72.悪役令嬢の義兄 5
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※前半はアルトゥール視点です。
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昨日は、3回更新しています。飛ばし読みにはご注意下さい。
前話は、『71.悪役令嬢の義兄(4)』です。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは11歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「私はそそのかされただけだ。帝国の皇太子に!」
あの生徒総会から1年5ヶ月—
あの時から自分の転落は始まり、ここ帝国で運も尽き果てようとしている。
その事実にアルトゥールは悔しさのあまり、すさまじい形相で、ギリギリと歯ぎしりをしていた。
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【アルトゥール視点】
ソフィアとメアリー、二人と結婚した後、帝王教育や監視の目も多少緩くなった。
種馬の役目を果たしている引き換えだろう。
要するに、自分は大して期待されてはいないのだ。
こんな屈辱的な“自由”があるか、と悔しくて仕方なかった。
そんな時だ。
王城を抜け出し街に出て、書店で気晴らしの本を探していた時に、話しかけられたのは—
「アルトゥール殿下でいらっしゃいますね。
私は帝国の皇太子殿下よりの使者。
内密のお願いがあって、参りました」
最初は信じられなかった。
なんの冗談だと思った。
そこで相手が出してきたのは、一枚のメモだった。
帝国の皇太子とは、王国に外遊に来た前後、短期間、文通をしたことがある。
その時の内容を知らなければ書けない文章と、皇太子自らの筆跡だった。
「わかった。どこで話を聞こうか?」
「いえ。私がお部屋に参ります。
今夜、真夜中の2時過ぎに、お部屋の窓を開けておいてくださいませ。
閉めていれば、このお話はなかったことと、させていただきます。
そちらはお返しください」
メモは回収され、男はそのまま立ち去った。
真夜中に他国の者、それも“影”に近い人間を入れるなんて背信行為だ。
自分が殺されるかもしれない。
だが、それも一興か、と思えてしまった。
エリザベスが自分の側から去って以降、碌でもないことばかりだ。
全くいいことがない。
こんな結婚も望んではいなかった。
二人の正妃だと?
身分の最も下の庶民の間でも、陰にまわれば、『二人の間を行ったり来たり。あの王子、さぞかし夜“は”、忙しかろう』などと噂されていた。
血脈を残す種馬的意義も王族の役割とわかってはいるが、毎日、あの二人のどちらかを抱くたびに、プライドがズタズタにされていく。
未亡人達と母上の元に通う、父上の気持ちも分からなくなっていた。
快楽なのか。いや、違うだろう。
自分は子どもができにくいが、王家の人間としての義務だ、と話してくれた。
その覚悟は素晴らしく立派だと思うが、父は父、自分は自分だ。
義務だけで抱く行為など、味気なさしかなかった。
人間ではなく、人間のために“繁殖”をする、言わば“家畜”だ。
一線を超えなかったシャンド男爵令嬢との行為や、結婚まで純潔を守らなければならないエリザベスを想い、自ら慰めた行為の方が、何万倍も有意義だった。
味気なさどころか、自分の中の虚無がどんどん広がり、自分自身が侵食されていた。
王城に戻ると、今夜の番だったソフィアに『少し体調が優れないので自室で休む。そなたも自愛せよ』と手紙を送る。
それぞれ薔薇と百合の透かしが入った、専用の便箋や封筒まで用意されていた。
こんなお膳立てされた行為など、種馬より酷い、機械と一緒だ、人間扱いされていない、と憤る。
が、それも一瞬だ。
こんな感情は、徒労に過ぎない。
本当に生きていることが虚しい。
父とも誰とも会いたくなく、夕食も自室で摂った。
そして、その夜—
時刻通り、ヤツが俺の部屋に来た。
