65.悪役令嬢の一転
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは4歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
聖堂の鐘が鳴り響く中、21発の空砲も祝意を告げる。
皇太子の子どもが生まれた祝砲だ。
ルイスは幹部の一人として、取り仕切っており、無事に終えたところで、祝福の声がかかる。
「お誕生されたのは、女のお子様とのこと。姪っ子ですな。ルイス参謀、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「飲むぞ、飲めるぞ〜」
「おい。お前ら、いい加減にしろ。
これから祝事の警備の配置だ。
飲みすぎて、使いモンにならなかった時は、締め落とすからな」
皇族誕生の一般的な祝事とは、誕生日当日は舞踏会、2日目は晩餐会、3日目は名付け披露宴が開催され、花火を打ち上げる。
出生時間によっては、当日が翌日になる事もある。
また今夜は皇城前の広場で、帝都民にも祝い酒が振る舞われ、3日間は祝日とされる。
飲食店やいくつかの業種は、稼ぎ時だ。
皇太子発案の、あの悪夢のような10日間は当然無かった事にされ、計画書自体や資料は全て灰にされていた。
これらの祝事は、生まれた皇子もしくは皇女を、3日目に皇帝陛下が大広間で臣下に抱えて見せ、名前を告げる以外、母子は基本的に無関係で過ごす。
お祝い状と贈り物は山ほど届くが、捌くのは侍従達で、リストを元にお礼状を書くのは侍女達だ。
母子は比較的ゆっくり過ごせる。
乳児が泣くのは当たり前で、その場合は乳母が対応する。
ただし、初めての母乳は、生母が与えると無事に育つと言われており、妃殿下はこれも無事にすませ、安静を保たれていた。
私には何の知らせもない。
つまりは、“そういうこと”だ。
私は敢えて、『変更になった以外は、絶対に教えないで』と伝え、厳守を依頼していた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
伯母様であるタンド公爵夫人からは、舞踏会と晩餐会、名付け披露宴、いずれも出席するように言われていた。
「臣籍降下したとはいえ、誕生された皇女殿下の血縁できちんと出席できるのは、ルイス様しかいないのよ?
他の弟君達は未成年、皇妃陛下は懐妊中でおそらく途中退出され、側室様は多分出席なさらないわ。
エヴルー“両公爵”が、出席しなくてどうするの?
痛くもない腹を探られるわよ」
確かにごもっともではある。
ルイスもウォルフ騎士団長から、「今回はお前を当てにはしていない」と言われたらしく、「仕方ない」と覚悟していた。
当日の舞踏会は、皇帝陛下と皇妃陛下のファーストダンスに続き、私とルイスでセカンドダンスである。
私は、マダム・サラに、「ルイス様のための青薔薇にしてみせますわ」と、謎に意気込まれていた。
出来上がりはその通り、Aラインのスカートのサイドが、布で描く薔薇のように見える、真っ青なドレスだ。
青薔薇以外は、シフォンレースでより浮き立たせている。
白い首元は、お父さまが贈ってくださった、花嫁衣装から独立させた真珠とサファイアのネックレスで飾る。
結い上げた金髪に、真珠のピンを白露のように置く。指輪もイヤリングも、サファイアと真珠である。
ルイスは私の真珠に合わせたように、白い近衛役の儀礼服を着ていた。
金モールと、金細工のエメラルドのピアスが、私の色目で、夫婦円満を絵に描いたような一対だ。
以前練習した通り、ルイスとセカンドダンスを踊る。
私は第二皇子のことを思い出し、少し緊張したが、ルイスが力強くリードしてくれた。
ルイスは踊り終えると、エスコートし、皇帝陛下、皇妃陛下の元へ挨拶に行く。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
帝国の麗しい月である皇妃陛下。
ご嫡孫の姫のお誕生、誠におめでとうございます」
