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5.悪役令嬢のお母さま

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—



エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。

まずは6歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。


 修道院への詳細な提言書のお返しに、思いもよらないものが贈られてきた。


 お母さまの絵—


 院長様のお手紙によると、事故で家族全員を亡くし、失意のうちに、修道院に入会した、帝都の女性画家がいた。

 その方が『宗教画』として、祈りや奉仕作業に通われていたお母さまの姿を描いた作品の中の一点、との説明だった。


 祈るお母さまと、聖堂のステンドグラス・薔薇(ばら)窓が、実に美しい。


「これは……」


「アンジェラ様のお姿でございます……。

よもや再び拝見できるとは……」


 マーサの目から涙が溢れ、ハンカチで押さえる。

 冷静なアーサーも、感極まった表情だ。


「アーサー。マーサ。

素晴らしい絵だこと。

ラッセル公爵家に、お母さまの絵は1枚もないの。

お父さまのあの“お手紙”によると、肖像画を注文しても、画家がお母さまに“心酔”してしまい、仕上がらなかったそう。

ご実家でも似たような事情で、お母さまの絵は、こちらにもないのでしょう?」

「さようでございます。エリー様」


 苦い思いをのせた声でマーサが答える。


 この絵を贈れば、お父さまがどんなに喜ぶことか—


「エリー様。

アンジェラ様の絵は、他にあるかもしれません。

ご事情をお話しし、院長様にお問合せになってはいかがでしょうか」


「そうね。そういたしましょう。

まずはこの絵のお礼状を書くわ。

訪問のご都合も伺いましょう」


 書き上げた手紙をアーサーに預け、執務室で一人になると、イーゼルに置かれたお母さまの絵と相対する。


 院長様のお手紙によると、満月の夜に祈りを捧げるご様子だという。


「本当に美しいこと」


 私には、叙爵の謁見が予定されていて、それが帝国での社交界デビューに当たる。


 そのための用意にも取り掛かっているが、別途しなければならないことがある。



 母アンジェラのトラブル相手の確認だ。


 父ラッセル公爵が作成してくれたリストに目を通すと、侯爵家以上の高い身分は1人を除いて見当たらない。

 高級貴族としての理性が働いたか、周囲が揉み消した可能性はあるが—

 それでもかなりの人数で、婚約解消、婚約破棄に至ったケースもある。


 いずれも、一方的な告白や手紙だ。


 全く交流がないか、挨拶のみ交わす顔見知り程度の相手から、

『婚約者として父母に挨拶してほしい』

『婚約者、もしくは恋人がいるが、貴女のためなら関係を清算する』だの、

ひどいものは『聖堂に結婚式の日取りを予約した』との手紙や会話での申し出だ。


 もちろん、母は二人きりで会ったこともなく、

母は付添いの専属侍女などを、側から離さなかった。


 これらは男性からで、女性からも、同様の関係にある人物から、

『貴女が忘れられない。婚約を解消したい』

『お姉様、もしくは妹になってほしい(これは養子縁組だけでなく、女性同士の恋人関係を意味する場合もあったらしい)』

『一緒に住む家を購入したい。内覧に行きましょう』というものもあった。


 読んでるだけでも、お母さまに同情せざるを得ない。

 父はもちろん、院長様や、アーサー、マーサの言う通り、母は被害者だった。


 だが、母が原因で、恋人と別れたり、婚約が解消・破棄された相手にとっては、憤懣(ふんまん)やるかたなし、という気持ちは想像できる。

 そこで周囲に相談する過程で、『婚約を無くすのが趣味』『悪役令嬢』『色仕掛け』といった噂となっていった、という図式だろう。

 公爵令嬢だけに表立って言う者は、ほぼいなかったようだが、それだけ陰に回り、思い込まれていき、最終的には逆恨みされ、事件の被害者となった。


 あくまでも客観的に考えると、家の当主としては、領地に避難させたくもなる。

 帝都からほど近い、ここエヴルー伯爵領なら、目も届く。使用人も不埒なことがないよう、厳選した。


 ところが、安心したのも束の間、領地でのトラブル—


 王国への外交団に加わり、他国での結婚もしくは、修道院への入会は、『公爵家により、国外へ放逐(ほうちく)された』と言うよりも、お母さまの希望であったようだ。


 家族や友人にこれ以上、迷惑をかけたくない。

いっそ、誰も知らない土地へ、と、当時のお母さまの気持ちを、お父さまは記していた。


 『ぽいっと捨てられた』とは、お母さまを溺愛するお父さまの感覚で、『どうして守ってやらなかったんだ』という、タンド公爵家への気持ちもあったようだった。

