44.悪役令嬢の“聖女”(後編)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ルイス視点です。
※本日、3話目の更新です。前中後編と3つあります。
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妊娠・出産、児童虐待、残虐な表現などについて、非常にデリケートな描写があります。
無理はなさらず、閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで44歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「なるほど。色々、納得することもありました。
読ませてくださり、ありがとうございます。
ルー様、お辛くありませんか?
無理なさらないでくださいませ」
「今はもう大丈夫だ。
エリー、納得とはどういうことだ?」
私は伯父様とルイスに呼ばれ、お茶をした後、第二皇子の養育係の侍従が残した日記と、皇太子の“言動記録書”を見せられる。
以前にルイスの“言動記録書”を読ませてもらっていた私としては、ギクッとするが、二人の緊張感も伝わってくる。
伯父様が貴族的微笑を保っている一方、ルイスは深刻な表情だった。
二冊が私やルイスの毒殺未遂に関わっていると聞いて、読まない選択肢はない。
ざっと速読し内容は理解する。
日記は帝国の東部語で、王妃教育でも一通り学んだが、細かな言い回しはルイスに助けてもらった。
“言動記録書”は帝国共通語で全く問題ない。
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「納得の第一は、スペア論などを持ち出す『皇太子殿下の意図』ですわ。
伯父様。この場だけでも殿下を外してもよろしいですか?
とても敬意の対象には思えません」
「構わないよ、エリー。
外で癖にならないように気をつけなさい。
それで、エリーが考えた、『皇太子殿下の意図』とは?」
伯父様が話を切り出してくださる。ありがたい。
結論をまず伝えておこう。
「はい。
意図の第一にして最大のものは、お母上、皇妃陛下への執着です。愛情を通り越しておりますわ。
ルー様が邪魔で消したい、消せないまでも序列を付けて、自分より下にしておきたい。
なぜなら、お母様に息子として一番と認めてもらえるから。愛してもらえるから。
ものすごい思い込みですけどね」
「それで俺を殺そうとしたと?」
ルイスはやや懐疑的なようだ。無理もない。
「えぇ、皇太子にとって、自分や数少ない、大切な対象以外の命は軽いんです。
おもちゃのように弄ぶ時もある。
絶対に許しませんが、“ダニ”も哀れですわね。
すっかり仕込んでおいて、その後は放置された。
リハビリも施されずに、ご側室との母子関係もあり、邪魔者は消すか、痛めつければいいという“快楽”に、すっかりはまりこんでしまった。
まあ、“ダニ”の話はこれくらいで、問題は皇太子ですわよね」
「ああ。しかし、いい大人が母親の愛情をいつまでも求めるのか?
第一、皇太子は婚姻して、皇太子妃殿下を溺愛し、子どももできている」
ルイスの疑問はもっともなのだが、そこに辿り着くまで、別の証明が必要だ。
急がば回れ。ごめんなさい。
「ルー様。皇妃陛下の件は、ひとまず置かせていただきますね。
まずは皇太子妃殿下ですが、皇妃陛下に似てる点が、かなりありますの」
「え?」「は?」
伯父様とルイスが顔を見合わせる。
確かに、皇妃陛下と皇太子妃殿下の瞳の色は違い、髪も色系統は同じだが、濃淡はかなり差があり、ウェーブの有無もある。
美しいが顔立ちも違う。
戸惑うのも無理はない。
「疑問に思われるのも、無理はありません。
私もお側に上がるまでは、気づきませんでした。
まず、第一はお声ですの」
「声?」「声が?」
皇妃陛下と妃殿下の両方の声を知る二人は思い出そうとしているようだ。
「はい。特に私的な場所での、話し方やお声がそっくりで、目を閉じていると、間違えそうになるくらいです」
「ほう、そうなのか。話し方まで」
伯父様が興味深そうに尋ねる。
「はい、ちょっとした間やイントネーション、本当に似てらっしゃいます。
それも聞いていて、とても心地よいのです。
考え方も思いやりがあって、賢くて、一を聞いて十を知る天才タイプです。
ここも似てますわね。
それも、分からない方に分かるように説明する、別の賢さもお持ちです。
皇帝陛下は、度々、人の気持ちが分からない発言をなさいますが、あれは素で理解できないんですの。
解説すれば、『そんなものなのか』までは理解します。でも普通の方に、この説明は無理です。
それができてしまわれる。
ここも似てますわ。
皇太子もこういった発言が、度々あったでしょう?