私も挨拶に合わせお辞儀し、ルイスは騎士礼をとる。
「ああ。堅苦しい挨拶はよせ。
お前達の姪であろう?きちんと会いに行けるのは、1ヶ月が目安だそうだ。
自分の子であれば、制限なく会えるのに、皇太子もさぞかしヤキモキしているに違いない」
皇帝陛下は通常運用だ。違和感を全く感じさせない、孫の誕生を喜ぶ祖父の姿だ。
「そうでしょうね。早く良くなるといいのに」
皇妃陛下の言葉を受けて、私はルイスに振る。
「皇女殿下のご誕生で、心身のお力が増すのではないでしょうか。ねぇ、あなた?」
「そうだな。皇太子殿下は元々、丈夫なお方だ。お力を得て、お元気になるに違いない」
『はい、これで今夜のノルマは終わり』と思っていると、皇妃陛下がとんでもないことを言い始めた。
「ルイス。あなたもリードが上手になったこと。
私の相手を一曲務めてもらえるかしら?」
「えっ?私が、ですか?」
思いもかけない驚きは、声にも表情にもそのまま現れていた。
ルイス〜。気持ちはものすごくよく分かるけど、そこは『大変光栄です』って、礼儀正しく返しましょう。
この流れ、私もどのみち避けられそうにない。
「おお、皇妃よ。中々楽しそうだ。
では、儂のお相手をお願いできますかな、エヴルー公爵?」
「かしこまりました。皇帝陛下。
身に余る栄誉をくださり、ありがとうございます。
麗しい皇妃陛下。ご夫君と踊れる名誉をくださり、感謝申し上げます」
「行ってらっしゃい。ルイスは任せておいてね」
「エリー……」
ルイス、そんな捨てられたような目で見ないで。断って帰りたくなっちゃうでしょう。
結婚式の披露宴などの個人負担を経て、私とルイスは皇帝陛下と皇妃陛下のお気に入り、って設定だから、言葉遣いはこれくらいでいいよね。
私はお辞儀を深くすると、すぐに姿勢をただし、皇帝陛下のエスコートを受け、踊り始める。
「ほう。実に軽やかだ。踊りやすい」
「お褒めくださり、ありがとうございます」
「このドレスにも“裏打ち”が?」
「それは父とお話しくださいませ。私は存じあげません」
「こうして使っていると言うのに」
「それならば、皇帝陛下は毎日ご使用の、石鹸の作り方をご存知なのですか?」
「なに?石鹸とな?」
「はい、毎日かかさず、ご使用でございましょう?
材料は?製作過程は?
ご存知なのではありませんか」
「むう。一本取られたわ」
「ご理解下さり、ありがとうございます。
ルイス閣下も、皇妃陛下と踊り始めたご様子、良い機会でございました」
「初めてとはな。驚いたわ」
知らなかったって、こっちが驚くわ。
ルイスが血のつながった家族に、思い入れがないように、この人も、いや、この人は、皇妃陛下以外、ほぼ思い入れがない。
「良い思い出になりましょう。
皇帝陛下が皇妃陛下と初めて踊りになられたのは、いつのことでございましょう?」
適切でない話題をされそうだったので、こちらから提供したら、一曲終わるまで話してくれた。
皇妃陛下、本当にありがとうございます。
一方、ルイスと皇妃陛下は、最初はぎこちなかった。
ホールドにも遠慮がある。
「さっきはあれほど上手だったのに」
「エリーだからです。男役もこなせるのです。
鍛えられました」
「では、その成果を見せなければ。皆が見ているのですよ、エヴルー卿?」
「はっ、申し訳ありません」
ルイスは気持ちを切り替え、エリーから注意されて修正したダンスを実践する。
「そうそう、その調子です。
この後、タンド公爵夫妻と踊れば、エヴルー“両公爵”は、皇帝皇妃両陛下のお気に入りで、派閥は中立派と伝わるでしょう」
「…………」
ルイスは固まりかけたが、体で覚えたステップが動いてくれた。
「あら、エリーからは中立派以外、どこかの派閥に属すなんて、聞いていないわよ」
「仰る通り、タンド公爵と同じ政治姿勢です」
「つまり降嫁や婿入りは受けるけれど、帝室に娘や息子を嫁がせる気はない、ということね」
「はい、ありません」
「清々しいこと。がんばってね、エヴルー公爵閣下。
期待してますよ」