 結果的に、表でも裏にも回り、お母さまを護ったお父さまに出会えたのは、奇跡的だった。



 お二人あっての私—


 父母の愛情に深く感謝する。



 それとは別に、対策は考えなければならない。


 すでに20年以上経過したとはいえ、恨みに思う、恨みまではいかないものの、強い不快感を持つ者はいるだろう。

 当時、年ごろの貴族令嬢なら、現在は30歳から40歳前半。

 社交界では(あぶら)の乗りきった年代で、敵に回すと厄介この上ない。


 婚約関連のトラブルは、アーサーに詳細を確認しておこう。

 恋愛関係もあるが、かなりの数があり、優先順位は婚約関連が上だ。

 婚約者同士、個人だけではなく、家と家との契約でもあるのだ。


 そういうことを、全部吹っ飛ばされた私が、改めて思うことではないが。


 “天使効果”の被害者は、現在の私と同じ立場だった。


 そんな人達の目の前に現れるのは、お母さまそっくりの私—

 もろもろ、いろいろ、複雑極まりなくなるだろう。



 目標設定は、お母さまの実家であるタンド公爵家に極力迷惑をかけないこと。

 そして、領地での安らかな暮らしを守ること。

 以上、2点だ。



 当面の課題は、お母さまの実家、タンド公爵家との交流だ。

 帝国入国について、父ラッセル公爵は手紙を出し、『了承』との文言を獲得している。

 また、お母さまとの結婚後は、手紙のやりとりを定期的に行っていた。

 驚いたのは、私の肖像画、小さなタイプを贈っていたことだ。

 節目に何度かモデルになった。

 その時、お父さまは通常サイズと小さなタイプを注文していた。全く知らなかった。


 お母さまは実家タンド公爵家との交流はご自分では行わず、ほとんどお父さまが窓口で行われていた、ということだ。

 私も領 地 邸(カントリーハウス)に到着して以降、何度かタンド公爵家には手紙を出し、返事はいただいている。

 とはいえ、帝国の儀礼に(のっと)った、礼儀正しいやり取りで瀬踏(せぶ)み中だ。


 謁見の際の後見については、了承いただいている。

 お父さまの意向を汲んだ匂いがするが。

 元々、タンド公爵の従属爵位である、エヴルー伯爵を私に継承されたのは、お父さまの交渉によってである。


 公爵家の当主は、現在は母の兄だ。

 私にとっての伯父が相続し、その子ども達も全員結婚している。

 伯父の伴侶、公爵夫人は、過去、お母さまの友人だった。

 お母さまの父母、私にとっての祖父母は、領地で暮らしている。

 タンド公爵家の家族の状況に不安要素は少ない。


 謁見の前後、帝都にいる間は、タンド公爵家に滞在する予定だ。

 親戚として、なるべく円満な関係でいたかった。


 公爵家だけでなく、またアンジェラの“心酔者”ではなかった、幼い時からの友人も何人かいる。

この方々も条件次第では、お話しできるかもしれない。


 しかし、社交は最低限で平穏に暮らしたい、と切実に思う。


 そのためには、社交界を仕切っている方々に好感を持っていただく。

 王族の庇護を得る。

 過去の友人を母の知己として交流する。


 いずれもハードルは高いが、とりあえずの目標としておこう。決して無理はしない。

 そのためにも、お父さまが帝国での大使館を通じて得た、社交界の情報は、大変参考になる。


 今はこの領地での暮らし、安らかな生活が一番大切だ。


 お母さまもここ、伯爵領を営み、修道院で祈り、そしてたまに訪問してくれる、家族や友人を迎える、そういった暮らしをしたかったのだろう。


 ハーブを愛した気持ちも理解できる。

これだけ心身に負荷がかかった状況なら、癒されたいと思うのも無理はない。


 私の中のお母さまは、ほとんどがベッドで横になったお姿だった。


 名前を呼んだり、撫でたりしてくださった。

「愛しいエリー」「宝物のエリー」「大切なエリー」といった呼びかけは、今でも覚えている。


 調子の良い時は、ベッドの上に起き上がり、私のお気に入りの絵本を読んでくれたり、一緒にプリンやケーキといったお菓子を食べ、時には食べさせてくれたこと。

 注文した洋服を着せて喜んだ、こともあった、らしい。

 覚えていないのが、残念だ。


 この金髪も愛でてくださり、ブラッシングをしてくださったこともあったとか。


 父(いわ)く、「エリーはまるで麦の子ね。瞳は伸びていく若麦の色、髪は実りの金の色。あなたに似てよかった」とよく話していたという。


 エヴルー伯爵領に来てわかったが、お母さまは安寧(あんねい)の地になったかもしれなかった此処(ここ)を、関わった時間は短くとも、深く愛していたのだろう。


—私はお母さまの分まで、此処(ここ)を愛していこう。


 イーゼルに置かれた絵を見て、改めてそう思い、次の書類を手に取った。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 お母さまの絵画について、院長様からお返事が来た。

