45.悪役令嬢の作戦
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※視点が、ルイスからエリザベスへ変わります。
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妊娠・出産などについて、デリケートな描写があります。
閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで45歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
結論は出た。
俺はタンド公爵に依頼され、騎士団長をタンド公爵邸へ呼ぶために、皇城へ馬車で向かう。
愛しの婚約者のエリーは、手を振り見送ってくれた。
馬車の背もたれに背中を預け、ため息を吐きそうになるところを、深呼吸を何度も繰り返し心を整える。
エリーと公爵に、ああは言ったが、皇太子殿下に思うところは多い。
家族同然の乳母を殺され、自分も殺されかけた挙げ句、あれだけされてきたのだ。
だが、エリーの絵解きは、納得することばかりだった。
俺が皇妃に“限定的天使効果”を感じないのは、相性なのだろう。
もし効果を感じていれば、あの兄と皇妃の愛情を、いや、執着が欲する何かを取り合ったのかと思うと、背筋が寒くなる。
恐らくそこに父も加わるのだ。
絶対に、嫌だ。
想像しただけでも、怖気立つ。
この悪縁がやっと終わるのだ。
父が生み出し、母が育み、兄が紡いだ、悪縁の糸が、エリーとの結婚と、その後の“永眠”、そして新しい産声で終わりを告げるだろう。
この糸が無事に断ち切れることを、願って止まない。
アレとも、あと3ヶ月の付き合いだ。そう思えば気も楽だ。
『気も楽』と自然に出た言葉に、『ああ、自分は本当に血縁には“家族”がいないのだ』と逆説的に思ったりもする。
ただ俺のためにも、この“終わり方”が最も被害が少なく平和だ。
あれほど忌み嫌っていたのに、エリーの絵解きを聞いていたら、哀れとさえ思えたのが不思議だった。
『無事に終わった』という、ひと言の報せだけで、十分だと思う。
それよりも未来だ。
ラッセル公爵が、王国へ帰る直前の三人の晩餐で、俺に向かって助言してくれた。
『ルイス殿下も、お一人ではなく、味方作りをしていくといい。
特に、自分とエリーに忠誠を誓い、何事もしてくれる部下です。“何事”もね』
俺とエリーに忠誠を誓い、“何事”もしてくれる部下を育成するのなら、その前に、俺がエリーに“騎士の忠誠”を誓い、“何事”もする覚悟が必要だ。
リーダーができずに、部下ができる訳がない。
ラッセル公爵は、アンジェラ夫人のためなら、“何事”もする覚悟があり、実行したのだろう。
頼もしくも、恐ろしい人だ。
俺は、“自分作り”もしていかなければならない。
ふと、7歳の時から、鍛え続けた手のひらを見る。
俺はこれからこの手で、エリーの手を取り、共に歩み、幸せを掴み、そして護るのだ。
自分と、エリーと、味方と、部下と、全員で。
独りで騎士団に飛び込んだころから、ずいぶん欲張りになったと思いつつ、本部前に付けた馬車から降り立った。
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【エリザベス視点】
『スペア論』の会議から10日後—
“あの”報告は隠密に正当な手段を取られ、騎士団長から皇帝へ奏上され、二日後に“決定”されたと、伯父様・タンド公爵から聞かされた。
私がエヴルーに出立する前夜の晩餐を、ルイスも共に過ごした後、執務室に二人で呼ばれ告げられた。
「第二皇子の侍従の日記だけで、充分だと仰られた。
驚愕されていたという。無理もないだろう」
伯父様の話をルイスが確認する。
「“天使効果”の話はせずに終わりましたか?」
伯父様が奏上した騎士団長から聞いた、皇帝陛下の様子を語る。
「ああ。あれを話すと、ご自身の問題で、すんなり飲み込めず、厄介になる可能性が高いと、騎士団長と話してな。
“お相手”に悟られると、非常に深く敬愛されてらっしゃる皇妃陛下や、溺愛されている皇太子妃殿下と共に、“眠ろう”とする可能性が高いと進言した。
お心当たりはお有りでしょう、とも忠告させていただいた。
頷かれていたので、妃殿下はもちろん、皇妃陛下についても、皇帝陛下がご自身で思い起こせる何かがあったのだろう。
日程は追って決められるが、妃殿下の出産予定日近くまで、実施しない方が、母体に負担のかかる時間は短いだろうとも仰せであった」
これが一番肝心とも言える。
「“お相手”には悟られずに?」
「騎士団長の定例報告に混ぜた。
旧側近でもあり、よほどのことがない限り、陛下が気心が知れた相手として、話したがる。
時間がかかるのはいつものことだ。
“お相手”も『いつものことだ』と思っただろう」
これなら大丈夫だろう。よく考えてくれている。
「なるほど。ありがとうございます」
