61.悪役令嬢の披露宴
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで61歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「笑顔、笑顔、笑顔」
私はルイスの頬をぷにぃとマッサージし、口角も上げる。
右頬は薄くても傷跡もあるので、少し優しめにしておく。痛く感じさせたくない。
しかし騎士は顔まで筋肉を鍛えてるのか、と思わせる感触だ。
とっても凛々しいから好きだけど。
「わかってる。今日はエヴルー公爵家初の社交でもある。
がんばるよ。エリーは祝杯には付き合わなくていい。
俺が引き受ける」
「ご夫人やご令嬢からは断れないでしょう?
大丈夫。口をつけただけで、あとは足元のバケツに入れるわ。
皇城の最高級品がもったいないけど、仕方ないわよね」
「ルイス公爵閣下、エリザベス公爵閣下。
まもなくご入場のお時間です」
私はこの結婚を機に、帝国での正式な名を、皇帝陛下の許しを得て、エリザベート・エヴルーから、エリザベス・エヴルーに改めた。
王国でも、エリザベス第一王女として遇され続けるため、混乱を避けたのだ。
そして皇城儀礼上、私とルイスが二人でいる時、また書類上、明確にしなければならない時、『名前+公爵閣下』と定められた。
二人に呼びかける時は、エヴルー“両公爵”閣下、個人で話している時は、エヴルー公爵閣下だ。
「了解した」「はい、わかりました」
私とルイスは二人、扉の前に立った。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
祝福の沿道を戻った私は、控え室でタンド公爵家から持ち込んだ軽食を食べる。
花嫁花婿は、披露宴では、挨拶を受けるため、ほとんど食べられない。
花婿はそこに、祝杯付きだ。
マーサによると、ルイスの控え室にも、ややしっかり目のものを運んでいるという。
よく気がつくマーサに感謝だ。
食後に身嗜みを整えると、時間となり、ルイスが迎えに来て、披露宴会場へ向かった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
弦楽合奏と拍手の中、儀礼通りに入場し、花嫁花婿の席に座る。
静かになった広間で、主催者である皇帝陛下が、最初のご挨拶をする。
新郎新婦への祝福と、新しく誕生したエヴルー公爵家と“両公爵”である私たちの繁栄、帝国と王国の友好を願ったスピーチを短くまとめる。
乾杯はお父さまである、ラッセル公爵だ。
これも短くまとめると思いきや、王国の国王陛下の祝福のお言葉を、持ち込んできた。
その中での私への呼びかけは、“エリザベス第一王女”だ。
結婚後も王国では、私は第一王女のままで、王位継承権も維持する。
このため、皇城儀礼では、王国関係者や王国関連事案の際は、私を『エリザベス第一王女殿下』と呼ぶことは許される、との例外事項が加わった。
儀礼官の皆様、複雑にしてごめんなさい。
国王陛下のお言葉が済んだ後は短くまとめ、お父さまが、よく通る掛け声を発す。
『乾杯!』
大広間に明るい声が響く。
最初の一杯はいいわよね。これって極上品のシャンパンなんだもの。
結婚式が無事に終わったご褒美に、上品に1杯だけ飲む。
再び弦楽合奏が流れる中、料理が運ばれ、宴会が始まる。
早々に皇妃陛下が、皇太子妃殿下、ご側室様、第四皇子、第五皇子を連れて、ご挨拶にいらっしゃった。
妃殿下と後宮揃ってのお越しだ。
妃殿下は大きなお腹を抱えるようにしていて、歩くのも大変そうで、お付きの方が寄り添っている。
二人で立ち上がり、私はお辞儀を小さく行うと、「エリー閣下もルイス閣下も疲れたでしょう?座ってね」と二度勧められ、お言葉に甘える。
「ルイス、エリザベス閣下、見ているだけでも幸せになれそうな結婚式だったわ。おめでとう」
「本当に。皇太子殿下もお喜びになります。早速、お手紙に書かないと」
