47.悪役令嬢の抱擁(ほうよう)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ルイス視点です。
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妊娠・出産などについて、デリケートな描写があります。
閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで47歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
騎士団本部に帰還した俺は、参謀部の一角に与えられた部屋で、近衛役の白い騎士服から、通常の騎士服に着替える。
小姓の少年が、着ていた白い騎士服の徽章などを外しまとめている。洗濯に出すためだ。
白い騎士服はすぐに汚れが目立ち、また隊規によりその基準も厳格でうるさい。
俺が近衛役を好まない理由の一つでもあった。
着替えた俺にハーブティーを出してくれた小姓が、洗濯物を持っていく。
「行ってまいります、ルイス参謀」
「ああ、頼んだ」
お茶を飲みながら、デスク上の整理箱に入った書類を処理していると、ドアの外から声がかかる。
「入るぞ」
騎士団長がノックと共に、部屋に入ってきた。
この人はいつもそうだ。
ノックの意味をなさないと思うのだが、在室中は部屋に鍵をかけない癖の自分が悪い。
小姓時代の嫌がらせで物置部屋に閉じ込められたことがあり、それ以来一人の時は苦手だ。
そこから助け出してくれたのも、目の前にいるこの人だった。
俺は立ち上がると、騎士礼を行う。
ざっと答礼する姿も見事な美丈夫だ。
愛妻家だが、公開訓練の度に、貴族令嬢やご夫人がたの視線と嬌声の的となっている。
礼を解くと、俺は紅茶を入れ始める。
この人の小姓をしていた時からだ。好みも把握している。
「ルイス、お疲れ。
おっ、どうした?しけた顔してるぞ。
愛しの婚約者殿の警護に行ってきたんだろう?」
「騎士団長閣下。その、皇妃陛下との交渉ごとがありまして、それで少し……」
ソファーに座った相手に、紅茶にクッキーを添えて置く。何気に甘党でもある。
ひと口味わった後、「美味い」と言ってくれる。
最初に酷い味の紅茶を出した時は、黙って飲み干し、直後に猛特訓を命じられた。
今ではいい思い出だ。
「ああ。やり取りを想定し、練習したって言ってたな。
そこまでやってくれる婚約者なんて、早々いないぞ。感謝しとけよ」
「もちろんです。唯一の妻です」
「未来のな。油断禁物だ。いい女はすぐにかっさらわれるか、逃げていく」
騎士団あるあるだ。
勤務が不規則で、会えないことが続き、その手当てを怠ったりしていると、恋人なら愛想を尽かされ、婚約者でも機嫌を損ねる。
『手紙なり、花や菓子を送る、その一手間を惜しむな』とは、この人の持論だ。
「定時連絡だと思え。不安にさせるな。演習と一緒だ」
何より結婚した今でも、有言実行している。
おかげで家庭円満で、任務に集中できると、自慢げに話す。
愛妻の惚気とセットだった。
「油断はしていません。今日も公爵邸まで無事に送り、お礼の花も夕方には届く手配です」
「ふむふむ。中々やるな。時間差攻撃か」
「今ごろはドレスショップで、衣装合わせなのです。
疲労困憊だろうと思い、帰宅後に見れば、気分転換になるかと……」
「お〜。いいぞ、その気遣い。
しかし、ドレスショップの帰りに疲労困憊とは。
それもマダム・サラだろう?
