57.悪役令嬢の逃げ足
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※一部を除き日常回です。
※最後は皇太子視点です。
※※※※※※※※※※※注意※※※※※※※※※※※※※
妊娠・出産などについて、デリケートな描写があります。
閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで57歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「外交団の皆様。ようこそ、エヴルー公爵領へ」
「馬車はいったんこちらへどうぞ」
私とルイスは、帝都への街道と、新邸への幹線道路が交わる付近に作った、“馬車溜まり”で、外交団の方々を笑顔で迎える。
お父さまから二日遅れでいらした。
この“馬車溜まり”は、街道の両側に各々設置した、かなり広い土地だ。
領民から土地を買い上げ整地し、停める場所などを案内する、馬車の誘導役を置いている。
売りはお手洗いに行けたり、身嗜みを整えられる建物『有料休憩所』だ。
旧エヴルー伯爵領は、帝都から約6時間の距離にあり、中心地も宿場町とは言えない小さな町だ。
地元民向け食堂などはあるが、令嬢やご夫人方が立ち寄れる場所ではない。
ここ“馬車溜まり”は、区切られた駐車場に停めると、雨よけ日差しよけの屋根もある、
長く連なる屋根の下に作った歩行者用通路の先に、『有料休憩所』がある。身分ごとのスペースで利用する作りだ。
ここの世話人達は、入口で料金を徴収し、内部は清浄に保っている。臭い消しや洗浄剤にハーブが使用されていた。
また通路沿いの屋台では、各種サンドイッチや焼き菓子が選べて詰められる、フードボックスが売り物だ。
収穫祭で好評だった果実水、ミルクセーキ、ハーブティーなどの飲み物なども販売し、馬のための飼い葉や水なども販売していた。
「ほう。こんなものを作ったのですか。中々面白いですな」
「きっかけは、領地の見回りの聞き取りです。
特に街道沿いの農地は、色んな“落とし物”があって困っていると」
尾籠な話だが不衛生だし、する方も切羽詰まって、という場合も多い。
だったら気兼ねなしに、貴族階級や商人達に『高い』と思われない料金で利用してもらおう、という逆転の発想で作った。
運営は今のところ順調で、トラブル防止に馬車の誘導役は、警護役も兼ねている
何せ“伯爵家直営”と看板に明記し、現在は“公爵家直営”だ。
トラブルを起こす方がいい度胸だろう。
お父さまはここで外交団の馬車へ乗り換える。
次にお会いできるのは、明後日の午後、タンド公爵邸にいらっしゃる予定だ。
私とルイスも、エヴルー公爵家の紋章が描かれた馬車に乗り、馬車列に後続して帝都へ向かう。
もちろん同乗者はマーサだ。
「ここの“馬車溜まり”も順調だね」
「皆で意見を出し合った成果よ。何かあれば改良していきましょう。
商人の中には、『家族への土産を買い忘れた』って、フードボックスに焼き菓子を詰めていく人もいるんですって」
「なるほど。ちょっとした土産物も売れそうだ」
「まあ、それはおいおいで。
明日は、ルー様とマーサ、よろしくお願いしますね」
私は結婚式前最後の出仕のため、二人に付き添いと警護を頼んでいた。
ルイスが真剣な顔と口調で言う。
「エリー。今からでも遅くない。断りを入れるのは」
「ルー様。何度も話し合ったでしょう?
