3.悪役令嬢の日記
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
まずは4歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
“駆けた食べた眠った”
この繰返しで、私は国境に到着し、帝国へ入国した。
迎えと合流後は、目的地への馬車と宿で、ひたすら疲労回復を図り、移動中の睡眠の合間にレクチャーを受ける。
「お母さまの領地と爵位を継承していただなんて。
お父さまの情報管理、徹底してるわ」
帝国での私の名前は、エリザベート・エヴルー女伯爵。
正式な叙爵には皇帝陛下の謁見が必要。
とりあえず名乗りは今まで通り、エリザベス・ラッセル。呼び名は目立たないエリーに統一する。
お父さまからの“鳩”で、婚約解消は殿下の有責、賠償金ありで正式決着したと知らされた。
晴れて自由の身だ。
失踪による不在は、傷心による不調で、母方の帝国で療養との建前だ。
領地は、帝都から早起きして日帰りできる、豊かな田園地帯。
産業は農業と牧畜。
特色は、お母さまが土地を寄進した、大規模な修道院。
これが、私の新天地。
とにかく快適に過ごす。
健康な生活を夢見た旅だった。
最後の宿で、合流した侍女にお願いし、騎行で荒れた肌と髪を念入りにお手入れしてもらう。
貴族女性の防具、緑の瞳に合わせた上品なデイドレスと宝飾品。
新しい女主人は、婚約解消に傷つき、逃げてきたなどと侮られたくなかった。
領 地 邸の人員構成も記憶済みだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
備えた価値はあったと思う、出迎えと応対だった。
まずは執務室で使用人達と、挨拶と簡易な面談、夕食と入浴、就寝準備まで順調にこなす。
「ごゆっくりおやすみなさいませ」
王妃教育で鍛えられた意地で持ったのは、残念ながらここまでで—
国境までの無理が祟り、翌日から1週間、私は寝込んだ。
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○月○日
お母さまから相続していた領地に着いた。
使用人達と少々話す。皆、誠実そうだ。
帝国共通語も通じて安心。王妃教育に感謝だ。
美味しい食事、心地よい入浴、ふかふかベッド。
ようやくほっとできる。新しい私の住処。
緊張がほぐれたのか、とにかく眠たい。
お父さま、お母さま、おやすみなさい。
○月△日
到着翌日、起床できなかった。医師の診断は過労。心当たりがありすぎる。
しばしの安静を命じられる。療養は1週間、夢の食っちゃ寝生活。
に、慣れておらず、ベッドで収支報告書を確認中、専属侍女兼侍女長のマーサに発見、没収される。
「療養が今のご主人さまのお仕事です」
王妃教育の過酷さに慣れた身には新鮮で、温かい思いやりが心に染みる。
一人になると、なぜか涙が止まらない。戸惑っている内に眠っていた。
○月⬜︎日
久しぶりに寝覚めのいい朝。
無理な長距離移動の影響で、身体に痛みが残るが、気分はすっきりだ。
朝食も美味しい。
腹ごなしに頼むと、代官兼、家令のアーサーが屋敷と庭を案内してくれる。
こぢんまりした別邸という印象で、丁寧に手入れされ清潔だ。
母方のご先祖達の肖像画が数枚あった。
銀髪と青い瞳は、一族の特徴らしい。
お母さまの肖像画はなかった。
ラッセル公爵家王都邸にもなかったので残念だ。
庭園では庭師も加わる。好々爺だ。
数年ぶりに花を純粋に楽しむ。王妃陛下監修のお茶会では、話題に備え、花ごとの開花の把握、招待客の好みの記憶などに終始していた。
そういえば、殿下からの花束はあった。
と、過去過去過去。即、消去する。
庭にはハーブの区画があり、お母さまが植えて使っていたと庭師が教えてくれる。
没後もラッセル公爵邸のハーブ園に無い物は、お父さまの依頼で送ってくれていた。
意外な繋がりがとても嬉しい。
ローズマリーの香りが懐かしいと話すと、「親娘でお好みが一緒ですな」と形よく切ってくれた。
部屋に活けると空気が浄化されるようで、心地よい。