ご心配された妃殿下が、説明し諭したら、素直に『うん』と頷いたと聞いて、びっくりしましたもの」
伯父様もルイスも、私の説明に目を丸くしている。
ルイスが半信半疑で尋ねる。
「つまり、皇太子は、皇妃陛下に似てるから、妃殿下と婚姻したと?」
「恐らくその通りですわ。
閨の行為なんて、明かりを消してしまえば、どうとでもなります」
私の率直すぎる言葉にルイスは赤くなるが、説明を続けさせてもらう。
「伯父様。
皇帝陛下が皇妃陛下を婚約者候補から選ばれた時も、一本釣りというか、決断はお早く、最初から溺愛状態ではありませんでしたか?」
「ああ。そうだな。会うまでは他の候補者も検討していたが、同じテーブルについて、言葉を二、三、交してまもなく……、あ」
伯父様も思わぬ相似に、改めて気づかれたようだ。
「親子ながら、ポイントが似てますこと。
いえ。皇妃陛下と妃殿下の“魅力”のポイントが似てますの。
お仕えになってる方も、お話を聞いていると、似たような点で、惚れ込んでいらっしゃいます。
まあ、中には冷静な方もいらっしゃいます。
客観的にお人柄や賢さなどを評価されて、心からお仕えしている方もいますわ」
「なるほど……。それが皇太子の執着とどう関わってくるのだ」
うん、そうだよね。ごめんなさい。思わせぶりが続いてて。
私は詫びをこめて、黙礼をした後、話を大きく転換する。
「ルー様。ごめんなさい。あと少しだけお待ちください。
私、エヴルーに来て、天使の聖女修道院を度々訪れるようになった際、あの修道院の歴史なども興味があって、所蔵本などで調べましたの」
話の展開に、伯父様とルイスはついていけないようだが、念押しすると頷いてくれる。
「後でつながりますから、今はこのまま聞いてくださいませ。
この修道院名、設立者そのままですのよ。
神の御遣いである、“天使”に選ばれ、加護された“聖女”が設立した修道院。
多くの人々に愛され、尊敬され、ただ一度読んだ聖句の一節を、聞いただけでも涙を流し、彼女の言葉に促され、善行を積む人々が列を成した。
まあ、平たくいうと、寄附ですわね。
それ以外にも、彼女の勧め通り、多くの信者が、聖なる教えを率先して実行した。
天使に選ばれた、加護された、聖女。
その名の通りです。
伯父様も、由来はご存じなのではありませんか?
その昔、天使に選ばれ、加護された聖女が現れ、献身的な信者を集め、善行を繰り返し、修道院を開いた、と」
「ああ。確かに、その通りに聞いている」
「伯父様。この聖女様。お母様にそっくりではございませんこと?」
「?!?!」
私の言葉に、伯父様の顔色が一気に青ざめる。
申し訳ないことを言ったなと思うが、ここを触れずには先に行けないのだ。
「……た、確かに、似ている。
あの、“心酔者”達を、信者達に置き換えたら、そう、なるだろう」
「ええ、お父さまが、お母さまの“体質”を、“天使効果”と名付けたのも、あながち間違いではなかったのです」
「確かに。あれは、人の力でどうするものではなかった……」
本当にごめんなさい、伯父様。
辛いことを思い出させてしまって。
後からお好きなラズベリーパイを、シェフに頼んでおきますわ。
「私が読んだ修道院の歴史でも、設立者の後に、時々そういう方が現れています。
最初はお母さまと同じように悩み苦しみ、あの修道院に入会なさった後、シスターとして研鑽を積まれ、神や天使の加護を受ける者として、人々を導いています。
お母さまもエヴルーの領民達と、トラブルを起こす前は、そのおつもりだったのではないですか?」
「……その、通りだ。エリー。
少し落ち着いて、気持ちを定めてから、と思っていたら、あのようになった。
また、領主の権限で、少しでも修道院を盛り立ててから、という気持ちもあったのだ」
「やはりさようでございましたか。
