表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/207

72.悪役令嬢の義兄 5

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


※前半はアルトゥール視点です。


※※※※※※※※※※ご注意※※※※※※※※※※※※※

昨日は、3回更新しています。飛ばし読みにはご注意下さい。

前話は、『71.悪役令嬢の義兄(4)』です。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。

ルイスとの新生活としては、まずは11歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。



「私はそそのかされただけだ。帝国の皇太子に!」




 あの生徒総会から1年5ヶ月—


 あの時から自分の転落は始まり、ここ帝国で運も尽き果てようとしている。


 その事実にアルトゥールは悔しさのあまり、すさまじい形相で、ギリギリと歯ぎしりをしていた。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜-


【アルトゥール視点】



 ソフィアとメアリー、二人と結婚した後、帝王教育や監視の目も多少緩くなった。

 種馬の役目を果たしている引き換えだろう。

 要するに、自分は大して期待されてはいないのだ。

 こんな屈辱的な“自由”があるか、と悔しくて仕方なかった。



 そんな時だ。

 王城を抜け出し街に出て、書店で気晴らしの本を探していた時に、話しかけられたのは—



「アルトゥール殿下でいらっしゃいますね。

私は帝国の皇太子殿下よりの使者。

内密のお願いがあって、参りました」



 最初は信じられなかった。

 なんの冗談だと思った。

 そこで相手が出してきたのは、一枚のメモだった。


 帝国の皇太子とは、王国に外遊に来た前後、短期間、文通をしたことがある。

 その時の内容を知らなければ書けない文章と、皇太子自らの筆跡だった。



「わかった。どこで話を聞こうか?」


「いえ。私がお部屋に参ります。

今夜、真夜中の2時過ぎに、お部屋の窓を開けておいてくださいませ。

閉めていれば、このお話はなかったことと、させていただきます。

そちらはお返しください」


 メモは回収され、男はそのまま立ち去った。


 真夜中に他国の者、それも“影”に近い人間を入れるなんて背信行為だ。

 自分が殺されるかもしれない。


 だが、それも一興か、と思えてしまった。

 エリザベスが自分の側から去って以降、(ろく)でもないことばかりだ。

 全くいいことがない。



 こんな結婚も望んではいなかった。

 二人の正妃だと?

