66.悪役令嬢の約束
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは5歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「確保!よしっ!殺すなよ!」
物騒な言葉が、大聖堂に響き渡る。
刺激しないよう、背後から静かに忍び寄ったルイスや警護役達は、男を背中から押し倒し、群がるように制圧していた。
注意を引き付けておいて、正解だ。
私は靴を履くと、すぐに皇太子妃殿下の元へ駆け寄る。
妃殿下もすでに警護に囲まれていた。
「妃殿下!申し訳ありません!お怪我はありませんか?緊急時とはいえ、不敬行為、申し訳ありません」
「私は大丈夫です……。侍女長が少し……」
忠義者の侍女長殿が、方向的に妃殿下のクッションとなり、肩に痛みがあると言う。
残りは擦過傷だ。
皇帝陛下も当然のごとく、警護にぐるりと囲まれている。
いい仕事してるなあ、さすが帝国騎士団。
臣下の方々は、いったい何が起こったのか、咄嗟に理解できずにいたところを、ウォルフ騎士団長の判断で、正面扉が締められ、騎士達が並び立つ。
「皆さま、そのまま、席におつきください。そのままです。陛下もお席にいらっしゃいます」
騎士達に呼びかられ、動けずにいた。
退出は高位の者からである。
染みついた皇城儀礼が、貴族達の身体を席に縫い止めていた。
重臣を数人連れた皇帝陛下が、私の元に来る。
伯父様タンド公爵もいた。
「ようやったな、エヴルー公爵。
嫁を見事に助けてくれた。
ウォルフ、あの者は?」
「何か、よくわからないことを口走っています。
皇太子殿下の急逝で、嘆きが強すぎて、取り乱したのではないでしょうか?」
はい、アイコンタクトのお手本みたいなやりとり、ありがとうございます。
ルイスがいつの間にか、隣りに来ていた。
頼れる旦那様、大好きです。
「皇帝陛下。エリザベスに怪我がないか、確認したく存じます」
「あい、わかった。無理をするでないぞ」
「皇帝陛下、御前を失礼します。え……」
ここで私は、ルイスにそっと腰を抱かれ、控え室の一つに強制連行される。
私がいなくなった場で、密かな話合いは続いていた。
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「不埒者の捜査は後にするとして、問題は葬儀の続行か否か。
遺体もこの暑さだ。氷室の氷を使っても、傷んでしまう」
「陛下。この場にいる者には箝口令を敷き、葬儀を執り行った方がよろしいかと存じます」
「確かに。中止すれば、帝都民に、引いては帝国民、そして国外に知れ渡り、何があったかと騒がれるのは目に見えている。
ただ皇太子妃殿下の状態の確認が第一だろう」
「大きなお怪我はないご様子です。
お付きの者が軽傷を負ったため、却ってご自分を取り戻されたようでございます」
重臣達の協議はさまざまな観点で続いている。
「では、葬儀はこのまま行うか?」
ここで、部下からの報告を受けたウォルフ騎士団長が、皇帝と重臣達に、状況と意見を伝える。
「陛下、皆様。
大聖堂の外には、現在、帝都民が集まり溢れております。
何か起こったと騒ぎが広がっても、また一大事。
続行はご明断かと存じます」
「うむ、あいわかった。
参列者には箝口令を敷いた上、葬儀は執り行う。
アレは皇太子薨去の悲しみのあまり取り乱し、皇太子妃に怪我を負わせるところだったと伝えよ。
ナイフを持った姿は複数名が見ている。
儂も見た。なかった事にはできまいて」
「御意」「御意」
「仰せのままに」「かしこまりました」
重臣の同意を得た上で、言い含められた儀礼官が、列席の貴族へ発表する。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下よりの御命令である。
皇太子殿下薨去に取り乱した者が、皇太子妃殿下に怪我を負わせるところであったが、騎士団の警護に取り押さえられた。
現在は安全は確認できた。葬儀はこのまま執り行うこととする。
なお、この乱心者の関わることについては、一切他言無用とする」
