52.悪役令嬢の偽善
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※前半は、日常回です。
※最後は、皇太子視点です。
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで52歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「普通の平和って、本当に貴重だわ。
心洗われるもの……」
私の独り言に、マーサが心配そうに声をかけてくる。
「あの、エリー様?
先ほどから同じようなお言葉を何度も仰り……。
よければ、マーサがお話を伺いますよ」
帝都滞在中は、やはり緊張していたのだろう。
エヴルー領に入ると、ぼうっとして、この美しい田園風景をひたすら眺めていたい気分なのだ。
おかげで、いつもは、『書類をそんなに見ては、視力が落ちます』と注意するマーサが、別の心配をするほどだ。
「ありがとう、マーサ。
よかったら、聞き逃して。
こう、小鳥がさえずってるようなものなの。
『ここは安全で、餌もたくさんで、生きていきやすいよ〜』って」
「まあ、縄張りみたいなものでございますね」
「そうね。縄張りの中なら、安心できるもの。
本当に、エヴルーの風景って癒されるのよね。
美しい大地、みずみずしい緑、青い空、流れゆく雲。
前から大好きだったけど、もっと好きになったわ。
そうね。私の“縄張り”を守るためにも、がんばらなくては。あの小鳥たちもやってるんだもの」
領主としての意欲を取り戻し、移動時間にできる仕事に集中し始めた私に、マーサも安心したようだった。
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「領主様、ルイス殿下、ご案内いたします」
新しい公爵家の本拠地となる、領 地 邸の中央棟が完成し、建物を内覧する。
地下1階地上3階建ての建物の外観は、艶も美しい化粧石材を用い、つい見上げてしまうほど素晴らしい。
設計はなるべくシンプルに、と私とルイスは希望したが、「序列1位の公爵邸ですぞ」と設計者から抗弁された。
結局、正面玄関の上に、装飾の切妻屋根を支えるドーリア式の円柱が並び立つ荘厳な作りになった。
その円柱の装飾に、古代の知恵と戦争の女神像を指定したのはルイスだ。
「エリーと俺にご加護がありそうだろう」と爽やかに笑っていたが、屋上にはしっかりと“監視部屋”や狼煙の設備などが設置された。
私の旦那様の本質は、やはり騎士なのだ。
「お願いします」
「よろしく頼む。おっ、その前に」
ルイスは私をふわりとお姫様抱っこで抱えると、使用人達が開いた正面玄関の扉から入り、玄関ホールでそっと降ろしてくれる。
「花嫁は、新居にはこうして入るものだろう?」
「ルー様ったら。びっくりしましたわ。
もう、さてはみんな知ってたのね」
エヴルー伯爵領領 地 邸の使用人達や、新しく雇用した使用人達も、入居準備のため、かなり揃っており、拍手で出迎えてくれる。
私が隣国から来た時もそうで、今となっては懐かしい。
良い意味で家族的で温かい雰囲気を、公爵邸となっても引き継いでいきたい。
ただし、通常の貴族邸の使用人としての振る舞いができた上での話だ。使い分けができないと面倒なことになるため、これはきっちり言い含めてある。
設計建築担当者が、私とルイスを、図面と照らし合わせながら全て案内していく。
公爵領領 地 邸らしく、豪華な吹き抜けの玄関ホールに始まり、大広間、サロン、二人の執務室や夫婦の居室、寝室、客室、使用人部屋、各施設など、部屋数も多い。
領 地 邸全体は、数年がかりになる見込みのため、先に中央棟を完成させた。
ルイスのための鍛錬所もだ。
引き渡し前の確認も無事終了する。
ただし、順次、東棟、西棟、離れと建築は進むため、しばらくは賑やかになりそうだった。
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全ての部屋や施設の確認を終え、エヴルー伯爵領領 地 邸へ、馬車で移動する。
公爵邸と伯爵邸を結ぶ道路は、領内の幹線道路の一つとして、砕石舗装を行い、完成していた。
馬車や荷馬車が行き交える二車線に、歩行者用通路の幅を持たせた新道だ。
明日が正式な開通式で、私とルイス、二人が乗った馬車で通るのは初めてだ。
「乗り心地もなかなかいいな」
「えぇ、石畳とはまた違うわ。今のところ、快調ね」
この新調した馬車には、新生・エヴルー公爵家の紋章が描かれている。
盾を四分割し、帝国の紋章の一部、王国の紋章の一部、交差した麦穂、交差した剣を配した。
