53.悪役令嬢の陞爵の儀
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで53歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「緊張してる?」
「それは、もう。
だって、こんなはずじゃなかったのに!
登城したら、すごいことになってるんだもの」
どうやら、私の衣装が原因らしい。
今日のAラインのドレスは、深みのある美しい黄金色だ。
ワンショルダーの右肩には、金糸が編み込まれた透明感のある黒いレースが花を咲かせ、たおやかな右腕にまとい、ドレスの裾にまでたなびいている。
ドレスの布地自体にも独特の光沢と、艷やかでなめらかな質感があり、晴れの日の重厚感を演出してくれている。
この布地と色、レースに興味が集中して、予定していた、簡略な陞爵の儀は、どこかに行ってしまっていた。
本人、つまり私が知ったのは、登城中、馬車の多さに気づいた時だった。
情報漏洩元は伯母様らしい。
仲の良い、今夜のお披露目の夜会の招待客に、お茶会で、ちょっぴり話したらしいのだ。
「今までにない、ドレスの生地と色、レースです。夜会をお楽しみになさっていてください」と。
宣伝部長の思惑が、良い方向に振り切れたらしい。
「皇妃陛下のサプライズ、らしい。
もしくは陳情が多くて、こうなったとか。
昨日、タンド公爵夫人に口止めされたんだ」
「ひどい!ルー様も、伯母様も知ってたの?」
「俺は騎士団で色々聞かれててさ。
エリザベス殿下の陞爵の儀に、参列できないかって。
評判のお衣装を少しでも見たいと、妻、もしくは婚約者が言ってるってね。
俺はなるべく目立たずに、っていうエリーの意向を説明したんだが、そのまま母上に行ったらしいんだ……」
ルイスも遠い目をしている。
そう。本来なら、ルイスやタンド公爵家、王国大使閣下など、ごく限られた関係者の中で粛々とおこなわれるはずの、陞爵の儀のはずが、参列者が大広間にぎっしりいらっしゃる。
なんと、身重の皇妃陛下と皇太子妃殿下はおろか、普段は後宮からほとんど出ていらっしゃらない、ご側室様までいらっしゃるそうです。はい。
そんなにご覧になりたいなら、ドレスを持って見せに行くのに、帝室の女性陣、行動力がありすぎる。
もうこうなったら、開き直るしかない。
「30分コースが、何時間コースになるんだろう。
警備はどんな感じ?」
「う〜ん。騎士団の変更後の警備計画じゃ、エリーの退出予定は5時間後になってたよ」
「………………がんばります。
ウチの“新殖産品”の宣伝にもなるものね。
ただ、どれもそんなに量産できないのよ」
「希少価値での値上がりを見越してるんだろう?
さすがお義父上とタンド公爵だよ」
そこに侍従が呼びに来る。
帝室の方々が、控え室にいらしたとのお知らせだ。
私は貴族的微笑を標準装備して、ご挨拶へ向かう。
室内には皇帝陛下、皇妃陛下、皇太子妃殿下、第四皇子母の側室様、大公国の大使閣下、皇太子妃殿下の父・侯爵閣下がいらっしゃった。
当然、ご挨拶は、皇帝陛下からだ。
前に進み出て、お辞儀をする。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛」
「ああ、ここではそう言うのはいい。
どうせ、広間でもやるだろう。
エリザベス殿下もお楽にせよ」
くっ、その通りなんだけど、ぶった斬らないで。最初に言って。
そこに、皇妃陛下がゆっくりと、私の側近くにいらっしゃる。
「エリー殿下、驚かせてごめんなさいね。
でも、本当に美しいこと。少し触ってもよろしくて?」
「はい、皇妃陛下」
「エリー殿下。私もよろしくて?」
「はい、皇太子妃殿下」
「あの……。恐れ入ります。私も……」
「よろしくてよね、エリー殿下?
