67.悪役令嬢の義兄 1
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは6歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリー様、大丈夫でございますか?」
マーサが真顔で尋ねる。珍しい。
「大丈夫よ。どこか変かしら?」
「いえ、ご無理もないのですが……。
差し出がましく、申し訳ありません。
マーサは何でもいたします。
お嬢様。どうか、お気兼ねなく仰ってくださいませ。
お望みなら、たとえ不敬に問われようとも、私が締めてまいります」
マーサ。奥様がお嬢様になってるわ。
伯母様以外は、どこか気を遣いすぎというか、怒りすぎというか、気持ちはよくわかる。
でも、とっくの昔に、終わったことなので、事務的に、対処しよう。
あなたの存在なんて、紙よりも薄っぺらいと、より軽やかに。
そうしよう。
まさか、帝国で会うことになるなんて、私も思っても見ませんでしたが。
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皇太子殿下葬儀の場にての、皇太子妃殿下襲撃事件から、はや8日—
肩から背中にかけての打ち身の痛みも、かなり軽くなった私は、王国大使閣下の訪問を、タンド公爵邸のサロンにて受けていた。
「……つまり、皇太子殿下の弔問に、アルトゥール第一王子殿下とメアリー百合妃殿下がいらっしゃる。
これでよろしゅうございますか?」
ソフィア薔薇妃殿下は懐妊中だ。
まずは妥当だろう。
「はい、エリザベス第一王女殿下。まちがいございません」
「わざわざご連絡いただき、ありがとうございます。
ただ弔問先は皇帝陛下、もしくは皇女母殿下でございましょう?
私は帝国では、エヴルー公爵。一臣下に過ぎません。
何か、せねばならぬことがあると仰るのでしょうか?」
皇太子妃殿下は、正式に『皇女母殿下』と呼称を変えられた。まだ言い慣れない。
大使はごくりと唾を飲み込む。
常にはないことだ。
私は冷やしたハーブティーを、優雅な所作で勧める。
ひと口飲んで、やっと口を開かれた。
聞いた瞬間、その口を閉じたくなったけれど。
「…………その、エリザベス殿下に、案内をして欲しいと仰られ……」
耳を疑う。
いったい、あの方は何を言っているの?
「え?私はこちらに来て、まだ1年と5ヶ月です。
ご案内は大使閣下が最適かと存じます」
「それが……。どうしても、義妹エリザベスに会いたいと仰せでして」
あの方の“いもうと”と呼ばれ、背中がゾワゾワっと総毛立った。
あの、猫がシャーと鳴く時に毛が逆立つ感じだ。
いけない、落ち着かなければ。
貴族的微笑を浮かべ、わざとゆっくり話す。
「さようで…ございますか。
私は、全く、会いたくございませんが?
あの方は、自分が私に何をやらかして、今、何をされたいと仰せか、分かってらっしゃるのでしょうか?
私、もうすぐ静養が明けましたら、帝室の方々にご挨拶の上、エヴルー公爵領へ戻りますの。
職務が山積みに溜まっております。
服喪期間でもあり、社交シーズンも今月で終わりで、早めに繰り上げようと思っていたのです。
それに、弔問団も、公務は弔問だけでなく、来月早々に発表される両国間の友好通商条約の件でお忙しゅうございましょう?」
そう。今はあの皇太子の服喪期間なのだ。
ただ異例なことだが、1年が半年となった。
本人の遺言書に強く書かれていたそうだ。
『子どもが暗い雰囲気の中で、育ってほしくない。明るく元気に育ってほしい』と。
私には皇帝陛下の本音に思えて仕方ない。
皇妃陛下のご出産は9月予定のためだ。
ちなみに、各国の大使の方々は、感染予防ということで、葬儀にはご遠慮願い参列されていなかった。
本当によかったと思う。
「は、はあ……。エリザベス殿下の仰る通りなのです。
ただメアリー百合妃殿下も、王女殿下にお会いしたいとの仰せでございます」
私はその言葉に懐かしさがあふれる。
今、どうしておられるだろう。ご苦労なことには間違いないだろうが。
「まあ。メアリー百合妃殿下“でしたら”、私も、ぜひお会いしとう存じます」
メアリー様と“なら”、と伝えたのだが、ここで大使が、ほっとした表情を見せる。
「その、“ついで”、ということでいかがでしょう?」
「……ぜ・っ・た・い・に、イヤですわ」
私は満面の笑みで断る。
どこに、以前自分が婚約解消された女性と、妻を同席させる男性がいるだろう。
目の前の申し込みは こういうことだ。
大使の肩が、がっくり落ちる。
「……さようでございますよね」
「大使閣下。はっきりと仰ってくださいませ。
あの方は何が目的で、私に会いたがっておいでですの?」
大使が額の汗を拭う。ハンカチの色が変わるほどだ。
「……その、婚約解消の時、きちんと話し合えていないので、話し合いたい。自分が前を向けないとも仰せです。
こう、仰り始めたのが、帝国に入国されてからで、メアリー百合妃殿下が仰るには、『落とし前を付けないと、一生バカな事を考えそうなので、協力して欲しい』とのことです。
大変まずいことに、大使館に宿泊なさらないともおっしゃってまして……」
そうか、そうか。帰ったら、廃嫡されたいんだな。
王位継承権を剥奪されたいのか?