その後は、話題になりそうな皇太子夫妻の話はせず、第四、第五皇子の話だけだった。
「僕達、叔父さんになっちゃったんだよ」と言っていたと言う。愛らしいことだ。
「できれば、あの子達をよろしくね」
「指導役は別にいます。尊敬する先輩です」
「あの子達が臣籍降下する時、支えてやって欲しいの。よろしくね」
ちょうど曲が終わる。
優しく微笑む皇妃陛下を皇帝陛下の元へエスコートし、私とルイスはタンド公爵夫妻と踊る。
なんと、令嬢がたの親達から、ルイスに申し込みがあった。当然、全員却下だ。
今娘と踊らせたい、ということは側室目当てで、ルイスはゾッとするしかない、と話す。
私も嫌だ。
新婚なのに、喧嘩ふっかけてるのか、と全部の家を覚えておきました。
私は、『三曲で踊り疲れましたの』と、自分自身へのお誘いも含めて、ルイスの分も優雅に追い払った。
中立派の貴族達を、タンド公爵夫妻が紹介してくれ、歓談する。
ルイスは、帰りの馬車の中は、エリーとタンド公爵夫人による反省会だろうな、と思いつつ、私相手の二曲目で、舞踏会を終えた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
翌日の晩餐会も無事に終え、最終日の名前披露は大広間で行われる。
公爵家の控え室で、残る六家に挨拶し、タンド公爵夫妻と歓談するいつもの流れだ。
特に皇太子派の序列第二位の公爵家は、喜びに包まれていた。
皇太子妃殿下のご実家の侯爵家の方々まで、連れてきている。
今は他の公爵家も許しているが、通常はあまり行われない。
入場まで一緒にする気か、と鋭い目を向ける当主もいる。
全員がこの公爵家に賛同している訳ではない。
正直、ルイスを急に“甥”扱いしたり、私も良いイメージはない。
あの皇妃陛下の兄なのに、と不思議ではあった。
それに彼らは、毒物・薬物関連の容疑者でもある。
騎士団の隠密な調査では出てこなかったが、候補からは外されてはいない。
“人喰い”ウォルフには、“別の意味”もある、とルイスが話していた。
“両公爵”は、皇族の前、今回は皇帝皇妃両陛下しかいらっしゃらないため、最後から2番目だ。
ルイスは黒い夜会服に、ガーディアン三等勲章の勲章を右肩から左腰にかけ、胸に星章を配する、凛々しい姿だ。
私が返礼品で贈った、エヴルー公爵家紋章のピアスやカフリンクスなどを身につけてくれていた。
私も勲章は同様で、宝飾品はルイスが贈ってくれた大粒のサファイアとオニキスの連なるネックレスだ。
胸元に、まるで雪の結晶を張り巡らせたような金細工に、小粒のダイヤモンドを散りばめられ、中央に大粒のイエローダイヤモンドが輝く。
指輪やティアラも同様だ。
ルイスに護られた私を象徴するようなこのパリュールは、すっかり気に入っていた。
ピアスはルイスと同じエヴルー公爵家紋章だ。
ドレスは、『エンペラー・ハイシルク』ではない、通常の『エンペラー・シルク』を用いた、上品な金色のAラインのドレスだ。
Vネックのトップスの肩からは、羽根のようなチュールレースが、両腕を覆うようにふわりと垂れ、スカートにも重なっている。
トップスとレースの一部には、小粒のダイヤモンドを縫い留めた、金色の麦穂の刺繍が刺されていた。
公爵領の染料と刺繍の広告塔のような、マダム・サラ渾身のドレスだ。
「エヴルー“両公爵”、ルイス公爵閣下、エリザベス公爵閣下、ご入場です」
私は優雅にお辞儀をした後、ルイスのエスコートを受け、前を向き凛として歩く。
肩からのチュールレースが、ふわふわとそよいでいた。
この“肩からレース”は、帝国の社交界で、しばらく流行るデザインとなる。
公爵家の第一序列の場所に堂々と立つと、皇帝皇妃両陛下のご入場だ。
懐妊中の皇妃陛下は、典雅なエンパイアドレスを着こなし、皇帝陛下の優しく細かな気遣いに満ちたエスコートを受け、壇上に上がる。
他の人にも、その10分の1、いや100分の1でも気遣いを向けてくれたら、トラブルも減るのになあ、と切に願う。
無理だろうけど。
そこに静々と乳母に抱えられた、皇女が現れる。