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「これはこれは、ご招待、ありがとうございます」
ヤツは黒づくめの燕尾服で現れた。
やることなすことキザだ。
「で、用件はなんだ」
ヤツは口の前に人差し指を立て、俺に微笑みかける。
どこにでもいるような、しかし美形な顔立ちだった。
「しい。お声をもう少し小さくなさってください。
用件とは、『エリザベス王女を王国に引き取ってほしい』とのご伝言です」
俺は注意も忘れ、『はああっ?!』と声を出しそうになった。
だが、黒革手袋をはめた手に口許ごと押さえられる。
「……次にお約束を守らなければ、お命を頂戴いたします」
小声の恫喝に込められた思わぬ迫力に、背筋がゾクゾクする一方、生きている実感が湧いてくる。
そうだ、これだ、俺を必要とするなにかだ、と自分を取り戻しつつあった。
ヤツが言うにはこうだ。
エリザベスと婚約したルイスという第三皇子は、逆恨みで皇太子の生命を狙っている不届きものだ。
エリザベスも騙されている。
それだけではない。
才能が有り余っているエリザベスは、帝国にいる間は、第三皇子を始めとした帝室の人間達に、良いように利用されてしまうだろう。
自分にはそれを防ぐために手立てがない。
まだエリザベスを愛しているなら、義妹としてその手に取り戻し、穏やかに暮らさせてやってほしい。
それが『皇太子の願い』ということだった。
外遊の時に才能に惚れ込み、帝国内の交流で人柄を知るにつれ、気の毒に思ったらしい。
エリザベスはそうなのだ。
その弛まぬ努力と、健気な性格、そしてあの優しい微笑みで、人を惹きつけていく。
ただ、当たり前すぎる疑問があった。
「しかし、どうやって?」
「こちらでございます」
渡されたのは、女性に人気のあるリキュールの小瓶と、小さな水薬の小瓶、そして、その使い方が説明された手引書だった。
「他の方で試そうなどと、ゆめゆめ思われませんように」
俺はふと浮かんだ考えを言い当てられ、ギクっと肩が上がる。
「特にこのリキュールは、開封すると3日しか、薬の効能が持ちません。
エリザベス様だけに用いられますように」
俺はヤツの物言いが気に入らず、やる気がなさそうに、手引書とやらもパラパラめくる。
「しかし、本当なのか?人を意のままに操るなんて」
「意のままに操るのではありません。
隠れた望みを叶えて差し上げるのです。
これこのように」
男は俺の鼻をいきなりつまむと、液体を流し込み、俺は完全に飲み込んでしまう。
「ゲホッ、ゴホッ、な、何を、飲ませた?!
「『百聞は一見にしかず』というのと同じく、『百見は一験にしかず』と申しますでしょう。
ご自分で経験されてなさいませ。
エリザベス様がお好きなのでしょう。
ご一緒にお幸せに暮らされたいのでしょう。
いいではないですか。
普通の兄と妹として、暮らせばよいでしょう。
離婚した王女が元の王家に戻り、そこで平穏に暮らす。
珍しくもございません。
誰からも後ろ指は刺されません。
さあ、楽しい夢を叶えるために、努力をなさいましょう。
そうすればきっと叶いましょう」
「そう、な、の、か……」
「はい。素晴らしい体験となるでしょう」
飲まされた液体は甘く、胃の腑から全身に回り、身動きが取れない。
ああ、俺は騙されて、死ぬのか。
最後にもう一度、リーザに会いたかった……。
リーザ、大好きだ……。リーザ……。
「お、れ、の、リー……」
視界は黒く染められ、記憶は奪われた。
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次に覚醒した時、俺は床に転がっていた。
身体中が痛く、冷え切っている。
夜明けはまだ先の時間だった。
「クッ。くだらない夢を見た。
ったく。なんだって言うんだ。リーザはもう……」
その瞬間だった。
俺がエリザベスの愛称を口にした途端、素晴らしい感覚が、頭を支配する。
周囲の世界が色鮮やかとなり、きらきらとして、全く違って見えた。
エリザベスをこの手に取り戻したくて仕方ない衝動に駆られる。
そういう気持ちが、抑えきれないほど湧き上がってくる。
「いったい、いったい、なんだって言うんだ!
