50.悪役令嬢の晩鐘(ばんしょう)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで50歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「これを皇太子が書いただと?!」
今、皇帝陛下の執務室には、皇帝陛下、王国の大使閣下、タンド公爵である伯父様と私、近衛役の騎士としてのルイス、以上5名がいる。
まずは、『論より証拠』として、皇帝陛下に3点の書類を見せる。
私とルイス宛ての破かれた召喚状2通、陞爵の儀と結婚式を同日に実施するスケジュール表、嫡孫の祝事予定表だ。
私たちの説明を聞きながら、手をわなわなと震わせる皇帝陛下の目は、書類に釘付けだ。
疑いたいが、疑うべくもない、皇太子の直筆だ。
政務を共にすることも多い、嫡男の筆跡だ。
見間違えようもない。
そこに、ノックの音が大きく響く。
ルイスが解錠し少し開くと、騎士団長だった。
「かまわぬ、通せ」
皇帝陛下は頷いて、入室を許す。
「や〜、陛下。まいった、まいった。まいりましたよ。
エリザベス殿下とルイス殿下が逃げ出した後、しばらく呆然としてたけど、急に怒り始めて、今、関係各署の担当者を呼びつけて、夢中で確認してます。
パリュールと披露宴とかの全般費用を、変更した件についてですね。
その内ここにも、怒鳴り込んでくるんじゃないかな。
『父上!ルイス達に歳費を出すんだったら、僕の天使に出してください!』ってね」
騎士団長閣下。お願いです。
恩義はありますが、皇太子の声真似が似すぎてるので、止めてください!
いまだに寒気と鳥肌が立つくらい怖かった。
お母さまの“心酔者”達へのお気持ちが、ほんの少しだけ、ほんのちょっぴり、わかったような気がする。
“心酔者”からお母さまを護ろうとした、お父さまの気持ちも、そのご苦労のほども。
私の気持ちを察したのか、ルイスがそっと寄り添ってくれる。
皇帝陛下は騎士団長に、早速ご下問し始める。
側近中の側近だ。当然だろう。
「お前から見たら、どうだった?」
「ん〜。普通じゃあないね。
あれは、久しぶりに見た。
アンジェラ嬢にのめり込んでたヤツらと一緒だったよ。
タンド公爵が見たら、確認はすぐ取れるんじゃないかな」
「しかし、ここにアンジェラ夫人はおらぬ。
皇太子妃には、あのような“心酔者”はおらぬぞ」
ここで、私とルイス、伯父様が顔を見合わせる。
はい。説明するのは私ですね。
わかりました。
深呼吸をして、私は覚悟を決めた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「信じられん……。だが、だが、指摘されれば、もっともなことも多い。
儂も、その“限定的天使効果”とやらに掛かっているということか?」
皇帝陛下は迷いの井戸の中から、事実を汲み取ろうとしていた。
私に向ける眼差しは、救いを求めつつも、真剣そのものだ。
「皇帝陛下の判定は微妙です。
他の側室様にもお渡りしていますし、職務があれば、そちらを優先しています。
歳費を注ぎ込むようなことも……。と、滅多にされてませんし、私は違うと思います。
何より、皇妃陛下の小さな望みに、理性がこう、グラグラ揺らぐような事がありますか?
何とか叶えてやりたいと」
「それは、ない、な。今は床を共にできぬ事が理性との葛藤くらいだ。
侍女長と侍医が離れぬので、無理だがの」
騎士団長以外から、表情がスッと抜け落ちた。
陛下。今、そういうの、全く需要ありませんの。
って言っても分からないんだよね。この人は。
言い聞かせる必要は、今はないので飛ばします。
「…………そうですか。でしたら、皇帝陛下は一目惚れが溺愛に移行し、ご本人にとっては順調な結婚生活を送られている、ということで、よろしいかと存じます」
私の言葉に、皇帝陛下がほっと胸を撫で下ろした、その時—
再びのノック音だ。
今度は騎士団長が出て、近衛役の部下と、二、三、言葉を交わし、戻ってくる。
「皇太子殿下が凄い勢いで、ここへ向かってきてるそうです。
大使閣下は部下が案内する外の控え室へ!