 身分の最も下の庶民の間でも、陰にまわれば、『二人の間を行ったり来たり。あの王子、さぞかし夜“は”、忙しかろう』などと噂されていた。


 血脈を残す種馬的意義も王族の役割とわかってはいるが、毎日、あの二人のどちらかを抱くたびに、プライドがズタズタにされていく。

 未亡人達と母上の元に通う、父上の気持ちも分からなくなっていた。


 快楽なのか。いや、違うだろう。

 自分は子どもができにくいが、王家の人間としての義務だ、と話してくれた。

 その覚悟は素晴らしく立派だと思うが、父は父、自分は自分だ。


 義務だけで抱く行為など、味気なさしかなかった。

 人間ではなく、人間のために“繁殖”をする、言わば“家畜”だ。


 一線を超えなかったシャンド男爵令嬢との行為や、結婚まで純潔を守らなければならないエリザベスを想い、自ら慰めた行為の方が、何万倍も有意義だった。


 味気なさどころか、自分の中の虚無がどんどん広がり、自分自身が侵食されていた。



 王城に戻ると、今夜の番だったソフィアに『少し体調が優れないので自室で休む。そなたも自愛せよ』と手紙を送る。


 それぞれ薔薇(ばら)と百合の透かしが入った、専用の便箋や封筒まで用意されていた。


 こんなお膳立てされた行為など、種馬より酷い、機械と一緒だ、人間扱いされていない、と(いきどお)る。

 が、それも一瞬だ。

 こんな感情は、徒労に過ぎない。

 本当に生きていることが虚しい。


 父とも誰とも会いたくなく、夕食も自室で摂った。



 そして、その夜—


 時刻通り、ヤツが俺の部屋に来た。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



「これはこれは、ご招待、ありがとうございます」


 ヤツは黒づくめの燕尾服で現れた。

 やることなすことキザだ。



「で、用件はなんだ」


 ヤツは口の前に人差し指を立て、俺に微笑みかける。

 どこにでもいるような、しかし美形な顔立ちだった。


「しい。お声をもう少し小さくなさってください。

用件とは、『エリザベス王女を王国に引き取ってほしい』とのご伝言です」


 俺は注意も忘れ、『はああっ?!』と声を出しそうになった。

 だが、黒革手袋をはめた手に口許ごと押さえられる。


「……次にお約束を守らなければ、お命を頂戴いたします」


 小声の恫喝(どうかつ)に込められた思わぬ迫力に、背筋がゾクゾクする一方、生きている実感が湧いてくる。

 そうだ、これだ、俺を必要とするなにかだ、と自分を取り戻しつつあった。



 ヤツが言うにはこうだ。


 エリザベスと婚約したルイスという第三皇子は、逆恨みで皇太子の生命を狙っている不届きものだ。

 エリザベスも騙されている。


 それだけではない。

 才能が有り余っているエリザベスは、帝国にいる間は、第三皇子を始めとした帝室の人間達に、良いように利用されてしまうだろう。

 自分にはそれを防ぐために手立てがない。

 まだエリザベスを愛しているなら、義妹(いもうと)としてその手に取り戻し、穏やかに暮らさせてやってほしい。



 それが『皇太子の願い』ということだった。

 外遊の時に才能に惚れ込み、帝国内の交流で人柄を知るにつれ、気の毒に思ったらしい。

 エリザベスはそうなのだ。

 その(たゆ)まぬ努力と、健気な性格、そしてあの優しい微笑みで、人を惹きつけていく。


 ただ、当たり前すぎる疑問があった。



「しかし、どうやって?」


「こちらでございます」



 渡されたのは、女性に人気のあるリキュールの小瓶と、小さな水薬の小瓶、そして、その使い方が説明された手引書だった。



「他の方で試そうなどと、ゆめゆめ思われませんように」


 俺はふと浮かんだ考えを言い当てられ、ギクっと肩が上がる。


「特にこのリキュールは、開封すると3日しか、薬の効能が持ちません。

エリザベス様だけに用いられますように」


 俺はヤツの物言いが気に入らず、やる気がなさそうに、手引書とやらもパラパラめくる。



「しかし、本当なのか?人を意のままに操るなんて」


「意のままに操るのではありません。

隠れた望みを叶えて差し上げるのです。

これこのように」



 男は俺の鼻をいきなりつまむと、液体を流し込み、俺は完全に飲み込んでしまう。



「ゲホッ、ゴホッ、な、何を、飲ませた?!


「『百聞は一見にしかず』というのと同じく、『百見は一験にしかず』と申しますでしょう。

ご自分で経験されてなさいませ。

エリザベス様がお好きなのでしょう。

ご一緒にお幸せに暮らされたいのでしょう。

いいではないですか。

普通の兄と妹として、暮らせばよいでしょう。

離婚した王女が元の王家に戻り、そこで平穏に暮らす。

珍しくもございません。

誰からも後ろ指は刺されません。

さあ、楽しい夢を叶えるために、努力をなさいましょう。

そうすればきっと叶いましょう」


「そう、な、の、か……」


「はい。素晴らしい体験となるでしょう」



 飲まされた液体は甘く、胃の腑から全身に回り、身動きが取れない。


 ああ、俺は(だま)されて、死ぬのか。

 最後にもう一度、リーザに会いたかった……。

 リーザ、大好きだ……。リーザ……。


「お、れ、の、リー……」


 視界は黒く染められ、記憶は奪われた。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 次に覚醒した時、俺は床に転がっていた。

 身体中が痛く、冷え切っている。

 夜明けはまだ先の時間だった。



「クッ。くだらない夢を見た。

ったく。なんだって言うんだ。リーザはもう……」



 その瞬間だった。

 俺がエリザベスの愛称を口にした途端、素晴らしい感覚が、頭を支配する。

 周囲の世界が色鮮やかとなり、きらきらとして、全く違って見えた。

 エリザベスをこの手に取り戻したくて仕方ない衝動に駆られる。


 そういう気持ちが、抑えきれないほど湧き上がってくる。



「いったい、いったい、なんだって言うんだ!

あんなもの、夢だ!」



 せめてもう少し眠りたい、温まりたいと、ベッドに潜りこもうとした時—



 夢の置き土産のように、リキュールの小瓶と、さらに小さな薬液瓶、そして手引書が、ベッドの中にあった。


 手引書をパラパラめくると、街で渡された、皇太子からのメモがはさまっている。


 俺は生まれ変わった気分だったが、この日から3日間、高熱で寝込んだ。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 それからは、『エリザベスを取り戻すため』に何でもやった。


 帝国に行くためには、外交を任されるほどにならなければいけない。


 兄と義妹(いもうと)として、家族として、エリザベスと暮らすためには、妃達に子どもがいないと、絶対に口出ししてくるバカが現れるだろう。


 俺は“その日”が来るまで、努力を惜しみなく注ぎ込んだ。



 そして、その日がついに来た。


 なんと、俺に夢と希望を与えてくれた大恩人が、自らの死で、俺を帝国に招いてくれたのだ。


 俺はその死の安らかなことを願いつつ、読み込んだ手引書をさらにめくった。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



