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71.悪役令嬢の義兄 4

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—



※※※※※※※※※※ご注意※※※※※※※※※※※※※

本日、3回目の更新です。飛ばし読みにはご注意下さい。

前話は、『70.悪役令嬢の義兄(3)』です。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。

ルイスとの新生活としては、まずは10歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。



「はいはいはい。ちょっくら、ごめんなすってのう」



 やけにのんびりとした声が、部屋の中にふわっと響き、空気を変える。

 息の切れたマーサが、大きな黒い(かばん)を運んでいた。



 この白い(ひげ)のお年寄りは、現在、私のかかりつけ医の先生だ。

 弔問団と共に帝国に来たが、実は王国からお父さまが派遣された、国王陛下の侍医だ。

 お年は召されてはいるものの、王国では第一の名医とされている。


 アルトゥール殿下は、当然見知っており、ぎくりと一歩後ろへ下がる。

 ルイスは反対に前へ出て、私の様子を端的に説明し、助けを求めてくれる。

 ルー様、ありがとう。


「先生!エリーの様子が先ほどから変なんです。

まるで、アルトゥール殿下の言葉しか聞かないようになっている。

見てください。

手では、ハンドサインで、『助けて』と言い、涙を流しているのに、表情は笑顔のままだ。

何か話すまいとして、唇もこんなに深く噛んで、血が止まらない。

エリーを助けてください!」


「はいはい。ルイス様も落ち着いて。

ああ、そこのお偉そうな方。

アルトゥール殿下の服を改めてくだされ。

何か持ってらっしゃる筈じゃ。

お〜、この匂いは、ふむ。やはりのう」


 私の先生は、のんびり指示を出しながら、決して慌てず、テーブル上に残っていた紅茶をくんくんと嗅ぎ、ぺろっと味を確かめる。


 そして、手を清めると、大きな診療(かばん)から、いくつかの薬瓶を用いて調合する。

 硬直して立っていた私の鼻を、背伸びして(つま)み、口を開けさせ飲ませてくれた。


 爽やかな風味の液体が喉を下りて行くにつれ、ふわあっと、甘い蔓草(つるくさ)が解けていく感覚が、全身を支配する。


 ゆらゆらだけが残り、硬直が解け、よろめいた私を、ルイスが両腕で抱き止め、ソファーに寝かせてくれた。


()めろ!放せっ!ムゴッ」


 アルトゥール殿下はすぐにウォルフ騎士団長に確保され、胸元のポケットから、小さな液体の薬瓶を押収される。と同時に猿轡(さるぐつわ)をかまされ、後ろ手に縛られる。


 先生は薬瓶を光にかざし、何回か振って確かめていた。


「先生、これが……」


「うむ、やっぱりのう。

ところで、あなたのお名前と地位をお聞きしてもよろしいかの。

(わし)は、休暇中の王国侍医長、クレーオスと申す者。

そこにいらっしゃる、エリザベス王女殿下のご実父、ラッセル公爵の依頼を受けて、王女殿下を診察するため、帝国へ参った。

よろしゅうお頼み申す」


「御丁寧な挨拶(あいさつ)痛み入ります。

私は、帝国騎士団団長、ウォルフ・ゲールと申します」


 互いに礼の姿勢を取った後、早速相談を始める。


「ほう。騎士団長閣下。

それは、ちょうどいい。助かりますわ。

とりあえず、一番目立たずに、事情を聞く方法を考えてはくださらぬか。

まあ、大元はそこに転がっとる“おばか”のようだが、ちょいと根深そうでの。

皇女母殿下も被害者のようじゃが、事件現場はここじゃ。

今夜は、外交団をもてなす最後の夜会もあると聞いておる。

大事(おおごと)にしたくないのは、王国も帝国も同じじゃろう?」


「はっ、ご配慮かたじけなく存じます」


 結果的に、私とアルトゥール殿下と侍女長は、一目ではわからない程度に変装させられ、騎士団本部に連れて来られた。


 眠り続ける皇女母殿下には、近衛役の騎士と副侍女長が見守りに就く。


 アルトゥール殿下は抵抗したが、すぐに意識を落とされた。

 その上で、騎士服を着せられ、カツラの上に包帯をまかれ、『任務中、転倒した負傷者』として本部に運ばれた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


「まずは、姫様からじゃの」


 私は他の二人と離され、ルイスの執務室に連れて来られた。


「先生。私はもう、結婚しましたのよ」


「なあに。王女殿下になられたのじゃ。生涯、姫様じゃよ」


 そう言うと、優しく診察してくれながら、事情を聞き出し、唇と背中の手当てをしてくれた。


「あの薬に、これだけ抵抗できたのは、大したもんじゃ。

まあ、いろいろな要素が絡んでいるようじゃが、まずはしばらく休みなされ。

ルイス様の仮眠室があろう?