「あとは、悟られないことだ。あちらも鼻はずいぶん効く。殿下、精進してくだされ」
「わかった。ちょうどいい訓練だと思うことにする」
「殿下。訓練はやり直しがききますが、これは真剣勝負ですぞ」
「悪かった。今まで通りを目指す」
伯父様に指導されている、ルイスの真剣な横顔が凛々しい。
そういえば、あの案件はどうなっているんだろう。
それこそ、“お相手”に知られたら、面倒なことになるに違いない。
伯母様は「二人に任せなさい」と言ったし、あの時はもっともだと思ったが、状況が変わった。
「あの……。ルー様、伯父様。
実は……」
私はことの経緯、結婚式のパリュール代金は、現在、ルイスが申請し帝室の歳費払いの予定になっていることを、まず伯父様に説明する。
そして、そのパリュールの費用を、親として、皇妃陛下ご自身で負担できないか、との問い合わせが、マダム・サラに来ていたことを二人に伝える。
「このお申し出は伯母様が、皇妃陛下に『マダム・サラではなく、皇妃陛下とルイス殿下がお話し合いしてください』と進言し、受け入れてくださっています。
ルー様。皇妃陛下からお話はございましたか?」
「いや、全く何もない」
やっぱり、と思いながら、話を続ける。
懐妊などがあったのだ。時期を見ていたら、機を逃したのだろう。
だが、直前に言われても対応が難しい。
特に、“鶴の一声”をなさった場合だ。
「伯母様は、親子の問題に、安易に立ち入るべきではないと仰せで、私もそう思いました。
そのため、今日まで話さなかったのですが……」
「話す理由ができた、ということか?エリー」
伯父様の問いかけに、深く頷く。
「はい。“お相手”のことです。
耳に入れば、皇妃陛下からのお心遣いのお申し出を知れば、また嫉妬なさるかと思いました。
あの方の婚約式・結婚式の費用は全て、帝室の歳費で支払われました。
皇太子である以上、当たり前なのですが、その当たり前が通じないと思います。
臣籍降下し、臣下になるのに、なぜ……と。
普通なら、臣籍降下するからこその、餞の親心だ、と分かりそうなものですが、あの嫉妬深い“お相手”ですので……」
「ふむ。それでこうして話しているのだな」
私はルイスに向かい、黙礼し謝意を表す。
「……はい。ルー様。ごめんなさい。口を出してしまって」
「いや、エリーの判断は間違っていない。正しく、思いやりがあふれている。
公爵、やはり俺が直接断るべきだろうか」
ルイスはしっかり目的を理解してくれていた。
心は複雑だろうに、ありがたい。
「そうですな。受け入れる、という選択肢は、残念ながら、この場合はありませんでしょうしなあ。
ただ、皇妃陛下に直接会うと、“お相手”に知られる可能性も高い。
面倒ですぞ」
「いや、エリーが次に出仕する時に、また警護するよ。
ここ数回は仕事関係とかで出来ていない。
ちょうどいいと思う」
ごめんなさい、ルー様。
その数回は、皇妃陛下が手を回していたそうです。
ご懐妊を洩らさないために。
警護は皇妃陛下付きの方が、お迎えからお見送りまで、してくださいました。
実の息子さえ締め出す、こういう徹底的な情報管理も、皇妃陛下の身の処し方、賢さなんだよな、と思う。
“天使効果”ではなく、後宮の女主人としての分析です。
「それで、なんと断るのです。
申し出ている以上、皇妃陛下は恐らく引きませんぞ。
ルイス殿下のことは、お気にかけていらっしゃいますからな」
「そういうの、今さら、要らないんだけどな……」
身内同然で、気心が知れている三人の中、つい本音をぽろっと口にする。
道端に独りいる子犬のようだ。
私はついその背中を撫でて励ます口調で明るく話しかける。
「でしたら作戦を考えましょう。
代替の、代わりのお願いを申し出るんです。
皇妃陛下が納得し、“お相手”がパリュール負担より嫉妬しない方法を考えましょう。
“三人よれば聖者の知恵”と申しますでしょう」
「ふむ。エリーらしいな。
ルイス参謀殿、良い一手は思い付きますかな」
伯父様の協力もあり、少しどんよりしていたルイスの雰囲気も変わる。
「そうだな。まずは絶対条件はパリュールよりも費用がかからないもので……」
ルイスも気持ちを切り替えたのか、きりっとした表情がかっこいい。
さっきの、道端の寂しそうな子犬の時は寂しそうで胸が締め付けられたが、このギャップを私の前では見せてくれるのも魅力だ。
騎士団の机上演習時、若手参謀として参加している姿が垣間見え、ちょっとお得感を味わった私だった。
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エヴルーで領主の務め、伯爵領と新公爵領の諸問題への対応も、アーサーの協力を得て無事にすませた。
大きな成果は、旧伯爵領と帝室直轄地の領民代表の顔合わせだ。
これから一つの領地として、運営していくのは、彼らの協力が欠かせない。
見知らぬ相手への遠慮や警戒感から、人間関係がぎくしゃくするのは悪影響を及ぼす、とアーサーと考えて、エヴルー領 地 邸で開催した。