結婚式の後、5日以内に行くのと、どっちがいいかしらって。
私は、ぜ・っ・た・い・に、結婚式前に行きたいの。
警護役は代わって」
「そっちこそ絶対ダメだ。わかった。警護する」
「順番は考えているのよ。午前中は皇太子妃殿下。
昼休憩をはさんで、皇妃陛下。
妃殿下はおそらく皇太子殿下の件も頼んでくるでしょうし、お話しもあるでしょうけど、次の皇妃陛下の予定を言えば、無理はできないもの。
ずるいなあって思うけど……」
「エリーはずるくない。それこそ絶対だ。
なあ、マーサ?」
「そうですとも。花嫁様は、結婚式の前後1週間は、式のための準備や、お疲れ休めが通例です。それを曲げてご出仕なさるのです。決してずるくはございません」
「ありがとう、ルー様。マーサ。
明日が終われば、花嫁業務に専念します」
「エリー様?花嫁様は業務ではございませんよ?」
「え?あら?つい?お仕事っぽく予定が詰まってるから……」
「ふう……」「はあ……」
マーサの指摘を受けて、無邪気な笑顔を二人に向けるが、大きなため息を吐かれた。
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皇城出仕の日—
「エリザベス殿下。よくいらしてくださいました。
先日の陞爵の儀では、控え室で色々、ありがとうございました」
妃殿下はあの時のことを思い出したのか、照れた微笑みも愛らしい。本当に素敵な方だ。
「皇太子妃殿下、とんでもないことでございます。
先日はご列席、誠にありがとうございました。
記録書は拝見しました。本日のお加減はいかがでしょう」
私は速やかに本題に入る。
あのドレスをねだられても本当に無理だし、今は調合に集中だ。
マーサは調合室で、ルイスは私の警護を別の近衛役に引き継ぎ、馬車で待機だ。
万一、ルイスが妃殿下の元にいたと、皇太子の耳に入りでもしたら、面倒なことこの上ない。
記録書と問診によると、前回よりも精神的な負担はわずかに軽いようだ。
すぐに侍医達や侍女長と別室で相談する。
出産予定日まで1ヶ月を切った妊婦の悩みは、侍医達にその都度対応をお願いし、私は心が明るくなり落ち着く効能に重きをおいた調合とする。
調合室で侍女長に教えながら、試飲分を入れる。
温冷どちらもご満足いただき、安心したと思いきや、やはり終わらなかった。
皇太子のことだ。
「皇太子殿下があまり我儘を言わなくなったそうです。
前回、教えてくださった刺繍を、よく撫でていらっしゃると聞きました。
替えようとすると嫌がると聞き、あれからたくさん刺したんですのよ。
ただ、世話人にも風邪が移ったりして、やはりお見舞いは難しく……」
侍医長の芸の細かさというか、深謀遠慮というべきか。
世話人の数人にも、例の風邪症状が出るようにし、皇太子にも妃殿下にも、「やはり会うのはご無理です」と伝えたらしい。
皇帝陛下の命に対する忠誠心には感服する。
私は侍女長と出産経験者の侍女だけ残ってもらい、限定的に人払いする。
その上で、私は観点を変えることを提案してみた。
残酷だが、自分達より、お腹の子に集中するよう話してみる。
ルイスには申し訳ないが、自分とルイスにたとえ、私の懐妊中に、ルイスが騎士団の任務で戦地へ赴いたと、仮定して話す。
もちろん、ルイスの耳には絶対入れたくないので、すぐに忘れていただく他言無用の約束だ。
妃殿下は、私のたとえ話に興味を持ったようだった。
「その時、私はルイス殿下のご無事を祈りつつも、お腹の子の無事な出産に集中すると思います」
「エリザベス殿下はお強いのですね」
妃殿下のお言葉に、ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。逆です。臆病者でずるいのです」
ルイスの安否は、毎日祈っていても、ルイス自身、天運地運次第であること、私が現実的に可能な事は騎士団の後方支援で、それも臨月の妊婦なら断られるだろうと説明する。
妃殿下は、切なそうに同意してくれた。
ここで、陣痛が始まり出産に至るまで、妻だけが痛さに耐える不条理を説く。
「『どうして私ばっかりこんな目に。殿方は楽でずるいわ』と、絶対に、絶対に思います。
思わない方は、本当に聖者のような方か、よほどのご安産かと。私は多分無理です」
「エリザベス殿下……」
赤裸々(せきらら)すぎる言葉に、妃殿下は窘める口調だが、出産経験者の数人が小さく頷いていた。
