71.悪役令嬢の義兄 4
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
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本日、3回目の更新です。飛ばし読みにはご注意下さい。
前話は、『70.悪役令嬢の義兄(3)』です。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは10歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「はいはいはい。ちょっくら、ごめんなすってのう」
やけにのんびりとした声が、部屋の中にふわっと響き、空気を変える。
息の切れたマーサが、大きな黒い鞄を運んでいた。
この白い髭のお年寄りは、現在、私のかかりつけ医の先生だ。
弔問団と共に帝国に来たが、実は王国からお父さまが派遣された、国王陛下の侍医だ。
お年は召されてはいるものの、王国では第一の名医とされている。
アルトゥール殿下は、当然見知っており、ぎくりと一歩後ろへ下がる。
ルイスは反対に前へ出て、私の様子を端的に説明し、助けを求めてくれる。
ルー様、ありがとう。
「先生!エリーの様子が先ほどから変なんです。
まるで、アルトゥール殿下の言葉しか聞かないようになっている。
見てください。
手では、ハンドサインで、『助けて』と言い、涙を流しているのに、表情は笑顔のままだ。
何か話すまいとして、唇もこんなに深く噛んで、血が止まらない。
エリーを助けてください!」
「はいはい。ルイス様も落ち着いて。
ああ、そこのお偉そうな方。
アルトゥール殿下の服を改めてくだされ。
何か持ってらっしゃる筈じゃ。
お〜、この匂いは、ふむ。やはりのう」
私の先生は、のんびり指示を出しながら、決して慌てず、テーブル上に残っていた紅茶をくんくんと嗅ぎ、ぺろっと味を確かめる。
そして、手を清めると、大きな診療鞄から、いくつかの薬瓶を用いて調合する。
硬直して立っていた私の鼻を、背伸びして摘み、口を開けさせ飲ませてくれた。
爽やかな風味の液体が喉を下りて行くにつれ、ふわあっと、甘い蔓草が解けていく感覚が、全身を支配する。
ゆらゆらだけが残り、硬直が解け、よろめいた私を、ルイスが両腕で抱き止め、ソファーに寝かせてくれた。
「止めろ!放せっ!ムゴッ」
アルトゥール殿下はすぐにウォルフ騎士団長に確保され、胸元のポケットから、小さな液体の薬瓶を押収される。と同時に猿轡をかまされ、後ろ手に縛られる。
先生は薬瓶を光にかざし、何回か振って確かめていた。
「先生、これが……」
「うむ、やっぱりのう。
ところで、あなたのお名前と地位をお聞きしてもよろしいかの。
儂は、休暇中の王国侍医長、クレーオスと申す者。
そこにいらっしゃる、エリザベス王女殿下のご実父、ラッセル公爵の依頼を受けて、王女殿下を診察するため、帝国へ参った。
よろしゅうお頼み申す」
「御丁寧な挨拶痛み入ります。
私は、帝国騎士団団長、ウォルフ・ゲールと申します」
互いに礼の姿勢を取った後、早速相談を始める。
「ほう。騎士団長閣下。
それは、ちょうどいい。助かりますわ。
とりあえず、一番目立たずに、事情を聞く方法を考えてはくださらぬか。
まあ、大元はそこに転がっとる“おばか”のようだが、ちょいと根深そうでの。
皇女母殿下も被害者のようじゃが、事件現場はここじゃ。
今夜は、外交団をもてなす最後の夜会もあると聞いておる。
大事にしたくないのは、王国も帝国も同じじゃろう?」
「はっ、ご配慮かたじけなく存じます」
結果的に、私とアルトゥール殿下と侍女長は、一目ではわからない程度に変装させられ、騎士団本部に連れて来られた。
眠り続ける皇女母殿下には、近衛役の騎士と副侍女長が見守りに就く。
アルトゥール殿下は抵抗したが、すぐに意識を落とされた。
その上で、騎士服を着せられ、カツラの上に包帯をまかれ、『任務中、転倒した負傷者』として本部に運ばれた。
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「まずは、姫様からじゃの」
私は他の二人と離され、ルイスの執務室に連れて来られた。
「先生。私はもう、結婚しましたのよ」
「なあに。王女殿下になられたのじゃ。生涯、姫様じゃよ」
そう言うと、優しく診察してくれながら、事情を聞き出し、唇と背中の手当てをしてくれた。
「あの薬に、これだけ抵抗できたのは、大したもんじゃ。
まあ、いろいろな要素が絡んでいるようじゃが、まずはしばらく休みなされ。
ルイス様の仮眠室があろう?