こちらは、第四皇子のお母様でいらっしゃるご側室様です。
ご側室様。こちらは、ルイスの婚約者である、王国のエリザベス第一王女殿下。
我が国ではエヴルー伯爵の爵位もお持ちで、この度、公爵に陞爵なさるの」
「お初にお目にかかります。
エリザベス殿下。
第四皇子の母、側室でございます」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。ご側室様。
王国の第一王女エリザベス、及び、エヴルー伯爵と申します。今後ともどうぞよろしくお願いします」
お互いお辞儀し挨拶し終わったところで、皇妃陛下のうきうきしたお声がかかる。
懐妊後、ここまでご機嫌なのは、初めてな気がする。男性陣はすでに引いてますね。
「エリー殿下、どちらだったら触れてもよろしくて?」
こうなったら、もうどんとこいだ。
私は黒レースで隠れる、右側のスカートのサイド部分の布を持ち上げる。
「では、こちらでお願いします。
皆様どうぞ。
父と伯父の母への愛の結晶と、天使の聖女修道院のシスター様がたの努力の結果を、マダム・サラが見事に調製してくれました」
「失礼しますわ。まあ、本当に初めてですわ。
この手触り。艶やかさとなめらかさは、目にも美しいけれど、肌触りはそれ以上だわ」
「お義母様。
光り輝くような、独特の光沢とハリも素晴らしゅうございますわ」
「エンペラー・シルクの最高級品でしょうか。
見たこともございませんわ」
お三方は口を揃えて、絶賛してくださる。
もう、ここは優雅な宣伝塔になるしかない。
「皇妃陛下、皇太子妃殿下、ご側室様。
こちらは、エンペラー・ハイシルクと申しまして、実は王国産ですの」
「まあ、王国産」
「道理で見かけたことがございませんわ」
「エンペラー・ハイシルク。エンペラー・シルクとは違いますのね」
「はい。王国のとある高地の特別な環境でしか育たない、特殊な蚕の糸を用いて、通常のシルクの二倍きめ細かく織られています」
「二倍?!」
「それでこのような張りと艶ですのね」
「このなめらかさと共存できてるなんて」
「エリー殿下はどのようにして、入手されましたの?」
私はここで、少ししんみりとした口調になる。
「この品は、約20年前に、亡き母に似合う最高の生地が必要だと、父・ラッセル公爵が、伯父タンド公爵にも出資をお願いし、開発が始まりました。
試行錯誤の上、近年、満足できるものがようやく出来上がり、この度の陞爵の儀に当たり、婚約式に参列した父が持って参り、伯父と共に贈ってくれました」
「まあ、そうだったのね。あの時に。お父上の愛情深いこと……」
「亡くなられた奥様のための布地を、エリー殿下が着てらっしゃるなんて、お母様も今ごろお喜びでしょう」
「皆様の優しさと愛情と努力の結晶ですのね」
「過分なお言葉、ありがとうございます。
亡き母も父も伯父も、そして私も、尊き方々よりお言葉を賜り、光栄に存じます」
ドレスの次は、肩から右腕に流しているレースに興味が移る。
「こちらの黒いレースも素晴らしいこと」
「本当ですわ。なんと目の細かい。肌触りも優しくて、まさか手編みですの?」
「編み込まれた金糸も綺麗なこと。これはドレスと同じ色で染めているの?」
「この金糸が編み込まれた黒レースは、天使の聖女修道院のシスターがたが、極細の糸で編み上げた渾身のお品ですの。透明感があり、肌触りもご覧の通りです。
金糸の黄金色は、ドレスとほぼ同じ染料で、黄色に染まるカモミールを中心に配合し、染め上げました。
たとえば、通常のシルクですと、こういった風合いに……」
私は同色のハンカチを取り出すと、ご覧に入れる。
「布地が異なりますので、染め方も多少は変えております」
「まあ、普通のシルクでもなんて美しい」
「本当に。黄金色でも派手すぎず、深みのあるお色なのね」
「とても上品ですわ。こんな黄金色は、初めて拝見します」
ここでそろそろ、タイムリミットとなり、ルイスが救出してくれる。
「母上。義姉上、ご側室様。
エリーもそろそろ入場の時間なので、最後に身嗜みを整えてきてもいいですか?」
「あら、ごめんなさい。エリー殿下。
じっくり見せて、触らせていただいて、とても光栄で嬉しかったわ」
「私もですわ。素晴らしいものに触れて、久しぶりに心が晴れ晴れしました」
「私もでございます。皇帝陛下にお願いして、よろしゅうございました」
「皆様、過分なるお褒めの言葉を頂戴し、恐悦至極に存じます。
それでは、一旦、下がらせていただきます。
皇帝陛下、大公国大使閣下、侯爵閣下、御前より、失礼いたします」
「ああ、エリー殿下。ご苦労だった」
皇帝陛下の労りの声を受け、さっさと退室する。
控え室では、マーサがやきもきしながら待ってくれていて、最後の調整をしてくれる。
「はい。これで帝国一のお嬢様でいらっしゃいます」
「エリー。本当に綺麗だ。さあ、行こうか」
「はい、ルー様。今日もとても素敵よ。
黒い騎士服の儀礼服、似合ってらしてかっこいいわ。
ご一緒できて光栄です」
帝室の方々の中、私とルイスの入場の順番は、最初から2番目だ。