 他にもかなりの点数が遺されており、もしよければ是非ご覧いただきたいと、書かれていた。


 もちろん最短の日程で、訪問する。


 マーサと共に訪れたその部屋には、油絵が3枚、水彩画が十数枚、デッサン帳が1冊、置かれていた。

 どれも素晴らしい作品だ。


「作者がきちんと保存してくれていましたので、状態も良うございます。

油絵が少ないのは、絵の具が高価で、画家として持っていたものを使ったのでしょう。

当時は、聖画を描くにも、材料の購入費用に事欠く状況でした」


 紛争に巻き込まれた子ども達や未亡人を、受け入れた時期と重なったのだろう。


 お母さまがこれだけ描くことを了承したのは、元画家のシスターと信頼関係があったのだろう。


「院長様。

母をこれだけ素晴らしく、生き生きと描いた作品を保管してくださって、深く感謝いたします。

私には、病床の母の記憶しかないのです。

よろしければ、何点か譲っていただけないでしょうか。

私の実家のラッセル公爵家にも、母の絵画は、一枚もないのです。

主には、あの、“天使効果”の影響で…。

父がどれだけ喜ぶでしょう」


「でしたら、すべてお持ちください。

これはアンジェラ様の遺品でもあります」


「とんでもございません。描かれたシスターは、この『天使の聖女修道院』のシスター様。

修道院の財産でもあります」


 何度かの押し問答の末、修道院にも何点か残すことなった。

 そこで、私はさらに申し出る。


「入会される前は、画家を生業(なりわい)にされていたとのこと。

帝都で信用のおける画商を呼んで、評価額を鑑定してもらいましょう。

正当な評価の上、譲り受けたいと思います」


 此処(ここ)でも押し問答になったのだが、結果的には了承してくれた。

 それでも私に贈呈してくれた絵は、対象外だと主張される。

 ここは私が折れて、ありがたく頂戴することにした。

 早速、ふさわしい額の手配をしなければ、と思う。


 話が一段落したところで、私の提言による運営も順調だと報告してくれる。


 特に、あの貴重な教導書の複製品の作製を始めたことには、驚きを禁じえなかった。

 可能性は半々だと思っていたためだ。


「帝都の専門図書店で、お話したところ、店長様、自ら、まずは購入したいと仰いました。

転売などではなく、ご自分の側に置きたいとの仰せでした。

単なる偽物ではない、と複製品の意義も教えてくださいました。

シスター達も真剣に、向き合って作業しています」


 ハーブの香辛料は、お菓子作りに派遣した、シェフの意見も取り入れ調合し、チーズの卸し先に相談したところ、いくつか契約があったと話す。

 もちろん、我が領 地 邸(カントリーハウス)の食卓にも上がっていた。


 入浴剤は、病床にあったお母さまのレシピを中心に、シスターや子ども達でテストした。

 こちらはお菓子の卸し先に相談し、貴族や裕福な市民層が顧客にいる、商会と交渉中だという。


 染料は試行錯誤中だが、入浴剤と同じ商会で、既製の材料を用いた、レース編みと刺繍の試作品を見せたところ、買い取りたいとの申し込みもあると説明してくださる。


 これも、この修道院への尊敬と信頼があってのことだ。


 そのことは強く伝え、院長様も、『名前に恥じない行いを心がける』と改めて仰ってくださった。


 最後に、聖堂で祈りを捧げ、薔薇(ばら)窓を見上げる。


—本当に美しい。醜い心まで、浄化してくださるようだ。


「領地もこの修道院も、守っていかなければ」


 私は領主なのだ。

 お母さまから受け継いだ、エリザベート・エヴルー女伯爵。


 名に恥じない行いをしなければならないのは、私の方だ。


 立ち上がると、聖壇に向かい、謝意を込めて、お辞儀(カーテシー)を行い、凛と前を向いた。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
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