私はここで、妃殿下に伝えたい事に筋を切り替える。
せめて自分のできる事に集中した方が、心が楽ではないか、と。
散歩や体操の習慣や、適正体重の維持、お子様への呼びかけ、絵本の読み聞かせ、出産体験談を聞き、役立ちそうな事の実践だ。
「『陣痛、いつ来ても、どんとこい』と、できることはやりましょうと思います」
ここで妃殿下が、クスリと笑いを零される。
「………『どんとこい』ですか」
それでも現実のお産の辛さに、ルイス不在の不安から文句は思うだろう。
その一方、貴族夫人らしく耐え、侍医を始めとした周囲に頼り、共に乗り越えるしかない。
ルイスがいない現実は変わらない、と伝えた。
「私なら無いものねだりよりも、子供と自分のために、『あるものねだり』をいたします。
それがお産に備え、できる事をなるべくやる、ということかと思います」
「……『あるものねだり』……」
お産は千差万別で、複数の体験談を聞くのは役立ち、自分は王妃教育で、数十人分聞かされた事実を告げる。
「おかげで結婚前に、すっかり耳年増ですの」
私は胸を張り、にっこり微笑みかける。妃殿下は私の話を、多少なりとも受け入れてくれたようだ。
「エリザベス殿下。私もかかさずお散歩し、体重制限を心がけ、この子に声を聞かせ、出産経験者に話を聞いてみましょう。
それで……、申し訳ないのですが、皇太子殿下のハーブティーの調合をお願いできますか」
私は了承するしかない。
「かしこまりました」
こうなったら善は急げ、だ。
ただちに侍医長と面談し、最近の様子を尋ねると、妃殿下の言葉通り、我儘は減り、妃殿下の刺繍を頼りに、療養の態度も真面目らしい。
また私が妃殿下に伝えた事を話すと、賛意してくれた。
「皇太子殿下には、今まで同様、喉の痛みを少し軽減し、気持ちが落ち着き眠りを誘う調合をし、また眠りを誘うハーブを変えます。
毒慣らしのため、慣れると効かなくなります」
侍医長は同意してくれる。
ハーブを調合し試飲後、合格が出たので入れ方を説明し、妃殿下に報告する。
目標ができたためか前向きで、話す前より落ち着かれ、現状に合わせた皇太子の調合を喜んでくれた。
私は礼儀正しく退出する。
たとえ間は型破りでも、最初と最後の印象は重要だ。
すぐにマーサやルイスと合流し、タンド家に下賜された部屋で、持ち込みの軽食をマーサの毒味後、皆で食べる。
あの毒殺未遂以来、皇城内の食事には精神的負荷を感じる。食後のハーブティーで心を落ち着かせる。
ルイスは頭を撫でてくれた。触れ合いに安心する。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
皇妃陛下の居室—
ルイスは警護で壁際に立ち、マーサは調合室で待機だ。
皇妃陛下は結婚式前の出仕を労りつつ、喜んでいらした。
私もお礼言上する。パリュールの話合い以降、私とルイスへの心的距離が近づいた印象だ。
早速、いつもの段取りを行った調合後、リラックスが主な効能のハーブティーを試飲していただく。
気に入ったようで微笑んでくださる。
さあ、退出だ、と思った時、招かれざる客が来た。
皇帝陛下だ。
私とルイス以外、人払いなさる。
これだけで嫌な予感がする。
「エリザベス殿下、ルイス。
ラッセル公爵から聞いたぞ。
一部だが、領 地 邸が落成したそうではないか」
「まあ、それはおめでとう。エリー殿下、ルイス」
お父さまは早速、皇帝陛下と面談したらしい。
お仕事が早く、無駄がない。
「ありがとうございます。皇帝陛下、皇妃陛下」
「恐れ入ります。皇帝陛下、皇妃陛下」
人の気も知らず、皇帝陛下は上機嫌だ。
この人は碌な事を言わない。嫌な予感が高まる。
「いや、エリザベス殿下のご実父殿は誠に知恵者よのう。我が家臣に欲しいくらいだ」
無理無理無理、絶対無理です。
ああ見えて、お父さまと国王陛下の紐帯は強固だ。幼いころからの友人で、下手したら王妃陛下よりも濃密な関係だ。
冗談でも止めてください。友好通商条約が消えます。
「陛下。隣国の宰相を引き抜こうとは、冗談でもお止めあそばせ」
はい、その通りです。さすが帝室の良心、皇妃陛下。
「皇妃。ラッセル公爵の交渉術は本当に素晴らしいのだ。
今回の二人の“両公爵”や勲章授与も、ピンクダイヤモンドを上手にちらつかせてな。
我が国にとっても、良策だったので採用し」
空気が一気に冷える。
「あなた。ピンクダイヤモンドとは何のお話でしょう?
