55.悪役令嬢のお父さま 4
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※前半は日常回、後半はラッセル公爵視点です
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで55歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
帝都からの街道は、荷馬車の列が延々と続いていた。
思わず、アーサーに尋ねる。
「ねえ、アーサー。これってまさか……」
「新邸への納入品でございます。
作り置きも多うございますが、必要なものも多数ございます」
エヴルー伯爵領領 地 邸を旧邸、公爵領領 地 邸を新邸と呼ぶように定めた。
伯爵領領 地 邸を、旧邸と呼ぶのは、かなりの抵抗があったが、分かりやすさはミスを防ぐ。
「なるほど。新邸行きの道路は、やっぱり二車線道路にしておいてよかった」
「そこはエリー様の先見の明でございますね」
私は結婚式を前に、エヴルー領に向かっていた。
新領主として、ルイスと二人、領民代表者達や天使の聖女修道院の関係者様との会合を、新邸で開くためだ。
その会合場所ともなる、新邸に、続々と荷物が届き、配置されているだろう。
伯母様方と首っ引きでカタログの中から選んだり、店舗でルイスと選んだものもあるんだろうな、と思うと、新生活に少しうきうきしてくる。
が、そんな甘い気分を吹き飛ばしてくれるのが、アーサーだ。
わざわざ帝都までやってきたのは、私と馬車の中で、事務処理、主に私のサイン待ち案件を片付けるためである。
アーサーによる数十枚の案件の説明を受け、可否判断、保留と決裁する。
マーサは時間係で、20分に20秒間、遠望するタイミングを教えてくれる。
妙に熱い空間になって、馬車はエヴルー旧邸へ向かっていた。
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めまぐるしい数日を送った後、ルイスが旧邸に到着した。
知らせを聞き、思わず執務室から小走りで迎えに出てしまう。
「ルー様、お帰りなさい。帝都からお疲れ様でした」
「ただいま、エリー。エリーこそお疲れ様」
ルイスの姿を見ると、ほっとすると同時に、胸が高鳴っている自覚もある。
小走りでこうだなんて、やっぱり運動不足?
気をつけなくちゃ、ルイスに心配をかけてしまうと反省する。
ルイスと共に夕食を摂った後、アーサーを交えた報告と打合せだ。
終えると、マーサのケアを受ける。
「花嫁様が、こんな直前まで動き回るなんて、聞いたことはございませんよ」
「そう?マーサのおかげで肌はつるつる、もちもちよ。髪だってつやつや。ありがとう、マーサ」
「私のお仕事でございます故。
エリー様はお母様のアンジェラ様にそっくりで、磨けばいくらでも光るお美しさなのに、もったいのうございます」
「ルイスがこういう私が好きって言ってくれてるから、大丈夫よ。
新鮮で芳醇なハーバルバスで癒されるのも、エヴルーならではだわ。
今はルイスのために綺麗になるんだもの」
「…………ごちそうさまでございます」
あれ。私何か変なこと言ったかしら、と思いつつも、気持ち良さから、眠りに引きずりこまれた。
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晴れて、新公爵家となったエヴルー家の治める領地の代表者達を、新邸に招いての食事会では、色んな意見が聞けた。
一番多かったのは、『ルイスと私、どっちが偉いか』だ。
とても分かりやすく言えば、『決裁権はどっちにあるんだよ、はっきりさせてくれないと、困るんだよ、お貴族様はよお』という感じである。
ちなみに、領民の前では、互いに「エリザベス」「ルイス」と対等な呼び方にしておく。普段通りの「ルー様」だとルイスが上だと誤解されるためだ。
まずは私が答える。
「決裁は部門によって、違いますね」
