70.悪役令嬢の義兄 3
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
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流血など、一部残酷でデリケートな描写があります。
閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは9歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
アルトゥール殿下は、私の耳元に唇を近づけて囁く。
「愛してる。君だけなんだ。エリザベス。
あぁ。いけない。つい。
僕の気持ちは後でいい。
『エリザベス。君が愛しているのは、僕だ。アルトゥールだ。
君が、リーザが異性として愛しているのは、アルトゥールだ』」
ゆらゆら揺れる感覚の中、甘い、心地よく感じる言葉が、直接、注ぎ込まれる。
「エリザベス。リーザ、エリー。
僕の、アルトゥールの声をよく聞くんだ。
『エリザベス、君が愛しているのは、王国の王子、アルトゥール。アルトゥールだ』
さあ、繰り返してごらん」
嫌だ。絶対にイヤ。
それでも、私の意志とは裏腹に、口が、ゆっくり、動く。
「わたし、は……、えり、ざ、べす…」
私の声を聞いた途端、殿下は私に頬ずりする。
気持ち悪い。でも、動けない。
「そう、そうだよ、良い子だ。続けてごらん。
『私が愛しているのはアルトゥール』
さあ、言ってごらん」
イヤ!絶対に違う!
違うのに、甘い、甘い、匂い、味が、頭を、ぼやかしていく。
ゆらゆらも、続いている。具持ち悪い。
「あい……し、て、る…。ア、ルー、ル、ルー」
勝手に動く口が、懐かしい発音を拾う。
そう、違う。私が愛してる人は、違う、この人じゃない!
それでも、甘い毒は、耳から次々と、送り込まれる。
「おかしいな。手引書には、これくらいでもう、大丈夫なはずなのに。そうか、毒慣らしのせいか。
『エリザベスのすべきこと、やるべきことは、アルトゥールを愛すること』
繰り返してごらん」
私は頭の芯が、甘さで痺れつつあった。そこに、ゆらゆらが加わり続ける。
言いたくもない言葉が、口でたどたどしく紡がれていく。
「エリザベス、の、すべき、こと、やる、べき、こと、は、アル、トゥール、を、愛する、こと」
アルトゥール殿下の表情が、ぱああっと明るくなる。
さらに耳に繰り返される。止めて!もう止めて!
「『私が愛しているのは、アルトゥール。
アルトゥールの言うことを、エリザベスはなんでも聞く。
エリザベスのすべきこと、やるべきことは、アルトゥールを、愛すること』
さあ、繰り返すんだよ、その通りなんだから。良い子だ。とっても上手だよ」
私は、甘い、甘いすぎる芳香の蔓草に、絡め取られていくようだった。
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そのころ、調合室でいつものように待機していたマーサは、時計を気にしていた。
いつもなら、皇女母殿下のお加減を聞き取り、侍医達と調合の確認がてらの討議を行なっている時間だった。
ただ、皇太子殿下が亡くなられてから、初めての出仕だ。
長くなるだろうとは仰ってはいたが、それでも長すぎる。
部屋の外で立哨していた、タンド公爵家の警護と相談する。
「いつもよりお時間がずっとかかってます。
奥様の体調も万全ではありません。
無理をされているのではと、気になって……」
「確かにマーサ殿の言う通りだが、自分達はエリザベス閣下から、皇女母殿下の警護に引き継ぐようにご命令を受けた。
何かあれば、皇女母殿下の警護が知らせてくださる」
確かにその通りだ。
それでもマーサは気がかりだった。
いつものマッサージでも、いつもより痛がっていた。
“裏打ち”付きのドレスにも、「肩が少し……」と洩らしていた主人の姿が気になった。
「確認しに参ります。
お嬢様、いえ、奥様のご不調の原因は、皇女母殿下を助けられたが故。
皇城儀礼の不敬に問われれば、私が罰せられます」
「少々お待ちください、侍女殿!」
「マーサ殿!お待ちを!」
追ってくる護衛2名を引き連れ、マーサは皇女母殿下の居室へ向かった。
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一方、ルイスは、夜番明けの仮眠から目が覚め、シャワーを浴びて出たところだった。
今夜の夜会は、騎士団の儀礼服でいいだろう。
ちょうど黒だ。
ガーディアン三等勲章と、エヴルー公爵家紋章のピアスがあれば、“両公爵”の格式としては充分だ。
そう思いながら、念のため、今日の夜会の警備計画書に目を通そうとしたその時—
ウォルフがノックと同時に、部屋へ入ってきた。
いつもの癖を咎めようとしたら、顔つきが厳しい。
吐く息も荒い。
「ルー!お前、言ってたよな?!
