69.悪役令嬢の義兄 2
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは8歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「おめでとうございます。これから末長く、よろしくお願いします」
「おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
皇城にて、友好通商条約締結発表—
昨夜、酔いのため、エヴルー“両公爵”に無礼なことをしたとして、王国のアルトゥール第一王子は、別室に呼び出された大使と共に、内密に退出した。
残ったメアリー百合妃殿下は弔問団の随行員達と共に、晩餐会を最後まで務め、皇帝陛下と握手を交わし、大使館へと帰った。
“酒のため”としたのは、帝国側の温情だった。
『次に、息子とその妻、エヴルー“両公爵”に何かしたら、国外追放し、二度と入国を許さない』と中座した皇帝陛下に、通告を受けた。
その時は、「わかりました。申し訳ありません」と神妙にしていたアルトゥール様に、私は違和感を覚えていた。
こんなふうに、感情をコントロールできる人だったかしら。
王族として、もちろん感情の制御は当然のことだが、彼には多少波がある。
良い条件が揃えば、『慈愛深い王』と見え、そこが人間らしいとも共感を得ていた。
だからこその、あの“方針転換”だったのだ。
今回は、それがほぼ感じられなかった。
良い意味でも悪い意味でも、ぶれがなかった。
昨日は謝罪し、今日はそれをすっかり忘れたかのように、堂々と振る舞っている。
本当に、“王子様”そのものの“ようだ”。
次は記念の贈呈品だ。
王国からは真珠を始めとした品々、帝国からは黄金をはじめとした品々である。
式次第を無事に終え、ルイスの横でホッとしていると、メアリー百合妃殿下が私達の元にやってきた。
「エヴルー“両公爵”閣下、昨日は夫が大変申し訳ありませんでした。
夫も深く反省しているようですので、どうかお許しください」
メアリー様は何も悪くない。むしろ、被害者と言っていいくらいだが、外交の場だ。
私達も受け入れる。
「お名前の百合よりもお美しいメアリー殿下。
どうぞお気になさらないでください」
「そうです。あなたが悪いわけではなく」
私は ルイスの右腹を肘で突き、許しの言葉だけを与えさせる。
「ッ!……どうかお気になさらず。メアリー百合妃殿下。
もう過ぎたことです」
「ありがとうございます。では失礼します」
昨日迷惑をかけた人間、一人ひとりに謝罪しているのだろう。
本当に、あの方の妻は大変だ、と、壇上にまだいるご夫君を、遠い目で眺めていた。
「前からああいう性格?」
私の視線に気がついたルイスが耳元で囁く。
つい頬がうっすら桜色に染まるほど、私の旦那様は声も良い。
「あそこまで酷くはなかったけれど、美味しいところを持って行っても、当然という態度ではあったわ」
「父もそういうところはあるしね。
昨日言っていた『やるべきこと』『すべきこと』を考えていたんだが、今日の“あの人”からは、昨日のような気迫や執念は感じられない。
外交的なことではなさそうだ」
「そうね……」
ルイスの意見を聞いていると、ふと納得がいったように呟く。
「ああ、メアリー百合妃殿下は、皇妃陛下に似てるんだな。
ほら、皇妃陛下は今、皇帝陛下を挨拶すべき人間にガイドしてる」
「ご自分で判断はしないの?」
お父さまや国王陛下は、補佐官の意見は聞くが、最終的に自分で決めていた。
「皇妃陛下の方がバランスが良い、と任せてる。
警護役が回ってきた時に気がついた。
皇妃陛下の警護役とリーダー同士、打合せてるんだ」
「なるほど。そういうことね。私たちも大使閣下を助けましょうか」
「了解」
私とルイスは、王国の大使閣下が、他国の大使達と歓談する輪に加わった。
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翌日—
弔問団の代表が、大聖堂の皇太子殿下の墓参を行って以降は、外交団としての日程となる。
墓参は、帝室側の皇帝陛下、皇妃陛下、皇女母殿下、そして私たちエヴルー“両公爵”と、
外交団代表として、アルトゥール殿下、メアリー殿下、大使閣下、合計八人だ。
この空間は狭く、また当然のように、入れる人間は限定されている。
司教様が執り行う、墓参の儀式に従い、私とルイスは、心中はともかく、形ばかりは神妙に振る舞う。
二人で話し合い、『皇妃陛下と皇女母殿下を傷つけないため』に、と決めた。
皇太子の行為により、お二人にこれ以上、傷ついてほしくなかった。
皇妃陛下には、皇帝陛下がぴたりと寄り添っていた。さすがだ。
