43.悪役令嬢の“聖女”(中編)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ルイス視点です。
※※※※※※※※※※※※注意※※※※※※※※※※※※※
妊娠・出産、児童虐待、残虐な表現などについて、非常にデリケートな描写があります。
無理はなさらず、閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで43歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
「タンド公爵。アレをどうするつもりなんだ」
俺の問いに、タンド公爵は端的に答える。
「統治者には向きませんな。
物的証拠は出ていませんが、これだけ点と点が結ばれれば、充分でしょう。
殿下はどう思われますか?」
「公爵に同意する」
「でしたら、結論は同じでしょう
自分の気に入らない人間を、それも自分の手を汚さず、焚き付け、けしかけて、陥れる。もしくは殺める。
けしかけた人間は、ぽいっと捨て駒にする。
気に入らない理由も、実に利己的です。
法規などに則っていれば、まだ理解できますが、欲望に忠実と言っていい。
今はそれでも理性的なようですが、性根は変わらないでしょう」
「俺を気に入らない理由も把握しているのか?」
タンド公爵は、執務室に並ぶ、二重、三重になっている書棚から、寄木細工でできた“鍵”を解き、1冊の忘備録を取り出し、“鍵”を元に戻す。
ソファーに座り、テーブルにそっと置く。
「皇太子殿下の“言動記録書”です。
皇族の方々の性格やお人柄を把握するために、我が家で調べた範囲で、書かれています。
もちろん、敢えて書いてない部分もあります。
それは“この中”です」
公爵は、自分の頭を指で軽く突く。
「これは、皇太子の記録ってことか」
「さようです。
お読みになりたいならどうぞ。ただし持ち出しは禁止です。
どうなさいますか?」
「………………読む」
「では、その前に昼食と飲み物を用意させましょう。
一旦、こちらへ」
日記と“言動記録書”は、デスクの鍵付きの引出しに納められ、給仕が遅めの昼食と飲み物を運んでくれる。
公爵と食事を摂る間は、打って変わって、現実的な打合せだ。さっきの日記の内容が、夢のように思えるが、事実なのだ。
「さてと。お気持ちは変わりませんかな?」
ここで、俺はタンド公爵が、一度、日常の感覚を取り戻させ、再度、決意が変わらないことを確認してくれていたのだと悟る。
だが、俺の答えは揺るがなかった。
「読ませて欲しい」
「かしこまりました」
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“言動記録書”は、趣旨の通り、言葉を話し始める
1歳ごろから始まっている。
まだ、たわいもない、幼児そのものだ。
2歳くらいの記述で、『“後追い”がなかなか終わらない』と観察されている。
“後追い”とは、乳幼児が保護者の姿が見えないと不安となり、たとえお花摘み(=トイレ)中だろうが、どこまでも追いかけてくる行動を意味する、という注釈が付いている。
対象はありがちな乳母でなく、皇妃だ。
皇妃も皇帝も、初めての子は戸惑いも多いものの、それなりに可愛かったらしい。
乳母に預けはするが、自分たちでも世話をしていた。
あの皇帝が、と意外だが、皇妃のご機嫌取りで付き合っていたのだな、と、続く状況説明で容易にわかる。
皇太子が1才前後で、公国から側室を迎え婚姻した。義務もあり、頻繁にあちらに渡っている。
皇帝としても、公国との同盟を保証する意味もあり、最低一人は子どもを儲ける必要がある。
皇妃も皇帝の義務を理解しているが、時間は空き、余計なことを考えないためにも、乳母任せではなく、皇太子の世話を焼いているようだ、と記す。
皇太子は母の皇妃に非常に懐き、乳母よりも皇妃を強く好んだとある。その一例が後追いだ。
困らせていたくらいだが、強制的に終わらざるを得ない状況になる。
皇妃の第二子懐妊、すなわち俺だ。
なんとなく嫌な予感がする。
思った通り、比較的聞き分けがよかった皇太子が、皇妃に会いたいと泣きわめき、乳母の手を焼かせている。
大人しくする約束で訪ねていくと、べったり離れない。周囲は『無理もありません』『赤ちゃん返りでしょう』という温かい眼差しだ。
“赤ちゃん返り”とは、弟や妹の出生もしくは妊娠を機に、ある程度は生育した子どもが、乳幼児のような態度を取ることだ、との注釈だ。
結婚前に育児書を読んでいる気分にさせられる。
