64.悪役令嬢の立ち会い
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
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妊娠、出産などのデリケートな描写があります。
閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスの幸せと、その周囲を描きたいと思い書いている連載版です。
ルイスとの新生活としては、まずは3歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「お帰りなさい、ルー様」
「ただいま、エリー」
妃殿下への出仕翌日、ルイスがタンド公爵邸へ帰還した。
ウォルフ騎士団長から、「お前まで泊まり込みされてると、勘繰られて面倒だ。おまけに新婚で目立つ。帰れ」と言われ、帰ってきたらしい。
「少し話して、気分転換したい」と言うので、ルイスの私室でソファーに座る。
隣りで疲労回復とリラックスが効能のハーブティーを入れた後、ひょいっと抱えられ、膝の間に抱っこされる。
『私は熊のぬいぐるみか』と思ったが、「何よりもエリーに癒される」と言われながら、頭頂部にキスされたり、頬ずりをされると、「やめて」と言いにくい。
その内、またひょいっと隣りに移され、二人でハーブティーを飲む。
「ごめん、勝手なことして」
「それはいいけど、何かあったの」
「……救貧院へ行った。顔合わせで何か思い出さないかって、ウォルフの命令で。
俺、一人は覚えていたんだ。向こうも覚えてたみたいで、飛びかかってきた」
私は思わずルイスを見上げる。
「え?!大丈夫だったの?」
「もちろん。大丈夫だったから、ここにいるんだろう?素人相手に引けは取らない。
だが、ここまで攻撃できるように仕込めるんだと、ゾッとした。
同時に、そんな忠誠心を持ってる人間を切り捨てられるんだと、改めてヤツを帝位に付けるのは危険だ、と考えてた……」
「一昨日、話してたね。『戦争に使えば恐ろしいことになる』って」
「ああ。昨日は一人だったから、何事もなく済んだ。
だが、これが10人だったら?
剣を向けるに躊躇するような少年少女だったら?
おそらく、痛みがあっても動ける間は攻撃し続けるだろう。ゾッとするよ」
私もルイスの説明を聞いて、背筋がゾワゾワした。何を考えていたんだろう。
騎士団内部ではルイスを好ましく思う人間が多数派で、自分の思う通りにはなる見込みがないウォルフが、騎士団長だ。
ただ、皇帝となれば、首のすげ替えは自由自在だ。
士気がどうなるかは不鮮明だが。
「ルイスも充分気をつけて。私も気をつけるわ」
「ああ。外出する時は絶対にだ。護衛も二人にして、エリー自身も気配は常に探っておくように。
“ヤツら”は違う。こう、人間らしさがないんだ。
上手く言えずにすまない。
だが強い違和感は抱くと思う。自分の感覚を信じてくれ」
「わかったわ。ありがとう、ルイス」
ルイスがここまで言うんだ。
あとは自分の感覚を信じるのみ。
そう思うと、私からルイスを優しく抱きしめた。
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三日後—
今日は皇太子妃殿下と皇妃陛下への出仕だ。
ルイスとの約束通り、護衛は2名とし、マーサも連れていく。
念のため、妃殿下の周囲も気をつけていたが、自分へ向けられる感情で、違和感は感じ取れなかった。
妃殿下は少しは眠れるようになったと嬉しそうだ。
皇帝陛下の“突撃妃殿下お見舞い”も無くなり、皇妃陛下から、お詫びと気遣いのお手紙が届いたとか。
その中で、『臨月は私も公務を外れ、部屋では楽な格好をしていました』とあり、ほっとしたと仰っていた。
胃の不調も取れてきたと話し、お花摘みが増えたから、部屋着のまま過ごせるのは助かるとのことだ。
ただ『いつ陣痛が始まってもおかしくない』『お腹の子は無事に産めるのか』『自分の命は?』といった不安感は増えていた。
どれも当たり前の感情だ。
今までよりも、気持ちが落ち着く効能を中心とした調合で、試飲が問題なかったため、今回はそのまま下がる。
前回から、3日間と短期間だったため、皇太子の分は侍医に会って、変化があれば、とお伝えしておく。
侍医長によると、皇太子は眠る時間は増えたが、うなされて目覚めることが多く、その度に妃殿下の安否を尋ねると言う。
「調合を変えてみますか?」
「いえ、『安全です』とお答えすれば治ります。
ただ、『お腹のお子様と共に』と付けると、『子どもは聞いていない!』と激昂されたため、妃殿下のみ答えれば、すむことです」
