表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/207

47.悪役令嬢の抱擁(ほうよう)

テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—


※ルイス視点です。


※※※※※※※※※※※※注意※※※※※※※※※※※※※

妊娠・出産などについて、デリケートな描写があります。

閲覧には充分にご注意ください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。

これで47歩目。

引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。


【ルイス視点】



 騎士団本部に帰還した俺は、参謀部の一角に与えられた部屋で、近衛役の白い騎士服から、通常の騎士服に着替える。

 小姓の少年が、着ていた白い騎士服の徽章(きしょう)などを外しまとめている。洗濯に出すためだ。

 白い騎士服はすぐに汚れが目立ち、また隊規によりその基準も厳格でうるさい。

 俺が近衛役を好まない理由の一つでもあった。


 着替えた俺にハーブティーを出してくれた小姓が、洗濯物を持っていく。


「行ってまいります、ルイス参謀」


「ああ、頼んだ」


 お茶を飲みながら、デスク上の整理箱に入った書類を処理していると、ドアの外から声がかかる。


「入るぞ」


 騎士団長がノックと共に、部屋に入ってきた。

 この人はいつもそうだ。

 ノックの意味をなさないと思うのだが、在室中は部屋に鍵をかけない癖の自分が悪い。


 小姓時代の嫌がらせで物置部屋に閉じ込められたことがあり、それ以来一人の時は苦手だ。

 そこから助け出してくれたのも、目の前にいるこの人だった。


 俺は立ち上がると、騎士礼を行う。

 ざっと答礼する姿も見事な美丈夫だ。

 愛妻家だが、公開訓練の度に、貴族令嬢やご夫人がたの視線と嬌声の的となっている。


 礼を解くと、俺は紅茶を入れ始める。

 この人の小姓をしていた時からだ。好みも把握している。


「ルイス、お疲れ。

おっ、どうした?しけた顔してるぞ。

愛しの婚約者殿の警護に行ってきたんだろう?」


「騎士団長閣下。その、皇妃陛下との交渉ごとがありまして、それで少し……」


 ソファーに座った相手に、紅茶にクッキーを添えて置く。何気に甘党でもある。

 ひと口味わった後、「美味い」と言ってくれる。


 最初に酷い味の紅茶を出した時は、黙って飲み干し、直後に猛特訓を命じられた。

 今ではいい思い出だ。


「ああ。やり取りを想定し、練習したって言ってたな。

そこまでやってくれる婚約者なんて、早々いないぞ。感謝しとけよ」


「もちろんです。唯一の妻です」


「未来のな。油断禁物だ。いい女はすぐにかっさらわれるか、逃げていく」


 騎士団あるあるだ。

 勤務が不規則で、会えないことが続き、その手当てを怠ったりしていると、恋人なら愛想を尽かされ、婚約者でも機嫌を損ねる。

 『手紙なり、花や菓子を送る、その一手間を惜しむな』とは、この人の持論だ。


「定時連絡だと思え。不安にさせるな。演習と一緒だ」


 何より結婚した今でも、有言実行している。

 おかげで家庭円満で、任務に集中できると、自慢げに話す。

 愛妻の惚気(のろけ)とセットだった。


「油断はしていません。今日も公爵邸まで無事に送り、お礼の花も夕方には届く手配です」


「ふむふむ。中々やるな。時間差攻撃か」


「今ごろはドレスショップで、衣装合わせなのです。

疲労困憊だろうと思い、帰宅後に見れば、気分転換になるかと……」


「お〜。いいぞ、その気遣い。

しかし、ドレスショップの帰りに疲労困憊とは。

それもマダム・サラだろう?

