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56.悪役令嬢のギャラリー

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


※日常回です。


エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。

これで56歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。




 お父さまとルイス、三人での朝食は、和やかだった。

 昨夜もアーサーと三人で飲んだらしい。

 私は早々に、マーサと『花嫁のための美容』に励んだため参加できず、ちょっぴり悔しい。


「お父さま、今夜は最初だけご一緒してもいいでしょうか?」


 王国でもなく、初めてのことだ。


「引越しで疲れて大変だろう。エリー」


「あら、お父さま以上に大切なことって、中々ございませんもの」


 お父さまは嬉しそうな顔をし、ルイスは笑顔なものの少し複雑そうだ。

 私が首を傾げると、お父さまは懐かしそうに微笑む。


「アンジェラとも時々飲んだし、良しとするか」


「まあ、お母さまってお酒を(たしな)まれたのですか?」


(たしな)むと言うほどではないが、たまに誘ってくれたね。

お酒を飲むと、実に愛らしく、そして綺麗だった。

ああ、お前を(みごも)ってからはない。

それでもハーブティーか紅茶で付き合ってくれた」


 お父さまのお仕事は、中々大変だ。

 私が王国にいた時も、時々書斎でお酒を(たしな)んでいらした。

 私を産んだ後、お母さまは床につき、少なくなった夫婦の語らいの時間を申し訳なくも思うが、お父さまは謝罪など望まないだろう。私は微笑んで答える。


「まあ、そうでしたのね。見てみたかったわ。

今日はそれを励みに頑張ります。

伯母様も伯父様とたまに飲んでいらっしゃるの」


 伯母様は結構いける口だ。

 そこからタンド公爵家の話となり、ルイスもエピソードを披露、楽しく過ごせた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 本格的な引越し後、修道院に来る頻度は、多少は減るだろう。

