51.悪役令嬢の求婚
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで51歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
あの日の皇帝陛下の言葉通り、皇太子は数日後、療養に入った。
この風邪症状の病気は、妊婦に感染すると、非常に危険だと、侍医から本人に説明され、一歩も出られない生活も耐えているらしい。
皇城内にも悪性の風邪の発生は周知され、衛生を徹底するよう、注意喚起されていると言う。
私はずるいかもしれないが、詳しい報告は受けず、タンド公爵である伯父様に一任している。
伯父様が、「私に任せなさい。ラッセル公にも言われているだろう」と仰ってくださった。
それは、『信頼できる方に頼り、他者に任せられることは任せなさい』というお父さまの教えを思い出させてくれた。
ルイスも、と思いきや、騎士団長をトップに置いたこの計画に参与し、侍医とも隠れた面談を綿密に行い、機密漏洩対策も行っている、と伯父様から聞いた。
「無理してない?」と聞いたら、「ラッセル公に言われた『味方作り』にちょうどいいんだ。色んな勉強にもなる」と、充実した表情だった。
今までとは違う力強さを感じ、頼もしく思った。
私とルイスは、序列第一位となるエヴルー公爵の領地を、共同統治のように治める義務がある。
綺麗事だけでは、到底やっていけない。
それは、王妃教育でも、嫌というほど学ばされた。
『あの、…………(自主規制)』と何度思ったか知れないが、身についたものは私の宝だ。
ぜ・っ・た・い・に、感謝はしませんが。
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帝都滞在もあと数日となったある日—
ルイスが遠乗りに誘ってくれた。
遠乗りと言っても、帝都近郊にある帝室の別荘の一つで、その広い敷地内に、ピクニックに向いた場所もあるという。
「野生のラベンダーも生えていて、いい香りだそうだ。巡回でたまたま見かけたヤツがいてさ。
エリーはラベンダー“も”好きだろう?」
ルイスが悪戯っぽく笑いかける。
以前、どのハーブが一番好きかと聞かれ、私は迷いに迷って、結局選べなかった。
その時の様子が本当に可愛かったと何度も言われ、照れると同時に嬉しくもある。
その時の有力候補の一つが、ラベンダーだった。
他にも、ローズマリー、カモミール、セージ、タイム、ミント、オレガノ、フェンネル、レモングラス、マロウ、コリアンダー、バジル、ディル、ルバーブ……。
やっぱり選べない。こんなにたくさんあるんだもの。
主役級に有名なものから、ここぞ、という時に効能を発揮してくれる名脇役まで、ハーブは私を楽しませ、癒し、役立ってくれる。
きっかけとなったお母さまに、心から感謝する。
語り始めると、きりがないので、これくらいにしておこう。
「ルー様。嬉しいけど、色んな予定とか……」
「公爵夫人が調整してくれたよ。半日くらいなら、任せておきなさいってさ。
気分転換も必要だよ。
これはエリーの周り、全員が勧めてる。
ちなみにマーサもだ」
「完全防備で?」
「そう。エリー特製の日焼け止めも塗ってね」
「ありがとう、ルー様」
色々話しあった結果、朝露に濡れたラベンダーが見たくて、早出することにした。
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翌朝—
暁の中、迎えにきてくれたルイスと、エヴルーやタンド公爵家の護衛達と共に、薄明かりで事故を起こさないよう、やや遅い常歩で市街を進む。
帝都の市民達は、すでに動き始めている。
パン屋の香ばしい匂いに、行儀悪く、ついクンと鼻を鳴らし、内心笑ってしまう。
王妃教育なら、鞭がピシリと飛んでくるところだ。
帝都を囲む“壁”にある門の一つを通り、街道を少しずつスピードを上げ、速歩から、駈歩へ、愛馬と共に、目的地へ進む。
「エリー、気分はどうだ?」
「ルー様、最高!風がすっごく気持ちいいわ。
空が高くてきれいで、空気がとっても美味しいの。
連れてきてくれて、ありがとう!」
「そうか、よかった」
互いに笑顔で風を切り、途中から野道を進み、ルイスが教えてくれた、野生のラベンダーの群生地に到着する。
丘全体がラベンダーに覆われているようで、紫の花穂が朝風に揺れ、優しく爽やかな香りを運んでくれる。