マーサ殿、看護役を頼みますぞ」


「先生、治療をありがとうございます。

マーサ、ここを好きに使ってくれ。寝衣はそのクローゼットにある」


「かしこまりました、ルイス様」


「ルー様。お願いがあるの。

アルトゥール様への罰を決める前に、絶対に、絶対に私を呼んで。お願い」


 私の気迫に思うところがあったのか、優しく頭を撫でて、頭頂部に唇を落とす。


「わかったよ、エリー。約束する。まずは休むこと」


「ありがとう、ルー様」


 私はルイスの大きな寝衣に着替えると、ベッドの中で、大好きな匂いに包まれ安心し、ふうっと眠りに落ちていった。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 皇女母殿下の侍女長は、最初から神妙に事情を話した。


「アルトゥール殿下は墓参の時、皇太子殿下が王国に来た際に色々語りあったと仰せでした。

興味を持たれた皇女母殿下が、滞在中にしばしば歓談をお願いし、それは楽しそうで……。


アルトゥール殿下が、『自分が知ってる話はこれくらいだが、エリザベスはもっと皇太子殿下と話していたから、違う話も知っているだろう。(たず)ねてみてはどうだろう?』と提案されたのです。


『頼んでみます』と乗り気になられた皇女母殿下も、『出仕日に自分も同席していいか』というお願いには、戸惑われました。

お二人の元婚約者という関係などは、さすがにご存じだったためです。


そこをアルトゥール殿下が、『互いに結婚したし、もう和解している。実際、私の妃達と昔から仲が良く、帝国に来た後も、手紙でやり取りしているほどの親友なんですよ』と、お手紙を見せてくださったのです。


確かにエリザベス殿下の筆跡で、内容も仰る通り、エリザベス様が『お子様が生まれれば、アルトゥール様もお父様になられ、より親密になるでしょう。自分と孤児院を訪問した時は、子どもをとても可愛がっていました』などと書かれていたのです。

『なるほど、もう普通のご関係なのか。こういう感覚は、人それぞれだものね』とご信用されました。


むしろ、アルトゥール殿下の方から、『元婚約者がいたら、話しにくいだろう。最後に現れてびっくりさせたいので内緒に』と提案なされ、『それならほとんど会わないですわね』とお話が決まりました」


 ここまで聞いたウォルフ騎士団長が問いかける。


「だったら、この警護の変更申請書や、紅茶に一服盛ったのはどういうことだ?」


 侍女長が膝のあたりでドレスを握りしめる。

 肩を振るわせ、涙を耐えているようだった。


「私が愚かだったのです。

皇女母殿下は何もご存じありません。

アルトゥール殿下が、『皇太子殿下との話題は、軽度の国家機密に触れる場合もあった。いや、皇太子殿下にお話しているほどなので、たいしたことはない。ただし念のため、警護は外した方がいいだろう』と仰り、『なるほど。懐妊中も男性や出産経験のない女性には聞かれたくない、と警護に外で立哨(りっしょう)してもらっていた』と思い、私が申請書を書きました」


「それならこれは、貴女が書いたと?」

「はい、その通りです」


 侍女長は申請書類を見せられ素直に認めた。

 薬の件もだ。


「……今から考えれば、どうしてあんなことをしてしまったのか……。

皇女母殿下は、全くご存じありません。私の一存です。

先程の軽度の国家機密の件に触れ、アルトゥール殿下が、私に持ちかけたのです。


『エリザベスは生真面目だから、ここが帝国ということもあり、国家機密に触れると、たとえ軽くても話さなくなるだろう。そうなると、せっかくの話も大半が聞けなくなってしまう。


この緊張が取れて、話しやすくなる薬を使えば、気にしなくなり、舌も滑らかになる。

よかったら使ってみないか?』と仰り、自分で紅茶に数滴垂らして飲んで見せたのです。


本当にずいぶん明るくなられ、外交団のお話を面白おかしくされた後、『こんな風になるだけだ。おとなしい皇女母殿下に飲ませても、相乗効果で、普段よりもっと楽しい会話になるだろう。自分も妃との会話で時々使っている。やはり二人もいると、平等も難しい時がある。特にメアリーは気が強いから』との仰せで、『気持ちが明るくなる程度。エリザベスのハーブティーもそうでしょう』とのお言葉に、つい……。


あの真面目なエリザベスのびっくりした顔を見たら、皇女母殿下もお喜びになりますよ。本当に可愛らしいんです。しばらく拗ねるかもしれませんが、そこもまた』などと仰せで……。