 お父さまの帝国訪問もあり、天使の聖女修道院へ三人で行く。


 修道院の近隣は、活気にあふれていた。

 あちこちから、「エリー様」「ルイス様」と朝の挨拶(あいさつ)の声がかかる。


 ここは私にとって特別な場所だ、としみじみ思う。

 結婚前に実家を離れる気分は、こういうものなのだろうか。

 呼びかけに応えつつ、“農地エリア”を過ぎると、院長様が正門で迎えてくださった。


 今日はまっすぐ墓地へ向かう。

 まず、ルイスの乳母に、“両公爵”への叙爵、結婚と引越しの報告を告げる。


「俺は元気でやってるから、心配せずに、見守っててほしい。帝都よりも近くなるから、年に1度じゃなく来れるよ」


 まるでそこにいるかのように、話しかけていた。


 次はお母さまへの挨拶だ。

 私とお父さまで譲り合ったが、まずはお父さまとなる。


「アンジェラ。また来れたよ。故国でもアンジェラに会えるのは、嬉しいことだ。

エリーがエヴルーの“両公爵”となり、ルイス様と結婚するんだ。私たちの自慢の娘に変わりはないがね。

どうか、神の御許で安らかに。私達を見守っていてほしい」


 目を閉じ静かに祈った後、私と交代してくださる。


「お母さま……」


 私はなぜか言葉を失ってしまう。


 伯母様が母代わりをしてくださって、結婚前後の心得や過ごし方を、楽しく教えてくださっている。

 それなのにどこかで、『お母さまがいらしたら』と無自覚だった気持ちが、あふれてくるようだった。


 お父さまとルイスは黙って見守ってくれる。

 深呼吸し、少し気持ちを切り替える。

 結婚前に墓参できる最後の機会だ。


「お母さま。私、エヴルーの“両公爵”となって、ルイス様と結婚します。

お母さまがお父さまと結婚なさる時は、どんなお気持ちだったのかしら。

どんなお心で、お式の前に聖堂で過ごされたのかしら。

私がそちらへ参った時、ゆっくりお話ししましょう。

安らかに過ごされながら、待っててくださいね。

では、行ってまいります」


 私は最後に祈りを捧げ、立ち上がると、お父さまがふんわりと抱きしめ、何も言わずに、頭や背中を優しく撫でてくださる。

 悲しくはないのに、ほろりと涙がこぼれる。

 お父さまの慈愛深い抱擁の後、ルイスがハンカチで頬や目元を押さえてくれた。


 聖堂でも祈りを捧げた後、院長室を訪ねる。

 お渡ししたいものがあったためだ。

 タンド公爵家と私に譲ってくださった、お母さまの絵画の模写だ。


 満月の夜に祈るお母さまと、聖堂のステンドグラス・薔薇窓が美しい作品と、タンド公爵令嬢として、紺色のドレスと家に伝わる宝飾品を身につけた肖像画だ。


 両作共に額装され、模写である事はプレートに明記されていた。

 お父さまに譲られた、子ども達から贈られたタッジーマッジーを持って微笑む絵の模写は、すでに贈られている。

 これで修道院に収蔵されていたお母さまの四枚の絵は、模写を含めてだが、元に戻った。


「これは何よりのものを……。

アンジェラ様が里帰りされた心地がしますわ。

お帰りなさいませ」


 ああ、院長様も悩みを抱えていたお母さまのことを、こんなに想ってくださっていたのか、と胸が温かくなる。

 しばらく歓談し、修道院を去る。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 感慨に浸りながら、旧邸に戻り昼食を摂ると、いよいよ、新邸へ引越しだ。