数ヶ月待ちの人気店だ。うきうきしてそうなもんだけどな」
「ドレスよりも、事業計画書を好むタイプです。
もちろんドレスも見事に着こなします」
「わかってるって。エリザベス殿下の美しさは。
エヴルー伯爵を叙爵された時も、社交シーズン幕開けの舞踏会も、新年の儀も、実にお綺麗だった」
「渡しません。俺のエリーです」
「お前なあ。見境いなしに、警戒するな。
だから、他の連中にからかわれるんだ。
そこは、『私の婚約者の美しさは、私の愛故です』とでも言っとけ。のろけるいい機会だ」
「参考にしておきます。それでご用件は?」
「ああ。話しておきたいことがあってな」
そこに小姓が帰ってくる。俺は扉外での立哨を命じ鍵をかけた。
「ご用件は?」
「今日、皇妃陛下と話してきたんだろう?上手く行ったか?」
簡潔明瞭なこの人には珍しい。訳あっての瀬踏みだろう。とりあえずは結果報告だ。
「はい。費用の負担は元通りになり、代わりの投資を引き受けていただけました。
ただし3年後のパリュール付きです」
「それは見事だ。さすが若手の星。名参謀の卵」
「どうかされましたか?」
「褒めても乗ってこんとは、可愛げのないヤツめ。
皇妃陛下のご様子はいかがだった?」
あれは話していいものなのか—
まるで少女のようだった、自分の母親の気分の上下を思い出す。
さて、なんと答えたものか。
「エリーが言うには、懐妊中の女性ならではのお悩みで、お困りのようでした」
「それにも関わらず、お前の願いを受け入れてくださったのか。
好意を拒否されて、キレまくる相手でなくてよかったな」
「あの方はそういうご性格ではありません」
「まあな。お前の騎士団への入団後も、“陰で”泣いておられた」
「…………」
テーブルの上の紅茶のカップを持ち、味わった後、戻す。一連の動作に音はない。
この人も貴族の生まれなのだ、と改めて思う。
「これを話すのは、最初で最後だ。お前も結婚し、人の子の親になるやもしれん。
聞くだけ聞いておけ。忘れるもよし、忘れぬもよし。お前の好きにすればいい」
いよいよ本題らしい。それも逃げられそうにない。
「はい……」
「お前の入団を皇帝陛下から打診された時、俺は受け入れるには、やぶさかじゃあなかった。
小姓としての入団に少し早いくらいだ。
ただし、『絶対に特別扱いはしません』という条件付きだった。
『それでよければ、喜んで、普通の小姓として入団を受け入れましょう。しばらくお考えください』と、ご下問に質問で返事をした謁見だった。
我ながら、人を食ってたな」
「あなたはいつもそうです。“人食いウォルフ”」
明るく爽やかな容貌に騙されがちだが、この男、それだけではない。
帝立学園で友人となった、“あの”皇帝陛下から、さっさと“不敬の許し”を得ると、ずばずばとした物言いで返していたと言う。
それは今でも続いている、らしい。
「それから三日後に呼ばれたのは、大広間じゃなく、会議室だった。
皇帝陛下の名で呼ばれたが、いたのは皇妃陛下だ。
嫉妬深いヤツのことだから、面倒になると思って、退出しようとしたら、侍女長もいるし、人払いしていると説明を受けた。
皇帝陛下の『不問に処す』の一筆もあると言うんだ。
『問いただされないのは当たり前だろ』と思って、黙って座った。
すると、『来てくださり、感謝します。貴方が仰った、騎士団の一般的な小姓の生活は調べました。ルイスなら耐えられるでしょう』と開口一番、こうだ。
自分の警護役や、他の騎士から聞き取りをしたんだろう。だったら、終わりか、と思ったら、こう聞かれたんだ。