お母さまはハーブについて、栽培や効能などの記録を色々残していた。
この屋敷の図書室と修道院の図書館にあると聞く。
修道院には挨拶がてら、そろそろ行った方がいい。
家令のアーサーと打合せ。早速手紙を記す。
今から楽しみだ。
○月◇日
身体の痛みも取れた。
馬で領内を見回りたいと話すと、家令のアーサーが戸惑う。
落ち着いた礼儀正しい普段とは異なり珍しい。
馬車を勧められるが、農地の道には不向きだ。
国境まで駆けた時の騎士服の下、キュロットスカートもある。
心配しないで、と伝えても微妙な反応だ。
言い渋る雰囲気に、何でも話して、と伝えたが、『ご用意はマーサと共に』との返事だった。
アーサーは迎えに来てくれた一人で、レクチャー役で、誠意ある言動に信頼を構築中だ。
首を傾げざるをえない。
マーサと明日の見回りの準備をする。
地図や筆記道具を入れたバッグ、紺のくるぶし丈のキュロットスカートと白いブラウスに紺のジャケット、ブーツ、手袋、乗馬帽などを揃える。
ここでマーサが、「陽射し避けに、つばひろの帽子をご用意しましょう」と上品な白い帽子を出してきた。
しかもたっぷりとしたヴェール付きだ。
これは危険だ。風に煽られれば頭部にまとわりつくし、ヴェールは視界を遮る。
今までにない、懇願するようなマーサに、アーサーに近いものを感じる。
「不敬を問わない。あなた達が安全以上に馬車やこの帽子を適切と判断する理由を教えてほしい。
この見回りは領民とのファーストコンタクトになり得る。失敗はしたくない」と伝えると、アーサーも同席の上、話してくれた。
母・アンジェラが領主となったのは、貴族的社交でのトラブルの結果だった。
ここまでは、父が脱出の荷物に入れていた、分厚い報告書のような手紙で事情説明されていた。
ただトラブルは貴族との社交だけでなく、領民とも起こった、とマーサは辛そうに話す。
お母さまを見かけた、会った、挨拶を交わしただけで、奉公したいと熱望する若者、“心酔者”が現れた。
断ると出入り業者に紛れて侵入しようとする。
親元への厳重注意ですませたが、若者の婚約話は立ち消えとなった。
こういう事例が一件では済まず、複数起きた。
そして、帝都から流れてきた噂、『婚約者を奪う悪役令嬢』『色仕掛け』などを八つ当たり気味に、面白おかしく広める者もいた。
マーサやアーサーは、お母さまの“天使効果”が効かなかった者達で、当時、実家のタンド公爵家により選抜されて、この領 地 邸で仕えていた。
この伯爵邸から私を迎えにきた人員に変化はなかった。
到着初日に、使用人全員と面談したのは、念のため、お父さま曰くの“天使効果”の有無の確認だった。
安全圏の領地で、トラブルは回避したい。
お母さまはこの風光明媚な領地は愛したが、王国でお父さまと結婚後は、住民代表とはアーサー経由の手紙でのやりとりだった。
事務的だったがこまめにして、ある程度は信頼回復したという。
「それでもアンジェラ様を覚えている者は、お顔立ちがよく似ているエリー様に、失礼な物言いをするかもしれず、傷つけたくなかった」と二人は話してくれた。
特にマーサはお母さまの専属侍女でもあり、途中から目頭にハンカチを当てていた。
私は対応策として、下記を提案する。
⚫︎故国の経験と初日の面談実験で、私に“天使効果”が無い可能性が非常に高い。
⚫︎お母さまの顔を知らない世代の耕作地などに見回りに行く。
⚫︎明日は暫定的に、乗馬帽と目深にすっぽり被るバケットハットを重ね、視界が狭くなる分、馬をゆっくり歩行させる。
⚫︎当初の護衛2名に、アーサーも加わる。
不安そうだが、二人とも受け入れてくれた。
バケットハットタイプの乗馬帽への改良は、マーサが試してくれる。
明日が楽しみだ。
○日◎日
いよいよ領地見回りの日—
いい天気、見回り日和だ。
マーサと相談し、お母さまと異なる金髪は敢えて背中に流す。
アーサーが選定したルートを辿る。
途中、作業中の領民もいた。アーサーや護衛が呼んできた領民は、『新しい領主さま』に恐縮しきりだ。
そこで王妃教育の視察で培った話術を駆使し、事前に調べた作物の生育過程も話題に織り込むと、親しげな反応を見せてくれる。
出だしは上々だ。