いや、それ、私たちが遠隔で、皇太子の怒りの尾を踏み抜くから、侍医長に頼んで、そのお手紙だけは抜き取っていただこう。
妃殿下、ごめんなさい。
「本当に素晴らしいお式でしたわ。仲睦まじさが伝わってきました。おめでとうございます」
あれ、そんな感じだったっけ?通常の流れ通り、厳粛だった気がするんだけど……。
とりあえず、ルイスと私は礼儀正しく、感謝の言葉を述べる。
「お祝いのお言葉、痛み入ります。
帝室帝国をお守りするためにも、エヴルー公爵領を盛り立てていく所存です」
「祝福していただき、誠にありがとうございます。
エヴルー公爵として、二人で精進いたします」
そこに明るく朗らかな声が響く。
「ルイス兄上、ご結婚おめでとうございます!」
「兄上!エリザベス閣下は本当にお綺麗ですね。
どうかお幸せに!」
まだ14歳と12歳の少年の二人は、ルイスに笑顔を向けている。見えない尻尾がぶんぶん振られてる空気感がある。
そんなに親しい話は聞いてはいないんだけど、と思っていたら、疑問はすぐに氷解した。
「両殿下。私はすでに臣下なので、兄上呼びは帝室儀礼に反します。
騎士団ではルイス参謀、それ以外では、ルイス公爵閣下か、エヴルー公爵閣下とお呼びください」
「はい!誰かがいる時はそうします!」
「また騎士団でお稽古を見せてくださいね」
「両殿下。お祝い、ありがとうございます。
今後とも、夫をどうかよろしくお願いします」
「エリザベス公爵閣下。ルイス公爵閣下をよろしくお願いします」
「エヴルー“両公爵”閣下、どうかお幸せに」
ルイスが好きでたまらない雰囲気が伝わってくる。
これは絶対に聞き出し案件だ。
そこに皇妃陛下のご指導が入る。
「あなた達。そろそろ行きますよ。まだ早いのに、どうしても、って着いてきたんですから。
約束は守ること」
「はい、母上」「はい、皇妃陛下」
笑顔で聞き分けが良い子どもは、可愛い。
お三方と両殿下は私たちに挨拶すると、早々に席を立った。
式への出席と披露宴の乾杯と挨拶まで、という皇妃陛下のご配慮だろう。
妊婦お二方と、社交界デビュー前の両殿下、目立ちたくない第四皇子母のご側室様を思ってのことかと思われた。
その次は、お父さまと王国大使ご夫妻がいらっしゃる。
「ルイス閣下。晴れて“婿殿”とお呼びできます。
エリーを、どうかよろしくお願いします」
「お二方の仲睦まじさは、帝国と王国の友好につながります。エヴルー公爵家の発展をお祈りしています」
「ラッセル閣下。いえ、“義父上”。
これからも、御指導よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ、どうか、“お手柔らかに”お願いいたします」
お父さまとルイスの間に、妙な緊張感が漂っている。
もう結婚式もあげたんだから、仲良くしてほしいなあ。
私が笑顔で割って入る。
「お父さま。乾杯のご挨拶の時の国王陛下のお言葉、とても嬉しかったわ。お手紙を書きますので、お持ちになってね」
「大使ご夫妻も、本日は結婚式からご出席くださり、お祝いいただき、誠にありがとうございます」
「いえいえ、我が国のエリザベス殿下の祝事。
何を置いても駆けつけますぞ」
少し会話した後、また次の方と、ひっきりなしだ。
それもそのはず。伯爵家以上の当主夫妻がほぼ出席しているのだ。
皇妃陛下のご実家、私達エヴルー公爵家が序列第一位になったのに伴い、第二位となった公爵家当主も、ご挨拶にみえた。
「エヴルー公爵家のこれからの隆盛をお祈りしています。
ルイス閣下は我が甥。
これからは何かございましたら、血縁の私にお気軽にお声をおかけください」
「公爵家としては、歩き始めたばかりの我が家。
ただし帝室全体を支える忠誠心は、二人ともに変わりません。
お気にかけてくださり、感謝します」
ルイスは、“甥”を見事に無視した。
この公爵家は、皇太子派の筆頭だ。
近づかないに越したことはない。