エリザベス殿下、ルイス殿下、タンド公爵閣下は、そこの陛下の仮眠室へ、移動してください!
早く!」
私たちは覇気あふれる騎士団長の指示に従い、すぐに移動した。
それから、約3分後—
激しいノック音が響いた。
怒りのままに、拳をドアに叩きつけているようだ。
騎士団長が皇太子を部屋に招き入れる。
数名の近衛役の騎士も、皇太子の警護として同行しているが、万一の確保役でもあるのだろう。
「父上!このピンクダイヤモンドって何なんですか?!
どうして!どうしてこんなものと引き換えに、ルイスなんかの披露宴とかの費用、出してるんです?!」
挨拶もなく、皇帝陛下の執務室のデスクに、バンと両手をつくと、乗り出さんばかりの勢いで、いきなり大声で責め立てる。
皇太子であっても、皇帝陛下への不敬を問われる、失礼な振る舞いだ。
私たちの前置きがなければ、「何の話だ?」と一触即発になっているところだ。
事情を知っている皇帝陛下は、冷静に答える。
それでも声がやや冷たいのは、礼儀に大きく反した行為への、強い嫌悪感からだろう。
「ピンクダイヤモンドは、希少価値が非常に高い。
これだけのカラット数がまとまっているのは珍しいのだ。
投資としても有効と判断して、譲り受ける手続きを取った。
何より皇妃への、出産の褒美のティアラのためだ。
あの、実に素晴らしく、賢く美しい、お前の母親でもある、我が皇妃のために、譲り受けるのだ」
説明を聞いた皇太子が、長い間の後、ぽつりと尋ねる。
「……………………母上のために?」
部屋中に発散されていた怒りが、急速にしぼんでいく。
最後の問いかけは、無垢な子どものようだ。
「ああ、そうだ。
あの、綺麗で優しく、我が帝国で最も素晴らしい、お前の母である、皇妃のティアラのためだ。
ピンクダイヤモンドのティアラは、あの素晴らしい髪や肌に映え、実に美しく似合うだろう。
産後の女性は、特に美しいと言うからな」
まるで子どもに言い聞かせるような口調だ。
皇帝陛下は試しているのだろう。
“限定的天使効果”がどういうものかを。
ことさらに皇妃陛下を褒めたたえる。
「うんうん、母上だったら、ぜったい似合います!
なんだ〜。そうだったんだ〜。
父上、先に教えてくれてればいいのに。
すっごく似合って、綺麗だろうなあ」
先ほどの鬼気迫る表情が嘘のように消え去る。
はきはきと明るく嬉しそうに答えた後、うっとりとした眼差しを宙に向ける。
そこに、ピンクダイヤモンドのティアラを冠した皇妃陛下がいるかのように。
皇帝陛下もにこやかだが、細めた向こうの瞳は、皇太子である息子を、冷静に見極めようとしていた。
「実はお前を驚かそうと思ってな。
このピンクダイヤモンドのティアラは、皇太子妃にも着用を許そう。嫡孫を産んでくれる褒美だ」
最後の一手だ。
皇太子の瞳が、驚きで見開かれる。
帝位継承による、宝飾品の譲り渡しはあっても、共用、貸し借りは、母と娘ならいざ知らず、皇妃と皇太子妃では、例が少ないためだ。
「え?!皇太子妃にも、ですか?!」
「ああ。嫡孫を産んでくれるからな。
ただし所有は皇妃だ。そこは絶対に譲れぬ。
つまり、皇太子妃が皇妃になった時は、名実ともに、皇太子妃のものとなる」
「うわ〜。ありがとう、父上!