「ああ、そうだな」
「治安や警察部門はルイス」
「産業、納税、福祉教育部門はエリザベス」
「ただし、緊急案件でなければ、二重のチェックで間違いがないよう、決裁印は二つ必要になる。
問題の基本的な仕分けは、君達も信用している俺とエリザベスの代理人、アーサーとその部下達がやってくれてるから、安心してほしい。
定期的にこうして直接会う会合も開いていく予定だ」
ここで参加していた、アーサーが発言する。
「エリザベス様は、伯爵領着任1年足らずで、今までのエヴルー領の黒字を2倍以上、増やされた。
試したければ、お前達の地区の特産品を尋ねてみるといい。とっくに把握されてらっしゃる。お前達の顔と名前もな」
これには、エヴルー伯爵領の領民代表者も、うんうん頷いてくれている。
築けた信頼関係が嬉しい。
「試しに始めましょうか。あなたは……」
私は代表者のフルネームと地区名、主産業、地区ごとの収支額、インフラで足りないところなど、話しかけていく。
全てアーサーとその部下達のお陰だ。
指示通り、容貌の特徴まで似顔絵付きで記録してくれていた。記憶は王妃教育で鍛えられた。
ぽかんとしている者もいれば、私の手元を見て、不正をしているのではないかと思う者、尊敬の眼差しを向けてくれる者、さまざまだ。
全員終えると、「間違いなかっただろう?」と得意げにアーサーが微笑み、ルイスが拍手してくれ、参加者にも広がる。正直に嬉しい。
信用のほんのひとかけらだ。こうしてひとつ一つ積んでいくしかない。
「ルイス様はあの紛争を勝利に導かれたお方だ。
この公爵領を守ってくださる。安心するといい」
「自警組織も作っていこうと思う。騎士団も立ち上げる予定だ。腕を試したい若者がいれば、アーサーに伝えてほしい」
アーサーのひと言で尊敬の眼差しが集まる。
こういう“別称”は、正直うらやましい。
ルイスが裏側でどんなに苦しんだか知っているから、絶対に言わないけれど。
私も宣伝文句が欲しいなあと思っていたら、代表者から不安の声が上がる。
「自警組織はいいんですが、働き手を取られたら、こっちが困ってしまう」
「だったら、ぜひ、新しい農機具を試してみませんか?伯爵領ではずいぶん便利になったんですよ」
私が提案し、旧伯爵領の代表者達が一様に頷く。
「あれがあったから、かかあや娘が作業所で働けてるんだ。読み書きや計算も覚えてくる。行商人にも騙されなくなった」
「ああ。すっごく作業しやすくなったぜ。俺のところは、次男をお屋敷に働きに出せた」
「あんた達も試してみるといい」
にこにこと勧め始める代表者達の声を集めたように、アーサーが呼びかける。
「一度使ってみないと、信じられないだろう。
今度、使用体験できる機会を設ける。農機具更新に余裕がないものには、条件付きだが補助が出る。全てエリザベス様の施策だ」
私に注目が集まる。ここぞとばかりに、にっこりだ。
「俺のエリザベスは、生きた知恵と戦争の女神・ミナヴァだ。だからこの屋敷の円柱にもお姿を安置した。
俺が保証する。エリザベスの知恵は、お前達の生活を豊かにするぞ。
本人がそう使いたがってるからな」
「戦いの女神、ミナヴァ様のご加護があるのは、ルイスだけどね」
「こうして二人三脚で、仲の良い“両公爵”様達だ。お前達もじきに分かるだろう。
エリザベス様、ルイス様。そろそろお時間です」
「今日は有意義な時間をありがとう。また申請書類か会合、見回りで会いましょう」
「俺もエリザベスと以下同文だ。エリザベス、いこう」
「はい、ルイス。
皆様に神の恩寵がありますように。失礼します」
私は最後に優美にお辞儀する。
お貴族様にお辞儀されるとは、思ってもみなかったのだろう。
呆気に取られた、新公爵領の代表者達の視線を浴びて、ルイスと退室した。
彼らは“新殖産品”をお土産に帰っていった。
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天使の聖女修道院のシスター様や子供達、関係者を、新邸に招待し、楽しいひと時を過ごした翌日—