 あの、生徒総会での追及の後、この旧邸、いえエヴルー伯爵領領 地 邸(カントリーハウス)へ来てから、約1年と3ヶ月半。


 いろいろな想い出が、詰まっている。


 建物を見上げていると、庭師のおじじが私に小さなハーブの花束、“タッジー・マッジー”を贈ってくれた。

 優しい芳香が領 地 邸(カントリーハウス)の皆の心のようだ。

 ルイスに促され、馬車に乗り込む。


「エリー様、行ってらっしゃいませ。どうかお気をつけて」


 いつも私が出かけるように、声をかけてくれる。

 いつのまにか、ここに残っていた使用人達が全員(そろ)って見送ってくれた。


 馬車が動き出す。

 私が窓から手を振ると、笑顔で振り返してくれた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


「エリー。今生の別れじゃない。

使用人同士でも新邸と行き来はある。いずれ新人教育が終わったら、旧邸の皆は新邸に来るんだよ」


 ルイスが理知的に、当然のことを言う。


 それでも私は、あの、王国からの厳しい“移動”の果て、辿り着いた安らかな場所であるエヴルー旧邸には、特別の思いがあった。


「そうね。ルー様がいずれ、騎士団の寮のお部屋を、完全に引き払う時と同じような気持ちだと思うわ」


 私は少し意地悪な言い方をしてしまう。

 こんな素直じゃない想いは消したくて、“タッジー・マッジー”に顔を埋める。


 ルイスがはっと気づき、少しおろおろしていると、お父さまが助け舟を出してくださった。


「おや。エヴルー公爵家の帝都邸(タウンハウス)は、まだ入居できないのかね」


「あ、はい。ラッセル公爵。

帝室、特に皇帝陛下からは、皇城に近い土地を譲ろうとのお話があったのですが、その近辺に、数代前の皇弟殿下の邸宅が残っており、そちらを頂戴することとなりました」


「ほう、新築ではないと……」


 お父さまがなんとなく不穏な雰囲気だ。

 うちの娘を、古い家に住まわせる気か、という匂いがしたので、きちんと事情説明する。


「お父さま。その邸宅はとても素敵なの。

お住まいだった皇弟殿下が、趣味人でいらして、建物のデザインや細かいところまで凝ってらして、とても上品なの」


「おや、そうなのか」


 凍りかけた空気が、ふんわりと和らぐ。


「えぇ、ちょうど世代が一巡りして、邸宅全体が、今では素敵なアンティーク風なのよ。

私もルー様も落ち着くね、って気に入って決めたのよ。

ね、ルー様?」


「あ、はい。さすがに設備が古く、一部傷んでいる場所もあったので、設備を更新し、一部は補修、もしくは雰囲気を合わせて改築中です。

入居はもうしばらく先の予定です」


「なるほど。古い趣きのある建築は、それだけで芸術的だ。

皇弟殿下の邸宅なら風格も間違いないだろう」


 私とルイスの連携で、お父さまのご機嫌は上向いたようだ。


「その間は、タンド公爵邸に仮住まいさせていただくの。

伯母様に相談した時、『大歓迎よ』って喜んでくださったのよ。

もちろん、伯父様も従兄弟達やお義姉様(ねえさま)達も歓迎してくださってるわ」


「部屋は客室をリフォームして、私とエリー専用の部屋や執務室を用意してくれています」


「そこまでしてくれたのか。“義兄上(あにうえ)”にきちんとお礼を申し上げないと……」


 感無量の表情を浮かべた後は、新邸行きの幹線道路の感想を教えてくれる。

 また周囲の開発についても、意見してくれ、楽しくも意義深い、短い旅路だった。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