しかし、皇妃陛下は皇女母殿下を呼び寄せ、何事か話し、手を取り合い佇む。
いつのまにか、お二人の絆は、以前よりも強固になっているようだ。
ご自分の悲しみだけでなく、息子の妻である皇女母殿下にまで、視界を広げ、互いの悲しみを癒し合う。
やはり、皇妃陛下はさすがだと思う。
私とルイス、皇帝陛下は、この二人を見守る形になっていた。
一方、王国側は三人のうち、アルトゥール殿下だけ、熱量が違った。
他の二人は、外交日程の一つを儀礼的に淡々と行っているに過ぎないのだが、アルトゥール殿下だけは、皇太子の業績や性格まで、大使に尋ねていた。
「皇太子殿下と自分は同じ立場だったから、気になるんだそうだ」
耳が良いルイスが、ひそかに教えてくれる。
この空間はかなり響くのに、アルトゥール殿下は、夢中になって質疑応答を繰り返していた。
墓参も無事に終わり、私とルイスは、帝室の三人に付添う形で退去する。
その後を、王国側の三人と、そして鍵をかけるための司教様が確認をしながら、歩いてくる。
「エリー。見られてる。絶対に振り向かないようにね」
「はい、ルー様」
その視線は私も気づいていた。
まだ元通りとは言えない背中に、突き刺さるように感じる。
アルトゥール殿下だ。
私の肩にそっと手を置き、支えるように寄り添ってくれたルイスが、ゆっくりと振り向き、視線をがっつり合わせる。
明らかに威嚇すると視線をずらし、司教様に何がしか話している。
「明日からの外交日程に、付き合わなくて良くなったんだ。絶対にタンド公爵邸から、一歩も出ないようにね」
「わかったわ。ルー様。ありがとう」
帝室側と王国側で、最後に儀礼的なやり取りを行う。
その中で、アルトゥール殿下が、皇女母殿下に訪問の約束を取り付けていた。
「皇太子殿下の業績を知ったが、本当に素晴らしい方だ。ご性格や振る舞いも知りたい」と、話していたのが気になった。
ルイスも気づいているようで、頷きを交わす。
ルイスに任せておけば、大丈夫ね。いつもありがとう。
私はその時、そんな風に考えていた。
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そこから三日間は、外交日程に合わせて進む。
三日目の一泊に、メアリー百合妃殿下がタンド公爵邸に宿泊にされた。
これは以前より決まっていたことで、公爵家をあげて歓待する。
最後は私と同じベッドで眠った。
ルイスも「俺は気にせず、思いっきり楽しむと良い」と、今夜は騎士団泊まりにしてくれた。
こういう女子会的なお泊まりに憧れていた私は、メアリー殿下と、王立学園の1年生前半に戻れたようで楽しい。
「ね、大使閣下が持たせてくれたのよ?牛乳で割ると美味しいんですって。エヴルー産の牛乳で飲んでみたいわ」
濃いめの甘いリキュールをマーサに託し、毒味の上、二人で味わう。
甘味の中のほのかな苦味を、牛乳のまろやかさで包み本当に美味しい。
「ねぇ、美味しくない?」
「本当ね。飲みやすいしとっても美味しい。
私、このリキュール初めて。今度、また飲んでみるわ」
「気に入ってもらえてよかった。あのおバカが、初日にやらかして、本当にごめんなさいね。
大使と私で、ガッチガチに絞めといたわ」
「ううん。もう気にしないことにしたし。
今夜は愚痴はもちろん、ソフィア様の話も聞かせてね」
酒精で心が緩んだのか、メアリー殿下の飲むペースの早さも、口のなめらかさも加速する。
付いてくれていたマーサのストップがかかった時には、私とメアリー様はかなり酔いが回っていた。
そこからミント水に切り替え真夜中を過ぎ、マーサに促されようやく眠ったのだった。
マーサ、ごめんなさい。今度、二人で飲もうね。
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翌朝「少し飲み過ぎた」というメアリー様に、二日酔いに効能のあるハーブティーを調合し勧める。
「ありがとう。かなりスッキリしたわ」と微笑んでくれるメアリー様は、気が強い裏にはこんな可愛らしさを持っている。
アルトゥール殿下も早く気づけば良いのに、とつい考えたが、『私はもう関わらない』と強く思う。
タンド公爵邸の朝食で、エヴルー領の乳製品や野菜、パンや焼き菓子、ハーブを堪能してもらってから、送り出した。
今日は外交日程、最終日で、夜には皇城で、こぢんまりとした夜会が催される。
私は以前から決まっていたスケジュール通り、それに先んじて、皇女母殿下の元を訪れる準備を始める。
これはルイスも知っている。
渋りに渋って、ようやく認めてくれたのだ。
「お背中が本調子でないのに、ご無理なさらなくても……」
「“裏打ち”付きが着られなかったら、私も諦めてたわ。でも大丈夫でしょう?。