待ちかねた客人がいらっしゃった。
王国の外交団よりも2日先行して、旧邸に到着された。
ラッセル公爵。お父さまだ。
【ラッセル公爵視点】
我が娘、愛らしい天使は、私が馬から降りると、ゆっくりと歩み寄る。
疲れた馬を驚かせない、優しさと賢さを持った娘だ。
馬を飛ばしてきて、ほこりまみれだというのに、私の手を取ってくれる。
「お父さま、お帰りなさい」
「ただいま。愛する娘よ。せっかくの麗しい姿が汚れてしまうよ」
「お父さまとこうしていられる方が、ずっと大切ですもの」
我が最愛の面影を、色濃く残す愛娘だ。
あのバカ(=王子)がバカをする前は、こんなに離れて暮らす日が、来ようとは思わなかった。
愛おしさは増すばかりだ。
ここで、ルイス殿下の声がかかる。
前回、酒を酌み交わし、好青年だと理解はしているが、久しぶりの再会だ。
もう少しの配慮を望む。
「ラッセル公爵閣下。どうぞ、さっぱりなさってください。
またもや素晴らしい騎行でいらしたようだ」
「お父さま。ハーバルバスも用意してるの。お疲れを癒してらして」
「“義兄上”タンド公爵と大使の手配のお陰だよ。
お前も疲れただろう。ご苦労だった。
私もさっぱりするからな。世話をよろしく頼む」
よく走ってくれた馬の顔を撫でてやる。
お前のおかげで、かなり早くエリーに会えた。
厩番に手綱を預けると、愛娘の勧めに従い、さっぱりし、服も着替える。
やはり愛しい娘には、いつまでも『素敵なお父さま』と思われたいものなのだ。
たとえ、好ましいと思える婿ができようとも—
夕食には少し早くサロンに案内され、私好みのハーブティーと、修道院の焼き菓子でもてなしてくれる。
好みを覚えていてくれる。それだけで愛おしい。
エリーはまずはこちらの近況を話題にする。
一般的なマナーでも、政治的話術としても、妥当なところだ。
「お父さま、お元気なお姿を拝見して、本当に嬉しゅうございます。
お手紙でも教えていただいていますが、屋敷の皆に変わりはありませんか?」
「ああ。皆、元気にしているよ。少し早いが、『ご結婚、おめでとうございます』との伝言とカードを預かっている。後で渡そう」
「まあ、なんて嬉しいこと。とても楽しみですわ。
お帰りになる時、私も渡せるようにいたします。
王国の皆さまには、お変わりございませんか?」
これは、薔薇妃・百合妃となられたソフィア様とメアリー様が、気になっているのだろう。
手紙のやり取りと、実情を照らし合わせるのは有効だ。
「国王陛下はお元気のひと言に尽きる。
ああ、おめでたいことがある。
ソフィア様、薔薇妃殿下が懐妊された。
もうしばらくしたら、公になる。
それまで秘匿で願う」
祝事の報せに、花が咲いたように微笑む。
本当に二人を気遣っていた。賢くも優しい娘だ。
「まあ、ソフィア様が。おめでとうございます。
ルー様。よろしくね」
「もちろんだ。ラッセル公爵、おめでとうございます。誰にも洩らしません」
「ありがとうございます、ルイス殿下。
エリー、お前の方策が名案だったと証明された。
月満ちて無事にご出産されれば、とりあえず王位継承問題はひと息つける」
エリーの優秀さが証明された訳だ。
あのバカ(=王子)がまともだったら、今ごろ、この子が私の孫を宿していたかもしれないのに。
ああ、思っても仕方のないことを。私らしくもない。
「本当にようございました」
心から思っているようで、あのバカ(=王子)のことは手紙通り、吹っ切れたのか、喜ばしいことだ。
「ルイス殿下もエリー殿下も、エヴルー新公爵に叙位され、おめでとうございます。
“両公爵”とは、我が国の伝説の“両王”、精霊王イザベラと地霊王フェランのようだね。
おふたりのように、円満で幸せに長からん年月を過ごされるように」
私からもエリーの幸多からんことを願いたくて、陞爵の儀を祝福する。
ところが、賢いエリーの反応は違った。
「お父さま、そうでしょう?
