59.悪役令嬢の唇
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※前半はルイス視点です。
※遅くなりましたが、この日3度目の更新です。前にもう1話あります。お気をつけくださいm(_ _)m
※※※※※※※※※※※注意※※※※※※※※※※※※※
心的外傷などについて、デリケートな描写があります。
閲覧にはご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで59歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
タンド公爵夫妻とエリー、四人での昼食—
食材も調理方法も素晴らしい。
タンド公爵夫人の、人を逸らさない話術も表情もだ。
ただ、俺の心は別のものに囚われていた。
エリーの唇だ。
さっきの話は、衝撃的だった。
てっきり、唇への接吻くらいはしているだろうと、思い込んでいたのだ。
10年以上の婚約期間—
決して短い年月ではない。
帝立学園でも、騎士団でも、『婚約したら唇までは許される』というのは、ごく一般的な見解で、常識という雰囲気だった。
そういう事に全く興味がない俺でも、友人から勝手に話され、知っていたくらいだ。
それが、全くの無垢。やはり天使だ、天使。
エリーに勝手な理想を押し付けて、無茶な教育課程を実践させ続けた王妃とやらは、忌むべき存在だが、あの大バカの毒牙にかからなかったのは、唯一の救いだろう。
結婚式まで待ち遠しいが、実を言うと俺も全く“知らない”。
騎士団にいて、20歳というこの年齢で、気持ち悪いと思われるかもしれない。
だが皇帝の行為が原因で受けた、俺に対する後宮全体からの仕打ちは、そういった行為への強い拒否感を、俺に強烈に植え付けていた。
自分は殺されかけて、大切な人が奪われたのだ。
気持ち悪さが先に来て、騎士団の気風から、大人びた小姓が多い中、俺は10代に入ってもそういう話題は避け続けた。
幸いなことに、小姓で付き従った現騎士団長であるウォルフ・ゲールは、俺の事情を把握していた。
皇帝の側近と知って幻滅したが、俺に対する態度は正当で、不義はなく、不信は次第に薄れていき、信頼が残った。
“そういう”年代に差し掛かったころ、ウォルフから、『花街で感情抜きの経験だけでもしておけば、敵方の間諜が女を仕掛けて来た時も揺らがずに済む』と説明を受けた。
俺の答えは、『否』だった。
「ご好意はありがたいのですが、俺はああいった行為に不快感と軽蔑しかありません。
吐き気がします。よって俺に女は無効です」
今にしてみれば、青いと思うが、当時は本気で思っていた。
さらに、俺の15歳での異例な騎士叙任や、その後のヒラ待遇により、帝立学園や滅多に出席しない社交界の女達から、散々振り回されたことで、苦手意識に拍車がかかった。
勝手に人に群がり、ちやほやしたかと思えば、馬鹿にする。
『いい加減にしろ』と女性自体、すっかり苦手になっていた。
ウォルフは、小姓から従騎士、騎士となっても、俺の上官であり続けた。
15歳で社交界デビューすると同時に、騎士に叙任された俺への、他の兄貴分からの誘いも断ってくれた。
おかげで不本意な体験をせずにすんだ。
騎士団の兄貴達は、悪気なく当たり前に誘ってくるのだ。
「なあなあ。ルイス。綺麗なお姉さんのトコに行かないか?」
「訓練の方がいいんで、遠慮します」
真面目に返し、何度も強制連行されそうになった俺を、ウォルフが「コイツは俺が仕込むから」と煙に巻いて追い払ってくれた。
そして、ある夜、「安心しろ。酒だけだ。頭を使え」と、花街の上級クラスの店へ連れて行かれたことがあった。
半信半疑な俺の初登楼で、俺達に着いた美しい酌婦は物静かで、本当に一晩中、ウォルフと酒を酌み交わしただけだった。
「密談によく使われる店だ。この店の者は口が固い。
ここなら男数人で来ても、怪しまれない。