お互いの領地の特色を知ってもらうため、特大の地図を作成し、どういう地区か、自己紹介のために話したり、新旧の特産品、特にハーブの栽培地の割り合いについてなど、中々、充実した話し合いとなった。
もっとも、治水や道路網整備などの重い議題は、避けていた。
ヒートアップが予想されるのに、初回からは危険すぎる。
アーサーが手回ししていた、ここエヴルー伯爵領 地 邸と、新公爵邸を結ぶ道路の拡幅工事に、両方の領民が参加していた素地もあり、食事会代わりの立食パーティーは、会話が弾み、盛況の内に終わった。
アーサーは大切にしなければ。
人材は宝だと思う。
天使の聖女修道院の院長様にも、秘密裡に、“天使効果”と“限定的天使効果”のお話をした。
悩んでいらした方を、よりスムーズに受け入れるためにだ。
もちろん、伯父様に許可を取り、他言無用の約束をした上だ。
院長様も数人、“限定的天使効果”をお持ちのご令嬢とお話ししたこともあったそうだが、ご家族の反対もあり、入会は叶わなかった。
「これからは、代々の院長の機密の申し送りに致します。ありがとうございます、エリー様」
「とんでもないことでございます。院長様。
母アンジェラのように、理由も分からず、苦しむ方々を少しでも減らしたいだけでございます」
その後は、母の墓参や聖堂での祈り、“農地エリア”での畑や工房などを巡っての進捗確認など、私にとっては、安らぎのひと時を過ごした。
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帝都滞在3日目—
今回は、皇妃陛下の体調が落ち着いてきたため、エヴルーから移動した私の体調を優先し、出仕のため皇城へ向かう。
お迎えにルイスが来た。
いよいよ本番だ。
私とルイスとマーサ、いつもの顔ぶれで馬車に乗り、皇城内の皇妃陛下の居室を目指す。
到着すると、歓迎ムードだ。
それもそのはず。
つわりも終わり、無事に出産を迎えられそうな時期を越え、張り詰めた雰囲気から明るい雰囲気へと変わった。
ルイスは私の警護役として、壁際に立つ。
いつも通り、記録書を一読し、お目通りの上、体調確認の問診だ。
目下、一番のお悩みは、食欲がありすぎることだ。
「食欲を抑制させる、とされるハーブもございますが」
「え?!あるの?!」
珍しく皇妃陛下が食いついてきた。侍女長が目線で窘めている。
皇妃陛下、期待させてごめんなさい。
「残念なことに、ほとんどが禁忌のものなのです」
聞いた途端、皇妃陛下ががっかりする。
ここまで感情を露わにするのは、私的空間でも初めてだ。
妊娠中の変化に気分の上下の激しさがあるが、そのためだろう。
皇妃陛下のご様子を見たルイスの冷静さの奥に、戸惑いが生まれつつあるのも、なんとなく感じられる。
「そうなのね……。残念……。
侍医にもそういった薬はないって言われちゃって……」
しょんぼりした雰囲気にどうにかして差し上げたくなるが、現実は厳しい。
「さようでございますね。
無性に食べたい、と思う時は、お気持ちに不安があったり、何かに興奮したりなど、ございませんか?」
皇妃陛下はしばらく記憶を辿るように少し上を見つめ、私に視線を戻す。
「そうね、それはあるかも……」
「でしたら、お気持ちが落ち着くようなハーブティーのレシピにいたしましょう。美肌効果や胃腸を整える効果もございます」
「ありがとう、エリー殿下」
「とんでもないことです。皇妃陛下。
あとは民間療法ですが、食べ物を小分けにし水分を摂取しながらよく噛むと、早めに満腹感がえられます」
「なるほど。試してみるわ」
「あとは、気晴らしでございます。
食欲から興味をずらすために、生まれてくるお子様のため、刺繍をなさったり、編み物をしてはいかがでしょうか」
「それは楽しそうだわ。
刺繍を少ししたり選ぶことはあっても、着るものそのものを作ったことがないのよ」
皇妃陛下は身を乗り出すように、興味深そうだ。
「侍女長殿。編み物がお得意な侍女の方はいらっしゃいますか?」
「さようでございますね。数名、おります」
「でしたら、少しずつ、お手ほどきされるのはいかがでしょう?
ただし、妊娠中にお目を使いすぎると、視力が低下しやすいと申します。
必ず明るいところで、時間を決めて、実施をお願いいたします」
「かしこまりました」
皇妃陛下はすっかり編み物に気を取られ、「何を編もうかしら」などと、庶民であれば、鼻歌混じりになりそうなご機嫌ぶりだ。
これも妊娠中の気分の上下の一つだろう。
逆を言えば、不安が強い証でもある。
例の件を上手に切り出すために、ハーブティーを飲んでいただいた後に、ルイスの申し出をしようと、あらかじめ決めていた、『待って』のハンドサインを送った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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