4.悪役令嬢の助言
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
このお話で5歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
修道院の院長様から、表敬訪問についての返事が来たのは、領内見回りの翌日だった。
三日後なら、充分なお時間があると、美しい文字で綴られている。
簡易な便箋から淡くラベンダーが香り、歓迎の気持ちも伝わってきた
マーサは三日後と聞きつけ、美容の計画を立て、アーサーは私の求めに応じて、修道院の歴史や、現在の状態を説明する。
「では、復習を兼ねてご説明します。
この修道院の正式名称は、『天使の聖女修道院』。
現在、かなり特殊な形態をしています。
元々は、聖堂を中心にした女子修道院です。
ここに、先代エヴルー女伯爵アンジェラ様が、修道院と隣接した、ほぼ同じ広さの土地を寄進しました。
その時期は、国境地帯で紛争があり、離れた帝都を目指して、男だけでなく、食いつめた未亡人や孤児が街道を歩く姿が、珍しくない光景でした」
この紛争は、私の故国とではない。
王国と離れた、帝国と緊張状態にある国とだった。今でも小競り合いがある関係だ。
「この人々を哀れと思った院長様が助けの手を差し伸べました。
『信仰を元に、清貧の暮らしを祈りと共に送れるのなら、おいでなさい』と、王都への街道で説かれたのです。
清貧や祈りという条件もありましたが、特に子どもの数は多く、シスターを志願する女性もかなり増えました。
予算も苦しい中、アンジェラ様が手を差し伸べられ、寄進した土地で収穫が得られるまで、まずは食べ物を寄附されました」
「お母さまは信仰に篤い方だったのですね」
「お父さま、ラッセル公爵が仰るところの“天使効果”…。
こちらで深くお悩みで、修道院の聖堂で、お祈りをよく捧げられていらっしゃいました」
「なるほど……。それで、内情を知り、困ってらっしゃる修道院に、寄進と寄附をなさったのね」
「はい、仰せの通りです。
この新しく寄進された土地は、シスターや孤児院の子供たちの食物を育てる場所であり、後に乳牛と牛舎、牧場も寄進されました」
「……倍以上ですね」
「はい。実質は……。豊かな畑の実りで、余裕も得た修道院は、次は現金収入が必要でした。
子ども達が増えたための施設の増築、服や寝具など、清貧な暮らしでもかなり必要です。
そこで、アンジェラ様に相談した際、現金収入を得る、即ち売れるものを作ればいい、というお話になったのです。
現在、農地エリアでは、建築された作業場で、焼き菓子を作り、帝都に出荷しています。
他にも牛乳で、チーズやバターを作り、自家消費する以外は、こちらも同様です」
「まあ、ちょうど、領の産業と一緒ね。農業と酪農」
「他にもアンジェラ様が研究されていた、ハーブの効能を考え組み合わせたレシピを元に、ハーブティーなどを販売しております」
「それで、修道院の図書館にもお母さまの記録が収蔵されているのね」
「さようでございます。また図書館に併設されて、教会がございます。こちらは一般の領民向けで、男女関わりなく、祈りを捧げております」
「つまり、農地エリアには、隣接した牧場、チーズ工房、お菓子工房、図書館、教会があり、シスターが働いている、と。
孤児院の子ども達はどうしているの?」
「彼らも貴重な労働力です。学習時間以外は、無理のない時間を定めて、シスター達を手伝っています。
この農地エリアと、修道院エリアの間には、元々の外壁があり、この正門から出入りするため、不埒な者は修道院に入れなくなっています」
「祈りの生活の合間に、日中は農地エリアで働き、教会でも勤め、夜は修道院へ戻る。こういう生活を送ってらっしゃるのね。
丁寧な説明をありがとう。アーサー」
「とんでもございません。ご主人様」
「ご主人様ではなく、エリー、でしょう?アーサー。
それと、修道院関係で、お母さまの“天使効果”でのトラブルはなかったのかしら?」
「はい。エリー様。
祈りによる精神鍛錬の成果か、そういった事はございませんでした。
子ども達には、非常に懐かれていらっしゃいました。ただこれも一般的な子ども好きの範疇に見えました」