【エリザベス視点】



ルイスは、私との約束『アルトゥール様への罰を決める前に、絶対に私を呼んでくれる』を守ってくれた。



「エリー、エリー。起きてくれ」


 優しくも両肩をしっかりと叩き、覚醒へと導いてくれる。


「……ん、んんッ。ありがとう、ルー様。

マーサ、お水を一杯もらえるかしら」


 私は水を飲み干すと、ぶかぶかのルイスの寝衣を着たそのまま、ソファーへ座る。


 マーサには、タンド公爵家から、数着の着替えなどを持ってきてくれるように頼む。

 ルイスはそのために、小姓に色んな指示を出してくれていた。


 仮に、もしも、夜会に少しでも出席できるとしても、あのアルトゥール殿下に、ベタベタ触りまくられたドレスは、絶対に着たくなかった。

 記憶もあいまってまるで呪いのドレスだ。


 お気に入りのデザインだから、あれは焼却処分にして、マダム・サラにもう一度作ってもらおう。


 私がガウンも羽織っていない、寝衣姿を恥ずかしそうに、ルイスに詫びる。

 

「ルー様。お行儀が悪くてごめんなさい。

まだちょっとだるくて……。でも頭はすっきりしてるわ。

今はどの段階なのかしら?」


 ルイスは私を見つめた後、数度頭を振り、質問に答えてくれる。


「アルトゥールの聴取は終わった。

これから上に報告しなければならない。

そうすれば、罪が決まるんだ」


「……そう。ルー様、聴取内容を教えてもらえる?

私の立場なら、知っていても差し支えないでしょう?」


 事件の被害者であり、王国の第一王女であり、帝国の序列第一位エヴルー“両公爵”なのだ。



「わかった。ヤツの自供と証拠品だが……」


 ルイスの説明はわかりやすかった。

 皇太子の異常なまでの執念深さも露呈していた。



「ルイス。もしも私にある程度、高次元の裁量権が与えられるなら、こうしてほしいの」


 私は()えて、“ルイス”と呼んだ。

 彼と同格の、エヴルー“両公爵”の一人として、そして王国の第一王女としての判断だ。


 私の希望を説明すると、ルイスは耳を疑うといった表情を浮かべる。



「そんなことを……。

いや、それでいいのか?!エリーはこんな目に合わせて、散々苦しめたアイツが、そんなことで!!」


「ルイスの気持ちはわかる。

ううん、ごめんなさい。

簡単には言ってはいけない言葉だったわ。

でも、私だって愛する者がこんな目にあったら、生きながらみじん切りにして、ギリギリ意識を(たも)った状態で、帝都の“壁”に晒して、鳥の餌にしたいくらいだもの。

あ、引かないでね。あくまでも、“くらい”よ、“くらい”」


 ルイスは一瞬、『えッ?』と耳を疑う表情をまたしても浮かべる。

 こんな時なのに、なぜか可愛く思わせるルイスってすごい。


 あ、でもどうしよう。

 こんな表情、二度目だ。

 愛想は尽かされたくないんだけどな。



「とにかく私の提案と希望は、さっき話した通りなの。

王国の第一王女、そしてエヴルー“両公爵”の一人としての判断です。

ルイスは、エヴルー“両公爵”として、どう思う?」


 ルイスはしばらく熟考した後、それでも怒りを込めた口調で答える。


「…………本当にできるかどうかだ」


「そうね。そこは確認してみないとね。

あ、マーサが戻ってきたみたい。

私、着替えるから、どこか防音性の高いお部屋に、団長閣下と大使閣下、先生方に集まっていただけるかしら」


「わかった。整えておくよ」



 マーサの遠慮がちなノックが響く。

 私が許可を出すのと入れ違いに、ルイスは出ていった。

 その背中には、まだ消えない怒りが、陽炎(かげろう)のように立ち上っている。


 本当にごめんなさい。ルイス。

 こんなに愛してるのに、酷い判断を求めて。


 私はマーサに手伝ってもらい、重要な話し合いにふさわしい身嗜(みだしな)みを整えた。


ご清覧、ありがとうございました。


前々回で一晩過ぎさせるのは、エリザベスがあまりに可哀想なので、昨夜に前倒しで3回目の更新をしました。

この話の前話は、『71.悪役令嬢の義兄(4)』です。

読み飛ばしにご注意下さい。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

いいね、ブックマーク、★、感想など励みになります。

よかったらお願いします(*´人`*)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★ 書籍、電子書籍と共に12月7日発売★書籍版公式HPはこちらです★

悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
[一言] 種馬の価値しかないことしたのは己なのに、不満持つとかどこまでもバカなんだな。城の最下層に閉じ込めて、子種搾りされるだけの存在でいいよもう。
[一言] 表向きは無罪にするとか?
[一言] 「そんなことでいいの?」とルイスが言うということは 『病死』させるわけではないのでしょうか? こんなバカでも王国の大事な種馬ですし、療養のため蟄居(男子が生まれるまで)というのもありですね。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