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70.悪役令嬢の義兄 3

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


※※※※※※※※※※ご注意※※※※※※※※※※※※※

流血など、一部残酷でデリケートな描写があります。

閲覧には充分にご注意ください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。

ルイスとの新生活としては、まずは9歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。



 アルトゥール殿下は、私の耳元に唇を近づけて(ささや)く。


「愛してる。君だけなんだ。エリザベス。

あぁ。いけない。つい。

僕の気持ちは後でいい。

『エリザベス。君が愛しているのは、僕だ。アルトゥールだ。

君が、リーザが異性として愛しているのは、アルトゥールだ』」


 ゆらゆら揺れる感覚の中、甘い、心地よく感じる言葉が、直接、注ぎ込まれる。


「エリザベス。リーザ、エリー。

僕の、アルトゥールの声をよく聞くんだ。

『エリザベス、君が愛しているのは、王国の王子、アルトゥール。アルトゥールだ』

さあ、繰り返してごらん」


 嫌だ。絶対にイヤ。


 それでも、私の意志とは裏腹に、口が、ゆっくり、動く。



「わたし、は……、えり、ざ、べす…」



 私の声を聞いた途端、殿下は私に頬ずりする。

 気持ち悪い。でも、動けない。


「そう、そうだよ、良い子だ。続けてごらん。

『私が愛しているのはアルトゥール』

さあ、言ってごらん」



 イヤ!絶対に違う!

 違うのに、甘い、甘い、匂い、味が、頭を、ぼやかしていく。

 ゆらゆらも、続いている。具持ち悪い。



「あい……し、て、る…。ア、ルー、ル、ルー」



 勝手に動く口が、懐かしい発音を拾う。

 そう、違う。私が愛してる人は、違う、この人じゃない!

 それでも、甘い毒は、耳から次々と、送り込まれる。



「おかしいな。手引書には、これくらいでもう、大丈夫なはずなのに。そうか、毒慣らしのせいか。

『エリザベスのすべきこと、やるべきことは、アルトゥールを愛すること』

繰り返してごらん」



 私は頭の芯が、甘さで痺れつつあった。そこに、ゆらゆらが加わり続ける。

 言いたくもない言葉が、口でたどたどしく紡がれていく。



「エリザベス、の、すべき、こと、やる、べき、こと、は、アル、トゥール、を、愛する、こと」



 アルトゥール殿下の表情が、ぱああっと明るくなる。

 さらに耳に繰り返される。()めて!もう()めて!



「『私が愛しているのは、アルトゥール。

アルトゥールの言うことを、エリザベスはなんでも聞く。

エリザベスのすべきこと、やるべきことは、アルトゥールを、愛すること』

さあ、繰り返すんだよ、その通りなんだから。良い子だ。とっても上手だよ」



 私は、甘い、甘いすぎる芳香の蔓草(つるくさ)に、絡め取られていくようだった。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 そのころ、調合室でいつものように待機していたマーサは、時計を気にしていた。


 いつもなら、皇女母殿下のお加減を聞き取り、侍医達と調合の確認がてらの討議を行なっている時間だった。


 ただ、皇太子殿下が亡くなられてから、初めての出仕だ。

 長くなるだろうとは仰ってはいたが、それでも長すぎる。

 部屋の外で立哨していた、タンド公爵家の警護と相談する。


「いつもよりお時間がずっとかかってます。

奥様の体調も万全ではありません。

無理をされているのではと、気になって……」


「確かにマーサ殿の言う通りだが、自分達はエリザベス閣下から、皇女母殿下の警護に引き継ぐようにご命令を受けた。

何かあれば、皇女母殿下の警護が知らせてくださる」


 確かにその通りだ。

 それでもマーサは気がかりだった。


 いつものマッサージでも、いつもより痛がっていた。

 “裏打ち”付きのドレスにも、「肩が少し……」と洩らしていた主人(あるじ)の姿が気になった。


「確認しに参ります。

お嬢様、いえ、奥様のご不調の原因は、皇女母殿下を助けられたが(ゆえ)

