68.悪役令嬢の晩餐会(ばんさんかい)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは7歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「ヤツはいったい何を考えてるんだ?俺にはさっぱりだ。訳がわからない」
ルイスが怒りに震えた声で、自問自答している。
私は小さくため息をついて、答える。
「…………何も考えてないと思うわ。
考えてたら、こんな暴挙、恐くてできないもの。
王立学園の時と全く変わらない。
半年間の特別訓練とその後の再教育で、どうにかなってると思ってたのに……」
「何も考えていないって点では、私もエリーに同感ね。
ソフィア薔薇妃様が懐妊されて、『種馬としては役に立つようだ』みたいに言われた。
それで、ありもしない似非プライドが、深く傷ついたんでしょうね。
その薄っぺらなプライドが、光り輝いていた時期はいつか?
って、無意識に考えて、とにかくエリーが手に入れば、全てが上手くいってたあのころに戻れる。
とでも思ってるんじゃない?
プライドが無駄に高い人にはよくあることよ」
伯母様の分析は的確だと思った。“アレ”に会ってもいないのにすごいと思う。
「伯母様ってすごい。あの方に会ってもいないのに」
「ふふふ。エリー。謎解きをしてあげましょうか」
「え?」
伯母様が優しく微笑みかけてくださる。
ふと、幼い日のお母さまを思い出した。
「ラッセル公爵閣下から、念入りにお話を伺っていたのよ。
“矯正”がうまくいけば、バカ(=王子)でも王子だ。
外交でやってくる可能性もある。
その時は、お目付役も少なく、開放感でまたバカをやる可能性が非常に高い。
エリーに迷惑をかける可能性も高い。
『どうかエリーを支えてください』ってね。お話をしてくださったのよ」
「お父さまが……。伯母様に……」
「えぇ、そうなの。ね、あなた」
「ああ。そうだよ。エリー。安心しなさい。
ルイス様も、お気持ちはわかるが、同じ試合場には立たないことです。
何が大切か、という価値観がこれだけ違う者と、それも腹を割って親交を結びたい、と思う相手でなければ、『何を考えている』など思うのも時間の無駄。
ルイス様。『あの人間は何を考えているのだろうか?』
これは基本的に、相手を理解しようとする時に考える方法です。
ルイス様は、“アレ”を理解したいと思われますかな?」
「思わない。全く思わない」
「そうでしょう?だったら、そこを考えるのは、時間がもったいないでしょう。
明後日には到着するのです。
考えるべきは対策です」
「その通りですわ、さすが、私のあなた。
到着されたら、まずは晩餐会よね」
「ああ。服喪中故、大きなものはできないが、こぢんまりとやる予定だよ」
「だとすると、あの方はエリーの出席も要求してくるでしょう。
『我が妹と久しぶりに語りたい』とか言っちゃって。見かけだけカッコいいと、中身が伴わない時は、悲劇よね。
本当にバカ(=王子)に見えるんだもの」
「私の出席?大使館からも皇城からも言われてません」
「一人か二人は、すぐに増やせますよ。
さすがにエリーだけと言うのが無理でしょう。
ルイス様もご一緒ね。
さて。問題です。この場のもてなし役は何方でしょう?」
私はピンときた。さすが伯母様だ。
「皇妃陛下です!」
「その通り。だったら、皇妃陛下にお願いしに行きましょうか。
明後日の晩餐会は、趣向を考えませんかって」
「趣向?ですか?」
「そう。嫌な御方の我儘を聞いて、ドタバタ整えて出席するより、最初から堂々と、迎え討てばいいのです。
ね、ルイス様。『備えあれば、憂いなし』と言うでしょう?
皇妃陛下にお使いを出して、なるべく早めに会っていただきましょう。大丈夫。
ルイス様は、これからですよ。
相手は見かけだけ王子なんです。
見かけも中身もある。“王子様”になりましょうか?」
伯母様の見えない圧力に、ルイスも押され気味だ。
「お、わ、私はすでに臣籍降下している。タンド夫人」
「あら?戦う前に逃げるんですの?