数ヶ月待ちの人気店だ。うきうきしてそうなもんだけどな」


「ドレスよりも、事業計画書を好むタイプです。

もちろんドレスも見事に着こなします」


「わかってるって。エリザベス殿下の美しさは。

エヴルー伯爵を叙爵された時も、社交シーズン幕開けの舞踏会も、新年の儀も、実にお綺麗だった」


「渡しません。俺のエリーです」


「お前なあ。見境いなしに、警戒するな。

だから、他の連中にからかわれるんだ。

そこは、『私の婚約者の美しさは、私の愛(ゆえ)です』とでも言っとけ。のろけるいい機会だ」


「参考にしておきます。それでご用件は?」


「ああ。話しておきたいことがあってな」


 そこに小姓が帰ってくる。俺は扉外での立哨を命じ鍵をかけた。


「ご用件は?」


「今日、皇妃陛下と話してきたんだろう?上手く行ったか?」


 簡潔明瞭なこの人には珍しい。訳あっての瀬踏(せぶ)みだろう。とりあえずは結果報告だ。


「はい。費用の負担は元通りになり、代わりの投資を引き受けていただけました。

ただし3年後のパリュール付きです」


「それは見事だ。さすが若手の星。名参謀の卵」


「どうかされましたか?」


()めても乗ってこんとは、可愛げのないヤツめ。

皇妃陛下のご様子はいかがだった?」


あれは話していいものなのか—


 まるで少女のようだった、自分の母親の気分の上下を思い出す。

 さて、なんと答えたものか。


「エリーが言うには、懐妊中の女性ならではのお悩みで、お困りのようでした」


「それにも関わらず、お前の願いを受け入れてくださったのか。

好意を拒否されて、キレまくる相手でなくてよかったな」


「あの方はそういうご性格ではありません」


「まあな。お前の騎士団への入団後も、“陰で”泣いておられた」


「…………」


 テーブルの上の紅茶のカップを持ち、味わった後、戻す。一連の動作に音はない。

 この人も貴族の生まれなのだ、と改めて思う。


「これを話すのは、最初で最後だ。お前も結婚し、人の子の親になるやもしれん。

聞くだけ聞いておけ。忘れるもよし、忘れぬもよし。お前の好きにすればいい」


 いよいよ本題らしい。それも逃げられそうにない。


「はい……」


「お前の入団を皇帝陛下から打診された時、俺は受け入れるには、やぶさかじゃあなかった。

小姓としての入団に少し早いくらいだ。

ただし、『絶対に特別扱いはしません』という条件付きだった。


『それでよければ、喜んで、普通の小姓として入団を受け入れましょう。しばらくお考えください』と、ご下問に質問で返事をした謁見だった。

我ながら、人を食ってたな」


「あなたはいつもそうです。“人食いウォルフ”」


 明るく爽やかな容貌に騙されがちだが、この男、それだけではない。


 帝立学園で友人となった、“あの”皇帝陛下から、さっさと“不敬の許し”を得ると、ずばずばとした物言いで返していたと言う。

 それは今でも続いている、らしい。


「それから三日後に呼ばれたのは、大広間じゃなく、会議室だった。

皇帝陛下の名で呼ばれたが、いたのは皇妃陛下だ。


嫉妬深いヤツのことだから、面倒になると思って、退出しようとしたら、侍女長もいるし、人払いしていると説明を受けた。

皇帝陛下の『不問に処す』の一筆もあると言うんだ。


『問いただされないのは当たり前だろ』と思って、黙って座った。

すると、『来てくださり、感謝します。貴方が仰った、騎士団の一般的な小姓の生活は調べました。ルイスなら耐えられるでしょう』と開口一番、こうだ。


自分の警護役や、他の騎士から聞き取りをしたんだろう。だったら、終わりか、と思ったら、こう聞かれたんだ。


『毒を仕込まれる可能性はありませんか』ってね」



 俺には意外だった。そこまで俺の生活や毒を気にしていたのか、と。

 確かに、あの乳母が死んだ時、かかりっきりになってくれた血縁者は、皇妃ただ一人ではあった。