「なるほど。そこは注意して観察するわ」
アーサーの話を聞いてるだけで、王妃教育で養った、殖産興業のアイディアが湧いてくる。
これをいかに院長様に伝えるか。
悩ましいと思いつつ、私は新たな書類に手をつけた。
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約束の日—
私とアーサー、マーサの三人は、エヴルー伯爵家の紋章が描かれた馬車で、修道院へ向かう。
肌を極力露出させない、立ち襟の白いデイドレスはレース遣いも上品なAラインだ。
念のために被った、例のつばひろのヴェール付きの白い帽子も、ドレスの雰囲気にあっている。
実に貴婦人らしい。
農地エリア側の門に馬車を付け、アーサーにエスコートされ降りると、農地エリアの中央に作られた石畳の道を、修道院正門に向かい楚々(そそ)と歩く。
畑に植えられた作物、特にハーブが気になるが、ヴェールもあり、よく見えない。
マーサから小さく咳をされ、先を促される。
道の左右に広がる畑では、シスターや子ども達が働いていた。黙礼を交わし合い進むと、鶏も歩いている。
「あら、鶏舎もあるのね」
「牧場の中にございます」
「じゃあこの仔は脱走したのかしら」
「エリー様。私がお伝えしておきます」
「マーサ、大丈夫よ。まるで案内してくれてるみたいだわ。おとなしいこと」
石畳の道の先には、修道院正門—
そこには院長様と副院長様が、出迎えてくれていた。
互いに挨拶を交わすと、アーサーを供待ち部屋に残し、マーサと二人、まずは応接室に通される。
孤児院の子ども達以外、修道院は基本、男子禁制である。
さすがにここでは、最初からエリーは名乗れない。
「故国では、ラッセル公爵が長女エリザベス。
この帝国では、エリザベート・エヴルー女伯爵という、名前と爵位を頂戴しております。
陛下の謁見前に名乗るのは烏滸がましいのですが…。
どちらも仰々しく…。
どうかエリーとお呼びください」
「かしこまりました。エリー様ですね。
先日は過分なるお気持ちを頂戴し、ありがとうございます」
挨拶状と共にかなりの寄付金を届けている。
また、お父さまも脱出前に寄附をしていた。
Bプランはこちらへの入会だった。安全を願う親心をありがたいと思う。
「とんでもございません。俗世にいる私どもが出来る、数少ないことでございます。
院長様、失礼して、帽子を取らせていただいても、差し支えないでしょうか?」
「はい、構いませんが……」
「院長様は母の事情をお聞き及びと伺いました。
私は瞳と髪の色以外は、母アンジェラにとてもよく似ております。
トラブルを避けるため、こうして参りましたが、問題がなければ、顔を見てお話したいと。
このヴェールで、私からも院長様のご尊顔が、はきと見えないのです」
「それはそれは……。どうぞ、ご自由になさってください。まもなくお茶も参ります」
マーサにヴェールを上げてもらい、帽子を取る。
美しい顔立ちに、緩めに結い上げた見事な金髪、エメラルドグリーンの双眸。
院長様と副院長様も、思わず見つめている。
「……院長様、ご気分はいかがでしょうか」
「あ、はい。大丈夫でございます。
本当にアンジェラ様にそっくりでいらっしゃいますね。
ただお髪とお目の色が違うだけで、雰囲気も明るく、太陽の下の若麦やヒイラギのように、私は感じます。
アンジェラ様は、月光を集めたような銀の髪に、澄んだ湖のような青い瞳。
誠にお綺麗でございました」
「ありがとうございます。ここにいるマーサやアーサーは、心配してくれているのです。
母とそっくりなので、昔のことを思い出し、蒸し返す方もいるのではないか、と」
「まあ。アンジェラ様は被害者でございます。
一方的に恋焦がれられても、困ってしまいます。それをアンジェラ様のせいにしてしまい……。
度量の小さな方と思いました」
「あの、そういった方々は、今も領内に?」
「いえ。ほとんどが帝都に出ておりますよ。
娘達が相手にしなかったもので、肩身が狭くなってしまったのです」
「そうですか…。申し訳ありませんが、少し安心しました」
ここに、温かなハーブティーが供される。
カモミールやセージ、ミント、オレンジフラワー、オレンジピールなどがブレンドされた茶葉だ。
