58.悪役令嬢のピンクダイヤモンド
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで58歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
皇妃陛下の御前から、逃げるように退出した翌日—
ルイスが約束の時間より、タンド公爵邸を早めに訪問した。
彼の小姓が先触れに来たので、お駄賃をあげる。素直な良い子だ。
昨日の馬車の中では、マーサがいたため、ほとんど話せなかったし、ルイスは騎士団の任務があったため、すぐに本部へ帰還した。
これだけ関われば、事情を聞きたくなるのも無理はない。
最初は無理でも、少しずつ理解してくれたら、と思う。
逆の立場で考えたら、ルイスと元婚約者との記念品絡みの話だ。
私だって冷静ではいられないだろう。
とにかく、ゆっくり、冷静に、落ち着いて話そう。
マーサに身支度してもらう、鏡の中の自分を見つめながら、そう思った。
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ルイスがやってきた。
少し緊張の面持ちだ。
「おかえりなさいませ、ルー様」
「ただいま、エリー」
私は敢えて、いつものように明るく微笑んで、迎え入れる。
私のいるところが、ルイスの帰るところだと、言われて以降、ずっとこの挨拶だ。
案内した場所はサロンで、心が落ち着けるようなハーブティーと、タンド家のシェフが作った焼き菓子を給仕し、マーサは出て行った。
婚約者でまもなく挙式予定とはいえ、未婚の男女のため、ドアは少し開いている。
ハーブティーを互いにひと口味わうと、ルイスから切り出した。
「昨日、皇帝陛下が話していた、ラッセル公爵が俺とエリーの“両公爵”叙位と勲章授与へ手を回した件だが、エリーと公爵がエヴルーで話した時、何となく感じてた。
ああ、この人の意図だったんだと。
今日、聞きたいのは、その交渉材料にしたピンクダイヤモンドについてだ。
エリーは昨日の馬車の中、普段と違った。
いつもなら、皇帝陛下と皇妃陛下のやりとりを、もう少しぼかしても話題にしただろう。
俺が割って入った事に、あれだけ感謝してくれてたんだ。
落ち着きがなかった理由は、ラッセル公爵の意図に勘付いてたなら、残すはピンクダイヤモンドだ。
これも、第二皇子母の側室が、宝飾店で俺達とニアミスしたり、皇妃陛下の居室に怒鳴り込んできてたりってあったが、ラッセル公爵が交渉材料にしてるのと時期が合わない。
ピンクダイヤモンドは、無骨者の俺でさえ知ってる希少な宝石だ。
もしよかったら、エリーとピンクダイヤモンドの関わりを教えて欲しい。
もちろん、話したくなければ、無理強いする気はない。
俺から詮索はしない。
ただ事情があるか、ないかだけは教えてほしい。
理由は、昨日のあの調子だと、俺達に少なからず、関わってきそうだからだ」
ルイスは自分の疑問と気持ちを、きちんと説明してくれた。
本当に誠実だ。
少なくとも、私には誠実であろうとする。
この気持ちには応えたい、と思った。
たとえ、話してすぐは、受け入れてもらえなくても、時間が少しずつ解決してくれるだろう。
私は丹田に力を込めて、姿勢を正し、まっすぐルイスに向き直る。
私には何もやましいことはない。
「ルー様。事情があるか、ないか、と問われれば、事情はあります」
ルイスは黙って頷く。
「その事情をこれからお話ししようと思います。
ただ少し長くて、複雑な内容だから、まずは私の話を、一通り聞いてほしいの。
そこから、質問を受け付けます。
それでいいかしら?」
「もちろんだよ、エリー」
優しい青い瞳が、わずかに不安で揺れている。
右頬の傷も少し白い。
ルイスも緊張しているのだろう。
私はなるべく、整理しながら、話し始めた。
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今、問題にしているピンクダイヤモンドは、元々は、元婚約者のアルトゥール王太子と、王立学園の入学記念に作ったものに使われていた。
私はブレスレット型時計、彼は懐中時計だった。
ところが、元婚約者は、2年生から、徐々に別の女性に心を奪われていった。
彼女の魅力もあったのかもしれないが、私側にも原因があった。
王妃教育の方針が大きく変更されたため、自分からは理由も言えず、全く違う態度を取らざるを得なくなった。
卒業まで耐えれば、事情が話せる、何とかなると耐えていた私の心を折ったのは、その懐中時計だ。
浮気相手と親しい子息の子爵家が運営していた、質屋のウィンドウで飾られていた光景を見た時だった。