私とルイスの出自、エヴルー領の主産業、騎士としてのルイスを表した。
“盾”はそのものずばり、“帝室の盾”を意味し、『エヴルー公爵家は帝室の藩屏である』と宣言している。
ルイスは結婚後も騎士団を続ける予定で、それを表明するためにも、剣を紋章に入れた。
本人は退団するつもりだったが私が止めて、話合いの末、続行となった。
ルイスの人生にとって、まだ必要との結論だ。
精神的にも肉体的にも、そして“政治的”にも。
現在、ルイスのための道路工事も施工中で、結婚式までには完了予定だ。
緊急招集の狼煙が、皇城の騎士団から上がった際、公爵邸から帝都まで、最短距離で騎馬で行くための専用道路だ。
エヴルー領内を可能な限り、まっすぐ突っ切り、街道と合流できるよう設計された。
さすがに帝都の“壁”の門までの直行道路は、丘陵地もあり無理だった。
ルイスに計画を話した時には、「こんな無茶なものを作ろうとするとは」と驚いていたが、笑いながら頭を撫でてくれたので、良しとしよう。
「“緊急道路”は順調かい?」
「えぇ、今のところは。領民にも、代表者を通じて、周知徹底してるわ」
「『“狼煙”が上がった時には、絶対に使わないように。たとえ誰が跳ね飛ばされても、緊急時の措置で、見舞金も出ません』か」
「えぇ、そうよ。向こうも『公爵邸への最短通路にもなるから、普段は便利だ。“狼煙”が上がったら、畑に逃げます。街道を通っていても一緒ですしな』って話してたわ」
「そうか。俺も“なるべく”引っ掛けないよう、努力はするよ。
見回りにも便利だしね」
国家の緊急時と天秤にかけたら、どちらが重要かは、領主としては自明の理だ。
必要悪と割り切るしかない。
「そういえば、例の“日焼け止め”や化粧水とかも順調なんだって?」
「えぇ、お化粧の下地にもなるって、順調過ぎるくらい順調。冬から続いてるハンドクリームもね。
修道院の工房以外に、隣接して作業所を作って、人も雇用したわ。帝都で職探ししなくていい、って好評よ」
伯母様と皇妃陛下周辺から、じわじわ広がった口コミで、おかげさまで納品待ちの状態だ。
お高めの価格帯も維持できている。
農家にとっても、定期的な現金収入は魅力的だ。
ゆくゆくは一般市民も手にできるよう、アーサーが育成した部下達と、提携していた商会とで、新しい商会を設立した。
旧伯爵領の主幹産業になれるよう、鋭意努力中である。
「エリーはやっぱりエヴルーにいる時の方が、生き生きとしてるね。もちろん、帝都でお茶会や夜会に出席している時も綺麗だよ」
「あら、ルー様も騎士団で訓練している時の方が生き生きされてましてよ。
あとは、“ウチの若い者”を鍛えている時も、楽しそうだし、すっごくカッコいいの」
「そ、そうか?」
照れてるルイスは、本当に可愛い。
エヴルーの護衛騎士達に、本人達の希望(熱望?)もあり稽古を付け、直接指導できない時の訓練メニューも作成した。
ルイス自身、とても楽しそうに見え、ちょっとしたお得感を味わった。
自分しか知らない、大好きな人の顔って魅力的なんだなぁ、と実感中だ。
その後もエヴルー伯爵領 地 邸に到着するまで、打合せや進捗確認を兼ねた、楽しい会話が続いた。
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五月下旬、陞爵の儀まで、二週間を切った日—
エヴルーから帝都に到着した翌日、私はマーサと共に、皇太子妃殿下の元へ出仕していた。
陞爵の儀の前では、最後の予定である。
正直、複雑な案件から先に片付けようと思ってのスケジュールだ。
もちろん、絶対に表に出してはいけない。
いつも通り記録書を拝見し、問診で現在のお悩みを聞き取り調合する。
季節柄、冷めたハーブティーを希望されたが、身体を冷やしすぎてもいけない。
温かいものと使い分けるため、2つのレシピを作成し、試飲していただく。
「どちらも美味しいわ。いつもありがとうございます。エリー殿下」
「とんでもないことですわ、皇太子妃殿下」
普段はここからしばらく、お悩み女子会状態になるのだが、いつもと違う。
当たり前だ。
ご夫君の皇太子が、二週間以上前から療養中で、見舞いもできていない。
自分と胎児への感染防止とはいえ、精神的に辛いだろう。
ここで妃殿下は思わぬことを頼んできた。
「エリー殿下。もしよければ、皇太子殿下にハーブティーを調合していただけないでしょうか……」
思わず、『ご辞退します!』と即答しそうになったが、ぐっと堪える。
優美かつ心配そうな表情(我ながら偽善者と思う)で、妃殿下に問い返す。
「妃殿下。どうしてそのように、思われたのでしょうか?