アーサーも私の出自は言わず、『新しい領主、エリー様だ』で通していた。
何人かと言葉を交わし、ルート上最後の畑だ。
作業する息子達に、昼食を持ってきた母親と行き合う。
今まで同様に恐縮していたが、私をちらちらと見る眼差しが懐疑的だ。バケットハットも鼻筋や口元は隠せない。ただアピールした金髪のおかげで、確定には至らなかったようだ。
話題を切り上げ、さっさと移動した。
昼食はお願いして、ピクニック方式だ。
美しい水辺で、シートを広げ、少し暑かった乗馬帽とバケットハットにジャケットも脱ぐ。風が心地よい。
馬達にも水をたっぷり飲ませ、にんじんや氷砂糖などを与える。無条件に可愛い。
恐縮するアーサーと護衛達と一緒に、遅めの昼食を味わう。
青空の下でのピクニック—
近衞騎士団の野営訓練とは違う体験に、特別な開放感だ。
食後、水辺で濡らし木にかけ、風で冷やしたハーブティーを飲んでいると、童心がくすぐってくる。
「人もいないし、ちょっとだけ」とアーサーと交渉する。
ブーツも脱いで、火照った足を冷やすのに、水辺に少しだけ踏み入る。
絵本で読んだ水遊びはできないが、ちゃぷちゃぷ歩いたり、足踏みするだけで楽しい。
多少裾が濡れるが、この陽気だ。すぐに乾くだろう。
そこに子ども達数人がやってきた。
護衛とアーサーが反応するが、手で制す。
子ども達は見かけない私を警戒する。
そこでポケットから馬のご褒美の氷砂糖を出すと、態度が変わる。甘味は庶民にはご馳走なのだ。
ただ、ここは彼らの釣り場で、釣果が夕食を左右すると話す。
「あっちならいいよ」と教えてくれた、下流の石に座る。
水深も浅く、透明度が高い、安全な場所だ。
足を少しばたつかせると、水が跳ねて光る。
美しくて楽しい。
鳥の声や水音、木々のざわめき、子ども達の楽しそうな声—
婚約以降、今までにない自由—
しばらく満喫していたら、聞き慣れない声が掛かる。
「水遊びか?楽しそうだ」
道から降りてきた男性は、私達同様、馬に水を飲ませ始める。
護衛とアーサーに緊張が走る。
かなり鍛えている身体だった。歳の頃は20歳前後か。
ざっくりとした白シャツに、黒のトラウザーズ、乗馬ブーツ、脱いで肩にかけた黒いジャケットなど、身につけている品物は良い。
黒短髪に青い瞳、背は高く、きりっと涼やかな顔立ちだが、身のこなしに甘さは感じない。
右頬にうっすら傷痕がある。
恐らくは、軍務に就いている貴族だろう。
無視するか、応じるか迷うが、将来的に社交のどこで会うか分からない。
こちらが貴族か、富裕層の市民かは、護衛とアーサーでバレバレだ。
きっと修道院目当てか、遠駆けにでも来たのだろう。
ここは簡易にすませるとしよう。
「はい。暑かったので、水辺で涼んでました」
「良い日和だしな。
すまんが、水を持っていたら、分けてくれないか?
俺も喉が渇いた。あいにく連れとはぐれてしまった」
「わかりました。ハーブティーで良ければ冷やしてます。
少々お待ちください」
「ハーブティーか。薬くさいのは堪らんが、背に腹はかえられん」
その言いようにカチンとくるが、さっさと離脱するためだ。
“はぐれた相手”がお母さまの顔を知っていたら、厄介だ。
水遊びを切り上げると、ブーツを履き、冷やしていた水筒ごと渡す。
「どうぞ」
「感謝する」
ごくごくと喉を鳴らして飲み始める。
すると目を見開いて、尋ねてきた。
「これは美味いな。今までに飲んでいたのと違う」
「ブレンドのレシピによって味は変わります。お口にあって幸いでした。水筒は差し上げます。
そろそろ行きましょう?」
片付け終わったアーサーや護衛達と共に、帽子をかぶると、その場を立ち去る。
“はぐれた相手”とは行き合わずにほっとする。
昼食ピクニックにおまけも付いたが、総じて有意義で楽しかった。
こんな日々をこれからも過ごすために、見回りの成果を、帰邸後の執務室で、アーサーと討議する。
未来のために—
ご拝読、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきました。
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