今日は、エリー閣下が皇女母殿下の元に出仕するって?!何時だ?!」
「え?ちょうど今、お部屋にいる最中でしょう。
背中は痛まず、問題がないなら、その後、タンド家の部屋で休んで、夜会に出席すると」
「今、いるんだな?!」
「たぶん、ですが。いったい、どうしたんですか?!」
「これを見ろ!」
ルイスのデスクにバンと置かれた書類には、警備変更許可書だった。
皇女母殿下付きの近衛役からの申請だ。
『皇太子殿下の王国でのお話を、王国のアルトゥール殿下から、お聞きになる。
一部、軽度ではあるが、王国の国家機密が含まれるため、警備はその間、扉外の立哨とする。
ただし、二人のみの面談ではなく、侍女長が必ず側にいることを条件とする』
この書類には、副団長の許可印が押されていた。
だったら、今!
エリーのそばに、アイツが!
「おい!ルー?!ちょっと待て!ルー!」
書類を握り潰したルイスは、着かけていた騎士団の儀礼服のボタンもそのままに部屋を出て、一気に走り始めた。
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「ですから、ご体調を知りたいだけなんです。
いつもより、ずっと長引いていらっしゃる。
体調があまりよろしくないんです。
どうかお取次ぎを願います」
「皇女母殿下より、王国の国家機密に触れる話もあるので、我らも外の立哨としているくらいなのだ。
皇太子殿下が薨去されて、初めてのご出仕だ。長引くこともままあろう。
もしご体調が悪くなっても、自己申告できるご親密さだ。
侍女殿もいつも通り、待機なさるように」
このやりとりが、すでに3回目だ。
一方、マーサはきな臭さを感じていた。
お話を聞くとは言ってたけれど、王国の国家機密をなんて、仰ってはいなかった。
マーサは覚悟を決めて、ドアを大きく叩き始める。
ドンドンと大きな音が周囲に響くほどだ。
「エリー様?エリー様?ご無事ですか?
マーサでございます。
どうか、ドアを開けて、お顔だけでも開けてくださいませ!
エリー様?ご無事ですか?」
「侍女殿、何をなさる?!乱心召されたか?」
止めようと体に手をかけようとした、近衛役の騎士に、タンド公爵家の騎士が割って入る。
「エヴルー公爵閣下は、本日、ご体調がよろしくないのだ。真面目なご性格から、言い出せていない可能性もある。
何よりお時間が、いつもの倍以上経っている。
体調確認のみだ。させていただきたい」
「いや、しかし……」
マーサと、近衛役の騎士と、タンド公爵家騎士が、三つ巴になっているところに、ルイスが駆けつけてきた。
汗びっしょりのルイスに、マーサが言い募る。
「ルイス様!お嬢様が、まだ出ていらっしゃらないんです!叩いてもお返事がなくて!」
「そこをどけ!俺が責任を取る!」
「開けられません!許可を出されたのは、副団長閣下。
ルイス参謀殿の上官でいらっしゃいます!」
「いいから開けろ!」
ルイスが実力行使に出ようとした時、ウォルフ騎士団長も駆けつけてきた。
「団長閣下!」
立哨していた騎士が、さっと敬礼を行う。
「ルイス、落ち着け。
扉を開けろ。俺が警備責任の最上位だ。今すぐだ」
腹からの低い声に、警備役は「はっ!」と場所を譲り、内鍵を鍵で開けようとした瞬間、内側からドアが開く。
「どうなさったの?驚きましたわ」
貴族女性特有の話し方と美しい声—
私は自分の声が、自分でないように聞こえたが、『この場を収めないといけない』と、“言われた”。
『誰に?』という疑問は、甘い霧に消えていく。
「エリー!よかった!」
「エリー様、ご無事ですか?」
「ルイス様、マーサ、私は大丈夫よ。安心して」
大好きな二人に優しく微笑みかける。
でも、違う、違う、大丈夫じゃない。
気づいて、お願い。ルー様!マーサ!
そんな心の声も甘い蔓草で、絡め取られ、『この場を収める』という、“命令”に上書きされてしまう。
「ああ、心配をかけて、申し訳ありません。
王国での皇太子殿下のお話をしていたところ、皇女母殿下のお気持ちが、少し重くなってしまわれたようなんです。
たった今、お休みになられたところです」
私の背後から、アルトゥール殿下の言葉が響いた。
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あれから一旦起きた皇女母殿下は、確かに「とても疲れた。申し訳ないが眠たい」と仰り、そのまま眠ってしまわれた。
侍女長がベッドの側に控えている。
マーサは何かを嗅ぎとってか、手を握り尋ね続ける。
「エリー様?どこかご気分は悪うございませんか?お背中は大丈夫でございますか?」
「えぇ、大丈夫よ、マーサ。安心して」
違うの、マーサ。背中以外が、大変なの。
そう言いたいのに、口に出るのは、そんな言葉だ。
『この場を収めなければならない』からだ。
一方、ルイスはアルトゥール殿下に詰め寄っていた。
「アルトゥール殿下。
あなたは『エヴルー“両公爵”に何かしたら国外追放し、二度と入国を許さない』と、皇帝陛下から勧告されているのをお忘れか?」
「エヴルー公爵閣下?異なことを仰る。
私はリーザには、何もしていませんよ。
ねえ、侍女長?