爽やかさが混ざった香りを楽しみ、一口味わうと、懐かしさが先に出た。
「これは……。母のブレンドのハーブティーでございますね」
「さようでございます。リラックスしていただきたいと、こちらを……」
「お心遣い、ありがとうございます。嬉しゅうございます」
「エリー様も、お好きなようでございますね」
「はい、母が残したレシピで学びました」
ハーブの話題でしばし歓談した後、帽子はマーサが持ち、素顔のままで、修道院内や祈りの場である聖堂などを案内される。
聖堂は美しいステンドグラスに彩られ、特に薔薇窓が壮麗だった。
母アンジェラが、ここで独り祈りたかった気持ちも分かる気がした。
孤児院は、清潔な建物で、身綺麗な子ども達は、算数の授業中だった。人数の関係か、労働と授業は交代のようだ。
「読み書き算数ができれば、商家の奉公人にもなれます。希望者は帝都でのチーズや菓子の卸し先から、紹介してもらっています」
「人の縁で、この子達の未来も広がっていく。素晴らしゅうございます」
寝室は二段ベッドで、ぎゅうぎゅう詰めだが、寝具は清潔で人数分ある。増加に対応しきれないのが、悩みの種らしい。
次には農地エリアで、アーサーも加わり、牧場からチーズ工房、お菓子工房、畑と視察していく。各々質問すると、楽しそうに答えてくれる。
試食を勧められ、一口味わうと、滋味がありとても美味しい。包もうとするので、アーサーにきちんと購入するよう伝える。
お菓子は領 地 邸の使用人達へのお土産だ。
会話内容からしても、労働環境に問題はないようだった。
農地のハーブ区画には、思わず感嘆の声を上げてしまう。
「なんて素晴らしい。皆、生き生きとして、香りも濃いわ。珍しいハーブも揃えていらっしゃるんですね」
「はい。ハーブは担当を決めています。詳しい者が収穫しないと、間違えてはいけない効能もあります」
「そうですね。私も心して屋敷で手入れいたします」
「エリー様が?」
「はい、私が。庭師と一緒ですが、ハーブの手入れが何よりのリラックスなのです」
後ろでアーサーとマーサが微苦笑している気配がしたが、気にしない。
素朴な教会も見学する。シスター以外、誰もいない。
領民が来るのは朝夕が多いとのことだった。
最後は図書館—
修道院のため、宗教関係の書籍が多いが、アーサーが話していた通り、母アンジェラの記録簿もある。
手に取ってみると、ハーブ畑の区割り、育て方、収穫方法など、詳細だ。
ブレンドのレシピも何通りも試していた。
「院長様。母の記録簿を見せてくださり、ありがとうございます。時折り、こちらに参ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、エリー様ならいつでもどうぞ。
特別な教導書は鍵付きのガラス棚に入ってますが、後は自由に閲覧できます。
また、修道院の正門の門番に言ってくだされば、お時間を気にすることなく、聖堂でお祈りもできます。
アンジェラ様もさようでございました。取りはからっておきましょう」
「ご配慮、とても嬉しく存じます。
院長様、あちらの教導書は、本当に美しゅうございますね。
実に貴重なものをここまで受け継がれて、と感嘆いたしました」
「はい、設立当時からの、我々の宝です」
院長は嬉しそうに答え、特別に拝観させてくれた。
エリザベスはここで、院長と副院長に図書館の閲覧席の椅子を勧め、「おりいってのお話が」と、自分がこの領地に来た経緯を説明する。
「それは……、大変なご経験をされたのですね。
神の御守りがエリー様にございますように」
「ありがとうございます、院長様。
ただ得難い経験もいたしました。
未来の王太子妃として、領地経営や殖産興業にも実際に携わってまいりました。
そのおかげもあって、この領地もアーサー達の力を借り、運営できると思います」
「さようでございますか。苦難を幸いに変えられるお心の美しさ。神の恩寵がございますように」
「とんでもございません。神の恩寵は、こちらの修道院にあって然るべきかと存じます」
「え?」
戸惑いを見せる院長様に、私はゆっくりと話しかける。
「院長様。
菓子工房も、あれだけの材料をクッキーだけではもったいなく存じます。
日持ちのする焼き菓子、ガレットなども加えてはいかがでしょうか?