エリーが選んだ相手は、中身だけでなく、外見も素晴らしい方が良いに決まってるじゃありませんか?違います?」
「あ、その、違わないと、思うが……」
伯母様、すごい。ルイスが押されてる。がんばれ、ルイス。
「だったら、今からでも磨いておきましょう。
マーサ。執事長を呼んでくれるかしら?」
「はい、かしこまりました」
「……タンド公爵?」
「ルイス様。腹をくくりましょう。
動物界でも、婚姻相手を探す時は雄も念入りに自分を整えるそうですぞ」
「そ、そうなのか?エリー、俺はもう、エリーがいるから……」
そこに執事長と侍従達がやってきて、ルイスは無慈悲にも連行されて行った。
もちろん私も、マーサの美容コースに叩き込まれた。
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伯母様のお力添えで、皇妃陛下のご協力も仰げ、迎えた弔問団到着日—
夜の晩餐会に備えていた私を、訪ねてきた方がいた。
お父さまが、第二皇子に毒を盛られた私を心配されて、派遣してくれたお医者様だ。
それも王国きっての名医でいらっしゃる。
何せいつもは、国王陛下の脈を取っているのだ。
「いや、たまには若い姫様がたの、お脈も拝見したくなりましてな。陛下は弟子に押し付けて参った」
弟子とはこれも天才肌のご子息で、ちょうど脂が乗ってきた年齢だ。なるほど。あの方がいれば、陛下もこの方を一時的でも手放すだろう。
「帝国には王国にはない、薬の材料もある。若いころにもきましたが、知識を多少重ねた目でも新鮮でしょうぞ」
「本当に心強いです。今は少し取り込んでいるので、明日からでもよろしいですか?」
「なになに。基本は5分で済む。少しお待ちなされ」
私は一通り見てもらうと、『表面上は問題なし。あとは精査が必要』との診断後、再び晩餐会の準備に集中した。
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その夜—
皇城のとある広間で、王国からの弔問団のために開かれた晩餐会は異色だった。
「息子は明るい雰囲気が大好きでした。
よろしければ、同性同士、気兼ねなくお話しいただけますか?
アルトゥール第一王子殿下、メアリー百合妃殿下」
「え、これは初めての形式で……」
「大丈夫ですわ。普段より女性に気遣いなく、お気軽にお過ごしになってくださいね。
あなた、ルイス。ホスト役、よろしく頼みましてよ」
皇妃陛下の振りに、やる気満々の皇帝陛下と、落ち着いたルイスが応える。
「あい、わかった」
「母上。承知しました。父上、お声掛けを」
「ふむ。なかなか照れくさいが面白い趣向だな
アルトゥール第一王子殿下、お席はこちら。
儂とルイスの間だ。
遠路よくお越しくださった。息子も喜んでいるだろう」
「はっ、帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
わざわざ手ずからのご案内、痛み入ります」
「まあ、そうそう固くならずに。
そうじゃ、ルイスとは二歳違い。話も合おう」
アルトゥールはすかさず、実物のルイスの爪先から、頭の上まで目を走らせるが、隙は無い。
それどころか、白いシャツ、黒いテールコートに、左肩から右腰にかけての真紅のサシェにはガーディアン三等勲章と星章と、押し出しも良い。
黒髪に真っ青な瞳は美しく、右頬の傷跡さえ雄々しさの象徴だ。
カフリンクスやスタッドボタン、ネクタイピン、そして耳のピアスには、エヴルー公爵家紋章が煌めく。ポケットチーフは少し外し、エリザベスの瞳の色、緑だ。
「そうですね。我が最愛とは二つ違いですので、アルトゥール第一王子殿下ともそうなるかと。
ああ、申し遅れました。
私はルイス・エヴルー公爵と申します。
天に召された皇太子は、我が兄です。先日、我が最愛と婚姻する際、臣籍降下いたしました」
「これ、ルイス。我が最愛、我が最愛、と本当のことを、そう連呼するな。儂も言いたくなるではないか?」
「お止めはしません。兄上もそうだったではないですか。ご挨拶が長引きました。どうぞ、ご着席を」
皇帝陛下、アルトゥール、ルイスと三人並びで座ったが、いつもは話題を提供してくれる皇妃陛下がいらっしゃらない。
皇帝陛下は内心不安だったが、ルイスが果たしてくれていた。