こういう使い方もある。こういう仕事もある。
覚えておけ」
朝帰りの道、囁かれたことを覚えている。
俺も“仕事”で何度か使った。
女性は変わらず苦手だったが、ウォルフの言う通り、“仕事”には適していた。
酌婦にも、「体が楽で助かる」と本音を洩らされたこともある。
当たり前だが、好きでこの世界に身を置いているわけではないのだ、と自分の傲慢さを思い知らされた。
つまり、俺も俗にいう、“清い”身体だ。
俺はエリーしか愛せない。
身体もそういう望みも、女性ではなく、エリーなのだ。
“普通”がどういうものかも知らないし、俺とどう違うのかも知らないが、俺とエリー、二人が幸せなら、それでいいと思える。
10年前の俺には、将来こんな事が起こるとは、到底信じられないだろう。
そして、こんな俺でも、あんな話を聞けば、可愛らしく美しいエリーの唇は、気になってくる。
柔らかそうで、美味しそうにも見えるエリーの口許の、なんて可憐なことだろう。
ついつい、視線が吸い寄せられ、『エリーに気づかれたら、まずい』と、タンド公爵夫妻へ眼差しを巡らし会話をする。
いやいや、結婚式まで待つんだ、俺。
ここで早まってはいけない。
あと、たった5日だ。
今までラッセル公爵とタンド公爵から、ありがたい“指導”を受け、“お目付役”という名のマーサの協力を得て、俺自身からもエリーを守って来たのだ。
それに、結婚式の誓いのキスが、互いに初めてとは、いい思い出になるだろう。
いつ、話すかが問題だが。
エリーに引かれないことを願うばかりだ。
いや、俺のエリーはそんな女性ではない。
正々堂々と愛せるまでの秒読みもあと少しだ。
俺は鉄の意志を守り抜くぞ、と思っていたら、エリーと視線が合い、優美に口角が上がった朱唇に、つい目を奪われたのだった。
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【エリザベス視点】
昼食中のルイスは、視線が定まらず、ちょっと変だった。
私が話し掛けても、あまり噛み合わず、ちょっとぼうっとしているなと思ったら、伯父様達とは普通に話せていて、少しほっとしたくらいだ。
昼食後、サロンでは普通に戻っていてよかった。
なにしろ、お父さまがいらっしゃるのだ。
お父さまとルイスには、なるべく良好な関係でいてほしい。
伯母様は、「永遠のライバル、時々同盟関係でしょうねえ」と微笑んでいた。
紅茶をいただいていると、ルイスが伯母様に尋ねる。
「タンド夫人。先日、陞爵の儀の時に聞いた話だが、“両公爵”などの裏にラッセル公爵がいたことはご存じだったんですか?」
「ああ、あれは“公式見解”ね。ルイス殿下。
いくらエリーのお父上でも、帝国の叙爵、ましてや異例中の異例、“両公爵”に関わっているなんて洩れたら、皇帝陛下が隣国の宰相に操られてる、とか言われちゃうもの。ね、あなた」
「うむ、その通りだ。さすがに“義弟”でもそれは許されない。
ただ、うまい手ではあった。
それに陛下が欲しがっているものを、交渉に持ち出した。駆け引きが本当に巧みだ。
ああいう宰相がいるなら、王国が帝国と共存しているのもわかる気がする」
「伯父様も途中まではご存じなく?」
「ああ。大使館を通して、直接やりとりしていたらしい。
ある程度、皇帝陛下のお気持ちが固まってから、ご相談を受けた。ラッセル公爵のことがなければ、ルイス殿下とエリーにとっては、この上なく良い話だ。ただ“裏”も話された。
どうしても欲しいと仰る。
『最後の子どもを無事に産んだ暁に、皇妃に授けたい』と仰られてきかない。
また帝国にも利の多いことも事実だ。との判断で、最終的には受け入れたのだ」
「そうだったんですね。
ただ、昨日、皇妃陛下の元に出仕した時、皇帝陛下がお越しになられ、人払いの上、私とルイス、両陛下の四人になった時、今の内幕をつい話されてしまって……」
伯父様と伯母様が、顔を見合わせた後、伯母様が驚きつつも確認してくる。
「あら、まあ。皇妃陛下の御前で?