卸先から聞かれたことは、ございませんか?」
「ああ、確かにございます。他にも作らないかと。
ただ素人の作ったものですので……」
「今のクッキーも充分美味しゅうございます。
ご希望でしたら、我が家の料理人をこちらへ一時派遣させていただきます。
付加価値のあるお菓子になされば、それだけの利益もございます。
数種類に収めれば、負担も小そうございます」
「なるほど。さようでございますね」
「また、ハーブについては、ハーブティーだけでなく、香辛料や、入浴剤、染料などとしても用いられます」
「香辛料や入浴剤、染料とは染め物ですか?」
「はい、さようでございます。
乾燥ハーブで香辛料や入浴剤は作れますし、染料は上品な優しい色合いに仕上がります。
糸を染め、レース編みや刺繍に用いる。
先ほどの読み書き算数は実に素晴らしく存じます。
さらに絵心があれば、刺繍図案集を元に、オリジナルの作品も造れましょう。
刺繍やレース編みの技術を子ども達が習得できれば、選択肢も広がるかと、愚考いたします」
「愚考なんてとんでもない。
レース編みや刺繍なら、シスターの中にできる者もおります。絵心のある者も。
確かに刺繍の刺し子は、帝都では男性職人もいると聞いております。子ども達の自立の一助になれば、幸いとなりましょう」
「ありがとうございます。
最後に。あの美しい教導書でございますが、複製品を作ってみるお気持ちはございますか?」
「複製品…。偽物ということでございますか?」
院長様の声が重くなる。ここだけ聞けば、無理もない話だ。
「確かに本物ではございませんが、信心深い方々にとっては、あの教導書と同じ内容の御本は、その名の通り、ありがたいお導きとなりましょう。
それもシスターが信心を込めて筆写し、彩本するのです。
複製品でもその方の信心の支えとなるはずです。
もちろん、複製品であることは、わかりやすい場所に明記いたします。
完全受注品とされ、お渡しする期限も設けません。
あれだけの品、聖句や文言の筆写だけでも、大変貴重です。
恐れ多いですが、神学者にとっては、ここまで足を運ぶ労苦もなくなり、神のための研究もその分、進むでしょう。
単なる信徒の私よりも、帝都の宗教書を主に扱う書店で、一度ご質問ご相談してみては、いかがでしょうか?」
「神学者の研究…。私では思いもつかぬことでございます。
熱心な信者様でも、体調次第でこちらに参れなくなることもございます。
期限を切られなければ、無理もせず、納得のいくまで、作業もできるでしょう。
エリー様の仰る通り、パン屋はパン屋。
宗教書の専門店で、一度聞いてみましょう」
「私のような浅学の身の言葉に、耳を傾けてくださり、誠にありがとうございます」
「いえ、私こそ。今で充分と思っておりました。
ただ子ども達のこともございます。
このご提案は、ぜひ検討させていただきましょう」
「後ほどアーサーに、文書にまとめたものを届けさせます。どうかご一考の助けとなりますように。
また私への斟酌は一切無用でございます。
ここで祈り、働き、暮らす方々のお気持ちが、一番大切に存じます」
「重ね重ねのお心遣い、本当にありがとうございます」
「いえ、とんでもございません。
それでは、そろそろお暇させていただきます。
院長様。母と同じく、私も祈りに来てもよろしいでしょうか?」
院長ははっとした表情を浮かべた後、優しく微笑む。
「先ほど申し上げました通り、いつでもいらっしゃいませ。
祈りの場は、いつでもお待ちいたしております」
私は院長達に別れを告げる。
修道院は好意的に新領主を、受け入れてくれたようだった。
いざとなれば、第二に駆け込める場所ができた。
土産の菓子の甘い香りは、幸せな気分にさせてくれる。
帝国に入国して以来、最も安心して馬車に揺られ、領 地 邸へ帰還した。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきました。
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