まずはご側室様と大公国の大使閣下が大広間に入られる。
滅多にお出ましにならないお方に、注目が集まる。
そして、私とルイスだ。
「王国の煌めく星たるエリザベス第一王女殿下、及び、エヴルー女伯爵殿。
輝ける星たるルイス第三皇子殿下、ご入場です」
開かれた扉の前で、痛いくらいの視線を集める中、深くお辞儀し、姿勢を正し凛と前を向くと、大広間に踏み入れる。
ドレスの深みのある黄金色は、シャンデリアの明かりを、独特の光沢と艷やかさで反射し、結い上げた金髪と相まって、華やかさを増す。
ワンショルダーの右肩に咲く、金糸が編み込まれた黒いレースの花から、白い右腕、右手、そしてドレスの裾にまで広がり、美しい黒と金をふわりと重ねている。
また、エスコートしているルイスも、騎士団の儀礼服である、漆黒の生地を金モールや金ボタンで飾る騎士服を着用している。
互いの色を取り入れた、美しい一対だった。
そして、2列の小麦の粒のようなエメラルドが金細工により連なるネックレスが、私の白く艶やかなデコルテを彩る。
ダイヤモンドが朝露のように散りばめられ、エメラルドがさらに光り輝いていた。
ティアラとイヤリング、右手の指輪も同じデザインである。
大広間の赤い絨毯の上を、黒と金を纏った二人が、優雅に、そして堂々と歩んでいった。
皇族が上がる壇に、ルイスがエスコートしてくれる。
今回、王国の王女でもある私は、ルイスの隣り、同列に並ぶ。ルイスがちらっとこちらに、青い眼差しを向け、嬉しそうに微笑んだ。
ドキッとした私は、ここでそんな表情見せるなんてルール違反よ、と思ってしまう。
次の入場は、実父の侯爵にエスコートされた皇太子妃殿下だ。
お腹が目立たない、エンパイアドレスでも、かなりの大きさと分かり、この方も注目を浴びていた。
最後は、皇帝陛下と皇妃陛下だ。
皆が一斉に、お辞儀やボウアンドスクレープ、騎士礼の姿勢をとる中、威風堂々と歩まれて、壇の定位置に立つ。
それでも、身重の皇妃陛下を気遣われている姿は、臣下一同に強い印象を与える。
ここで儀礼官の朗々とした声が響く。
「これより、エヴルー女伯爵の陞爵の儀を行う。
エヴルー女伯爵殿、皇帝陛下の御前へ!」
「かしこまりました」
私は深いお辞儀で承ると、ルイスのエスコートを受け、皇帝陛下の御前に進み出て、儀礼官の言葉を聞く。
「エリザベス第一王女殿下、及び、エリザベート・エヴルー女伯爵殿。
この度、ルイス第三皇子殿下との婚姻に先立ち、女伯爵から序列第一位の公爵へと陞爵し、エヴルー伯爵領はそのままに、新たに公爵領を授ける。
また、ガーディアン第三等勲章を授与する。
エヴルー公爵として、帝国の藩屏として、帝国のために務められるように」
え?ちょっと待った。
ガーディアン第三等勲章って聞いてない。
帝国では、皇位継承権第三位以下の皇族か臣籍降下する直系皇族にしか、与えられない名誉だ。
ルイスにもまだ授与されていない。
いったいどういうこと?
それに爵位から“女”が外れてる。
と思うが、ここで断れるはずもない。
皇帝陛下は、にっこり慈愛深く微笑まれた。
第一、勲章授与は事前通達されるものでしょう。
皇妃陛下だけじゃなく、あなたまでサプライズですか。
侍従から受け取った皇帝陛下が勲章を差し出され、私は受け取ると、侍従によりささっと着用させられる。
「帝国を遍く照らす太陽たる皇帝陛下。
エリザベス第一王女、及び、エリザベート・エヴルー公爵。
大きなる帝恩を賜り、恐悦至極にございます。
謹んで、承ります」
「エリザベス殿下、及び、エヴルー公爵。
楽にされよ。
勲章は、皇妃と皇太子妃からのせめてもの礼である。
これからもよろしく頼む」
そういうことですか。事前に教えて欲しかったな。せめてさっきのは控え室とかで。
ああ、“不敬の許し”で断ると思ったんだ。
その通りなんだけど。
「承知いたしました。お役に立てるよう、心より務めさせていただきます」
これで終わりかと思いきや、
「ルイス、エリザベス殿下の隣りへ参れ」
「はっ、皇帝陛下」
「そなたには、エヴルー公爵領の“共同統治者”としての任に合わせ、エヴルー公爵との婚姻を機に、エヴルー公爵に叙任し、ガーディアン第三等勲章を授与する。
エリザベス殿下と婚姻し、エヴルー両公爵として、帝国の藩屏として、帝国のために誠心誠意尽くすように」
ルイスも聞かされてなかったようで、驚きを押し込めて、冷静に儀礼通りに振る舞い、やはり勲章を授与され、着用させられる。
他人事だとかっこよく見えるものだ。
なるほど。臣下としては前例のない、異例の“両公爵”にして、王国の“飛び地”に見張り役を付けたってことか。
「皆の者、この両名がエヴルー“両公爵”じゃ。
前例に無きことだが、よろしく頼む」
居並ぶ方々が、再び「はっ」とかしこまる。
この時をもって、私とルイスはエヴルー“両公爵”を約束された。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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