皇城儀礼の不敬に問われれば、私が罰せられます」


「少々お待ちください、侍女殿!」


「マーサ殿!お待ちを!」


 追ってくる護衛2名を引き連れ、マーサは皇女母殿下の居室へ向かった。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 一方、ルイスは、夜番明けの仮眠から目が覚め、シャワーを浴びて出たところだった。


 今夜の夜会は、騎士団の儀礼服でいいだろう。

 ちょうど黒だ。

 ガーディアン三等勲章と、エヴルー公爵家紋章のピアスがあれば、“両公爵”の格式としては充分だ。


 そう思いながら、念のため、今日の夜会の警備計画書に目を通そうとしたその時—



 ウォルフがノックと同時に、部屋へ入ってきた。

 いつもの癖を(とが)めようとしたら、顔つきが厳しい。

 吐く息も荒い。



「ルー!お前、言ってたよな?!

今日は、エリー閣下が皇女母殿下の元に出仕するって?!何時(いつ)だ?!」


「え?ちょうど今、お部屋にいる最中でしょう。

背中は痛まず、問題がないなら、その後、タンド家の部屋で休んで、夜会に出席すると」


「今、いるんだな?!」


「たぶん、ですが。いったい、どうしたんですか?!」


「これを見ろ!」


 ルイスのデスクにバンと置かれた書類には、警備変更許可書だった。


 皇女母殿下付きの近衛役からの申請だ。


『皇太子殿下の王国でのお話を、王国のアルトゥール殿下から、お聞きになる。

一部、軽度ではあるが、王国の国家機密が含まれるため、警備はその間、扉外の立哨とする。

ただし、二人のみの面談ではなく、侍女長が必ず側にいることを条件とする』


 この書類には、副団長の許可印が押されていた。



だったら、今!


エリーのそばに、アイツが!



「おい!ルー?!ちょっと待て!ルー!」



 書類を握り潰したルイスは、着かけていた騎士団の儀礼服のボタンもそのままに部屋を出て、一気に走り始めた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


「ですから、ご体調を知りたいだけなんです。

いつもより、ずっと長引いていらっしゃる。

体調があまりよろしくないんです。

どうかお取次ぎを願います」


「皇女母殿下より、王国の国家機密に触れる話もあるので、我らも外の立哨としているくらいなのだ。

皇太子殿下が薨去(こうきょ)されて、初めてのご出仕だ。長引くこともままあろう。

もしご体調が悪くなっても、自己申告できるご親密さだ。

侍女殿もいつも通り、待機なさるように」


 このやりとりが、すでに3回目だ。

 一方、マーサはきな臭さを感じていた。


 お話を聞くとは言ってたけれど、王国の国家機密をなんて、仰ってはいなかった。


 マーサは覚悟を決めて、ドアを大きく叩き始める。

 ドンドンと大きな音が周囲に響くほどだ。


「エリー様?エリー様?ご無事ですか?

マーサでございます。

どうか、ドアを開けて、お顔だけでも開けてくださいませ!