ルイス殿下から簡単に伺いましたが、侍医も手を尽くしているとのことでしたが……」
ここで妃殿下が、小さくため息を吐かれる。
「侍医の方々は、とてもよくしてくださってると感謝しています。
ただ、お疲れがちだったこと、また風邪も季節外れの悪性らしく、回復までに時間がかかるらしいのです。
お願いして、毎日ご報告に来てくださるのですが、一進一退を繰り返されていて……。
皇太子殿下も私とこの子に会えず、きっと寂しくご不安でしょう。
病気になる前は、あれほど会いに来てくださっていたのですから……。
ただ、それも無理をなさった一因ではないか、と心が痛んで……。
私にできることは、お見舞いのお手紙だけなのです。
それも感染防止で、お返事はいただけず、ハーブティーで少しでもお楽になれば、と……」
話されている内に、瞳が潤んでくる。
妃殿下のお心も、相当まいっているらしい。
先ほどの問診でも、落ち込みがちで中々眠れず、眠りが浅い、とあった。
不眠は、胎児の大きさや胎動もあり、この時期の妊婦には付き物だが、精神的な面も大きいようだった。
当たり前だが、さて、どうしたものか。
最初からできないと断るよりも、侍医と相談してみます、と一旦、受けた方がストレスも小さくて済むだろう。
「……妃殿下。まずは侍医のお話を伺わせていただけますか?
そのような療養の状況ですと、さまざまなお薬を試されており、ハーブティーがかえって害悪になる場合もございます」
「そんなことが……」
とりあえず、ここで、ハーブティーがよくない場合もあると伝えた上で、別の励ます方法、かつ妃殿下の気分転換を提案する。
タオルや枕カバーなどの刺繍だ。
療養中なら、タオルも枕カバーも身近にある。
そこにある自分の名前だけでも、妃殿下が刺繍してくれていると、心強く思うのではないか、との提案だった。
「私、やってみますわ。エリー殿下」
明るい表情になった妃殿下に、懐妊中は目を酷使すると視力が落ちるので、無理はしないこと、難産防止の散歩や体操などの運動時間は削らないことを約束してもらい、一旦下がる。
『とんだことになった』と思いながら、まずは皇太子の侍医と面会するため、使いを出してもらい、私は侍女の方々へ講習だ。
手慣れたもので、すぐに習得してくれる。
マーサには面談を反対されたが、ここの調合室で待機を命じた。ごめんね、心配かけて。
絶対に移らないから、と言えないのが辛い。
面談相手は予想通り侍医長で、私が事情を熟知していることも把握済みだ。
誰に見られてもいいように、感染防止の衣服カバーにマスクを着け、換気のため、窓を開ける。
私だって陞爵の儀を控えているのだ。
怪しまれてはならない。
声を潜めて事情を説明すると、侍医長がこめかみに指を当て、お悩みの様子だ。
それでも即、却下しないのは、訳ありなのだろう。
「実は、皇太子殿下も妃殿下に会いたがっており、熱が下がる度に、『会いたい。遠くからでも無理か』と粘られます。
その度にこの部屋を出れば、皇城内に流行の可能性がある。私どもの服装をよくご覧くださいと言い聞かせている状況です」
「そのうち、皇城内全員にその格好をさせて、妃殿下に遠目で会わせろと言い出しそうですね」
侍医長が思いっきり顔を顰める。“天使効果”なら言い出しかねない。
「でしたら、宥めるのに枕カバーなどはうってつけだと思います。
妃殿下に皇太子殿下の我儘を伝え、妃殿下から、刺繍に添えるお手紙で注意していただきましょう。
妃殿下もそこまで会いたがってくれているのかと嬉しくも思うでしょう。
ただ絶対に不可能な点は強調してください」
「はっ、わかりました」
「注意内容は、お子様第一に、互いに侍医の言うことを聞きましょうと。
辛さを励まし合えば、お二人の心の制御になるかと。
ハーブティーは、喉を少しすっきりさせ、いらだちを収め、眠気を催す効能にします。
“お薬”と禁忌なものはありますか?」
侍医長の判断は、問題なしだ。薬との相乗効果で、かなり眠くなるのでは、とのこと。