『毒を仕込まれる可能性はありませんか』ってね」
俺には意外だった。そこまで俺の生活や毒を気にしていたのか、と。
確かに、あの乳母が死んだ時、かかりっきりになってくれた血縁者は、皇妃ただ一人ではあった。
墓参のため、天使の聖女修道院に連れて行ってくれたのも皇妃だ。
子どもの俺には、“墓”という概念もなく、なぜ気付けなかったと、自分を責めた。
しかし、年に一度とはいえ、亡骸でさえ、乳母に会えるのは嬉しかった。
今は、この続きを聞かねばならないのだろう。
「……それで、あなたは、なんと答えたんですか?」
「ん?ごく当たり前のことだ。
『三食は共同生活の集団で食べる。ここで毒を仕込むのは、かなり難しい。
大量に作り、毒味代わりの味見は、具を足すので頻繁にする。
いつお前の順番が来るかも不定期だ。
可能性が高いのは、頼み事の褒美の菓子だが、自分以外からは受け取るな。もしくは残しとけ、という命令を守れば、ほぼないでしょう。
小姓は、付く騎士以外からも、全員で気にかけ、騎士団全体で育て上げる。
つまり見守る目も多い。上手く育てられれば、生粋のエリートとなる原石みたいなものだ。
ルイス殿下がそうなるかは、彼の努力と運次第でしょう』とね。
ただ、くどいほど確認された。誓約書を書けるのかともね。
『それは無理だ、後宮でどんなに守っていても、それは同じでしょう』と答えたら、しばらく黙って考えた後、『ルイスをどうぞ、よろしくお願いします』と、頭を下げられた。
見ないことにしたが、泣いてもいらした」
しっかり見てるんじゃないか、と思ったが、皇妃がここまでやっていたとは、意外というか、今は戸惑いが多い。
意外な見守りが、騎士団以外にあったという事は、確かなようだった。
「報告書も毎月上げさせられたのには、参った。
途中から、『騎士団生活として、何事もなし』として、長期の遠征訓練後や、年に二度の評価、昇進の時だけに変えた。
お前、従騎士になった時、一揃え、俺から渡されただろう?」
「はい」
短く答える。
あの時も、通常14歳のところ、この人のしごきに耐えたためか、11歳と異例の早さだった。
一揃えとは、従騎士の甲冑や武具のことだ。
最初は従騎士としての甲冑や武器のサイズが合わないため、先輩達のお下がりが使えなかった。
この人から、「早くデカくなれよ」と言われつつ、何度か作ってもらったのだ。
騎士の叙任の時は、「晴れの場で皆そうだった」と、儀礼用と通常用と二揃え作ってくれた。
だが、小姓同士や同僚との会話で、騎士に叙任されるまでは、親元から贈られる事が多いと知る。
申し訳なくて、使い道なく貯まっていた給与を渡そうとしたら、「騎士団の経費で出てる。全員が親元からじゃない。お前達は騎士団の子だ。当たり前だろうが」と突き返された。
雑談に交えて聞けば、そういう事もあると言う。安心して訓練に打ち込んだ。
「これはお前名義の口座だ。確かめろ」
テーブルの上に、書類が置かれる。
手に取り確認すると、確かに俺の名義で、不定期に振り込まれていた。
最終的にはかなりの額になっていた。
「それは皇妃陛下から渡されていたものだ。
『騎士団で作ってます』と答えても、『親元から出すもので、預けてはいますが、私はあの子の親です』と言って聞かなくてな。
お前は俺の手伝いで、書類も見ていたから、そのうち気づく。面倒で口座送金にした。
いつか、時が来たら渡すってね」
「今がその時、ということですか?」
俺の問いかけに、目をくりっとさせ、人懐っこく答える。
「なにか?結婚式の祝いに渡されたいか?