私、全く伺ってませんわ」
あ、まだ言ってなかったんだ。第二皇子母から因縁のピンクダイヤモンドの件。
これはお怒りの尻尾を踏み抜かれた。
散々悩まされ、この雰囲気だと皇帝陛下も知っていたのだ。
「いや、それは、その、そなたを喜ばせようと……」
ここで、なんとルイスが発言してくれた。
「母上。随分込み入ったお話のようですので、私どもは退出させていただきたいのですが……」
上手い。ここでの“母上”呼びは上手すぎる。
「ええ、よろしくてよ。エリー殿下もまたよろしくね」
切り替えられた美しい微笑みは実に美しいが、空気は冷たいままだ。
いや、どんどん冷えていく。
「はい。ありがとうございます。では失礼します」
「失礼します」
「あ、ルイス、エリザベス殿下。ちょっと待っ」
「あなた?じっくり聞かせていただきましょうか?
ピンクダイヤモンドを?どうされたのかしら?」
皇妃陛下の氷室の声を背に、ルイスに守られ、マーサと共に、皇城から逃げるように退出した。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
【皇太子視点】
ゆめがくる。
我が妻の心尽くしの刺繍とハーブティーは、私を癒してくれた。
解熱後のだるさに身を任せていると、夢が訪れてくれる。
愛する妻が子どものころ好きだったと教えてくれた本を、お腹の子に読み聞かせている。
本当に美しい声だ。
私も側でうっとり聞き惚れる。
お腹の子も気に入ったのか、ぽんぽんと蹴ってくる。
本当に可愛らしい。
ゆめがくる。
私の部屋で、愛しい妻がお辞儀の練習をしていた。
出産に備えて、足腰を鍛えているんだそうだ。
あまりの可愛さに笑ってしまうと、私までやらされてしまう。
妻の鈴の音のような小さな笑い声が響く。
本当に私の妻は可憐で、明るくて、美しい。
バランスを崩して転んでしまい、目を覚ます。
この頃、足腰がめっきり衰えてきた。
調子のいい時に私もできたら、と割れるような頭痛にタオルを握って耐えながら思う。
その内に眠ってしまった。
ゆめがくる。
皇城の薔薇園で、薔薇のような、美しい愛妻が歩いていた。
気に入ったのか、時折、花の香りを楽しんでいる。
声をかけると、薔薇の花が咲くように微笑みかけてくれた。
東屋に座り私の隣りで、どんな事を今しているか話してくれる。
手紙の内容でも、私だけの妻に聞かされるのは格別だ。天にいるような心地がする。
聞いている内に眠ってしまった。
そして目覚めると独りだ。
近ごろは夢の中で眠ってしまう。
せっかく妻と会えていると言うのに。
夢の訪れを心待ちに、眠りに身を任せた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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