと信頼を分かち合う。
「はい。私の大好きな旦那様が、愛している私の安全を気にしてくれてのことでしょう?
もちろん受け入れるわ。
でも、犯罪レベルはダメよ。ルイスが捕まったら、一緒にいられなくなっちゃうもの」
「ククッ…。俺も捕まりたくないな。了解。
法律の範囲内をなるべく守るよ」
えっ?今、なるべくって言った?なるべくって。
私がルイスの愛の重さを実感していると、ルイスが優しく頭を撫でてくれる。
「さっきまで色々聞かれてただろう?
辛くないか」
「ううん、今は大丈夫。
もう少ししたら、休むわ。
今夜は無理だけど、明日の外交団の見送りには行きたいもの」
先ほど“矯正処分”に必要な、アルトゥール様にとって、重要な過去、言葉などを、クレーオス先生から聞き取られた。
実際の記憶にあった言葉や思い出の方が、説得力が強いのはわかる。
私は、立太子の儀の宣誓の言葉から、帝王教育で特に重要な文言、幼い日に言い交わした約束、
『大好きなリーザ。二人で、民のためにいい国を作っていこう』、
『私も大好き。ルティのために、一生懸命がんばる』
といった言葉や、追及された生徒総会での別れの様子などを説明する。
2年以降のシャンド男爵令嬢絡みはご存じのようで、「不要ですわい」と言われた。
主にそういう行為による、病気関連の確認のためだろう。
もはや何も思わないが、再現には精神的負担はかかる記憶なので助かった。
「ふむ。これだけあれば、充分じゃろう。
ちと、整理して、まとめてから始めるとするか。
では、じいにお任せして、姫様は休んでなされ」
「ありがとうございます、クレーオス先生」
「ルイス様も、もう少ししたら呼びにまいります」
「ありがとうございます」
決してやりたくはない仕事だと思う。
引き受けてくれたクレーオス先生に、深く感謝する。
「エリーはもう着替えて休むといい。
夜会が終わったら、迎えに来る。一緒に帰ろう。
夕食は、タンド公爵家から食べやすいものを差し入れるよう、手配しておく」
「ありがとう、ルー様。
気をつけて、行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってく……!」
私は唇でのキスができない代わりに、ノーズキス、鼻をこすり合わせるキスをしてみる。
驚いたルイスの顔にキュンキュンする。
「……前からやってみたかったの。
親子や家族でやってる人達が多くて、でもさすがにお父さまには言い出しづらかったの。
唇はお薬ついてるし、ダメ?」
話してて、羞恥と昔の寂しさと、暗示と回復後の不安定さからか、緑の瞳が潤んでしまう。
「いや、ちっともダメじゃない。むしろ嬉しい。
俺はほんの小さなころ、乳母にやってもらったことを、今、思い出してたんだ。
エリーのおかげだ。ありがとう」
ルイスから、私の鼻に、自分の鼻を擦り付けてくる。
くすぐったいが、暖かく幸せな気分だ。
ルイスが後ろを向いてる間に、マーサに着替えさせてもらいルイスのベッドに入る。
ベッドの脇に座ったルイスが、大きな寝衣の手首を折り返してくれる。
「ルー様ってやっぱりおっきいのね。ぶかぶかだもの」
折り返してもぶかぶかで、ルイスに振って見せると嬉しそうに青い瞳を細める。
とろけそうな眼差しが今は何よりの癒しだ。
「そういうエリーがすっごく可愛いよ。
さてと。迎えがきたみたいだ。
ゆっくり休んで。マーサ、エリーをよろしく頼む」
「かしこまりました」
最後にまた、ノーズキスをしてくれた後、凛々しい背中を向け仮眠室を出ていった。
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アルトゥール様が受ける“矯正処分”とは、要するに私がされたことだ。
すなわち、『過ちを犯したが、ゆっくりと立ち直り、真摯に自分と向き合い、再びの立太子を目指す王子』となっていただく。
ゆくゆくは、再度の立太子、そして国王だ。
シャンド男爵令嬢との出会いから、ずれた既定路線を修正していく、人生を腐らず歩むための“強力な暗示”だ。
もちろん私との過去は、すでに苦味を伴うものの、良い思い出となっている。
今はソフィア薔薇妃殿下、メアリー百合妃殿下を、この上なく大切にする、良妻賢母ならぬ、“良夫賢父”も当然だ。
それも一生だ。
私に使用したリキュールと、小瓶の水薬を流用する。
その前に、現在の暗示と薬の後遺症は、クレーオス先生が解毒してくれる段取りだ。
先ほどの聞き取り中に、クレーオス先生が話してくれた内容は衝撃的だった。
「純度がより高く、効果がほぼ一生続き、後遺症もない方法が、姫君に用いた、二度に分けて服用する方法で用いられる薬じゃ。
一度だけの水薬は、純度が低く、早くて5年、遅くても約10年で、己を失ってしまうんじゃよ。
後遺症に人格破壊が徐々に進むしのお」
つまり、アルトゥール様はこの件がなければ、長くて10年の命だったということだ。
本当に酷い。酷すぎる。
でも、どうしてクレーオス先生は、この暗示やそれを解くお薬などに詳しいのだろう。
尋ねてみると、私の頭を優しく撫でてくれる。
「儂もいろいろあったでな。本当にいろいろあった。
“時”が来たら、話しましょう。
姫君には聞いてほしい話じゃ」
そういえば、幼い頃から、母の往診でいらした時も、こうやって撫でてくれていた。
そんな温かい記憶と、ルイスの匂いがする寝具に包まれていると、ふわっと眠りが訪れた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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