昨夜、皇妃から聞いたエリザベスへの仕打ちには、舅として思うところもある。
どれ、儂も少しは良いところを見せて、今夜、「さすが、私のあなたね」と久しぶりに言ってもらいたい皇帝陛下だった。
一方、女性同士は、雰囲気だけで華やかだ。
全員、黒のドレスだが、メアリー百合妃が着ると、華やかに映える。
皇妃や皇女母殿下達と挨拶を終えると、エリザベスと言葉を交わす。
「相変わらず、お美しいこと。メアリー百合妃殿下。亡き義兄のために王国から来てくださって、ありがとうございます」
「エリザベス王女殿下こそ、お幸せは王国まで風が運んでくれますわ。何でも“運命の出会い”を果たされたとか。
お召し物を拝見するだけでも、愛情が滴ってきそうですこと」
メアリーがそう評するのも無理はない。
マーサの手により磨かれた白くなめらかなデコルテには、大粒の真珠が二重に連なり、中央には大粒のサファイアが輝く。
出身国の王国を表す真珠と、夫のルイスの瞳と同じサファイアだ。
「運命の出会い…。
新聞にはそう書かれましたけど、最初はなんて陳腐な、と思ってましたの。
だって、事情が事情でございましょう?」
アルトゥールとシャンド男爵令嬢の恋も、側近達や応援する生徒達により、似たように吹聴されていたからだ。
向こうは確か“真実の愛”だったか。
真偽はどうか明らかすぎるくらい明らかだ。
「まあ、そうでしょうねえ」
「それが日を重ねるごとに、本当にそのように思えてきましたの。色々ありましたけれど…」
「その“色々”をもっと詳しくお願いしますわ。
ソフィア薔薇妃殿下も、エリー様のお話を楽しみに待ってるんですもの」
「まあ、そう急がずに。亡き義兄上と皇女母殿下のお義姉様は、とても仲がよろしかったんですの。
ね、皇妃陛下」
「そうですわね……」
ここで皇妃陛下が、亡き皇太子と妻のエピソードをいくつか話す。
巧みに面白みも引き出し、皇女母殿下はしんみりしつつも、微笑みも浮かべる。
メアリーをもてなしながら、歓談を続けていた私が、お花摘みに立つ。
終わって出てきた廊下には、案の定、アルトゥールが立っていた。
「リーザ。運命の恋なんて、嘘だろう?たった1年も経たずに。
僕たちには、やるべきこと、なすべきことがあったんだ。
一緒に王国へ帰ろう」
まっすぐな瞳が逆に恐い。
私はドレスに潜めていた、大聖堂で土産に売っている鐘を模した鈴を取り出し軽く振る。
『チリーン、チリーン』
「リーザ、何のつもり?そんなの誰にも聞こえないよ。ここは離れてる。ちょうど良い。
僕の話を聞いて欲しいんだ」
その間にも、『チリーン、チリーン』と鈴の音は響き続ける。
「リーザ!その鈴を捨てろ!」
苛立ったアルトゥールの大声が響き、私に迫ってきた時、その背後にすっと音もなく、ルイスが立った。
他国の王族にマナーの範疇で近寄られれば、断れない。
だったら苛立たせ、マナー違反させれば良い。
それが伯母様と私の分析を元にした、ルイスのアイディアだった。
「我が最愛に、大声で怒鳴り命じるのは、止めていただこう。あなたは、宝物とその権利を捨て去った」
ルイスがアルトゥールの手首を後ろ手にひねり上げる。
「ツウッ!」
「我が最愛、エリザベスにこれ以上、近づかないと誓っていただけないと、あなたの左手首は役に立たなくなるだろう」
「わかった!わかったから、放せ!」
ルイスが手を離し、私に近寄り抱き寄せる前に、ハンカチで手を拭く。
「汚いものに触れた手で、エリーに触るところだった。
エリー、待たせたね。さあ、行こう」
一度私を抱き寄せ、微かに傷んだ背中を優しく撫でてくれた後、エスコートの姿勢を取る。
アルトゥールは、それでも私をねっとりと見つめ続ける。
「……リーザは僕とやるべきことがあるんだ」
ルイスは顔色を一切変えずに、冷徹に言い放つ。
「俺はこの宝を手放す気は一切ない。
悔やむなら、己の過去を悔め。
貴殿のやるべきこととは、それだ」
「……ッ」
アルトゥールが悔しそうにうめく声が、皇城の廊下に響いた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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