 墓参のため、天使の聖女修道院に連れて行ってくれたのも皇妃だ。

 子どもの俺には、“墓”という概念もなく、なぜ気付けなかったと、自分を責めた。

 しかし、年に一度とはいえ、亡骸(なきがら)でさえ、乳母に会えるのは嬉しかった。


 今は、この続きを聞かねばならないのだろう。



「……それで、あなたは、なんと答えたんですか?」



「ん?ごく当たり前のことだ。

『三食は共同生活の集団で食べる。ここで毒を仕込むのは、かなり難しい。

大量に作り、毒味代わりの味見は、具を足すので頻繁にする。

いつお前の順番が来るかも不定期だ。


可能性が高いのは、頼み事の褒美の菓子だが、自分以外からは受け取るな。もしくは残しとけ、という命令を守れば、ほぼないでしょう。


小姓は、付く騎士以外からも、全員で気にかけ、騎士団全体で育て上げる。

つまり見守る目も多い。上手く育てられれば、生粋のエリートとなる原石みたいなものだ。

ルイス殿下がそうなるかは、彼の努力と運次第でしょう』とね。


ただ、くどいほど確認された。誓約書を書けるのかともね。

『それは無理だ、後宮でどんなに守っていても、それは同じでしょう』と答えたら、しばらく黙って考えた後、『ルイスをどうぞ、よろしくお願いします』と、頭を下げられた。

見ないことにしたが、泣いてもいらした」


 しっかり見てるんじゃないか、と思ったが、皇妃がここまでやっていたとは、意外というか、今は戸惑いが多い。

 意外な見守りが、騎士団以外にあったという事は、確かなようだった。


「報告書も毎月上げさせられたのには、参った。

途中から、『騎士団生活として、何事もなし』として、長期の遠征訓練後や、年に二度の評価、昇進の時だけに変えた。


お前、従騎士になった時、一揃(ひとそろ)え、俺から渡されただろう?」


「はい」


 短く答える。

 あの時も、通常14歳のところ、この人のしごきに耐えたためか、11歳と異例の早さだった。

 一揃(ひとそろ)えとは、従騎士の甲冑や武具のことだ。


 最初は従騎士としての甲冑や武器のサイズが合わないため、先輩達のお下がりが使えなかった。

 この人から、「早くデカくなれよ」と言われつつ、何度か作ってもらったのだ。


 騎士の叙任の時は、「晴れの場で皆そうだった」と、儀礼用と通常用と二揃(ふたそろ)え作ってくれた。

 だが、小姓同士や同僚との会話で、騎士に叙任されるまでは、親元から贈られる事が多いと知る。


 申し訳なくて、使い道なく貯まっていた給与を渡そうとしたら、「騎士団の経費で出てる。全員が親元からじゃない。お前達は騎士団の子だ。当たり前だろうが」と突き返された。

 雑談に(まじ)えて聞けば、そういう事もあると言う。安心して訓練に打ち込んだ。



「これはお前名義の口座だ。確かめろ」



 テーブルの上に、書類が置かれる。

 手に取り確認すると、確かに俺の名義で、不定期に振り込まれていた。

 最終的にはかなりの額になっていた。


「それは皇妃陛下から渡されていたものだ。

『騎士団で作ってます』と答えても、『親元から出すもので、預けてはいますが、私はあの子の親です』と言って聞かなくてな。


お前は俺の手伝いで、書類も見ていたから、そのうち気づく。面倒で口座送金にした。

いつか、時が来たら渡すってね」


「今がその時、ということですか?」


 俺の問いかけに、目をくりっとさせ、人懐っこく答える。


「なにか?結婚式の祝いに渡されたいか?

騎士叙任の時なら受け取らず、『返してください』とか言って、突っ返しただろうが」


 確かに15歳の俺なら、突き返しただろう。


 「俺には親はいない」と。



 だが、皇妃と皇太子妃殿下の懐妊を受けて、出仕の様子を聞く俺に、エリーは何度となく、懐妊と出産の危険性を口にしていた。


 個人差が大きい(ゆえ)に理解もされにくく、懐妊中のさまざまな不調や苦しさも、薬やハーブで多少は和らげられても、根本的には解決せず、命懸けの出産でしか解放されない。