あんな女神みたいに、美しいのに、さらに神々しくなっちゃうよぉ。すっごく綺麗だろうなあ。
あ、母上もですよぉ。母上も、絶対だぁ。
絶対に綺麗だと思うなあ」
皇太子の歓喜は最高潮だ。
母と妻の姿を恍惚とした表情で想像し、強い酒を飲み干したように、陶然としている。
「この父の“深い意図”も、よくわかったであろう。
正式に譲ってもらうまでは、王国側との関係悪化は、絶対に避けねばならない。
さあ、お前の執務室に戻るといい。
職務の続きを行うように」
ええ、陛下の“深い意図”は、ものすっごくよく分かりましたとも。
やはり、そうだ。
すっかり“虜”になってしまっている。
隣りの伯父様は、苦しくも切ない表情だ。
ルイスは冷徹そのものだ。さまざまな感情を深く強く押さえ込んでいた。
「はい、陛下。頑張って仕事するぞ〜」
皇太子は意気揚々と、皇帝の執務室を出ていく。
仮眠室から出てきた私たちを迎えた皇帝は、目元を指で揉むように押さえ、深いため息を吐く。
「陛下、お疑いは晴れましたかな?」
タンド公爵たる伯父様が、皇帝陛下に確認する。
「…………あい、わかった」
実に短く、端的な言葉だ。
伯父様もそれに続く。
「では、どのように?」
皇帝陛下の頭脳は、すぐに対策を生み出し始める。
二人との会話が進むに連れ、段取りが定まっていく。
職務ではできるのに、どうして人の気持ちに関しては、すっぽり抜け落ちてるんだろう。
「公爵、ウォルフ。北方から時折り、タチの悪い風邪が流行る事があるな」
「ございますが……」
「時期は違いますよ」
「時期外れの風邪もあろう。近衛の数名から掛かったことにせよ。あれはかなり感染力が高い。
そうであったな。公爵」
「はい。帝都で蔓延すると、流行が収束するまで、かなり苦労いたします」
「近衞役は軽め、彼奴は重く、調整するよう、侍医長に伝えよ。
寝つかせて、外には出すな。
懐妊中の妃と母に移す気か、と言えば、おとなしくしているであろう」
つまり、侍医の薬により、風邪症状を起こさせ、療養に入らせる。
感染力が強い病気のため、皇太子妃への接近はおろか、皇城内での感染・流行を防ぐため、居室からは一歩も出さない。
そういう事だろう。
「では、いつ?」
騎士団長が尋ねる。実に端的だ。
「これでもあの“天使効果”とやらが収まらねば、その時は儂が判断する。
毎日報告をよこせ。突発事態は起こり次第だ。
おとなしく過ごすなら、先日決定した通り、嫡孫の誕生を祝う鐘を聞きながら、神の御許へ旅立たせてやろう。
儂にできる最後の慈悲だ。
すまぬな。エリザベス殿下、ルイス」
私たちがこの執務室を訪れた時に比べると、一気にお年を召したと感じるほど、皇帝陛下は強い疲労感と苦悩に苛まれているように見えた。
それを抑制しつつ決断し、さらに被害者である私とルイスに詫びを入れる。
メインは王国の王族たる私だろう。
あのとんでもないスケジュール表が、お父さまと国王陛下の手に渡っていたら、と考えるだけでゾッとする。
「とんでもないことでございます。皇帝陛下」
「承知いたしました。皇帝陛下」
私は小さくお辞儀をすると、詫びを受け入れる。ルイスもだ。
胸中は複雑だろうに。
当初の計画よりも、皇太子妃殿下への負担が大きくなるが、致し方ない。
とりあえず、皇城内でばったり出会うこともなく、感染力の強い患者として、大切に療養される。
離宮には、第二皇子母のご側室がいるし、警備の目も届きにくい。
今、打てる最良手だろう。
気づけば陽も傾き、夕暮れが近づいていた。
皇城内の聖堂から、時を告げる、晩鐘が鳴り響く。
何も知らされないまま、妻と母との愛情に耽溺し、美しいこの音に包まれ、眠るように旅立つ皇太子の平安を願う、父の祈りを感じていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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