あ、でもできない。
王位継承権は、剥奪された元王族の子孫には与えられないためだ。
王国の法律では、戦争や暗殺など例外規定を除き、出生した時点で、その父母どちらかが、王位継承権を持っていないと認められない。
再・帝王教育で学んだのかしら。
余計なことは覚えるのが早い。
「大使館に宿泊されない?
一体どこに泊まるというのです。
大使と自国が上手くいってないと、帝国中に触れ回りたいのでしょうか」
大使がこうまで仰るのがよく分かった。
自国の王族が、他国へ訪問に来て、大使館に宿泊しないなんて、その大使に信用がおけないと、公言しているようなものなのだ。
そうなると、帝国内で、大使の発言は軽く見られるだろう。
そこまでして、私に会いたいって、頭の中、猫じゃらしでも、ぎっしりなのかしら。
いや、猫じゃらしはもったいない。
牧草として役立つもの。
エヴルーでも子牛がむしゃむしゃ食べてて、可愛かった。
あ、いけない。現実に戻らなきゃ。
私まで、アレと一緒にされたくない。
しかし、大使の答えはさらに突き抜けていた。
「…………宿泊は、義妹である、エリザベス殿下の元がいいと仰せなのです。
義妹がお世話になってる方々に、義兄として、お礼が言いたいと」
私はあまりの非常識さに、眉が上がる。
気心の知れた大使になら許されるだろう。
「いい加減にしてください。
タンド公爵家まで巻き込むつもりですか?」
「……申し訳ありません」
「それで、メアリー殿下はいつご到着なのです?」
殿下の名前は、口にしたくもなくなっていた。
「明後日、でございます」
私は耳を疑う。
仮に、の話だが、他国の王族を泊める準備を、たった二日でしろと?
「……閣下?そんな日程で、お泊めできるわけございませんよね?
殿下はお頭の中が、いよいよ空っぽになったとか?」
「あの、実は7日ほど前から、面会させていただきたいと、お手紙を出していたのですが、面会謝絶とのお返事でした。
私も手紙を早馬でやり取りし、説得を続けていたのですが、譲られず……」
ルイスの処置が裏目に出た。
いや、こんなことを言いだす王族がいるなんて誰が思うだろう。
「ずいぶん強気ですこと。
王位継承権を盾にしても、帰国されれば、幽閉が待ってますわよ」
「それでも構わない。エリザベス殿下にお会いして、謝罪されたいそうです」
話が見事に一周、回ってしまった。
「大使閣下。
私には信じられないことばかりなのです。
つまり、私と会えないと、大使と王国の面目を丸潰しにした挙げ句、帝国の重臣宅に押しかける。
こう、仰ってるということでしょうか?」
「まとめると、そういうことになります」
大使は表情が抜け落ちた顔で答える。
私も同じ思いだ。
「いっそ、エヴルーで一週間ほど、あるお部屋の中“だけで”、おもてなししましょうか?
外交日程は、メアリー殿下だけでも、充分にこなせますわよね?