ピンクダイヤモンドのことまで?」
「はい。皇妃陛下はピンクダイヤモンドの件も、父の案だったことも、全くご存じなかったようでした。
特にピンクダイヤモンドは、今は離宮にいる第二皇子母の側室様に、散々、悩まされていらしたので、その大元が皇帝陛下だとお知りになられて、その、ひどくお怒りのご様子でした」
「……皇帝陛下、見事に失敗されたわねえ」
「おい、お前。少し言い過ぎではないか?」
「ねえ、あなた。
あの件は、ご側室様と皇妃陛下の間で、ピンクダイヤモンドを取り合ってる、それも皇妃陛下が取り上げただとか、第二皇子の派閥の人達が、陰ながら言い回ってたんですよ?
私は皇妃陛下とご側室のご気性をよく存じ上げてますから、『またご側室の被害妄想が始まった。それにご側室の歳費でピンクダイヤモンドに手が届くはずがない。ご実家の公国に支援を受けたのかしら』くらいに思ってたんです」
「そんなこと、知りませんでした……」
「エリーは知らなくても不思議はないわ。皇妃陛下の派閥が消して回ってましたからね。
ご実家の序列第一位の公爵家が、本気を出せば、すぐに火消しはできます。
ただ毎日毎日、身に覚えのないことで、嫌がらせのように通い詰められていたので、本当にお悩みだったんです。
それが実は、皇帝陛下って。
よほど上手に切り出すか、根回ししておかないと、それはそれは、お怒りの案件でしょうに。
宝飾品を贈られても、お受け取りにならないかもしれませんねえ。
でもこれは皇帝陛下がお悪いんです。
皇妃陛下を喜ばせようと黙っていたくて、ご側室様の暴挙を中々諌めなかった。
それどころか、しばらくは矢面に立たされたままだった。
そんなの全く嬉しくありませんよ。
ピンクダイヤモンドよりも、思いやりが欲しいと思います。
ね、あなた?」
「まあ、そう、とも言えるだろう」
「ルイス殿下。エリーも皇妃陛下と同じタイプです。宝石よりもお気持ち。
覚えておいてくださいね」
「はい、それはもう、よく知ってます。そんなエリーが俺は好きですし、充分、綺麗です。
でも、もっと綺麗な姿をして欲しい時もあると思うので、その時は夫人とマダム・サラに相談します」
ルイスの率直な物言いに、私は照れて、頬が桜色に染まってしまう。
「ルー様、恥ずかしいわ」
「あら、殿下も仰るようになったこと」
「本当だな。エリー限定だろうが」
伯母様と伯父様の明るい声が響く。
そんな和やかな雰囲気になった頃合いで、お父さまが来邸された。
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外交でご多忙なのに、わざわざお時間を取ってくれたのは、新婦から新郎への、結婚式の返礼品の贈答のためだ。
結婚式の返礼品とは、簡単に言えば、パリュールなどの、形式的なお返しだ。
新郎に贈る宝飾品で、金額の釣り合いなどは言われない。
帝室がパリュールの費用を負担していれば、ここに担当者が確認のためにいただろうが、ルイス個人の負担なので、後日の報告のみだ。
お父さまが、ルイスに贈り、早速箱を開けて、伯父様や伯母様にも披露する。
返礼品と言っても、新婦と新郎が話し合って決めることが多く、私とルイスも二人で選んだ。
エヴルー公爵家の紋章を用いたカフス、ネクタイピン、スタッドボタンの一揃えだ。
今まで騎士服の着用が多かったルイスだが、公爵となり、モーニングや夜会服、燕尾服もしくはタキシードなどが増えるだろう。
その時にふさわしく、ある程度、使い回しもきくタイプだ。
改めてよく見ると、実に細かく繊細な細工だ。
盾を四分割した金細工に、帝国の紋章の一部、王国の紋章の一部、交差した麦穂、交差した剣が、宝石や貴石により象られている。
伯父様や伯母様にご覧いただいても、「ほう、これはなかなか」「本当に見事なこと」という評価で安心する。