本当に薫り高い野生種だ。
馬を降り、ルイスを振り返る。
「ルー様、なんて素敵なの。連れてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。俺こそ、喜んでくれて嬉しいよ」
朝陽を浴びながら、芳香に全身を包まれ、何度も深呼吸を繰り返していると、馬から隣りてきたルイスも、気持ちよさそうに胸を広げ呼吸している。
その呼吸で上下する胸の厚さに、『やっぱり騎士の筋肉ってすごいなあ』と、つい目が引かれてしまう。
ルイスと目が合い、『んっ?』と顔をされ、少し焦って、ラベンダーの群落に視線を戻す。
ラベンダーの丘は、朝露に濡れ、風にそよぐ花穂も丘全体も、朝陽に輝いている。
葉や茎、花穂に、透明な虹色の粒が散りばめられ、煌めいてみえた。
私は専用はさみで収穫し、束にして香りに埋もれる。身体中が浄化されるようだ。
ルイスも匂いを吸い込み、新鮮なその香りに少し驚いた表情を浮かべた。やっぱり可愛い。
ラベンダーを持ち帰るため、専用袋に入れておき、また二人で美しい光景を眺める。
「なるほど。これで朝露の時間って言ってたのか」
「見た目だけじゃないの。
朝は気温が低いでしょう?全体に水分が多く含まれていて、しおれにくいの」
「なるほど。農民が朝、収穫してる時があるが、そういうことか」
「それだけじゃないわ。食べるハーブも野菜もそうだけど、朝収穫した方が美味しいらしいのね。
私も、朝昼夜と時間を変えて、収穫して食べ比べたことがあるんだけど、朝が一番だったわ。
庭師のおじじが言うには、草木は夜に成長するから、その伸びた分が柔らかくて美味しいんですって」
「なかなか奥が深いな。
で、そろそろ朝飯にしないか?エリーのお腹ももうすぐ鳴きそうだろう」
「そうね。今が一番食べごろね。美味しそう」
私は運動してきれいなものを見ながら、食べられるから、という意味で言ったのに、ルイスは頬が少しずつ赤くなっていく。
作ってきた、冷やしたハーブティーを勧めた方がいいかな、と思っていると、ルイスが「ん、んんッ!」と咳払いし、「あそこにしようか」と朝食を食べる場所を提案してくれる。
「あの丘の上はどうだ?ラベンダーも見られるし、日陰で過ごしやすいだろう。
日焼けも気にしなくてすむ」
ルイスが選んだのは、大木が生えた小高い丘の上だった。
確かに見晴らしもよく、木陰も気持ち良さそうだ。
「そうね、気遣ってくれてありがとう」
「マーサに頼まれたからな」
丘に上がると、護衛の人達とシートを敷き、フードボックスを広げる。
タンド公爵家のシェフは、私たちよりさらに早起きしてくれたようで、サンドイッチから、肉や野菜のひと口サイズの料理、フルーツまで、色鮮やかだ。
「これはうまそうだ。ほら、エリー」
ミント水の濡れタオルで手を拭いたルイスが、ひと口サイズのサンドイッチをつまみ、私の口許に運んでくれる。
思わず、ぱくっと食べてしまった後、『これって、アーン、じゃないの!』と気づき、一気に顔が熱くなる。
皇妃陛下の減量作戦で、自分が提案した癖に、実行すると、こんなに恥ずかしい行為だなんて。
『皇妃様、ごめんなさい』と思いつつ、もぐもぐしながら、濡れタオルで顔を隠していると、ルイスがツンツンと肩を突く。
「エリー。俺も腹が減った」
爽やかに微笑まれねだられたら、やらない訳にはいかない。
私が恐る恐る、サンドイッチを口許に運んでいくと、ルイスの口の方から食いついてきた。
「きゃっ」と思わず手を引くと、もぐもぐ美味しそうに食べ、ぺろっと舌なめずりする。
「うん、美味い。サンドイッチも、エリーの指も」
少年のような笑顔と、嬉しそうにからかう悪戯っぽさに私は首筋からさあッと染まっていき、ルイスの肩をパシパシ叩く。
ここで、はっと気づく。
今さらだが、護衛の人たちもいた。
見られてたら、滅茶苦茶、恥ずかしい。
そう思い、濡れタオルで顔を隠しながら確認すると、彼らは別方向を向いてくれていた。
小声で、「美味いな」「ああ、また腕を上げたよな」などと言いながら、食べている。
少しだけ安心する。
「ルー様。私と二人っきりじゃないの。恥ずかしいわ」
「じゃ、今度二人っきりの時は、もっと食べさせてもらおう」
二人で各々のフードボックスから自分で食べ始め、あれこれ話しながら、季節のものを味わう。
小高い丘の上からは、ラベンダーから顔を出し、きょろきょろ周囲を見回す、野うさぎも見かける。