多少のざわめきは起こるものの、それも静まり、式次第のまま、葬儀はしめやかに執り行われたのだった。
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「エリー。痛いなら素直に痛いっていうこと。
肩を痛めてるだろう?」
「うん。護身術の体術で勢いを逃し損ねちゃって、棺に軽くぶつけたの。
たいしたことないわ」
「それは俺が見てから決める」
ルイスが私の喪服のトップスを脱がせると、“裏打ち”がびっしり仕込まれていた。
何せ、“あの”皇太子の葬儀である。
何を仕込まれてるか、分かったもんじゃない、と上半身は、ほぼ防刃服だった。
ルイスにも勧めたが、動きにくくなるので、と断られた。確かに“慣れ”は必要だ。
そのおかげもあってか、可動域などを確認したところ、骨も筋も傷めてはいないようだ。
しかし打ち身により、肩から背中にかけて、白い肌が赤く腫れていた。
ルイスから見れば、充分痛々しい。
「とりあえず冷やそう。帰ったらすぐに医師を呼ぶ」
「その前に参列しないと、ね。何か言われるのも面倒だもの」
「……色々、言いたいことはある。けれど、今はエリーの判断が正しいだろう。
決して無理はしないように」
「はい、ルー様。ありがとう」
私はルイスに手伝ってもらい、身嗜みを整え、式の中途から戻る。
ちょうど献花のタイミングだったので、あまり目立たなかった、と思う。
ルイスに抱えてもらうように、私は棺の前の聖壇に白薔薇を一本捧げ、手を組んでそっと祈る。
やはり背中が痛くなってきた。
皇太子の死について色々考えすぎると、ろくな事にならないので棚上げする。
ルイスの乳母の安らかな眠りを邪魔しないように、とだけは祈った。
ルイスに付き添われ、席へ戻る。
司教様の生と死についての、聖句を用いた訓話の後、葬儀は終了する。
血縁者とその配偶者、つまり皇帝陛下と妃殿下、ルイスと私が棺に付添い、大聖堂地下にある皇族専用の墓地に埋葬された。
皇太子妃殿下が、私に申し訳なさそうに声をかけてきた。
「エリー閣下。先ほどは助けていただき、ありがとうございました。お礼が遅れて申し訳ありません。
あの、お怪我などはされていませんか?」
私が「大丈夫です」という前に、ルイスが答える。
「皇太子妃殿下。エリーは、肩と背中にひどい打ち身があります。
氷などもなく、応急手当ても中途半端なので、これで失礼します。
よろしいですよね、“父上”」
ルイスの“父上”呼びは、氷のように冷たかった。
「あ、あい、わかった。充分に休養するがいい」
「“父上”。氷室の氷の申請許可をなるべく早くお願いします。直後は冷やすのが一番なのです。
皇太子妃殿下。皇帝陛下。妻と共に改めて、皇太子殿下のお悔やみを申し上げます。
皇太子殿下の安らかな眠りを、夫婦で願っております。ご無礼がありましたら、お許しください。
エリー、ご挨拶はすんだ。
では失礼します」
「妃殿下、皇帝陛下。心よりお悔やみ申し上げます。どうか皇妃陛下によろしくお伝えください。
お見苦しいところをお見せし、申し訳ありませんでした」
私はさすがにいつものお辞儀はできず、ルイスにそっと抱えられるように、二人の側を離れると、馬車へ向かう。
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そこには、濡れタオルをたくさん用意したマーサの姿があった。
上着を脱ぎ、濡れたタオルをぴったり貼るだけでも、熱を持った患部には気持ちよかった。
「マーサ。帰ったら、エリーは基本安静だ。タンド家のかかりつけ医に診てもらうように。
俺は本部に戻らなければならないんだ」
「先にお戻りの公爵夫人様が、手配なさるとの仰せでした。氷室の氷の申請もしていただけると……」
「それだけのことはやったんだ。氷くらい当然だ。
エリー、どうしてあんなことをやったんだ?」
ルイスの質問が、私には逆に不思議だった。
きょとんと小首を傾げてしまう。
「え?だって、私しかいなかったんだもの。
ルー様の数秒前に気づいて、そうして動いただけよ。
前にルー様も言ってたでしょう?