私もご挨拶の時、異例だと仰せの方には、教えて差し上げたんですの。
ただ、この話を皇帝陛下がご存じとは、私、思いもよりませんでしたわ?」
私は黙って微笑み、ハーブティーをゆっくりと味わう。
変わらぬ味、いや、一層美味しくなっているようだ。努力の賜物だろう。
私好みの焼き菓子に、そっと新鮮な生クリームを添えて勧めてくれる。疲れを思い遣ってのことだろう。本当に優しい娘だ。
ルイス殿下は急に途絶えた会話と、穏やかな雰囲気の中に漂う微妙な緊張感に、何かを察したのか、少し居心地が悪そうに、ハーブティーを飲んでいる。
沈黙は金を選ばれたか。これはこれで優秀だ。
ふむ、これは私がエリーの勘を見誤ったな。
ここは我が薫陶を受けた娘を素直に認めよう。
「…………さすが、私が育てたことはある」
「お父さまの娘ですもの」
その通りだ。愛する娘よ。
それでも話せる事と話せない事がある
「まあ、あまり話せないのだよ」
「それでもちょっぴり寂しかったですわ。
“両公爵”になったのですから、そんな甘えは許されませんが」
『寂しい』という言葉に胸が痛むが、察してくれているのは成長の証で、嬉しくもある。
ルイス殿下との“両公爵”とし、勲章を授与させようと持っていったのは、エリーのためでもあり、交渉を有利に運ぶためでもある。
「そうだね。“駒”として扱われる立場から、使う立場にならなければいけないね」
「ルー様と少しずつ、参りますわ。急いで転んでは元も子もありませんもの。
ところで、私達の結婚式をはさんで、10日間以上いらっしゃる外交日程ということは、尊きどなたかが早々に、“結果”をお求めということでしょうか?」
機を見るに敏。どちらに似たのだろうか。
実にいいところを突いてくる。
「まあ、それは我が国も変わらないよ。
あのバカ(=王子)がバカをしてくれたおかげで、王太子がいなくなった。王妃も自主的に幽閉中だ。
当然、陛下の責任問題となる。
今回のご懐妊は和らげてくれるだろうが、国民ははっきりと目に見えるものを好む。
ルイス殿下も、よくお分かりでしょう?」
「つまり、今回の交渉で、友好通商条約を締結すると……」
ルイス殿下は、中々見込みがあるようだ。素直で伸び代がある。
「その判断を任されては参りました。
合意か否かはまだ分かりません。
手の内を明かせば、半年前の婚約式以来、手紙も“鳩”も、二国間を頻繁に飛び交っていました。
公国に対しても、周辺各国が『共同宣言』を使って、揺さぶりをかけています。
おかげで公国の財布が、もうすぐカラになりそうでしてね。
中々、興味深い状況なのです」
「ということは、お父さまは、友好通商条約に関しては、全権大使でいらしたの?」
まずは手堅く確認してくる。
「そういうことだね」
「なるほど。揺らいだ地歩を固められたいのね。どちらにとっても、美味しい話だと。
ただし、固めるためには、“異物”を取り出さないと、中々固まらないし、すぐに揺らぐでしょう?
お父さまは、どう思ってますの?」
ほう。何を“異物”扱いするか、わかっているのか。
「その辺は追々、分かっていただけると思ってるよ」
「ならよかった。エヴルー公爵家はまだまだ半人前ですわ。伯父様をお手本に中立派に磨きをかけようと存じます。
お父さまも“お手柔らかに”お願いします」
優美に微笑んだ愛娘は、明日案内してくれる、落成した新邸の話を始めた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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