私達が、序列四位となった、タンド公爵家と親しいことを気にしている素振りも見えた。
高位貴族の挨拶が終わると、ウォルフ団長を筆頭に、騎士団の方々だ。
ルイスにお酒を勧めまくっているが、“ひとくちルール”は言わぬが花で、わかっているようだった。
私もこういう騎士団のノリは嫌いではない。
何度となく、訓練に参加した身とすれば、懐かしくもある。
にこにこ微笑みながら見守っていると、かなり酔いが回っていたのか、突っ込んできた人がいた。
「エリザベス閣下〜。ほんと可愛いっすね。
ルイスがいつも自慢してるんですよ。
コイツ、結構“通ってる”んで、今夜は安心してくださ〜い」
その場の空気が、瞬間冷凍だ。
発言した方は、他の騎士の方にすぐに意識を落とされ、片付けられていった。
『あちゃ〜』という表情のウォルフ団長、他数名と、奥歯を噛み締め、激発に耐えているルイスが残った。
私は敢えて、皆様とルイスに満面の笑顔を向ける。
「ご安心ください。私、王国では騎士団の訓練に度々参加して、打ち上げと称して、花街で綺麗なお花を愛でてくる習慣などは存じ上げておりますの。
ルイス閣下もご安心なさってね」
「いや、その、エリザベス。これには訳があって……」
ルイスが狼狽しているが、貴婦人としてここはさっさと収めよう。
「どうかご心配なく。結婚とは次元が違いますもの。
ただし、本気になられて手折られる時は、必ず、絶対に、ご相談くださいませ。
悋気などではなく、エヴルー公爵家の血脈に関わりますもの。
よろしくて、ルイス閣下?」
ルイスはこめかみに指を当て、私に応える。
「……後でゆっくり話そう。エリー。
団長。お祝い、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、部下の躾がなってなくて、申し訳ない。アイツには罰則を加えるので、二度と無礼はしないでしょう。
エリザベス公爵閣下。どうかルーの言葉に耳と心を傾けてやってください」
「かしこまりました。ウォルフ団長閣下」
その後も挨拶は続き、遠いところをわざわざお越しくださった院長様もお祝いの言葉をくださり、歓談できた。
その直後、ルイスと私が最後に感謝のご挨拶で締めて、お開きだったため、少なくとも私は気分転換でき、ご招待客を笑顔で送り出せたのだった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
タンド公爵邸—
私とルイスは、夕食を一通り終えると、お父さまとタンド家の面々の家族の団欒から、早々に離脱させられた。
マーサが待ち構えていて、花嫁美容プランの最終仕上げだ。
美しい寝衣も用意してくれて、寝化粧も施してくれる。
「エリー様。本当にお美しゅうございます。どうかお幸せに」
ガウンを羽織らせてくれて、腰紐まで愛らしい二重リボンに結んでくれる。
私は昼間抱きしめられなかった分、マーサに抱きつく。
マーサは背中を優しく撫でてくれた。
「さあ、花嫁様が、花婿様をお待ちすると、相場が決まっております。
大丈夫でございます。このマーサが惚れ惚れするほど、お美しゅうございますよ」
そう言って、夫婦の寝室へ送り出してくれた。
そこにはすでに、ガウン姿のルイスがソファーに座って待っていた。
「エリー。よかったら、ここに座ってくれないか。
話があるんだ……」
『ああ、これは十中八九、昼間の話だな。こういうの王妃教育で散々、学ばされたから、大丈夫なのに』と思いつつ、横に座る。
ルイスはハーブティーを飲んでいた。よく見たら、ミント水や摘むものもある。
『飲んでもいいかな』と思っていると、ルイスが聞いて注いでくれた。
ミント水をちびちび飲んでいると、ルイスがポツポツと話し始める。
「昼間の話なんだが、事情があるんだ。
少し長いけど聞いてほしい……。
誤解を解いてから、大切な時間を過ごしたいんだ……」
まっすぐ私を見つめる青い瞳は、澄んでいる。