マーサ殿、看護役を頼みますぞ」
「先生、治療をありがとうございます。
マーサ、ここを好きに使ってくれ。寝衣はそのクローゼットにある」
「かしこまりました、ルイス様」
「ルー様。お願いがあるの。
アルトゥール様への罰を決める前に、絶対に、絶対に私を呼んで。お願い」
私の気迫に思うところがあったのか、優しく頭を撫でて、頭頂部に唇を落とす。
「わかったよ、エリー。約束する。まずは休むこと」
「ありがとう、ルー様」
私はルイスの大きな寝衣に着替えると、ベッドの中で、大好きな匂いに包まれ安心し、ふうっと眠りに落ちていった。
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皇女母殿下の侍女長は、最初から神妙に事情を話した。
「アルトゥール殿下は墓参の時、皇太子殿下が王国に来た際に色々語りあったと仰せでした。
興味を持たれた皇女母殿下が、滞在中にしばしば歓談をお願いし、それは楽しそうで……。
アルトゥール殿下が、『自分が知ってる話はこれくらいだが、エリザベスはもっと皇太子殿下と話していたから、違う話も知っているだろう。尋ねてみてはどうだろう?』と提案されたのです。
『頼んでみます』と乗り気になられた皇女母殿下も、『出仕日に自分も同席していいか』というお願いには、戸惑われました。
お二人の元婚約者という関係などは、さすがにご存じだったためです。
そこをアルトゥール殿下が、『互いに結婚したし、もう和解している。実際、私の妃達と昔から仲が良く、帝国に来た後も、手紙でやり取りしているほどの親友なんですよ』と、お手紙を見せてくださったのです。
確かにエリザベス殿下の筆跡で、内容も仰る通り、エリザベス様が『お子様が生まれれば、アルトゥール様もお父様になられ、より親密になるでしょう。自分と孤児院を訪問した時は、子どもをとても可愛がっていました』などと書かれていたのです。
『なるほど、もう普通のご関係なのか。こういう感覚は、人それぞれだものね』とご信用されました。
むしろ、アルトゥール殿下の方から、『元婚約者がいたら、話しにくいだろう。最後に現れてびっくりさせたいので内緒に』と提案なされ、『それならほとんど会わないですわね』とお話が決まりました」
ここまで聞いたウォルフ騎士団長が問いかける。
「だったら、この警護の変更申請書や、紅茶に一服盛ったのはどういうことだ?」
侍女長が膝のあたりでドレスを握りしめる。
肩を振るわせ、涙を耐えているようだった。
「私が愚かだったのです。
皇女母殿下は何もご存じありません。
アルトゥール殿下が、『皇太子殿下との話題は、軽度の国家機密に触れる場合もあった。いや、皇太子殿下にお話しているほどなので、たいしたことはない。ただし念のため、警護は外した方がいいだろう』と仰り、『なるほど。懐妊中も男性や出産経験のない女性には聞かれたくない、と警護に外で立哨してもらっていた』と思い、私が申請書を書きました」
「それならこれは、貴女が書いたと?」
「はい、その通りです」
侍女長は申請書類を見せられ素直に認めた。
薬の件もだ。
「……今から考えれば、どうしてあんなことをしてしまったのか……。
皇女母殿下は、全くご存じありません。私の一存です。
先程の軽度の国家機密の件に触れ、アルトゥール殿下が、私に持ちかけたのです。
『エリザベスは生真面目だから、ここが帝国ということもあり、国家機密に触れると、たとえ軽くても話さなくなるだろう。そうなると、せっかくの話も大半が聞けなくなってしまう。
この緊張が取れて、話しやすくなる薬を使えば、気にしなくなり、舌も滑らかになる。
よかったら使ってみないか?』と仰り、自分で紅茶に数滴垂らして飲んで見せたのです。
本当にずいぶん明るくなられ、外交団のお話を面白おかしくされた後、『こんな風になるだけだ。おとなしい皇女母殿下に飲ませても、相乗効果で、普段よりもっと楽しい会話になるだろう。自分も妃との会話で時々使っている。やはり二人もいると、平等も難しい時がある。特にメアリーは気が強いから』との仰せで、『気持ちが明るくなる程度。エリザベスのハーブティーもそうでしょう』とのお言葉に、つい……。
