46.悪役令嬢の戦果
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
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妊娠・出産などについて、デリケートな描写があります。
閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで46歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
懐妊後の段取りに従い、侍医二名と、侍女長で、別室で会議を行う。
ルイスはその部屋の前で立哨してくれていた。
マーサは調合室で待機中だ。
「侍医殿、侍女長殿。お疲れ様です。
早速ですが、皇妃陛下はふっくらなさったご様子。
体重がかなり増えていらっしゃるのではありませんか?」
「はい、エリザベス殿下。仰る通りです」
侍女長は即答だ。
「えぇ、エリザベス殿下。実は困っているのです。
食べられるようになって以降、食欲が急激に増し、御本人もお悩みのご様子で……」
侍医二人も困ったご様子だが、健康指導はあなた方のお仕事のはずです。
私は皇妃陛下を最も把握している侍女長に尋ねる。
「皇妃陛下は、現在、ご公務をなさってますか?」
「いえ、ほとんどなさっておりません」
「それは太りますわ。ご公務があれば、移動もかなりあり、歩かれることも多かったでしょう。
良い運動になっていたはずです。
このままですと、筋力が落ち、脂肪は増え、体調不良となり、難産の可能性が高くなるのではありませんか?
侍医殿?」
「エリザベス殿下。仰せの通りなのですが、皇帝陛下がご心配なさるあまり、公務で気を病むのも良くないと止められたのです」
「孤児院や救貧院のご訪問は?これならさほど気遣いはありません」
「それも、乱暴な子どもが抱きついて、皇妃陛下が転ぶかも知れない、病気が移るかもしれないと……」
「ふう。またですか。
サブ要員が何をそこまで口出ししてるのです!」
私の裂帛の気迫に、侍医の額に汗が浮かぶ。
「それは、“鉄壁の布陣”は懐妊発表で、解散したとの仰せでして……」
私の言葉の内圧がさらに上がる。
「何を血迷っていらっしゃるのか?!
本当に大変なのは、これからなのです。
“鉄壁の布陣”の解散は、皇妃陛下が、無事に出産後、体調を回復してからです。
侍女長殿。“鉄壁の布陣”を再結成し、“新・鉄壁の布陣”といたしましょう。
皇帝陛下に、出産時の危険性を再度お話しし、再教育をお願いいたします」
「はっ、かしこまりました。エリザベス殿下。
“新・鉄壁の布陣”再結成も、皆、嬉しいかと存じます。
皇帝陛下はこの命に変えましてもご説得いたします」
「ありがとうございます。侍女長殿。
皇帝陛下は、まさか、お菓子などをお土産に持ってきたりしてませんわよね?」
「それが、ほぼ、毎晩……」
意気投合した侍女長に念のために確認するとやっぱりだ。御渡りの際に、『笑顔が見たいから』などと、何の気なしに、ほいほい持ってきているのだろう。
よくも私の怒りの尻尾を踏み抜きましたわね、皇帝陛下。いったい何度目かしら。
「なんという愚行を!悪魔の使いですか!皇帝陛下は!
つわりを過ぎた妊婦は、食欲との戦いなのです。
負ければ、体調不良と難産が待ち構えています。
ただ締め付けすぎるのも、精神的負荷がかかります。
お持ちになるスイーツを、健康的なゼリーや果物、プリンなどに変えていただきましょう。
特にゼリーは、見た目もさまざまに色美しく、デザインも豊富、果物も取り入れられます。
シェフに腕を振るっていただくのです」
「はっ、申しつけます」
「それを皇帝陛下はお持ちになり、できれば皇妃陛下の口元にお運びになるのはいかがでしょう?」
「え、それは、あの、お子様などにする、『あーん』のような……」
「その通りです。ぱくぱくとは食べられません。
少しずつ時間をかければ、満腹感も増します。
また愛らしい皇妃陛下をご覧になり、皇帝陛下もご満足でしょう。
結果的にお二人の愛情も深まり、皇妃陛下のご不安も軽くなる。
一石数鳥の作戦ですわ」
ここで侍医が感心したように数回頷く。
「なるほど。エリザベス殿下は、未婚でいらっしゃるのに、実に知識が豊富でいらっしゃいますな」
「はい。王国での王妃教育と、お茶会での経験豊富なご夫人がたからの体験談の収集ですわ。
後宮政治の根幹は、お子様がたの成育です。
お恥ずかしいことに、乙女ですのに、すっかり耳年増ですのよ」
「い、いや、それは頼りになります」
いや、頼りになるべきは、あなた方侍医殿でしょうが。
「侍女長殿。あとは体力増強です。
庭園のお散歩を毎日の習慣になさってください。
お気に入りのお花を1本選び、皇帝陛下に届けるのです。先ほどのゼリーと同じ効果ですわ。
他にも……」