最初は、皇妃の妊娠に戸惑っていた皇太子も、月数を重ね、お腹が大きくなってくると、「僕の弟か妹が生まれるんだよね」とご機嫌となっている。
生まれた後も、皇妃の手元に来た時は世話を焼こうとし、乳母に預けられた後も、俺を訪ねてあやし、微笑ましく思われている。
「お母様が生んだ僕の可愛い弟だもの」とも話し、“後追い”や“赤ちゃん返り”で心配していた、皇妃を始めとした周囲を、安心させている。
悪いが、全く覚えていない。当たり前か。
俺が生まれて、約半年後—
皇太子が例の『タイミングが悪かった』という噂を聞きかじり、乳母にどういうことか、と説明を何度も求めている。
根負けした乳母が、子どもにも分かる表現で説明した、とある。
『不明点は、そのままで済まさずに努力している』と評価されてるが、この時は済ませて欲しかった。
子どもなりに出した結論はこうだ。
『弟のせいで、お母様が悪く言われている』
乳母が「そういうことではない」とフォローしているが、無視されている。
なるほどね。母への愛故か、とも思う。
俺への訪問もぱったり途絶える。
皇妃の元に俺が連れて来られている時は避けるか、自分も訪問し、皇妃の気を引こうとしている、とある。
一度は収まったと思われた“赤ちゃん返り”を、皇妃自身から心配・注意されると、ぴたりと行動を止める。
しかし皇妃の前だけだ。
「お兄様でしょう」と皇妃に言われると、「はい、お母様」と素直に答えるが、他の者には沈黙か、「なりたくてなった訳じゃない」と答えている。
まあ、子どもらしいとも言える。
3、4歳で本格的な教育が始まる。
成績が優秀だと皇妃に褒められるのが嬉しいのか、幼いながらも真面目に取り組んでいる、との報告だ。
皇妃も政務に復帰し、子どもとの時間が中々取れない中、皇太子は優秀な成績でも、自分では伝えずに、講師から言わせている。
理由は、「自分で言うと恥ずかしいから」などと言っている。
しかし観察者は、それ以前に自分で伝えた際は、乳母経由になり、手紙や伝言でがっかり、もしくは重度の不機嫌になったと報告していた。
別の筆跡で、『より有効な方法を編み出している。人間心理に長けている芽生えがある』との評価をしている。おそらく公爵だろう。
教育が進むが、講師の受けも相変わらずよく、成績もそれなりに優秀だ。
ただし秀才というよりも、どちらかというと天才に近く、多少のムラがある。気分屋、飽きっぽくもあるとの観察だ。
ただしその例外が、母である皇妃だ。
侍女達から巧みに聞き出し、スケジュールを把握しており、隙間時間に会いにくる。
たとえ着替えの時間でも、邪魔はせず、追い出されないように、部屋の見えない場所で大人しくいる。
着替え終えた皇妃を、「母上。素敵です。とてもお綺麗です」と褒め、皇妃もまんざらではない様子だ。
また、長く後追いしていたころが嘘のように、邪魔せずに帰る。
第二皇子への訪問も、事前に相談している。
「将来的に、僕を支えてくれなきゃいけないから、仲良くしといた方がいいと思います」などと言い、皇妃を喜ばせている。
ただ、全く訪問しない俺との偏りを心配した皇妃には、こう答えている。
「母上が同じだから、すぐに仲良くなれると思う。第二皇子の方が、色々言われてて、大変そうだから、がんばろうと思ったんだけど、僕のやり方、ダメですか」などと、涙を浮かべ、「ダメって訳じゃないの。わかったわ」と言わせている。
観察者は『あざとい』のひと言だ。
ただし、“毒の慣らし”を代わりに飲んでしまった件は、いかに危険なことかじっくり説教され、またもや涙ながらに反省を見せている。
観察者は『涙の使い場所を心得ている』との指摘だ。
謹慎期間中、毎日反省文や、“毒の慣らし”の重要性について書き記し、皇妃に届けている。
皇妃から聞いた皇帝が、「失敗を生かし、二度とせぬよう努力している。実に賢い」との言葉を与えている。
ただし観察者は、“毒の慣らし”を通じて、毒についても学んでいる、と書いている。
質問を受けた講師が、その必要性を尋ねると、「毒は敵だ。敵を知って、自分の“毒の慣らし”がどの辺りか、把握しておきたい。僕は絶対に死んじゃいけない立場になるんだから」との答えだ。
「あとは母上を守るためです。母上は敵が多いって聞きました」と、第二皇子そっくりの言葉も加えている。
いよいよ、俺の事件だが、実にあっけない。
あの主張が通り、無罪放免だ。
子どもだけで行動させた乳母が叱責されているくらいだ。
俺の看病で疲労している皇妃に差し入れし、俺に見舞いの手紙まで書いている。全く覚えていない。