お話を戻しますと、聖女の中には、設立者やお母さまのような、“まさしく聖女”という方もいれば、“限定的”という方もいらっしゃるのです」
「“限定的”?それはいったい……」
「所蔵本の記録によると、たとえば、触れただけで、握手やわずかな接触、それだけで相手に夢中になられた。
歌やお喋りだけで、視線をかわした、ちょっと見つめただけで、作った料理を食べただけで、という方もいらしたそうです。
やはりお困りになる方が大半で、修道院を頼ってこられた。
でも、私は、この“限定的聖女”と言いますか、“限定的天使効果”をお持ちの方は、貴族階級に、今でもいらっしゃると思うのです。
血筋のせいか、偶然か、“聖女”や“限定的聖女”の方々も、ほぼ貴族のご令嬢なのです」
「ひょっとして、それが……」
「えぇ。皇妃陛下や妃殿下ではないかと思っています」
私の結論に、伯父様とルイスが驚きを隠せない。
そうだよね。荒唐無稽に聞こえるでしょう。
「まず、伝わっている特徴は、賢い。
天才的に賢いのです。名案を出して、修道院の継続の危機も何度か救っています。
後はお美しさ。特徴は定まってはいないのですが、皆さま、お美しいと伝わっています。
それに、これは私の経験なのですけど、皇妃陛下がご懐妊されてからの、二度のお召しはエヴルーから到着直後で、正直疲れておりました。
それでも、直筆のお手紙を読んで、明日には行かねばならないと思ってしまいましたの。
理性では、明後日の方が、体調や他の都合のためにいい、と思っていたにも関わらず、です。
あとは、ご懐妊を確認した後、例の“鉄壁の防御陣”を提案した時です。
私も無性に参加し、全力でお尽くししたい衝動に駆られましたが、何とか抑え込み、先に『参加は無理です』と言い切りました。
どう考えても、仕事量からして不可能です。
それでも皇妃陛下から、『全力では支えていただけないのね』と言われた時には、思わず前言を翻し、『お支えします』と言いそうになりました。
これも必死で押さえ込んで、『サポート役を』と答えました。
あんな経験、初めてでした」
「………………」
「………………」
私が一気に話したあと、沈黙が訪れる。
まあ、そう簡単に信じてもらえるとは思ってないんだけどね。あくまでも主観的だし?
「それは……。ラッセル公爵の話と似ているな」
「え?」
伯父様の言葉に、今度は私が思わず聞き返す。
「ああ、俺も聞きました。
こう、理性をグラグラと揺るがすような感覚だったが、なんとか抑え込み、通常の、常識的な対応がやっとの思いで出来た、と仰っていました」
「その通りだ。エリーの話もとてもよく似ている」
伯父様とルイスは、お父さまがお母さまの“天使効果”に遭遇した時の、体験談を聞いていたらしい。
ありがとう、お父さま。
ここでも私を助けてくださるなんて。
「信じて、いただけるんですか?」
今度はわたしが半信半疑だ。
逆に二人が力強い。
「もちろんだとも。私の可愛い姪、賢いエリーの話だぞ」
「俺ももちろんだ。相似が多すぎる。偶然というには不自然だ」
二人の強い視線と頷きを受け、私は話を進める。
「ここでやっと話が最初に戻ります。お待たせしました。
つまり、皇妃陛下が“限定的天使効果”をお持ちなら、相性もありますが、皇太子があそこまで執着してしまっているのも納得がいくんです。
理性的ではなく、とにかく愛してほしい。
嫌われない範囲で、独占したい。
だから、ルー様も排除したいんです。
息子として愛されるのは、自分だけがいいから。
と、私は考えてました。
第五皇子は皇妃陛下の名誉を回復した存在です。
消す訳にはいかないんでしょう」
「なるほど。それで対策は?」
ここで乗り出してきた伯父様に、私は小さく首を横に振る。
「…………伯父様。ここまで執着してしまってて、対策があると思いますか?