あんなもの、夢だ!」
せめてもう少し眠りたい、温まりたいと、ベッドに潜りこもうとした時—
夢の置き土産のように、リキュールの小瓶と、さらに小さな薬液瓶、そして手引書が、ベッドの中にあった。
手引書をパラパラめくると、街で渡された、皇太子からのメモがはさまっている。
俺は生まれ変わった気分だったが、この日から3日間、高熱で寝込んだ。
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それからは、『エリザベスを取り戻すため』に何でもやった。
帝国に行くためには、外交を任されるほどにならなければいけない。
兄と義妹として、家族として、エリザベスと暮らすためには、妃達に子どもがいないと、絶対に口出ししてくるバカが現れるだろう。
俺は“その日”が来るまで、努力を惜しみなく注ぎ込んだ。
そして、その日がついに来た。
なんと、俺に夢と希望を与えてくれた大恩人が、自らの死で、俺を帝国に招いてくれたのだ。
俺はその死の安らかなことを願いつつ、読み込んだ手引書をさらにめくった。
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【エリザベス視点】
ルイスは、私との約束『アルトゥール様への罰を決める前に、絶対に私を呼んでくれる』を守ってくれた。
「エリー、エリー。起きてくれ」
優しくも両肩をしっかりと叩き、覚醒へと導いてくれる。
「……ん、んんッ。ありがとう、ルー様。
マーサ、お水を一杯もらえるかしら」
私は水を飲み干すと、ぶかぶかのルイスの寝衣を着たそのまま、ソファーへ座る。
マーサには、タンド公爵家から、数着の着替えなどを持ってきてくれるように頼む。
ルイスはそのために、小姓に色んな指示を出してくれていた。
仮に、もしも、夜会に少しでも出席できるとしても、あのアルトゥール殿下に、ベタベタ触りまくられたドレスは、絶対に着たくなかった。
記憶もあいまってまるで呪いのドレスだ。
お気に入りのデザインだから、あれは焼却処分にして、マダム・サラにもう一度作ってもらおう。
私がガウンも羽織っていない、寝衣姿を恥ずかしそうに、ルイスに詫びる。
「ルー様。お行儀が悪くてごめんなさい。
まだちょっとだるくて……。でも頭はすっきりしてるわ。
今はどの段階なのかしら?」
ルイスは私を見つめた後、数度頭を振り、質問に答えてくれる。
「アルトゥールの聴取は終わった。
これから上に報告しなければならない。
そうすれば、罪が決まるんだ」
「……そう。ルー様、聴取内容を教えてもらえる?
私の立場なら、知っていても差し支えないでしょう?」
事件の被害者であり、王国の第一王女であり、帝国の序列第一位エヴルー“両公爵”なのだ。
「わかった。ヤツの自供と証拠品だが……」
ルイスの説明はわかりやすかった。
皇太子の異常なまでの執念深さも露呈していた。
「ルイス。もしも私にある程度、高次元の裁量権が与えられるなら、こうしてほしいの」
私は敢えて、“ルイス”と呼んだ。
彼と同格の、エヴルー“両公爵”の一人として、そして王国の第一王女としての判断だ。
私の希望を説明すると、ルイスは耳を疑うといった表情を浮かべる。
「そんなことを……。
いや、それでいいのか?!エリーはこんな目に合わせて、散々苦しめたアイツが、そんなことで!!」
「ルイスの気持ちはわかる。
ううん、ごめんなさい。
簡単には言ってはいけない言葉だったわ。
でも、私だって愛する者がこんな目にあったら、生きながらみじん切りにして、ギリギリ意識を保った状態で、帝都の“壁”に晒して、鳥の餌にしたいくらいだもの。
あ、引かないでね。あくまでも、“くらい”よ、“くらい”」
ルイスは一瞬、『えッ?』と耳を疑う表情をまたしても浮かべる。
こんな時なのに、なぜか可愛く思わせるルイスってすごい。
あ、でもどうしよう。
こんな表情、二度目だ。
愛想は尽かされたくないんだけどな。
「とにかく私の提案と希望は、さっき話した通りなの。
王国の第一王女、そしてエヴルー“両公爵”の一人としての判断です。
ルイスは、エヴルー“両公爵”として、どう思う?」
ルイスはしばらく熟考した後、それでも怒りを込めた口調で答える。
「…………本当にできるかどうかだ」
「そうね。そこは確認してみないとね。
あ、マーサが戻ってきたみたい。
私、着替えるから、どこか防音性の高いお部屋に、団長閣下と大使閣下、先生方に集まっていただけるかしら」
「わかった。整えておくよ」
マーサの遠慮がちなノックが響く。
私が許可を出すのと入れ違いに、ルイスは出ていった。
その背中には、まだ消えない怒りが、陽炎のように立ち上っている。
本当にごめんなさい。ルイス。
こんなに愛してるのに、酷い判断を求めて。
私はマーサに手伝ってもらい、重要な話し合いにふさわしい身嗜みを整えた。
ご清覧、ありがとうございました。
前々回で一晩過ぎさせるのは、エリザベスがあまりに可哀想なので、昨夜に前倒しで3回目の更新をしました。
この話の前話は、『71.悪役令嬢の義兄(4)』です。
読み飛ばしにご注意下さい。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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