騎士叙任の時なら受け取らず、『返してください』とか言って、突っ返しただろうが」
確かに15歳の俺なら、突き返しただろう。
「俺には親はいない」と。
だが、皇妃と皇太子妃殿下の懐妊を受けて、出仕の様子を聞く俺に、エリーは何度となく、懐妊と出産の危険性を口にしていた。
個人差が大きい故に理解もされにくく、懐妊中のさまざまな不調や苦しさも、薬やハーブで多少は和らげられても、根本的には解決せず、命懸けの出産でしか解放されない。
出産後も短くて半年、長くて数年ほども付きまとうものだと説明された。
そんな命懸けで生命を生み出す存在で、かつ、自分の心を捧げた女性に、騎士が忠誠を誓う事にも納得した。
エリーの時は全力で支えると、今でも思っている。
—あの人は確かに俺の親だ。
命がけで産んでもくれた。色々ありすぎたが、見守ってくれてはいたのだ。
「…………ありがとう、ございます」
分かりました、ではなく、感謝の言葉が口に出た。
騎士団長は立ち上がり、俺の頭をいつものように、右五指で掴むように撫で回すと部屋を出ていく。
俺は乱された髪もそのままに、口座の書類をしばし、見つめていた。
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エリーの出仕日—
今回は皇太子妃殿下の元だったため、疑われないよう、俺は任務のためとし、送り迎えだけに行く。
しっかりと妃殿下付きの近衛役の騎士に引き継いだ。
何事もなく退出してきたエリーを、タンド公爵邸へ送る。
“アレ”つまり、皇太子がいつ来るか分からないという状況は、当然、緊張が高まる。
「まあ、万一来たとしても、いつものように、お喋りしてればいいと思うの。
難しい話を始めたら、妃殿下が窘めてくださるし、とりあえず、今月分はクリアだわ」
精神的負荷が重い職務から解放されたエリーに、あの事を話すのは気が引けたが、自分だけ隠し口座めいたものがあるのも嫌だった。
それもかなりの額で、皇妃の筆跡だ。
エリーならすぐにわかる。
だったら、タンド公爵がいつか話していた通り、素直に打ち明けていたほうがいい。
俺はタンド公爵邸のサロンで、ハーブティーを味わった後、エリーに「話したいことがある」と切り出した。
マーサが気を利かせ、お茶を替えに行ってくれる。ドアは少し開いたままだ。
俺はことの経緯をぽつぽつ伝えると、エリーは黙って話を聞いてくれる。
俺が頼んで、皇妃の筆跡の書類と、中の金額も確認してもらう。
「ありがとう、ルー様。大切なものを見せてくれて」
「大切なもの、なのか?俺にはよくわからないんだ……」
エリーは優しく微笑んで、俺の無骨な手に、たおやかで柔らかな手をそっと重ねてくれる。
「ん。それでいいと思う。
ルー様はルー様。私は私。
別の感性を持った人間でしょう。
私はルー様の想いや考えは大切にしたいもの」
俺の天使は、温かい緑の眼差しで俺を包んでくれる。
「……受け取ったはいいが、これをどうしたらいいか、わからないんだ……」
戸惑う俺の手を、ぽんぽんと柔らかい手が撫でてくれる。
そして、ゆっくりとした口調で提案してくれた。
「だったら、分かるまでこのまま大切に取っておきましょう。
ルー様の判断次第で、縁起が悪いけど、たとえば、エヴルー公爵領を不慮の災害が襲った時の、思わぬ助けになるかもしれないわ」
「?!」
エリーは本当に賢い。俺は思いもよらなかった。
確かに迷いなく使えるだろう。
それも母に感謝しながらだ。
「……確かに。俺ならそうするだろう」
「でしょう?人生、これから何が起こるかわからないんだもの。
『ルー様への“救いの手”』として、取っておきましょう」
“救いの手”とは、孤児院、救貧院、病院など、社会福祉的な施設への、名義を伏せた寄附を意味する。
「“救いの手”か。確かにそうだ。
俺は、何も、何も知らずに、あの人から、受け続けて、知らずに、独りだと、思って……」
俯いた俺の頬を涙が伝い、ぽとぽととテーブルクロスを濡らす。
エリーは立ち上がると、そっとハンカチを当ててくれる。
俺は思わずエリーを抱きしめる。
はっと驚いたようだが、そのままゆっくりと頭や背中を撫でてくれる。
「それでいいの。その時のルー様の気持ちだもの。
大切に取っておきましょう。
今は独りじゃないわ。私も、騎士団の皆様も、タンド公爵家の皆も、エヴルー家の皆も、院長様もいる。
他にもルー様が気づかない人が、こうしているかもしれない。私にだってそうよ。
気付けたら、その気になったら、『ありがとうございました』って感謝すればいいと思うの」
「エリー、エリー……」
俺の心に慈雨のように、エリーの言葉が降り注ぐ。
気を利かせて、お茶を替えに行ったマーサが戻ってくるまで、天使のようなエリーとの抱擁が続いた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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