「まだまだですが……」


「いや、中央棟だけとはいえ、見事に仕上げたものだ。

特にこの正面玄関上の古代帝国風の装飾は、序列第一位の“両公爵”家邸の“顔”に、ふさわしいと思う」


 私とルイスには、ちょっぴり耳が痛い話だ。

 素材はよくても、装飾はなるべく簡易に、と希望した私達は、「家の格というものをお考えください」と設計者から、ほぼお説教された。

 お父さまも認めてくださったのだ。今では心から感謝してます。ありがとう。


「ほう。円柱の上にはミナヴァ神ですか。

知恵と戦争の女神とは、ルイス殿下とエリーにはぴったりですな」


「ありがとうございます。私はエリーのために選んだのですが……」


 ルイスがとても嬉しそうに説明し、使用人達が開けてくれていた、玄関を潜ろうとした。

 その時、私の身体がふわりと浮いた。力強い両腕にしっかりお姫様抱っこされている。


 ルイスだ。


「ちょ、ちょっとルー様。これ、2回目よ。恥ずかしいわ」


「今日が本当の引越しだろう。回数は決められてないんだ。縁起だよ」


 玄関を越えたところで、優しく降ろしてくれた。

 使用人達も、にこやかに、「お帰りなさいませ」とほぼ無かったことにしてくれたので、ほっとする。


 ただ、なかったことにしてくれない方が、約1名いらした。


「ルイス殿下?今宵はぜひ、結婚式までの過ごし方について、じっくりお話しいたしましょう」


 お父さまがルイスの肩に手を置き、笑顔で何か(ささや)いている。


「あ、はい。ぜひ傾聴させてください」


 ルイスもお父さまを慕ってるためか、にこやかに応じてくれている。


 雰囲気が悪くならなくてよかった、と思いながら、1階から案内し、階段を上り、2階へと続く。

 ここの半分は家族のための空間だ。

 私達二人の私室や寝室から、ほどよく近くにある部屋のドアを開ける。


「どうぞ、ご覧になって。お父さまのお部屋なの」


「え?私の……」


 さすがに驚かれたようで、私を見つめる。


「そうよ。中々お越しになれないでしょうけれど、私のお父さまですもの。ルイスももちろん大賛成してくれたのよ」


「ラッセル公爵。もうすぐ義父上(ちちうえ)とお呼びできます。

結婚しても、私とエリーの家族の一員であることに、変わりはありません。

タンド公爵夫妻のお部屋も、こちら側に用意しています。

どうぞ、お入りください」


 そこは、私の記憶にある、お母さまのお部屋そっくりの(しつら)えだった。


 間取りや壁紙や天井は記憶を頼りに依頼した。

 置いてある家具は、男性向きに変えてあるが、なるべく似せて、雰囲気に合わせている。


 お父さまは部屋に入ると、周囲を見回し、「懐かしい」「いや、そっくりだ」と口にされている。

 そして、飾られた絵に、視線がぴたりと定まる。


 そこには、お父さまが王国の王都邸(タウンハウス)で大切にされている、お母さまが優しく微笑まれているお姿、子ども達から贈られたタッジーマッジーに喜ぶ絵があった。


「お父さま。模写の模写なんだけど、お母さまの笑顔が、4枚の中では一番素敵かな、と思って……」


 説明の途中で、お父さまが私をふわりと抱きしめる。


「エリー。これ以上ない部屋を、私に用意してくれて、ありがとう。

ここに来るたびに、アンジェラに会える気がするよ」


「お父さま……」


 ほんのわずかに震えてらっしゃるようなお背中を、優しく撫でる。

 しばらくして落ち着かれた後、案内を続けたが、私はある部屋の前で躊躇(ちゅうちょ)する。



「ねぇ、ルー様。本当にこちらもご覧いただくの?」


「何言ってるんだ。エリー。ここも絶対に喜んでいただけるよ。

さあ、どうぞ。ラッセル公爵」



 ルイスが息込んで開けた部屋のある一面には、お母さまの絵画—


 私が所有する、満月の夜に祈るお母さまと、聖堂のステンドグラス・薔薇窓が美しい作品が飾られていた。


 並びには、他の三作品の模写を配置した。


 タンド公爵令嬢として、紺色のドレスと家に伝わる宝飾品を身につけた肖像画と、

 葡萄の木の下で房を手に取る姿の絵と

 そして、お父さまから贈られた模写、子ども達がくれたタッジーマッジーを持って微笑むお母さまの絵が、壁にかかっている。



「ここは、家族専用のギャラリーです。他の者は私達の許可なく立ち入れません、

こちらは、アンジェラ夫人の作品です。

そして、こちらは……」



 もう一方の壁には、お父さまがタンド公爵家に贈っていた私の絵が、掲げられていた。


 機会があれば描かれていた私の肖像画の、一回り小さなサイズの作品だ。


 赤ん坊のころから、幼少期、少女時代、そしてデビュタント、社交界デビューした時の正装の絵と続く。

 一番最近は、ルイスとの婚約式の姿だった。


 ルイスが、私だけと、二人の絵を注文し、私だけのこの絵を先に仕上げさせたのだ。

 ちなみに、陞爵(しょうしゃく)の儀の絵も、結婚式の絵も注文済みである。


「これは…………。素晴らしい。実に可憐で、愛らしい。

いや、王国にも同じ絵はあるのだが、アンジェラの絵と同じ部屋にあると、また風情が変わってくる」


 お父さまは懐かしそうに眺め、婚約式の絵には、満足そうに微笑んでいる。


「お気に召していただけて、自分も嬉しいです。

タンド公爵家で、エリーのこの絵を観てから、そして、結婚した際は、譲ってくださると約束いただいてから、この部屋を作るのが私の夢でした」


「いや、ルイス殿下。実に見事だ。圧巻です。

この婚約式の絵も、エリーの美しさをよく表している。

これからもエリーの絵は、何かの記念ごとに描いていただきたい」


「ああ、よろしいですね。王国にも必ず贈ります」


「ありがとう、ルイス殿下!」



 珍しく感極まったお父さまが、ルイスの手をガシッと掴み、ルイスも握り返し、固い握手を交わしている。


 私は二人の熱量に置いてきぼりになり、熱い会話が終わるまで、じっと待つしか無かった。


 各自、部屋で休み、着替えて臨んだ、晩餐室を初めて使った夕食も、本当に美味しく、興味深い話題の多い歓談だった。



 ただし—


 その後、楽しみにしていた、お父さまとお酒を(たしな)む会に、やはりルイスも参加し、場所が、あのギャラリーに多数決で決まった。


 お酒の(さかな)は、ほとんど私の話という状況に、味も分からないまま1杯だけ飲み、恥ずかしさが限界となり、逃げ出したのはマーサの元だった。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

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悪役令嬢エリザベスの幸せ
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