 出産後も短くて半年、長くて数年ほども付きまとうものだと説明された。


 そんな命懸けで生命を生み出す存在で、かつ、自分の心を捧げた女性に、騎士が忠誠を誓う事にも納得した。

 エリーの時は全力で支えると、今でも思っている。



 —あの人は確かに俺の親だ。



 命がけで産んでもくれた。色々ありすぎたが、見守ってくれてはいたのだ。


「…………ありがとう、ございます」


 分かりました、ではなく、感謝の言葉が口に出た。


 騎士団長は立ち上がり、俺の頭をいつものように、右五指で掴むように撫で回すと部屋を出ていく。


 俺は乱された髪もそのままに、口座の書類をしばし、見つめていた。



 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜



 エリーの出仕日—


 今回は皇太子妃殿下の元だったため、疑われないよう、俺は任務のためとし、送り迎えだけに行く。

 しっかりと妃殿下付きの近衛役の騎士に引き継いだ。


 何事もなく退出してきたエリーを、タンド公爵邸へ送る。

 “アレ”つまり、皇太子がいつ来るか分からないという状況は、当然、緊張が高まる。



「まあ、万一来たとしても、いつものように、お(しゃべ)りしてればいいと思うの。

難しい話を始めたら、妃殿下が(たしな)めてくださるし、とりあえず、今月分はクリアだわ」


 精神的負荷が重い職務から解放されたエリーに、あの事を話すのは気が引けたが、自分だけ隠し口座めいたものがあるのも嫌だった。


 それもかなりの額で、皇妃の筆跡だ。

 エリーならすぐにわかる。

 だったら、タンド公爵がいつか話していた通り、素直に打ち明けていたほうがいい。


 俺はタンド公爵邸のサロンで、ハーブティーを味わった後、エリーに「話したいことがある」と切り出した。

 マーサが気を利かせ、お茶を替えに行ってくれる。ドアは少し開いたままだ。


 俺はことの経緯をぽつぽつ伝えると、エリーは黙って話を聞いてくれる。

 俺が頼んで、皇妃の筆跡の書類と、中の金額も確認してもらう。



「ありがとう、ルー様。大切なものを見せてくれて」


「大切なもの、なのか?俺にはよくわからないんだ……」


 エリーは優しく微笑んで、俺の無骨な手に、たおやかで柔らかな手をそっと重ねてくれる。


「ん。それでいいと思う。

ルー様はルー様。私は私。

別の感性を持った人間でしょう。

私はルー様の想いや考えは大切にしたいもの」


 俺の天使は、温かい緑の眼差しで俺を包んでくれる。


「……受け取ったはいいが、これをどうしたらいいか、わからないんだ……」


 戸惑う俺の手を、ぽんぽんと柔らかい手が撫でてくれる。

 そして、ゆっくりとした口調で提案してくれた。


「だったら、分かるまでこのまま大切に取っておきましょう。

ルー様の判断次第で、縁起が悪いけど、たとえば、エヴルー公爵領を不慮の災害が襲った時の、思わぬ助けになるかもしれないわ」


「?!」


 エリーは本当に賢い。俺は思いもよらなかった。

 確かに迷いなく使えるだろう。

 それも母に感謝しながらだ。


「……確かに。俺ならそうするだろう」


「でしょう?人生、これから何が起こるかわからないんだもの。

『ルー様への“救いの手”』として、取っておきましょう」



 “救いの手”とは、孤児院、救貧院、病院など、社会福祉的な施設への、名義を伏せた寄附を意味する。



「“救いの手”か。確かにそうだ。

俺は、何も、何も知らずに、あの人から、受け続けて、知らずに、独りだと、思って……」


 俯いた俺の頬を涙が伝い、ぽとぽととテーブルクロスを濡らす。

 エリーは立ち上がると、そっとハンカチを当ててくれる。

 俺は思わずエリーを抱きしめる。

 はっと驚いたようだが、そのままゆっくりと頭や背中を撫でてくれる。


「それでいいの。その時のルー様の気持ちだもの。

大切に取っておきましょう。

今は独りじゃないわ。私も、騎士団の皆様も、タンド公爵家の皆も、エヴルー家の皆も、院長様もいる。


他にもルー様が気づかない人が、こうしているかもしれない。私にだってそうよ。

気付けたら、その気になったら、『ありがとうございました』って感謝すればいいと思うの」



「エリー、エリー……」



 俺の心に慈雨のように、エリーの言葉が降り注ぐ。

 気を利かせて、お茶を替えに行ったマーサが戻ってくるまで、天使のようなエリーとの抱擁(ほうよう)が続いた。


ご清覧、ありがとうございました。

エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。


誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。

いいね、ブックマーク、★、感想など励みになります。

よかったらお願いします(*´人`*)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★ 書籍、電子書籍と共に12月7日発売★書籍版公式HPはこちらです★

悪役令嬢エリザベスの幸せ
― 新着の感想 ―
[一言] 寂しかった子どもの自分を泣くことで認められたのかなぁルイス…… こういう話いいですね。 確かに見守ってくれた愛はあったのだと知って受け取るには、子供も大人になる必要があるんだよなぁ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