「おっ、ウサギだ。まるまると旨そうだ。毛艶もいい。防寒帽にぴったりだ」
「とっても可愛い。でも畑に来ると害獣になっちゃうのよね。おいしいパイにもなってくれるけど」
二人とも全く違う感想、かつ、現実的すぎて、顔を見合わせ笑ってしまう。
食後の果実水も飲み、そろそろ片付けようかとなった頃、ルイスが護衛達に近寄り、何か頼んでいるようだ。
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「エリー。話があるんだ」
シートも片付けると、護衛達は馬を引き連れ、丘の下へ降りていき、私とルイスは二人っきりだ。
ルイスが木洩れ日がさす大木の下で、私の前に片膝をついて跪くと、ポケットから小さな青いビロードの箱を取り出す。
そして、小箱の蓋を開ける。
そこには、木洩れ日に煌めく、可愛らしい花籠のブローチがあった。
ダイヤモンドがあしらわれたオニキスの籠に飾られた、瑞々しいエメラルドの葉、透明感あふれるサファイアの花があった。
ローズマリーだ。
繊細で丁寧な金細工が、花や葉を、立体的で美しいフォルムで描いている。
私は思わず、口許に両手を宛てて息を呑む。
ルイスはサファイアの眼差しで、私を見上げると、はっきりと想いを告げてくれた。
「エリザベス。貴女は私を蘇らせてくれた。
私は貴女の平穏を、静かな力強さで護り、貞節と変わらぬ愛を心より誓おう。
どうか、二人、神に召され、追憶の日々となるまで、私を思ってほしい」
「ルイス様……」
私は胸いっぱいになり、言葉の前に涙があふれてしまいそうになる。
でも、ここは言葉で伝えなければ—
ルイスがこれだけの想いを、きちんと言葉で伝えてくれたのだから。
「ルイス様。貴方は私の平穏と自由を護ってくださると、誓ってくれました。
それがどれだけ嬉しかったことか。
私も貴方に貞節と変わらぬ愛を誓います。
二人で歩んで幸せになりましょう。神の御許で二人仲良く眠るまで」
私の言葉に、ルイスも少し潤んだ瞳で、小さく頷く。
私はビロードの小箱を受け取ると、ルイスは立ち上がり、そっと寄り添う。
「本当に愛らしくて素敵なブローチだわ。
求婚の言葉も、私の宝物よ。
ありがとう、ルー様」
「いや。識別票の求婚だと、こう、真剣味があり過ぎて、なんというか、殺伐というか、こう、きちんとした、求婚を、したかったんだ……」
少しずつ、声が小さくなり、照れていくルイスが、本当に可愛くて大好きだわ。
無骨者と言いながら、こうして想いを伝える努力をしてくれるところも、とっても素敵で胸がきゅんきゅんする。
あの、識別票を封筒から取り出した瞬間の、ルイスの表情も決して忘れられない。
「識別票も素敵よ。
私は肌身離さず、持ってるもの」
「……見たことがないんだが……」
「……何度も言う通り、結婚するまでは秘密です」
「……わかった」
「ルー様。ここは本当に素敵だわ。
ラベンダーの丘が見えるこの木の下は、一生の思い出の場所になったの。
大切で、絶対に忘れない……。
ありがとう、ルー様」
「がんばった甲斐があったよ。
その、タンド公爵家に帰ったら、エリーにブローチをつけさせてもらってもいいだろうか。
今だと帰り道、もし落としたら大変だ」
「確かにそうね。帰ったら、お願いね」
帰り道、馬に揺られながら、私はルイスの求婚の言葉を思い出していた。
散りばめられたローズマリーの花言葉—
『あなたは私を蘇らせる』『静かな力強さ』『貞節』『変わらぬ愛』『追憶』『私を思って』
想いのこもった言葉たちが、二人の思い出を表し、そして未来を約束してくれていた。
きっとわざわざ、花言葉を調べてくれたんだろう。
ハーブが好きな私のことを、こんなに考えてくれて、素敵な場所と宝物と求婚の言葉を、贈ってくれた。
私の未来の旦那様は、なんて素敵なんだろう。
昼過ぎに公爵邸に戻った私とルイスは、なぜか事情を知って待ち構えていた、伯母様とマーサに入浴させられ、乗馬服から着替えさせられる。
そして、伯父様と伯母様を始めとしたタンド公爵の皆が見守る中、私のドレスの胸に、緊張で震える手で、ルイスがブローチを付けてくれた瞬間、拍手と歓声に包まれる。
驚きと幸せでいっぱいの時間だった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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