皇妃陛下に自分の悪行を知られたとなったら、皇太子は皇妃陛下を道連れに、心中しかねません」
「?!?!」「ま、まさか……」
二人の顔に驚きが走る。そうだよね。
でも、あの皇太子の論理、いや欲望のままだとこうなると思う。
「ある意味、気の毒ですが、元々の性格もあり、手段を選ばず、皇妃陛下の息子としての愛情を、できる限り、独占しようとし続けています。
そこに、今までの悪行を知られる。
生きてはいけない。でも母を残すと、ルー様や第五皇子が、次なる愛情を受けるだろう。
だったら、いっそのこと、です」
珍しく、伯父様が切迫して尋ねてくる。
「では、妃殿下は?皇太子妃殿下は?」
「妃殿下も別の意味で危険です。
今まで、夫として、家族として、ほぼ全ての愛情を独占してきました。
そこにお子さまが生まれる。
当然、今まで通りにはいきません。
もう。これはお子さまの運と相性です。
お子さまが、“限定的”でも“天使効果”を引き継いでいなければ、下手をしたら、妃殿下との仲を邪魔する者として、お子様を殺めかねません……」
「……………………」
「……………………」
再び、執務室に静寂が訪れる。
私は音もなくカップを持ち上げると、冷めたハーブティーで、喉の渇きを潤した。
そして、静かに置くと、ゆっくりと切り出す。
「帝室にとって、いちばんの幸せは、皇妃陛下にも妃殿下にもお知らせせずに、皇太子に、静かにご退場願うことだと、私は考えます。
とても残酷ですが、皇太子にとっても、最愛の母や妻に、自分の悪行が知らされ、今、愛されていると信じている状態を失うよりも、幸せではないでしょうか……」
伯父様が小さく頷きを返す。
「エリー。私と殿下も、別の観点から、毒杯を授け、表向きには病死していただくしかないだろう、という結論だったのだ」
帝国の政治を真摯に考える者が、あの日記を読めば、その結論に達するだろう。
「それは……。あの、日記を読めば、そうせざるを得ませんね」
「殿下は、その決断をエリーに打ち明けるべきか悩み、私はエリーに選ばせてはどうかと提案したのだ」
ルイスが私のために悩んでくれた。
たぶん、護ろうとしてくれたのだろう。
でも、伯父様は違った。
意味を確認するため問いかける。
「選ばせる?」
「ああ、そうだ。エリーがこの2冊を読んで、殿下とエリー、二人のため、国政のため、どうしたらよいか、尋ねればいいと。
エリーは全く違う観点から、同じ結論になったがね」
「二人のため、国政のため……。
ごめんなさい、ルー様。
ルー様のお兄さまなのに、毒杯しか、道がないなんて言ってしまって……」
私はルイスのことを、皇太子から守る考えしかなかった。
ルイスは私と二人のことを考えてくれていた。
しかも、ルイスの肉親の死を平然と言うなんて。
ただ、ルイスはすでに、心の整理もついているようだった。
「いや。皇太子は、アレはもう仕方ない。
ただ、エリーが辛くないか?
タイミングを考えたら、俺は結婚式の後がいいと思ったんだ。
利己的だが、アイツのせいで、結婚式が1年も伸びるのは嫌だ。
こんな、人でなしの考え、軽蔑されても仕方ない」
人でなしは皇太子だ。
その死でさえ、私のルイスを傷つける。
最後くらい、役に立ってもらおう。
「ルー様。何度も言ってるでしょう?
“アレ”は“アレ”
ルー様はルー様。
私はルー様と歩んでいくの。
“アレ”に最後くらい、弟の幸せのために、お兄さまらしいことをしてもらっても、ルー様がされてきたことを考えたら、お釣りがくると思う私は、軽蔑されてしまうかしら?」
ルイスはここで正面から私を見つめる。
「いや、尊敬してるよ。
エリーはやっぱり最強の奥さんだ」
私とルイスと、そして伯父様。
お互い顔を見合わせた後、誰からともなく、二冊の冊子を前に祈りを捧げた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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