あの真面目なエリザベスのびっくりした顔を見たら、皇女母殿下もお喜びになりますよ。本当に可愛らしいんです。しばらく拗ねるかもしれませんが、そこもまた』などと仰せで……。
つい魔が差したのです。
皇女母殿下は薬など全くご存じなく、それどころか、『隠して元婚約者に会わせるなんて、エリー閣下は怒らないかしら?今からでも取りやめた方がいいかしら?』と迷っていたくらいでした。
皇太子殿下が薨去された後、お子様といらっしゃる以外は、ほとんど笑われなくなっていた皇女母殿下の、お気持ちを少しでも明るく晴らして差し上げたかったのです……」
「そうして、ああなったと。途中からでも助けを求めなかったのは?」
「アルトゥール殿下に脅されました。
『だれか人を呼んだら、皇女母殿下もただでは済まない。“両公爵”に薬を盛ったと言われ帝室を追われてしまう。このまま、目覚められるのを待っていた方がいい』と。
私は、私は、皇女母殿下を巻き込まないために、と、エリザベス殿下も死んだりなさらないと、そう言われて……。
本当に申し訳ございません。私の命はもちろん捧げます。
ただ、ただ、皇女母殿下は何もご存知ございません。
最後までエリザベス殿下を思いやられ、『やっぱり中止した方が』と仰せだったくらいです……」
「まあ、その辺は、皇女母殿下に後ほどお聞きするとしよう。
ああ、罰が決定するまで自決は禁止だ。
貴女の主人、皇女母殿下が口封じをしたと、言われかねないからな。
それに舌を噛み切っても、なかなか死ねるもんじゃないんだ」
自分の思いをウォルフに言い当てられた侍女長は、その場にかがみ込み、苦し気に嗚咽を洩らした。
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ウォルフは侍女長の聴取に入る前、王国大使館に手紙を届けさせていた。
『アルトゥール殿下が、皇城内で大問題を起こされた。
捜査のために、殿下のお荷物を全て持って、騎士団本部にお越し頂きたい。
ご協力いただけない場合は、すぐに皇帝陛下に報告し、友好通商条約は破棄されるだろう』
端的に言えば、恫喝だ。
大使館内には帝国の捜査権が及ばないためだ。
手紙を見た大使は取り急ぎ単独で現れる。
そこに現れたのはルイスだった。
「アルトゥールがエリザベスに、強烈な暗示にかかる薬を盛った。
自分を愛している、とすり込ませ、王国に連れ帰る計画だった。
運良く薬は解毒された。エリザベスを助けてくれたのは、この方だ」
ルイスの隣りに座っていたクレーオスが、「儂なんじゃよ〜」と場違いに明るく手を振る。
「早く荷物を持ってきてくれんかのう。
王国にとっても、悪いだけの話にはならんじゃろう。
とにかく急いで欲しいんじゃ。大至急。
年寄りは気が短いもんでの」
トンボ帰りに持ってきた、アルトゥールの荷物から、『手引書』なるものが発見されるのに、そう大した時間はかからなかった。
「さてと……。
尋問は、暗示を解いた方がいいか、それとも今のままがいいかのう」
「クレーオス先生?!
アルトゥール殿下も暗示にかけられていると仰るのですか?」
「たぶんな。よくよく見ると、目の色や顔つきが、ずいぶん違っておる。
色々あったが、そのせいだけとは思えんのう」
「今の暗示を解けば、記憶が消えるのでは?」
「不鮮明になる可能性はあるの」
「だったらこのままで、お願いします」
「ほいさっさ。では、ちゃちゃっと聞き出して、ちゃちゃっと解くかの。
一応、王子じゃ。“おばか”じゃが」
クレーオスは足取りも軽やかに、ルイスは怒りを持って、大使はびっしょりな汗を拭きながら、アルトゥールが監禁されている部屋に向かった。
ご清覧、ありがとうございました。
前回で一晩過ぎさせるのは、エリザベスがあまりに可哀想なので、前倒しで3回目更新です。
読み飛ばしにご注意下さい。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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