私は知識を動員し現在必要な行動や習慣を指示した上で、ハーブのレシピを侍医と相談して決定する。
「では、調合室で作って参ります」
マーサの手を借り、レシピを完成させ、試飲をお願いすると、つわりの時と異なり、すぐに「おいしいわ」と仰っていただける。
これからの季節に合わせ、冷ましてもおいしいものだ。
侍女達に入れ方を指導すると、私の仕事は一段落だ。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
試飲後、ゆったりとした雰囲気になられた皇妃陛下の側に近寄り、折り入ってお話があるため、ルイスと侍女長以外のお人払いをお願いする。
「わかったわ。エリー殿下」
侍女長がすぐに差配してくれ、室内には四人のみだ。
ルイスが意を決したように、皇妃陛下に近寄る。
「皇妃陛下。この場で、『母上』と呼ぶことをお許しいただけますか」
少し固めだが、当たり前だろう。
皇妃陛下は驚きに目を見張り、ポロポロと涙を零す。
侍女長がすぐにケアに当たり、私は四人分のハーブティーを入れると、日当たりのいいソファーセットに誘う。
私が持参したフルーツを、侍女長がカットして出すと、毒味した上で皇妃陛下に差し出す。
「エリー殿下。あまり食べてはいけないのではないの?」
「適量ならば大丈夫です。今までもそうだったのではありませんか?」
過去の記録も読んだが、三人とも安産だった。
これもあってか、あの…………(自主規制)は油断しまくってるとも言える。
お産は1回1回違うんだ。覚えとけ、……!(自主規制)
「えぇ、こんなに動かないのも不安で……。
でも、このハーブティーを飲んでると、ほっとするわ」
「ありがとうございます。お気持ちは落ち着かれましたか?」
「えぇ、エリー殿下。
それで、ルイス。この、おろかな母に、何か言いたいことがあったのでしょう?」
「母上。実は……」
ルイスは私から、結婚式のパリュールの費用負担について、皇妃陛下の申し出を聞いた、と説明する。
「母上、お間違えありませんか?」
「えぇ、ありません。確かに申し出ました。
そう、エリー殿下はご存じだったのね。
まあ、当たり前だわ。タンド公爵夫人もご存じだったのだもの」
皇妃陛下は自嘲めいて呟く。
「母上。その。エリーは、悪くありません。
結婚式まで2ヶ月半と迫り、このお話についても、そろそろ結論を出した方がよいと考え、初めて私に話してくれたのです」
皇妃陛下の眼差しは、ただひたすらにルイスに注がれている。
「それで、ルイスは、私の申し出を、受け取ってくれるのかしら?」
ルイスに緊張が走る。一度息を吸うと、ゆっくり答える。
「実は、母上にお願いしたいことがあるのです」
「まあ、何かしら?パリュール以外に?」
「はい。私とエリーは、エヴルー公爵領を、ゆくゆくは、ハーブの一大産地にしたいのです。
母上を始めとした、皆の健康のためにも。
その、そのために……。いくばくかの初期投資をしていただき、『皇妃陛下ご愛用』というお許しをいただければ、と思います」
「まあ、素敵なお話。もちろん、大賛成よ。
計画書を見せてくれたら、嬉しいわ」
「こちらです。後ほどご覧ください」
私はテーブルの上にそっと置く。
「ありがとう。楽しみに見てみるわ」
ここでルイスは、姿勢を正し、皇妃陛下にまっすぐ見つめる。
「母上。この代わりに、パリュールの件は何とぞ、今まで通りとさせていただきたいのです。
確かにパリュールも、新しい公爵家の宝となりましょう。
しかし、広大で豊かなハーブ畑は、それ以上に、エヴルー公爵領の宝となり、領民と公爵家を潤してくれるでしょう。
何より、エリーがパリュールよりハーブ畑が大好きなのです」
「え?エリー殿下は、パリュールよりも、ハーブ畑がお好きなの?」
皇妃陛下は素で驚いて、私を見つめる。
うん、そうですよね。やっぱり。
貴族令嬢、それも元公爵令嬢、現第一王女殿下が、金銀宝石たっぷりのパリュールより、芳香や効能はあるけれど、単なる草木が好きってねえ。
でも本当なんです。王国でも卒業状態でした。
殖産興業の義務で付けてました。義務です。
「はい、皇妃陛下。
私はパリュールの輝きよりも、芳香香るハーブの朝露の方が好きでございます。
もちろん、鉱山から宝飾細工まで、職人達の技術の粋を集めたパリュールの、美しさも存在価値も意義も存じております。
それでも、今、この時、ルイス殿下のお母上である皇妃陛下から賜るのなら、喜んでハーブ畑を選びますわ。
我らが公爵領の礎になりますもの」
皇妃陛下は、緊張気味なルイスと、にこにこ、ご機嫌な私の顔を見比べた後、優しく微笑まれる。
「わかったわ。今回のお祝いは、ハーブ畑にいたしましょう。
ただし、3年後、エヴルー公爵家の領地運営が軌道に乗り、あなた達が円満だったら、その時こそ、エリー殿下にパリュールを贈らせてね。
エヴルー公爵家の隆盛を願っての贈り物よ」