王家の“影”から報告を受けて、わざわざ見にいったのは信じられなかったためだ。
二人でデザインを考えて決めた。
『離れていても、一緒の時を刻むんだ。がんばろう』と誓いあった気持ちまで失った婚約者が、もう信頼できなかった。
その誓いの懐中時計を盗まれたことに気づかないのか、自分で質に入れたのか不明だが、そういう相手と、もうこれ以上、人生を共にはできない。
卒業式前の生徒総会で、私がその浮気相手をイジメたとかいう、碌な調査もしていない言いがかりで、追求するらしいという噂が聞こえてきたし、”影”からも報告された。
だから、お父さまに相談し、相手の有責で婚約解消することを決めた。
もう気持ちは折れてしまって、国王と王妃として、信頼関係を再構築できない。
そんなことでは国家統治など夢のまた夢だと。
お父さまは理解してくれて、すべての事情をアルトゥール様が知れば、私とよりを戻したがるに違いない。
再縁を防ぐため、隣国にある、継承していた母方の領地で過ごせるよう計画してくれた。
アルトゥール様だけではなく、厳しすぎる王妃教育を施した王妃陛下も、二度と手に入らない“モノ”として、私を手放さないだろうと、計画は綿密に練ってくださった。
そして、互いに決行の日—
私は先手を相手に譲って、イジメを追及されても反論はしなかった。
その後、追及された同じ時間で、無実の証拠、証言を積み重ね、疑いを晴らせる根拠を示した。
自分の長年の初恋、誠実な愛にも、区切りをつけてきた。
王国からエヴルーまでの、旅とも、逃避行とも絶対に言いたくない、“新しい生活拠点への移動”は、過酷を極めて、到着後しばらく寝ついたほどだった。
それから数日後だ。
領地の初めての見回りの時、ルー様と出逢った。
そこから、結婚の申し込みを受けるまでは、ルー様もある程度は、事情を共有している。
ただ、イジメを追及された時に、思い出の品として、アルトゥール様に示して、自分でも決着した品物を、エヴルーに持ってきてしまっていた。
これは偶然で、ずっと持っていたいなどでは、全くない。
ラッセル公爵邸に置いていくのも違うと思い、移動の荷物に突っ込んでしまっただけだ。
ルー様と新しく人生を歩むと決めたなら、全く不要で処分したかった。
その処分方法に迷って、タンド公爵夫人である伯母様に相談した。
この後、聞いてもらってもいい。
不燃物、可燃物、業者への買い取り、処分。
大まかに決めた上で、こういった遺品の相談を受けているだろう、天使の聖女修道院の院長様に、協力をお願いした。
事情を話すと、引き受けてくださり、ブレスレット型時計は、純金部分は溶かして業者買い取り、時計部分も古物商が引き取った。
そして問題のピンクダイヤモンドとエメラルドも業者が買い取った。
他の品も、燃やせるものは、聖堂での捧げ物を入れる籠などと一緒に燃やし堆肥とした。
銀製品は溶かして、貴金属として買い取り、豆本は古物商が買い取り、アミュレットは鋳潰された。
唯一面倒だったペーパーウェイトも、往復しているラッセル家の者に頼んで、王国の大河に投げ捨ててもらった。
これら全ての代金は、孤児院へ寄附した。
さっぱりした、と思ったころ、ピンクダイヤモンドの件で、院長様に注意を受けた。
買い取った業者が、出どころを探しているというものだった。
元々、希少な宝石なので、懸念は示されていた。
帝国の社交界で見ても、動揺しないか。
私の答えは否だった。
もう私には関係のないもので、気持ちも一切残っていないと、その時は答えた。
ただ、その買い取り業者は、ピンクダイヤモンドに目の色を変えていた、と院長様は話してくれた。
『「前の所有者を紹介してくれたら、少なからずお礼をする」などと申すので、「でしたら、別の方に買い取っていただきましょう」と返したところ、諦めて引き取って行きました』
と、教えてくださり、再び注意するように言われ、念のため、業者の氏名と店名を教えてもらった。
それ以降、ずっと忘れていた。
あの宝飾店のミスで、第二皇子母の側室様が、ピンクダイヤモンドに執着し始めるまでは—
結局は前金まで払い、市場に出回り次第、購入すると、予約注文していた皇帝陛下が、購入なさったようですが……。
と、ここまで話し、私はひと息入れる。
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「ルー様。長い説明でごめんなさい。
結果的にあの宝飾店が仕入れたピンクダイヤモンドとは、こういう経緯と事情で関わっていました。
私が以前所有していた、ブレスレット型時計から外されたものです。
もう終わったことだと無関係を貫いて、心配までかけて、申し訳なく思っています」
私はルイスに詫びの気持ちを込めて、会釈する。