つい魔が差したのです。


皇女母殿下は薬など全くご存じなく、それどころか、『隠して元婚約者に会わせるなんて、エリー閣下は怒らないかしら?今からでも取りやめた方がいいかしら?』と迷っていたくらいでした。


皇太子殿下が薨去(こうきょ)された後、お子様といらっしゃる以外は、ほとんど笑われなくなっていた皇女母殿下の、お気持ちを少しでも明るく晴らして差し上げたかったのです……」


「そうして、ああなったと。途中からでも助けを求めなかったのは?」


「アルトゥール殿下に脅されました。

『だれか人を呼んだら、皇女母殿下もただでは済まない。“両公爵”に薬を盛ったと言われ帝室を追われてしまう。このまま、目覚められるのを待っていた方がいい』と。


私は、私は、皇女母殿下を巻き込まないために、と、エリザベス殿下も死んだりなさらないと、そう言われて……。


本当に申し訳ございません。私の命はもちろん捧げます。

ただ、ただ、皇女母殿下は何もご存知ございません。

最後までエリザベス殿下を思いやられ、『やっぱり中止した方が』と仰せだったくらいです……」


「まあ、その辺は、皇女母殿下に後ほどお聞きするとしよう。

ああ、罰が決定するまで自決は禁止だ。

貴女の主人(あるじ)、皇女母殿下が口封じをしたと、言われかねないからな。

それに舌を噛み切っても、なかなか死ねるもんじゃないんだ」


 自分の思いをウォルフに言い当てられた侍女長は、その場にかがみ込み、苦し気に嗚咽(おえつ)を洩らした。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 ウォルフは侍女長の聴取に入る前、王国大使館に手紙を届けさせていた。


『アルトゥール殿下が、皇城内で大問題を起こされた。

捜査のために、殿下のお荷物を全て持って、騎士団本部にお越し頂きたい。

ご協力いただけない場合は、すぐに皇帝陛下に報告し、友好通商条約は破棄されるだろう』


 端的に言えば、恫喝(どうかつ)だ。

 大使館内には帝国の捜査権が及ばないためだ。


 手紙を見た大使は取り急ぎ単独で現れる。

 そこに現れたのはルイスだった。


「アルトゥールがエリザベスに、強烈な暗示にかかる薬を盛った。

自分を愛している、とすり込ませ、王国に連れ帰る計画だった。

運良く薬は解毒された。エリザベスを助けてくれたのは、この方だ」


 ルイスの隣りに座っていたクレーオスが、「(わし)なんじゃよ〜」と場違いに明るく手を振る。


「早く荷物を持ってきてくれんかのう。

王国にとっても、悪いだけの話にはならんじゃろう。

とにかく急いで欲しいんじゃ。大至急。

年寄りは気が短いもんでの」


 トンボ帰りに持ってきた、アルトゥールの荷物から、『手引書』なるものが発見されるのに、そう大した時間はかからなかった。



「さてと……。

尋問は、暗示を解いた方がいいか、それとも今のままがいいかのう」


「クレーオス先生?!

アルトゥール殿下も暗示にかけられていると仰るのですか?」


「たぶんな。よくよく見ると、目の色や顔つきが、ずいぶん違っておる。

色々あったが、そのせいだけとは思えんのう」


「今の暗示を解けば、記憶が消えるのでは?」


「不鮮明になる可能性はあるの」


「だったらこのままで、お願いします」


「ほいさっさ。では、ちゃちゃっと聞き出して、ちゃちゃっと解くかの。

一応、王子じゃ。“おばか”じゃが」


 クレーオスは足取りも軽やかに、ルイスは怒りを持って、大使はびっしょりな汗を拭きながら、アルトゥールが監禁されている部屋に向かった。


ご清覧、ありがとうございました。


前回で一晩過ぎさせるのは、エリザベスがあまりに可哀想なので、前倒しで3回目更新です。

読み飛ばしにご注意下さい。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
[一言] エリザベスが暗示にかかりそうになった回なんかも〜ここで!!止めるとか!!作者は鬼なのか?!と真剣に思ったくらいなので更新してくださってありがとうございます…!! それにしてもクレーオス先生あ…
[良い点] 三回め更新の御慈悲をありがとうございます(*T^T) おじいちゃん先生ぇー!! 頼りになるっ。 乗り込んだ&呼んできてくれたマーサは超MVPですね! たとえバカも薬を盛られてようと甘言…
[一言] 現行犯逮捕ーーー‼(•'╻'• ۶)۶ 本当にばかだよねぇ(>_<。)
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