『エリーも気配は常に探っておくように。
“ヤツら”の気配は違う。人間らしさがない。
強い違和感は抱くと思う。自分の感覚を信じてくれ』って。
その通りにやっただけよ?
だって、私以外、誰が間に合ってた?
間に合ってたなら、やってません。プロに任せた方が絶対にいいもの」
説明すると、ルイスはうなだれ、私に謝る。
「……すまない。俺は自分で言っときながら、エリーにやらせた……」
「ルー様。これは気づいた者勝ち。私は通路側に座ってたし、変な足音に気づきやすかったのよ。
応急手当てに気づいてくれて、ありがとう。
ルー様が気づかなかったら、こんな手当てしてもらえないもの。
って、マーサ、痛い!」
濡れタオルを取り替えてくれているマーサが、ペシッと新しいタオルを背中に貼り付ける。
地味に痛い。
「当たり前でございます。新婚の奥様が、こんな怪我を負われて、旦那様をこんなにご心配させて、少しは反省なさいませ。
タンド公爵様も公爵夫人様も、ご家族皆々様、ご心配されておいででした」
それはその通りだろう。返す言葉もない。
「ごめんなさい……」
「王国の王妃教育がどうだったとはいえ、エリー様はもう、エヴルー“両公爵”様なのです
通常執務や災害時などの『ノブレス・オブリージュ(高貴たるものの義務)』は分かりますが、それ以外は警護役のお仕事を奪わないように!
いいですね?お返事は?」
「はい、マーサ。ごめんなさい」
私は二人にすまなそうに、ゆっくり会釈する。
背中が本格的に痛くなってきた。
『そういえば、あそこ、大理石に絨毯を置いてただけだもんね。それに棺、固かったしなあ』などと思いながら、二人の手当を受け入れていた。
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医師の見立ては、全治二週間。
その間の外出は禁止とされた。
ルイスからである。
帝室からのお見舞いも、それを理由に、面会は全てお断りしているとルイスから聞いて、私は真っ青になった。
「お見舞いのリストを見せて!」
「大したもんじゃない。お礼状はタンド公爵夫人が書いてくださってる。それくらいは考えてるよ」
「もう。教えてくれればよかったのに」
「無理をするのが、目に見えてるからだ。
ウォルフからは、『感謝状を差し上げたい』って言われたけど、断っといた」
「あ、だったら代わりに、エヴルーの騎士団養成に、定期的に人材を貸してくださる…と…か…は?」
「エリー?俺は最愛の妻の負傷を、騎士団内の支援とかと交換する主義じゃないんだけど?」
ルイスの青い瞳の圧力と、右頬の傷跡がうっすら染まるのは、怒っているサインだと、ここ数日で思い知らされていた。
その度に、『警護に任せるように』と口酸っぱく言われている。
「だって、王国の訓練では結構あったんだもの。
対象者を暴力行為から守る方法って講座で……」
「はあ?エリーが未来の王妃で、その対象者自身だろうが?!」
「王妃は国王の一の家臣だから、いざという時は、身を挺して守れるようにって訓練だったの。
色んなパターンがあったのよ」
「……王国の教育担当者に、殴り込みをかけに行きたくなってきた。
護身術ならまだ分かるが、何でエリーが警護役なんだよ?!」
答えは簡単である。
「え?そのころのお相手が、私より弱かったから」
「?!?!」
「『だから、守ってあげてね』ってやっぱり変だよね?