エリー様?ご無事ですか?」


「侍女殿、何をなさる?!乱心召されたか?」


 止めようと体に手をかけようとした、近衛役の騎士に、タンド公爵家の騎士が割って入る。


「エヴルー公爵閣下は、本日、ご体調がよろしくないのだ。真面目なご性格から、言い出せていない可能性もある。

何よりお時間が、いつもの倍以上経っている。

体調確認のみだ。させていただきたい」


「いや、しかし……」


 マーサと、近衛役の騎士と、タンド公爵家騎士が、三つ巴(みつどもえ)になっているところに、ルイスが駆けつけてきた。


 汗びっしょりのルイスに、マーサが言い(つの)る。


「ルイス様!お嬢様が、まだ出ていらっしゃらないんです!叩いてもお返事がなくて!」


「そこをどけ!俺が責任を取る!」


「開けられません!許可を出されたのは、副団長閣下。

ルイス参謀殿の上官でいらっしゃいます!」


「いいから開けろ!」


 ルイスが実力行使に出ようとした時、ウォルフ騎士団長も駆けつけてきた。


「団長閣下!」


 立哨していた騎士が、さっと敬礼を行う。


「ルイス、落ち着け。

扉を開けろ。俺が警備責任の最上位だ。今すぐだ」


 腹からの低い声に、警備役は「はっ!」と場所を譲り、内鍵を鍵で開けようとした瞬間、内側からドアが開く。



「どうなさったの?驚きましたわ」



 貴族女性特有の話し方と美しい声—


 私は自分の声が、自分でないように聞こえたが、『この場を収めないといけない』と、“言われた”。


 『誰に?』という疑問は、甘い霧に消えていく。


「エリー!よかった!」


「エリー様、ご無事ですか?」


「ルイス様、マーサ、私は大丈夫よ。安心して」


 大好きな二人に優しく微笑みかける。

 でも、違う、違う、大丈夫じゃない。

 気づいて、お願い。ルー様!マーサ!


 そんな心の声も甘い蔓草(つるくさ)で、絡め取られ、『この場を収める』という、“命令”に上書きされてしまう。


「ああ、心配をかけて、申し訳ありません。

王国での皇太子殿下のお話をしていたところ、皇女母殿下のお気持ちが、少し重くなってしまわれたようなんです。

たった今、お休みになられたところです」



 私の背後から、アルトゥール殿下の言葉が響いた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 あれから一旦起きた皇女母殿下は、確かに「とても疲れた。申し訳ないが眠たい」と仰り、そのまま眠ってしまわれた。

 侍女長がベッドの側に控えている。


 マーサは何かを嗅ぎとってか、手を握り(たず)ね続ける。


「エリー様?どこかご気分は悪うございませんか?お背中は大丈夫でございますか?」


「えぇ、大丈夫よ、マーサ。安心して」


 違うの、マーサ。背中以外が、大変なの。


 そう言いたいのに、口に出るのは、そんな言葉だ。


『この場を収めなければならない』からだ。



 一方、ルイスはアルトゥール殿下に詰め寄っていた。


「アルトゥール殿下。

あなたは『エヴルー“両公爵”に何かしたら国外追放し、二度と入国を許さない』と、皇帝陛下から勧告されているのをお忘れか?」


「エヴルー公爵閣下?()なことを仰る。

私はリーザには、何もしていませんよ。


ねえ、侍女長?

私は、リーザと、話をしていただけだ。

そうだ。リーザに聞いてみましょう」


 皇女母殿下が眠るベッドの脇から立ち上がった侍女長は、アルトゥール殿下の脅しにより(うなず)くしかない。

 自分よりも、誰よりも、皇女母殿下を守りたかった。



「エリザベス?僕らはここで、話をしていただけだよね?」


「はい、そうです。アルトゥール殿下」



 即答する私の中は、今まで以上に、ゆらゆら、ぐらぐら、と揺れていた。


 甘さに痺れた頭は、振り回されているようだ。

 座り込みたいが、『この場を収める』ことが、絶対命令だ。



「本当なんだね、エリー?

アルトゥール殿下と皇女母殿下と話していただけ。本当にそれだけかい?」


 ルイスは少し身をかがませ、真っ青な瞳で覗き込むように、私に問いかける。


 蔓草(つるくさ)に絡まれた、私のゆらゆらは最大限で、本当のことを伝えたい。

 でも、『この場を収めない』と。



「話しては、いました、皇女母、殿下、とも、アルトゥール、殿下、」



 違う!

 それだけじゃ、ないでしょう、と思う私が、ざあーっと甘い芳香の蔓草(つるくさ)に絡め取られていく。


 ゆらゆらが、蔓草(つるくさ)だらけの私をぶんぶんと振り回すほどで、その勢いで、わずかに開いた隙間から、必死で手を伸ばす。



 伝えなきゃ、伝えなさい、わたし!