調子が悪くなったら、タンド公爵家の下賜されたお部屋で休むわ。
マーサ、心配かけてごめんなさいね」
「さようでございますとも。あんなにお酒を召し上がられて。お酒抜きから参りますよ。
エリー様のハーブティーと相乗効果です。
ご覚悟なさいませ」
「えぇ?!マーサ〜」
私はいつもより念入りに、マーサの美容コースを受ける。
普段の痛気持ちよさより痛みが強かったのは、気のせいではない。
マーサはなぜか不思議がっていた。
「おかしゅうございますねぇ。
以前もやりましたスペシャルのスペシャルでございます。
ルイス様も心配されていたのでございますよ」
「ルー様が?」
「えぇ、ご心配されてました。
お酒が強いはずの奥様も久しぶりの相手だ。
故郷のご友人を前に気を遣って言えず、大丈夫だろうか、との仰せでした。
リキュール類は口当たりが良い分、お酒が進みやすいのです。
“神様にお説教”でございましょうが、お気をつけてあそばせ」
肌の調子は整った私だが、肩がほんの少し気になる。
「やはり」と止めるマーサに、「そうだわ。先生に痛み止めをお願いしましょう」と説得する。
先生の問診を受けた上の処方箋で痛みを散らし、皇女母殿下の元に出仕したのだった。
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「久しぶりですこと。エリー閣下」
「はい、皇女母殿下。心よりお悔やみ申し上げます。力及ばず申し訳ありません」
まだ言い慣れない尊称で私は答える。
「いいえ、エリー閣下は力を尽くしてくださいました。
侍医の方々も、『最後は眠るようだった』と仰っていて……。
苦しんで天に召されるよりも、少しでも、よかった、かと……」
「はい、私もそのように伺っています……」
「では、いつもの通りにお願いします。
あ、そうだわ。お気に入りの紅茶を見つけたの。
それを飲みながら、話してもいいかしら」
いつにないことだが、お心がそれで軽くなるから、せめてものことだ。
私が体調の記録書を読んでいる間に、侍女長が香り高い紅茶を入れてくれる。
問診の際は以前通り、侍女長以外は人払いされた。
今のお気持ちは確かに極力、聞かれたくはないだろう。
「本当に良い香りでございますね」
「えぇ、実家から贈ってくれたのです……」
皇女母殿下を気にかけてくれる人が多いほど良い。
微かな苦味と芳しい香気を味わいながら、問診を続ける。
苦しみと悲しみを、ぽつり、ぽつり、と口にされ、時折り、口ごもる。
それも無理のないことだ。とゆっくり話を伺っていると、くらり、と感覚が揺れた。
『まずい。やっぱり無理だったかな。大切なところだけど、お断りして、下がらなきゃ』、と思うが口にできない。
ゆらり、ゆらゆら、感覚は強くなり、耐えきれず、座っているソファーに片手を付き、身体を支える。
「それで……。その時の…、あの……方の……こと……ば……を……」
皇女母殿下も身体がぐらりと後ろに倒れ、ソファーの背もたれに身体を預ける。
『妃殿下まで?!いったい、誰が?!侍女長なの?!』
私は声に出せず、ただ必死に体勢を維持する。
ゆらゆらとする感覚は止まらない。
誰か、もう一人の足音がこちらに向かってくる。
「こ、これはどういうことです?!
王国での皇太子殿下のお話は、確かに伺いたいと申しました。
ただ一部に、ごく軽度の国家機密があるから、エリー閣下はそのままでは話されないだろう。
そのお薬を使えば、お口が軽くなると、言われてたではないですか?!」
寝室の奥から、ドアを開けて現れた人物に、侍女長が言い募る。
「そうですよ。ただ少し効き過ぎたみたいですね。
大丈夫。放っておけば、すぐに抜ける薬なんです。
試してみましょうか?」
この声は……。知ってる……。
やめて……。いや……。
「そう、なんですか」
「嫌だなあ。私が大切に思う義妹に、ひどいことをするわけ、ないじゃないですか?
私だって、同じものを飲んだけど平気でしょう?
皇女母殿下も眠ってらっしゃるだけですよ。
でも、だれか人を呼んだら、皇女母殿下もただでは済まない。『“両公爵”に薬を盛った』なんて帝室を追われちゃうんですよ。
このまま、目覚められるのを待っていた方がいい。
エリー?君は、本当に、我慢強いね?
無理はしなくて、もういいんだ。
さあ、話してごらん」
誰かが倒れかけた私を助け起こし、耳元で囁く。
「うん、話せるものならね。クックッ……」
アルトゥール殿下だった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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