吸い込まれるように綺麗だ。
私がこくんと頷くと、「ありがとう」と言って話し始めた。
皇帝陛下の行為が大元の後宮での仕打ちから、騎士団に入っても、そういう行為に、強い拒否感と侮蔑を持っていたことや、ウォルフ団長との行為を巡っての関係を、不器用ながら話してくれる。
花街に何度も顔を出しているが、“仕事”絡みで、そういった行為は全くしてないと、説明してくれた。
「何か聞きたいことはない?」
「……辛いことを話してくれて、ありがとう。
ううん、話させて、ごめんなさい」
「いや、いつかは話さなきゃいけないことだったんだ」
「大切な話を、本当にありがとう。
そういえば、私も話があるの。
ルー様が何度か聞いて、『結婚したら教えます』って答えてたでしょう」
「え?あ、ああ。シグナキュラム(識別票)のことか」
初夜には不穏な話だが、シグナキュラム(識別票)は、氏名のプレートが2枚通された鉄の鎖を首から下げるものだ。
戦場において戦死した際に、一方を戦友が回収し、これを戦死報告用とする。残りの一枚は判別用に遺体に付けたままにする。
シグナキュラム(識別票)を巡る古い習慣で、『生きて帰る』『無事で帰ってほしい』と、互いの願いを叶えるよう、大切な人にもう一枚渡すというものがあった。
この習慣に則り、私はルイスのプレートを1枚通した、ブレスレットくらいの短い鉄の鎖を贈られていた。
「そう。渡してくれた一枚を、私は今も大切に、肌身離さず、持っているのよ」
悪戯っぽく微笑んで、立ち上がって両手を広げ、くるりと回って見せる。
大して飲んでいないのに、酒精のせいか、少しふらついて、ルイスが支えて、ソファーに座らせてくれる。
「危ないよ、エリー」
「ありがとう、ルー様。ね、どこかわかった?」
「いや、ブレスレットにもペンダントにもしていない。わからなかった」
「うん、正解はね。
シグナキュラム(識別票)は、ここに、私の心臓の上にあるの。
私の生命の力がルー様に届いて、無事に帰って来れますようにって」
私は左胸中央寄りの場所に、そっと右手を当てる。
それは、忠誠の証に、心臓を捧げる騎士礼の所作でもあった。
ルイスは徐々に理解が追いついたようで、青い瞳を見開いていく。
「え?じゃあ……」
「マーサには、跡が付くし、お行儀が悪うございますよ、って言われてるんだけど……。
やっぱり、恥ずかしいなあ。
下着、に、挟んでるの。
お風呂の時は、ブレスレットにしてるわ」
私が恥ずかしそうに種明かしすると、ルイスは泣き出しそうな顔で、私をかき抱く。
力強く、荒々しくもある、でも、優しい抱擁—
「……愛してる、エリー。こんな俺を選んでくれた。
ずっと、ずっと、大切にする。護っていくよ」
「ルー様を愛してるの。他の誰でもなく、ルー様を……」
ルイスは、私の唇に、そっと唇を落とすと、お姫様抱っこして、ベッドに優しく寝かせてくれた。
「シグナキュラム(識別票)は、今はいらない。
俺とエリー、二人の心臓を、生命を重ねよう」
「ルー様……」
その夜、私はルイスと二人、生命の鼓動を重ね、花が開き香り立つ時を過ごした。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
無事に披露宴とちょっぴりその後まで、書くことができました╰(*´︶`*)╯
これも読者の皆様の応援があってこそです。
本当にありがとうございます。
ここで綺麗に終わらせるのか、まだ書き残したものもあるし、続編や番外編をリクエストされたこともあるし、と正直、とても迷っています(−_−;)
続ける際、終了させていただく際、前書きか活動報告で、改めてご挨拶しますので、その時はどうかよろしくお願いします。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
いいね、ブックマーク、★、感想など励みになります。
よかったらお願いします(*´人`*)