お父さまも納得していただけたようで、何度か頷き、ルイスに話しかける。
「ルイス殿下。
これからは、“両公爵”の一人として、エヴルー公爵家を担うのです。
私も“義兄上”であるタンド公爵も、そうしてきました。
この紋章は、その象徴の一つでもあります。
エリザベス殿下と二人、エヴルー公爵家初代当主として、隆盛の礎を築いていかれますように。
神の恩寵が常に在らんことを、遠き地より祈っております」
ルイスはお父さまの言葉が、胸に響いたようだった。
青い瞳に宿る輝きが増し、右頬の傷跡がほのかな薄紅に染まる。
「ラッセル公爵閣下、タンド公爵閣下、令夫人。
エヴルー“両公爵”の一人として、エリザベスと共に手を取り合い、領地・領民、帝国、帝室のため、そして王国と互いに栄えるため、真摯に取り組むことを誓います。
この紋章は、その意味を込めて、二人で決めました。
まだ、殻を被ったひよっこですが、どうかご指導・ご鞭撻をよろしくお願いします」
私もルイスの言葉に、瞳が潤んでしまいそうになる。
このお三方の慈愛と協力がなければ、今の私はいなかっただろう。
王国で、王妃様とアルトゥール様に、蔦のように絡め取られ、自分の意志も気持ちもどこかに置き忘れてきたような生活を、送っていたに違いない。
ルイスが話してくれた、味も匂いも、そして色すらも感じ取れないような生活に近かっただろう。
偶然にも二人は各々、違う方法で抜け出せて、ルイスは私に二度と同じような思いはさせない、搾取させないよう、護りたいと誓ってくれた。
私もそうだ。
二人で互いに護り合い、歩んで、幸せになりたい。
「お父さま、伯父様、伯母様。
結婚式の記念品はこちらなの。ご覧になって」
結婚式の記念品とは、式の中で、互いの愛情を誓い合う一つの証として、互いに身につける宝飾品を贈り合う。
指輪が多いが、ブレスレットやペンダント、ブローチ、ピアスなどもある。
騎士は割とピアスが多いと、ルイスから聞いた。
指輪やブレスレットだと剣の握りに関係し、ブローチは訓練でつけたままは、中々難しい。
そうして検討しあった結果、ピアスに決めた。
今、お三方に披露しているエヴルー公爵家の紋章のピアスだ。
「ほう、これも細工が細かい」
「あら、記念品はピアスにしたのね」
「ふむ、二人に似合いそうだ」
ここで、伯母様がふと気づかれる。
「記念品の交換で、ピアスは結構大変よ。
両耳で2回あるし、小さいから、緊張してると焦っちゃうのよ。練習しといた方が絶対いいわ」
私とルイスは、顔を見合わせる。
今日は偶然にも、二人の色目の四つ葉のクローバーのピアスを身につけていた。
白金細工を、サファイアとブラックスピネル、エメラルドとイエロートルマリンが彩っている。
「じゃ、これを外して?」
「そうね、慣れるために、互いに外してあげるところから、やってあげなさい」
「はい、伯母様」「了解です、夫人」
ルイスはまるで上官への返答だ。
耳たぶに触れる、ルイスの訓練で鍛えられた太い指が、私を気遣って、繊細に動かしてくれる優しさが嬉しくて、くすぐったさに耐えて微笑みかける。
ルイスも三人に見守られる緊張が、少しとれたようで、記念品のピアスも両耳に付けてくれる。
私は宝飾品の扱いの経験は、ルイスより豊富で慣れている。
手早く外し、記念品を付ける。
「あら、お似合いだこと」
「ああ、肌にも映えて似合ってる」
「…………もう、お揃いのピアスを作ってたのか。
あ、いや、おめでとう。似合ってるよ、エリー」
お父さまの反応が、伯父様と伯母様と微妙に違うのが気にはなったが、互いのピアスを見て、嬉しいのに照れてしまう、私とルイスだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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