白い総レースのベビードレス姿が愛らしい。
お腹がいっぱいなのか、すやすや眠っている
儀礼官が、皇太子皇太子妃両殿下の間に、3日前に皇女殿下がお誕生された祝事を、朗々とした声で告げ、これよりそのお名前と、皇女に付けられるお印の花を皇帝陛下が披露すると前置きする。
全ての臣下が聴き入る姿勢をとる中、皇帝陛下が、乳母から皇女を抱き受け、重々しく宣言する。
「皇太子と皇太子妃の間に生まれたこの皇女を、カトリーヌと名付ける。紋章の花は鈴蘭だ。
なお、これらは療養中である皇太子が決めた。
これよりはカトリーヌと呼ぶように」
儀礼官がここで大声を発する。
「カトリーヌ皇女殿下、万歳!帝室、万歳!帝国、万歳!」
『カトリーヌ皇女殿下、万歳!帝室、万歳!帝国、万歳!』
臣下はこれを復唱し、大広間が大音響に包まれ、シャンデリアもかすかに揺れるほどだ。
カトリーヌと名付けられた皇女は、重なる打ち上げ花火の音にも驚いたのか、健康的な泣き声を上げる。
慌てた皇帝陛下の腕から、無事に乳母に引き取られ、母である産後の皇太子妃殿下の元に戻っていった。
こんな、皇城中、帝都中、いや、国中が高揚した、おめでた気分を一転させたのが、翌々日に発表された、皇太子の訃報、薨去の報せだった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
それから二日後—
帝都の大聖堂で執り行われる葬儀に、私とルイスも喪服で参列した。
皇太子が納められた棺が安置された壇上に向かって、上位である右側の最前列に、皇族の席が設けられた。
通路を挟んで左側が、臣下の席だ。
右側も、皇族から三列ほど置いて、臣下達が座っている。
皇妃陛下は衝撃で寝込んだため欠席された。
皇帝陛下は参列されている。
ヴェールの中から拝するに、右側の最前列に、悄然とした雰囲気で座っていらっしゃる。
皇妃陛下の心労でご心痛なのだろう。
私とルイスは、序列第一位の“両公爵”のため、左側の最前列だ。
私は通路側に座り、式の開始を静かに待っていた。
出産後まもない皇太子妃殿下も欠席されると思いきや、侍医達の説得も押し切り、絶対に出席すると主張された。
つい先ほど、侍女長などに両脇を抱えられるように付き添われ、姿を現された。
当たり前だが、たとえ皇帝陛下であっても、声がかけられる雰囲気ではない。
念のため、マスクを着用されている。
列席者のほとんどが、黒もしくは白のマスク姿だった。
遺体からも感染の恐れがある、と周知されたためだ。
それもあり、妊婦や高齢者の方々は欠席も多かった。
「あなた……。目を覚まして……。あなた、あなた……」
そのマスク越しにさえ、悲痛な声が洩れる。
顔の部分を開けた覗き窓に、これも念のために付けられたガラス越しでの対面だ。
泣き崩れる皇太子妃殿下に、「妃殿下。もうそろそろ……」と、侍女長が声をかけた時だった。
ぞわり、と背筋が泡だった。
ぶわっ、と冷や汗が毛穴から湧き出る。
人が発する気配とも違う、機械が情念で動くような、違和感を伴った気配—
そして、静かな歩行から、タッタッタッタッ、と葬儀の場には似つかわしくない、軽やかな足音に変わり、私の横を通り過ぎようとした瞬間—
私は立ち上がると、壇上へ駆け上がり、ちょうど立ち上がりかけようとした皇太子妃殿下を、突き飛ばしていた。
そのままの勢いで前方に向け、床を一回転し、振り向いた私の前に、ナイフを持った男が立ちはだかる。
立つ時にバッグも放り投げた。
ヒールもその辺りに転げている。
ヴェール付きのトーク帽で応戦するしかないか、と瞬間的に判断する。
私は明らかに異常な表情を浮かべる男を刺激しないよう、ゆっくり立ち上がると、頭上にそうっと手を伸ばした。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
いいね、ブックマーク、★、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)