「ち、が、」



 その瞬間—


 私の歯が、私の唇を、きりりと食いしばり、これ以上、話させまいとする。


 いや!話したいの!ルー様に、伝えなきゃ!



「エリー?!どうした?!

エリー、血が出てる!どうしたんだ?こんなに歯を立てて!やっぱり変だ!

エリー?エリー?!」


 ルイスは必死に呼びかけ、食いしばりを解こうとするが、手こずっている。

 私の様子を見ていたマーサは、はっとした表情を浮かべ、ドアの向こうに消えた。



 ルイスがせめて私の口元に流れる血を拭こうと、ハンカチを当てた時、その肩をぐいっと、アルトゥール殿下が掴む。



「私の義妹(いもうと)に、それ以上、勝手に触れてほしくはないな。エヴルー公爵」


 ルイスが肩をぐるっと回しただけで、アルトゥール殿下の手は簡単に外れる。



「エリーは私の妻だ。触れる権利がある。そうだろう?エリー」



「はい、ルイス様は私の夫で、触れる権利はあります」



 私はあれほど噛み締めていた口元を、一瞬で緩ませ、嬉しそうに微笑んで問いかけに答える。

 甘い蔓草(つるくさ)も絡んでこない。


 『この場を収める』こと、

 『アルトゥール様の言うことを聞く』こと、

 『アルトゥール様を愛する』こと、

 に反しないためだ。



 『やった!取り戻せた?』と思ったが、それ以外の言葉は話せない。すぐに蔓草(つるくさ)が絡んでくる。

 歯痒くて涙が出そうだ。

 でも泣くと、『この場を収め』られなくなる。


 ゆらゆら揺れ続ける、甘く痺れた頭に、ルイスとの会話が、過ぎては消えた。


 唇からたらたらと血を流しながら、微笑む私は、ドレスを掴んでいた手を必死で動かして、ルイスから教わったハンドサインをする。



    『助けて』と。



 ルイスの青い瞳が、きらりと輝く。


 そこに、いらだったアルトゥール殿下の声が響く。


「リーザは僕を今でも愛してるんだ。そうだろう、リーザ?」


 こんな質問に答えたくないのに、私の口は止まらずに、アルトゥール殿下への愛を語り始める。



「はい、エリザベスはアルトゥール殿下を愛しています。

リーザが本当に愛しているのは、アルトゥール殿下です。

エリーはアルトゥール殿下だけを愛しています。

エリザベスが異性として愛しているのは、アルトゥール殿下です。

リーザが愛しているのは、王国の王子、アルトゥ」


「もういい!()めろ!エリザベス!」


 質問したのに、今度は()めろと言う、

 アルトゥール様の命令に従い、私の口はピタリと閉じる。



 どうしよう、どうしよう、どうしよう。



 『この場を収め』なきゃいけないのに、みんなが私に向ける目が、固まっている。


 何か、人間以外のものを、化け物を、見ているようだ。



 痛い!苦しい!誰か!分かって!



 甘い香りの蔓草(つるくさ)が、私を絡め取ろうとする前に、ゆらゆら揺れて、逃げられたその瞬間だけ—


 私は優美に微笑み前を見つめたまま、緑の瞳から、ほろりと涙を(こぼ)した。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
[一言] 関わった奴みんな極刑!!
[一言] 贈れるものならばマーサに功労賞で、ハーブ癒しスペシャルコースを贈りたいです。 こんな状態になってさえ、場を収めようとするなんて 本当に“天使か女神か”のようですね。 さんざん人に振り回さ…
[一言]  皇太子が使っていた薬か? 誰から貰ったんだ? このバカには無理だろう。白百合? 薔薇妃に先を越されたから、薬を盛ったのか? それとも皇太子の後ろ楯だった貴族か?  痛々し過ぎる、侍女長…
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