「皇太子殿下は、出産予定日などは把握してますか?」
「はい、妃殿下の身を案じる時もあり、『順調です』とだけ答えています」
これも『母子共に』など答えると、興奮される可能性を考えてのことだろう。
先日までは、『母子共に』と子どもも気にしていたのに、と変化に戸惑うが、元々、皇妃陛下と妃殿下に執着していた人だ。
通常モードに戻ったと考えるべきだろう。
「警護は隙なく、緩みなく、お願いします」
「はい。騎士団長の指示で、厳格に行われています」
「承知しました。よろしくお願いします」
次は皇妃陛下の元だ。
マーサは調合室で待機させ、タンド公爵家の警護2名を連れて、皇妃陛下の前に現れると、早速からかわれる。
「あら、まあ。ルイスも心配性になったものね」
「はい。自分が来れない時は特に、のようです」
「エリー閣下。嫌ならきちんと断るようにね。キリがないのだもの。
それはそうと、皇太子妃殿下には申し訳ないことをしました。
きっちり注意したから、安心してね。
『産後も、もちろんですよ』と釘を刺しておきました。
私からも手紙で皇太子妃殿下に謝ったけれど、エリー閣下からも、お会いした時にはよろしくお伝えしてね」
「はい、かしこまりました」
皇妃陛下の元でも、いつもの出仕通り、段取りを踏み、侍医や侍女長と相談する。
妊娠後期に入るので、前もってマッサージや、水分補給を侍医と侍女長に依頼し、心身の調子に合わせ、調合した。
何事もなく、出仕を終えた数日後—
いよいよ、妃殿下の陣痛が始まったとの一報が入った。
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私は陣痛が始まった際、出仕するお約束をしていた。
ハーブティーもあるが、友人として側にいてほしいとの、妃殿下からのお願いだった。
初産らしく、予定日よりも遅れているが、正常範囲だ。
私がマーサや警護と出仕した時には、すでに陣痛と陣痛の間隔がかなり短くなっていた。
ベッドの周囲が白い布で囲われ、出産専用の白い寝衣を着た皇太子妃殿下が、侍女長の手を握り、痛みに耐えている。
私は妃殿下の希望で、侍女長と交代し、汗を拭ったり、腰をさすり、陣痛が和らいだ時に、飲み物を飲ませ、ほんの少し言葉を交わす。
妃殿下は陣痛が来た時は、口にタオルを噛んでいた。悲鳴や叫び声を上げたくないための措置らしい。
手には妃殿下の爪が食い込んでいたが、気にする余裕はなかった。
痛みが和らぐように感じるよう調合したサッシェ(乾燥させた花やハーブ入り香り袋)を、妃殿下の側に置く。
やはり薔薇の花が多めのものがお気に入りで、ほっと表情を緩める。
そうして痛みに耐えた十数時間後—
無事にお子様が産まれた。
女の子だ。
帝国も王国も、王位継承権に男女の違いはない。
何事もなければ、数十年後には女帝となる方の誕生だった。
すぐに乳児専門の侍医に委ねられ、産科専門の侍医が妃殿下の処置をする。
多少出血は多かったものの、命に別状はなく、母子共にご無事な出産だった。
各所に知らせが送られ、皇城のあちこちで、喜びの声が沸く。
皇城の聖堂の鐘も鳴り始め、次々と帝都中の鐘が鳴り響く。
帝都民も今か今かと待ちわびていたようで、各所で祝杯をあげていた。
母子共に処置も済み、前もって決めていた乳母が、お子様の顔を妃殿下にお見せする。
妃殿下は少しだけ身体を起こすとお子様を抱き受け、涙ながらに優しく撫でる。
嬉しくて可愛くて仕方ない、出産直後の子どもを愛する母親の姿だった。
そして私に見せてくださる。
「エリー閣下。私の娘よ」
優雅な深いお辞儀で尊敬を表した後、姿勢を正し、臣下として祝福する。
「おめでとうございます。妃殿下もお辛い中、ご立派でございました。
お子様もご無事で、何よりでございます。
皇太子殿下も、皇帝陛下も皇妃陛下も、さぞかしお喜びでございましょう。
皇女殿下。お誕生、おめでとうございます。健やかなご成長を願っております」
「エリー閣下。ありがとう。この子もよろしくお願いします」
私は微笑むに留まる。申し訳ないが、皇太子の派閥に入る気は全くなかった。
私は側に控え、周囲を観察する。
浮き足だった今こそ危険だが、害しようとする者はいないようだった。
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ちょうどそのころ—
皇太子の病室に訪問客がいた。
皇帝だ。
もちろん、全身を予防衣で包み、髪も白い布で覆い、マスクをするという厳重装備だ。
帝都中で鳴らされる鐘の音に、皇太子も起きていた。
そこに皇帝が、先触れ無しに現れる。
「父上?!父上ではありませんか?!