最後まで黙って聞いていたルイスは、ほっとした表情だった。
「いや、事情はよくわかった。きちんと話してくれて、ありがとう。
そんな事情だったとは。エリーもその王立学園では辛かっただろう?」
「えぇ、それなりには。
でも、エヴルーに自分の人生の拠点を移したからこそ、ルー様に出逢えたんだもの。
ご縁ってどこで繋がっているのか、分からないものなのね」
「その通りだ。
俺もあの日、遠乗りに行かなければ、あの水辺に行かなければ、エリーには会えなかった。
俺はあの出逢いに、一生感謝し続けると思う。
エリー無しの人生は、もう考えられないんだ」
「私もよ。ルー様。二人で幸せになりましょう」
「ああ、エリー。二人で幸せになろう。
あと、申し訳ない。その元婚約者の大バカが持ってた懐中時計のピンクダイヤモンドを、なぜラッセル公爵が、交渉材料にできてるんだ?」
すっきりした表情だったルイスに、疑問が浮かんだようだ。
「私もお父さまが手紙で知らせてくれた範囲ですが……」
アルトゥール様が、婚約解消後、半年の懲罰訓練期間を経て、二人の正妃を娶るはずが、言を左右にし、やんわり拒否していた。
私への執着を感じ取ったお父さまが、懐中時計は王室の歳費で購入されたため、管理をアルトゥール様個人から、財務課へ変更した。
要するに思い入れのある懐中時計を没収し、私への未練を断ち切らせ、二人の正妃とも婚姻した。
さらに、私を国王陛下の養女としたため、アルトゥール様との婚姻の可能性は、絶対に無くなった。
「この一連の、アルトゥール様の私への未練を断ち切らせるための副産物が、懐中時計のピンクダイヤモンドだと思います。
このピンクダイヤモンドを皇帝陛下との交渉材料にしたのは、大使館から情報が送られたと推察します。
側室様のピンクダイヤモンド絡みの動きはとても派手で、皇帝陛下も『今さらなぜ?』という処罰でしたし、宝飾店あたりから聞き込んだのではないでしょうか」
「なるほど。そういうことか。
しかし、その王子は本当に大バカだな。
自分から素晴らしい婚約者だったエリーを放置して、不誠実にも浮気しておいて、未練だと?
それも、半年の懲罰訓練を受けた後で?
大バカすぎて、話にならん。
よくぞ、ラッセル公爵は、この大バカのエリーへの執着を、断ち切ってくださった。
無事に出産できたなら、その子どもに、きちんと教育を施し、王位を渡した方がいい。
その大バカだと、王国は傾くぞ」
ルイスはアルトゥール様を大バカと連呼しているが、全く庇う気がしない。
「はい。お父さまには感謝しても仕切れません。
自分から浮気しておいて、今さらって思いました」
「こんな素敵なエリーが、婚約解消されるだなんて、数兆分の1くらいの天文学的数字の確率だ。
大バカは、それくらい大バカだったということだ」
「まあ、原因はだいたい見当はついてるんですけど……」
私は小さくため息を吐き、苦笑いを浮かべる。
ルイスは少し驚いた表情だ。
「え?エリーに原因が?」
「あ、いえ、どちらかというと、王妃様とお父さまです。
結婚するまでは、その、きちんとした接吻も、絶対に許さない方針で……。
それで簡単に、ハニートラップにも引っかかったんだと思います。
そういうお年ごろですし……。
ご令嬢達とお話ししていても、婚約者なら、唇への接吻までなら、というお声も多くて……。
王妃様に、『望まれたなら、いかがすれば?』と確認した時に、『接吻だけで止まるとは思えないので、絶対拒否するように』って御命令だったんです。
この年代は、惑わされやすいので……」
ルイスが真面目に憤慨してくれる。
本当に誠実なのだ。
「そんな煩悩を発散するために、訓練や勉学があるんだ。
断じてエリーのせいではない。
その大バカが、自分の自制心の弱さを知らず、周囲の評価さえも理解していなかっただけだ。
要するに、ちょろいと思われてたんだ。浮気相手からもだ。本当に情けない大バカだ。
エリーが大バカの毒牙にかからず、無垢のままで、よかった。本当によかった……」
ルイスは立ち上がると、私の頭を両腕でふわりと包み、頭頂部にそっと唇を落とし、髪を優しく撫でてくれる。
「アルトゥール様とは、もう過去のことです。
私の現在と未来はルー様と共にあります」
私からも、頭をすりすりとこすり甘える。
緊張がほどけ、安心したようだ。
「ありがとう、エリー。
俺を選んでくれて。愛してるよ。エリー」
この優しい抱擁は、昼食の知らせに来たマーサによって、終わりを告げたのだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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