『あなたならできる』とか言われてたけど、『あなたにはできるんですか?』ってすっごく言いたかったなあ。
だって、王妃教育の内容を決めてたの、王妃様だったんだもの。
『あなたは陛下を絶対に守れるんですよね』って。
聞いたら、課題が増えそうだったから、止めといたの。
あ、でも騎士団の訓練は、前も言ったけど、嫌いじゃなかったわ。むしろ好きだったなあ」
私は懐かしさに、あっけらかんと話す。
ルイスはラッセル公爵から、娘が受けた王妃教育が尋常ではない厳しさだったと語っていたが、こういうことかと思う。
「……エリー。ここは王国じゃない。帝国だ。
警護役に任せておくように。いいね、絶対だ。
お義父上ラッセル公爵も、『他に任せるように。それがエリーのためになる』って話してくださっただろう?」
私はしばし沈黙した後、青い瞳を見つめながら返事をする。
ルイスに嘘をつきたくはなかった。
「……他の人が絶対に間に合わず、私が死なない、重傷を負わない自信があったら、ごめんなさい。やると思う。
あんなに傷ついてらっしゃる妃殿下が、重傷を負ったりするのを見過ごすなんて、無理だもの」
「……エリー」
「あの人がウォルフ団長やルイスレベルだったら、もう諦めたと思う。
申し訳ないけれど、私も今は死にたくない。
ルイスと生きていきたいもの」
「…………」
「お願い。絶対死なないって、重傷負わないって約束するから」
あと少しで、「うん」って言ってくれるかなあ、と思っていたルイスが、はっと気づく。
「ちょっと待った。それって俺のシグナキュラム(識別票)の約束だろう?
どうしてエリーが約束する側なんだ?
ダメだ。絶対ダメ。俺が心配で、仕事に手がつかなくなる」
「……わかったわ。また話し合いましょう。
で、あの実行犯はどういう人だったの?」
私はこの問題を一旦棚上げにして、ルイスに尋ねる。
葬儀から5日経った。
それなりの服は着ていたし、貴族階級だろう。身元は判明したはずだ。
ぶつぶつ何か言ってたが、私には聞きとれなかったし、確保された後は布を噛ませられていた。
「それが……。皇太子妃殿下の親戚だったんだ。
幼馴染だったらしい。すっかり面変わりして、名前を聞かされて驚いてらした」
「妃殿下の幼馴染がどうして?動機は何?」
「……それが。
皇太子殿下が亡くなられたからには、妃殿下も天に召されるべきだ。
皇太子殿下のいらっしゃるところが、妃殿下のいるべき場所だ、と聴取で言ってるらしい……」
「え、っと。その、幼馴染と、皇太子の関係とかは?」
「以前はよくお茶をしていたそうだ。
彼の婚約者が妃殿下の友人で、要するに幼馴染三人で、お茶をしていると、皇太子が混ざってきた。
一時期は、女性陣抜きでも楽しんでたそうだ」
「あの、面変わりしたって言ってたよね?」
「数年前から、人が変わったようになり、『すまないが、自分にはすべきこと、やるべきことがあるんだ』と、一方的に婚約を解消したそうだ。
その後は家の仕事の手伝いなどをして、普通に過ごしていたが、顔つきは全然変わっていた。
酒を飲むと、例の『自分にはすべきこと、やるべきことがあるんだ』を繰り返す。
今ではすっかり変人扱いされてたそうだ」
私は背筋がゾクゾクする。二の腕を思わず両手でさすっていた。
「ねえ、その人って、まさか……」
「薬物は“今は”確認されてはいない。強い暗示が掛けられてる可能性が高いそうだ……」
「ルー様。
『皇太子が死んだら、妃殿下も死ぬべきだ。皇太子のいるところが、妃殿下のいるべき場所だ』
これって、簡単にいうと、『“殉死”しろ』ってことよね?」
「ああ」
「皇太子は、その、『“殉死”の仕掛け』をしてたってこと?」
私は怒りが身体中を巡っている感覚に襲われる。
やっと痛みが治ってきた打ち身もぶり返しそうだった。
「……ウォルフの結論はそうだ」
「ねえ、このこと、どこまで話すの?」
「妃殿下が強い疑問をお持ちだそうだ。
なぜ、こんなことを、と。
あの実行者、幼馴染と直接話したいともお望みだと聞いた」
「…………」
背中の痛みが、急に疼く。
どくどくと脈打つようだ。
「ね…。ルイス。やっぱり私は、何も、しない方が、よかった?」
「そんなことはない。あるはずがない。
それに、エリーが出なくても、妃殿下の警護は、お命は絶対に救った。死なせはしない。
ヤツの殺傷能力からしてもね」
ルイスは私を柔らかく抱きしめ、背中の痛みを打ち消すように、撫でてくれた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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