棚から果物。ちょうどいい。
「ハーブティーは、私のレシピだと飲まないでしょう。
飲ませる時に、妃殿下から依頼されたものだと伝えてください。
ご自分で入れようとされたが、妊婦に禁忌のものがあったため、お子様のため、万一の事故を考え、断念された、と。
妃殿下もお辛い。二人で互いに励まし合おうとしています、と。
我儘も少しはマシになるのでは?」
「なるほど。柔らかめに話してみましょう」
「では、よろしくお願いします」
結果的に、ハーブティーは飲めるようになったと報告すると、妃殿下は泣きそうなくらい喜んでくださった。
私は侍医長と打合せた通り、妃殿下に伝えるべきは伝える。
先手を打ち、ハーブティーもご自分で入れたいでしょうが、万一の事故を考えるとご無理です、と納得していただく。
思わぬ流れに疲れを覚えつつ、マーサと共に皇城を退出する。
感染を心配したマーサから、帰邸後すぐにローズマリーのハーブバスに入浴させられ、思いっきり洗われたというおまけがついた。
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【皇太子視点】
夢がくる。
優しく抱きしめてくれていた母上が、ルイスの元へ行ってしまう。
母上を貶めたルイスなのに。
お止めください、と、ルイスを抱いている母上の肩を叩いたら、振り向いたのは、ヤツの乳母だった。
覚えてなんかないのに。
でもヤツの乳母だ。
血を吐いて、汚らわしい。
近づくな!止めろ!触れるな!
私を抱きしめていいのは、母上だけだ!止めろ!
腕から逃げようともがいて、叫び声で、目が覚める。
喉が痛い。
汗びっしょりで気持ち悪い。
着替えるにもイライラする。
喉が渇いたと言うと、ハーブティーを勧められる。
ルイスの婚約者のなんか、絶対イヤだと思ったら、妻が私のために、頼んだものだと言う。
仕方ない。私の女神を悲しませたくない。
飲んだら、喉の痛みが少し収まった。
食欲も出て、食事もできた。
薬を飲んで横になる。
無性に妻に会いたい。
あのふくよかなお腹を優しく撫でたい。
時々、天使が蹴ってくれるのだ。
本当に可愛い。
夢がくる。
天使を抱いた妻だ。
やっと、やっと、やっと会えた。
笑って「お父様よ」とあやしている。
なんて美しい声だ。
本当に女神のように綺麗で優しい。
私が天使に指を出すと、小さな手で握ってくれた。
本当に愛らしい天使だ。
「また来ますね」と妻が背を向ける。
「待ってくれ」と追いかけても、追いつけない。
転んでしまい、悔しくて泣いてしまう。
泣き声で目が覚めた。
看病人が氷枕を替える。
そのカバーに私の名があった。
「妃殿下のお刺繍です。お手紙もございます」と渡される。
手紙には、
『離れていても、将来のために、同じ時間を私も耐えています、と思い刺しました。心から愛しています。励まし合いましょう。
早く元気になってまた会うためにも、ご侍医の仰せは、どうかお聞き入れください。ハーブティーがお口にあいますように。
あなた、愛しています』
と書かれていた。
泣いていたら、タオルを置かれる。
そこにも刺繍があった。
涙が止まらず、喉が渇く。
ハーブティーを頼んだら、飲ませてくれた。
女神の慈悲だ。真面目に飲もう。
夢がくる。
妻との結婚式だ。
鈴の音のような、美しい声で、永遠の愛を誓ってくれる。
私の、私だけの妻だ。
誰にも渡さない。誰にもだ。
お姫様抱っこすると、「きゃっ」と抱きついてくれた。
本当に、可愛くて、世界一美しい。
私だけの女神だ。
もう離さない。離したくない。離れたくない。
私の名を呼んでくれる。何度も。何度も。
誰の名でもない。私の名前だけを。
うっとりと聞き惚れながら、いつのまにか眠っていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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