私は、リーザと、話をしていただけだ。
そうだ。リーザに聞いてみましょう」
皇女母殿下が眠るベッドの脇から立ち上がった侍女長は、アルトゥール殿下の脅しにより頷くしかない。
自分よりも、誰よりも、皇女母殿下を守りたかった。
「エリザベス?僕らはここで、話をしていただけだよね?」
「はい、そうです。アルトゥール殿下」
即答する私の中は、今まで以上に、ゆらゆら、ぐらぐら、と揺れていた。
甘さに痺れた頭は、振り回されているようだ。
座り込みたいが、『この場を収める』ことが、絶対命令だ。
「本当なんだね、エリー?
アルトゥール殿下と皇女母殿下と話していただけ。本当にそれだけかい?」
ルイスは少し身をかがませ、真っ青な瞳で覗き込むように、私に問いかける。
蔓草に絡まれた、私のゆらゆらは最大限で、本当のことを伝えたい。
でも、『この場を収めない』と。
「話しては、いました、皇女母、殿下、とも、アルトゥール、殿下、」
違う!
それだけじゃ、ないでしょう、と思う私が、ざあーっと甘い芳香の蔓草に絡め取られていく。
ゆらゆらが、蔓草だらけの私をぶんぶんと振り回すほどで、その勢いで、わずかに開いた隙間から、必死で手を伸ばす。
伝えなきゃ、伝えなさい、わたし!
「ち、が、」
その瞬間—
私の歯が、私の唇を、きりりと食いしばり、これ以上、話させまいとする。
いや!話したいの!ルー様に、伝えなきゃ!
「エリー?!どうした?!
エリー、血が出てる!どうしたんだ?こんなに歯を立てて!やっぱり変だ!
エリー?エリー?!」
ルイスは必死に呼びかけ、食いしばりを解こうとするが、手こずっている。
私の様子を見ていたマーサは、はっとした表情を浮かべ、ドアの向こうに消えた。
ルイスがせめて私の口元に流れる血を拭こうと、ハンカチを当てた時、その肩をぐいっと、アルトゥール殿下が掴む。
「私の義妹に、それ以上、勝手に触れてほしくはないな。エヴルー公爵」
ルイスが肩をぐるっと回しただけで、アルトゥール殿下の手は簡単に外れる。
「エリーは私の妻だ。触れる権利がある。そうだろう?エリー」
「はい、ルイス様は私の夫で、触れる権利はあります」
私はあれほど噛み締めていた口元を、一瞬で緩ませ、嬉しそうに微笑んで問いかけに答える。
甘い蔓草も絡んでこない。
『この場を収める』こと、
『アルトゥール様の言うことを聞く』こと、
『アルトゥール様を愛する』こと、
に反しないためだ。
『やった!取り戻せた?』と思ったが、それ以外の言葉は話せない。すぐに蔓草が絡んでくる。
歯痒くて涙が出そうだ。
でも泣くと、『この場を収め』られなくなる。
ゆらゆら揺れ続ける、甘く痺れた頭に、ルイスとの会話が、過ぎては消えた。
唇からたらたらと血を流しながら、微笑む私は、ドレスを掴んでいた手を必死で動かして、ルイスから教わったハンドサインをする。
『助けて』と。
ルイスの青い瞳が、きらりと輝く。
そこに、いらだったアルトゥール殿下の声が響く。
「リーザは僕を今でも愛してるんだ。そうだろう、リーザ?」
こんな質問に答えたくないのに、私の口は止まらずに、アルトゥール殿下への愛を語り始める。
「はい、エリザベスはアルトゥール殿下を愛しています。
リーザが本当に愛しているのは、アルトゥール殿下です。
エリーはアルトゥール殿下だけを愛しています。
エリザベスが異性として愛しているのは、アルトゥール殿下です。
リーザが愛しているのは、王国の王子、アルトゥ」
「もういい!止めろ!エリザベス!」
質問したのに、今度は止めろと言う、
アルトゥール様の命令に従い、私の口はピタリと閉じる。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
『この場を収め』なきゃいけないのに、みんなが私に向ける目が、固まっている。
何か、人間以外のものを、化け物を、見ているようだ。
痛い!苦しい!誰か!分かって!
甘い香りの蔓草が、私を絡め取ろうとする前に、ゆらゆら揺れて、逃げられたその瞬間だけ—
私は優美に微笑み前を見つめたまま、緑の瞳から、ほろりと涙を零した。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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