体調を崩されたとでも帝国側に言って、エヴルーに軟禁?、失礼、滞在なさる。
ああ。もっと良いことを思いつきました。
『回れ右』をして、帰っていただきましょう。
ウチから数名お出しして、王国の王城まで無事にお届けします」
大使はこめかみを揉んでいる。
表面化しなければ、何の問題もないはずだ。
「……それは最終手段で、私も申し上げました。
勝手にお名前をお出しして、申し訳なかったのですが、『ご夫君のルイス公爵閣下がお許しになるはずがない。下手をすれば、命が危ういし、強制送還ですぞ』と。
それでも構わない。望みが叶わなければ、いっそのこと、と仰せです……」
大使が大きくため息を吐く。
私も吐きたい気持ちはよくわかる。
分かりすぎるほどだ。
「……本当に、手が付けられない…。暴走?ですわね」
「ソフィア薔薇妃殿下が、ご懐妊あそばしてから、情緒不安定になられた、とメアリー百合妃殿下のご観察です。
『自分の存在意義はなくなった。本当にやるべきこと、すべきことをしたい』と、思いつめていらっしゃる、との仰せです。
『有り体に言うと、面倒で仕方ないので、この“おバカ”の未練をどうにかしてほしい』との仰せです……」
「大使閣下。不敬でございますわよ。
私は、耐えに耐えに耐えに、耐えておりましたのに……」
「ここにいるのは、私と殿下と専属侍女の方のみ。
どこからも洩れますまい」
「私もお気持ちはお察しします。
お父さまがアレをバカ(=王子)と連呼していたお気持ちが、よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおく、わかりました。
では、私が会えば、大使館に泊まり、外交日程もこなされる。それでよろしいですか?
会うのは最終日でよろしいでしょうか?
1週間ですわよね?」
「……それが、出迎えてほしい。外交団を案内してほしいとの仰せです」
私は怒りが湧いてきた。正直、いい加減にしろ、という思いだ。
「やりたい放題ですわね。
帝国序列第一位のエヴルー公爵の予定が、三日前に決められるとでも?
ずいぶん軽々しい扱われようですこと。
大使閣下。私がお手紙を書きましょう。
『申し訳ないが、業務が山積みで、お出迎えも案内もご無理です。
以前、シャンド男爵令嬢と遊び回っていた貴方の代わりに、国務を行なっていた時よりも、ずっとずっと楽しく大変充実しているが、非常に忙しい。
私の義兄と仰せなら、大使館に滞在し、大使と協力し合い、王国のため、しっかりお務めを果たしてください。
怠ける方を義兄とは絶対に呼びたくありません』と。
おそらくはそれで落ち込んで、少しは言うことを聞くでしょう?」
「ありがとうございます!エリザベス殿下!かしこまりました!早馬で届けさせます」
大使閣下は泣かんばかりの喜びようだ。
よく見ると、目の下にクマもある。心労はかなりのものだった。
私はマーサに用意させ、手紙を書きながら、大使に尋ねる。
「しかし、情緒不安定で、やるべきこと、すべきことが、私との話し合いって、本当に分かりませんわ。
国王陛下の思いやりで、私は第一王女となり、あの方との未来は、ぜ・っ・た・い・に、ありえません。
法律改正をしても、禁忌です。
貴族も、王国民も、許すはずがないでしょう」
王国でも帝国でも、実子と同じく養子でも、婚姻はできない。養子縁組を解消した後もだ。
元々あった禁忌が明文化されたもので、忌避感も非常に強い。
「それが……。芝居や恋愛小説でよくあるパターンなのです。
困難があればあるほど燃え上がるというか、そういう状態で、非常に鬱陶しいと、メアリー百合妃は仰せです。
あの気丈なお方が、『一緒の馬車が地獄に思えてくる』とまで書かれていました……」
「はあ。アレは現実ではないからこそ、浸れて、自己陶酔できるのです。
シャンド男爵令嬢の時もそうでしたが、元々、そういうご趣味なのかしら?
現実と空想を混ぜていらっしゃるのね。危険ですわ。
はい、これがお手紙です。
この件に関しては、至急、伯父様とルイス様と協議いたします。結果はお手紙でのご報告か、こちらに足を運んでくださるかでしょう。
ただし、タンド公爵邸の宿泊はあり得ません。
念のため、ホテルを押さえてください」
「はっ、すでに一流ホテルは押さえております。
大使館の設備が故障したとでも言えますので」
「素晴らしいお手配ですわ。それではよろしくお願いします」
私は大使を見送ると、皇城の伯父様とルイスに手紙を送り、マーサに伯母様の予定を確認した。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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