これは断れないし、タイミング的には最高だ。
ルイスと視線を交わし、小さく頷いた後、ルイスは心臓の上に手を当てて答える。
「はい、母上。それを励みに、エリーと共に努力します。領地、領民、帝室、帝国のために」
「本当に嬉しいこと。
立派に育ってくれて……。
今更だけど、皇妃ではなく母として、エリーとの結婚、おめでとう、ルイス」
尊称を全て取り払った母の姿がそこにあった。
息子とその妻(まだ婚約者だが)として呼んでくれる。
「ありがとうございます、母上。
そうだ。母上のご無事の出産後、体調が万全になり、侍医の許しを得た時に、エヴルー公爵領領 地 邸にぜひ、お越しください。
お忍びで、母上と出産された弟か妹と一緒に」
大変よく言えました。ルイス。
うまくいったら、お誘いしようねって、おまけの課題だったんだよね。
自然体だし、言う事なし。
「あら、陛下は?」
ルイスの声が少し固くなる。無理もない。
あの諸悪の根源め。
「……陛下はご立派な成人男性です。お気にならさらずともよいかと存じます。
庶民には、産後にそういった息抜きの方法もあると聞き及びます。
実家に帰る時は、“里帰り”と申すとか。
ご実家の公爵家ではありませんが、ゆっくりお寛ぎいただければと思います」
「そうね、いいかもしれないわ。
ありがとう、ルイス。素敵な前祝いだわ」
皇妃陛下も息子からの思わぬサプライズだったのが、嬉しかったのか、優しい笑顔だ。
私はきっちり念押しをしておく。
「皇妃陛下。このご招待は陛下には、何とぞ内緒でお願いします。
絶対に着いてきたがりますので」
「ふふふ…。わかったわ、そうします」
私達はご機嫌な皇妃陛下から、結婚式のドレスを始めとした結婚式の準備などについて、少し聞かれた後、退室し、帰路の馬車に乗り込んだ。
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ルイスは、この結果を、サロンで伯父様と伯母様へ報告し、騎士団へ帰っていった。
伯父様も、「素晴らしい戦果だ。ルイス殿下も中々おやりになる」と満足そうに言い置き、執務室へ入っていく。
私と伯母様は、マダム・サラのドレスショップへ移動し、打ち合わせだ。
ドレスのデザインはほぼ決まっていて、私は充分素敵だと思う。
ただ、美の追求にはレベルがある。
帝国社交界において、その最高峰の一角を成す、伯母様とマダム・サラに、微調整はお任せする。
私がまた生けるトルソーと化す時間でもある。
頭の中は、別の打合せや予算の計算でいっぱいだ。
「本当にマダム・サラのデザインは、初めて見るものばかりだけれど、品があるのよねえ。
いい生地を使う甲斐があるわ」
「タンド公爵夫人。
このエンペラー・ハイシルクは、シルクのなかでも最高級ですわ。この艶やかさとなめらかさは、触っていてもうっとりするほどです。
そしてこの、光り輝くような、独特の光沢とハリが魅力的で……。
どちらで手に入れましたの?」
「そちらは、ウチの人の伝手で、手に入れましたのよ。
なんでも高地の特別な環境でしか育たない、特殊な蚕の糸を用いて、普通のシルクの二倍、きめ細かいとか」
「まあ、二倍も。素晴らしいですわ。是非とも、ご紹介いただければ……」
ふふふ…。マダム。
その開発には、実はお父さまも出資者として、深く関わっていますの。
約20年前に、お母さまに似合う最高の生地が必要だと伯父様を焚きつけ始まりました。
それを娘が着るって、お父さま、ありがとうございます。
「わかりましたわ。ウチの人に話してみましょう。
ところで、マダム・サラ。
その左腕に流すレースですが……」
伯母様とマダム・サラのこだわりは尽きないようで、美への邁進は素晴らしい。
もう1着結婚式のドレスを着た後は、各々のパリュールだ。
マダム・サラのデザインから起こした宝飾品の進捗が伝えられる。
「こちらも順調ね。
そうそう。結婚式のパリュールは、予定通りに決定です。
お手紙でお知らせしたように、宝飾店によろしく伝えてね。
前払いでもいいそうなの。太っ腹ねえ。さすが帝室だこと」
「かしこまりました。
夢のような時間も、あと2ヶ月半。
エリザベス殿下の完璧な美しさを、あますところなく引き出すように、全力で務めますわ」
いや、そこまでやらなくても、今でも充分ですよ。マダム・サラ。
ファッションの道を極めようと、マダム・サラは拳を握りしめ、熱血している。
血圧は大丈夫だろうか。
「いいわ、もっとおやりなさい」
マダム・サラに、扇を優雅にあおぎ、薫風を送っている、社交界のファッションリーダーたる伯母様に、思わず遠い目になる私だった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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