いったい、何があったのです?
まさか、妻に何か……」
「安心せよ。皇太子妃も子どもも無事だ」
『多少、出血が多い』などとは言わない。
侍医長から、また皇太子妃への執着が強まる傾向にある、との報告を受けていたためだ。
「よかった。本当によかった。
それで、妻にはいつ会えるんですか?
子どもが産まれたので、もう私に会ってもいいんですよね?」
執着はするが、愛情ではない。
その証拠に、産後まもない相手への感染などの配慮は無い。
エリザベス閣下の話は本当だったのか。
「まあ、そう、急くな。
そなたにとっても初めての子、儂にも初孫だ。
そなたと祝杯をあげたくて、来たのだ。
ああ、安心せよ。お前が幼いころ、好んでおったブドウジュースだ。
ワインに近い風味で、好きだったであろう?」
「え?あの……」
皇太子が戸惑いを見せる中、皇帝は侍従にテーブルと椅子を一脚を用意させる。
皇太子はベッドに腰掛けさせたまま、1つのボトルから2つのグラスに赤紫色の液体を注いだ。
ラベルを見た皇帝が思い出話を語る。
「おお、そうじゃ、モスートというのだったな。
懐かしい。おませなお前は、『ワインです』などと言って飲んでいたものだ。
そんなお前ももう人の親か。感慨深いのお。
さあ、祝杯だ。飲もうかの」
皇帝がグラスを取ると、皇太子ももう一つのグラスを持つ。
皇帝が掲げようとした時、皇太子が声をかけた。
「父上。そちらの方が美味しそうに見えるので、替えてもらってもよろしいですか?」
「ん?ああ、構わんぞ。そなたはいつまで経っても、子どものようなところがあるのだな」
皇帝は快活に笑うと、グラスを取り替える。
皇太子はほっとした様子で、皇帝に合わせ、グラスを掲げた。
「我が孫の誕生に乾杯!」
「愛する我が妻の、快挙に乾杯!」
皇帝が口をつけ、飲んでいく様子を見てから、皇太子も口を付ける。
久しぶりに飲んだ赤紫色の液体は、懐かしい味がした。
喉も乾いていたこともあり、ごくごくと全て飲み干す。
「ふむ。確かにワインの風味が少しするの。
もう一杯、行くか」
「そうでしょう?父上。
これは、母上も、お気に、いり、で……」
皇太子が『あれ?』という表情を浮かべ、ベッドにトスッと倒れる。
皇帝は冷静な眼差しでしばらく見守り、呼吸が止まっていく姿をじっと眺めていた。
侍従が近寄り、手首と喉で脈拍を取り、皇帝に宣告する。
「天に召されましてございます」
「そうか……」
皇帝は静かに立ち上がると、開いたままだった瞼をそっと閉じてやる。
「陛下、念のために解毒剤をお飲みください」
「わかった」
今度は水で、何がしかの薬を、皇帝は服用した。
「この後は手筈通りにいたせ。祝事が終わった、翌々日に発表だったの」
「はっ、それまでは、氷室の奥の隠し部屋に安置させていただきます」
「そうしてくれ。さほど苦しまずに逝ったが、せめてもの親心だ。
ただ、最後の最後まで、疑っておったの」
「今まで服用されていたお薬と反応するものですので、他の方が飲まれても、さほどには……」
「まあ、いい。よろしく頼む。
奇しくも、最初に手をかけた者と同じ手法だ。自業自得。
知らぬだろうが、遺族にはせめてものであろう。では、よろしく頼む」
「はっ」
喜びの鐘は、まだ鳴り響き、止むことはない。
皇帝は病室から出ると、控え室で全て着替える。
そして、喜びに沸き立つ家臣達が待つ広間へ、しっかりとした足取りで向かった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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