回復後、剣術の授業で、俺が散々に挑発され、乳母がいなくなったこともからかった第二皇子に怪我をさせ、騎士団に行く時も、目立った発言・行動はしていない。
まるで容疑者が、周囲に怪しまれないように、行動しているかのようだ。
あの時は第二皇子を動かせばすんだ。
無駄なことはしないのだろう。
観察者は『このころの皇太子は、心身共に安定している』と記している。
皇妃の周囲から、俺を排除し満足しているようにも感じる。
皇太子が11歳の時に生まれた第五皇子は、『皇帝陛下のご寵愛の証』として、後宮中に皇妃の名を高めた。
そのためか『あの子は良い子。母上の名誉を回復した。とても可愛い』らしい。
本当に皇妃が基準だ。
その後も速読するが、何かを努力する時の目標も皇妃であり、観察者は『母への愛が過ぎる。婚姻できるのか』との懸念を記録している。
第二皇子との派閥争いも、表向きは欲がない風を装っているが、派閥内部はコントロールしている。
側室の悪評は皇太子本人でなく、周囲に言わせ、宥める場合もあり、人の使い方が上手い、とも書かれている。
いよいよ、立太子を迎える段階での判定は、『諸所に問題はあるものの、上に立つ立場なら、必要悪の範囲。実務の中で鍛えられることを期待する。ダメなら次の手を』と、別の筆跡である。
公爵の判断だろう。中々辛辣だ。
俺は一旦、記録書を閉じる。
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「公爵。どうやって、“次の手”を打つ段取りなんだ?」
淡々と答える公爵からは、貴族的微笑の下、怒りを感じる。
皇太子が過去に種を埋め込み、歪んで成長した第二皇子が、エリーを殺しかけたのだ。当たり前だ。
また皇太子の異常性に気づかなかった自分への怒りもあるようだった。
「隠密に正当な手段を取ります。
捜査本部長である騎士団長にまずは報告し、皇帝陛下に奏上していただく。
毒杯を授け、病死扱いでしょう」
本当に真っ当過ぎるほど、真っ当だ。
その方が、逆に怪しまれないだろう。
「いつやる予定だ?」
「殿下の結婚式の後がよろしかろうかと存じます。
血縁上の兄の喪に服すために、1年延期はお嫌でございましょう?」
即答だ。
「絶対に嫌だ」
「懸念はその翌月にご出産予定の皇太子妃殿下への影響ですが、周囲がお支えすればよろしいかと。
幸い賢いお方で、人望もございます。
ご夫君に先立たれ、立派に皇嗣を育てられた皇妃陛下は、歴史上、何人もいらっしゃいます」
確かに、あの義姉には人が集まっている。
下手をすれば皇太子よりもだ。人を見る目もあり、問題のある人材は選別されている。
最も問題のある人物が夫であるのは皮肉だが、婚約者候補から、皇太子の熱烈な指名で選出されたという。断れるはずもない。
結婚後も寵愛は続いている。
俺はここで、一番の懸念を公爵に問いかける。
「公爵。エリーには伝えるのか?」
「…………伝えなくても、悟りますな。
あの子は賢く、何より勘がいい。
問われた時に答えるよりも、最初から教えておいた方がよろしいでしょう。心構えも必要です」
俺はエリーと幸せになりたいのに、俺の親族が勝手に血みどろを持ってくる。
公爵の言い分も理解できるが、それからも護りたかった。
「だが、エリーは皇太子妃殿下の調合師、兼、ほぼ話し相手だ。影響を全く受けないだろうか」
「だからこそ、話すのです。
今、王妃教育を受けた者相手に、理解を示されながら、労り支えられる会話が、皇太子妃殿下の何よりの気晴らしになっているとの報告もあります。
エリーは並外れた王妃教育を受けた者です。
後宮の血みどろの戦いは、覚悟の上だったでしょう。あまり過保護になさいますな。
“共に”と言うならば、今は戦友になりなされ。
エリーはとっくの昔に、皇太子を敵認定してますぞ。
それは今回の『スペア論』の対策でも、よくお分かりでしょう」
確かにそうだった。
帰りの馬車でも、『ルー様にそう簡単に手が出せないくらいにね』と話していたのだ。
俺も『最強の妻』と返していた。
これは本音だ。本音なのだが……。
「迷ってらっしゃるなら、エリーに選ばせてはいかがですか?」
「選ばせる?」
「はい。この2冊を読ませて、二人のため、国政のため、どうしたらよいか尋ねるのです。
我らが思いもよらぬ方策を出してくるやもしれませんぞ」
確かにエリー相手に隠し通すのは難しい。
結婚式まで約3ヶ月の長丁場なのだ。
「…………わかった」
「では、呼びますぞ」
エリーは給仕と共に現れ、ハーブティーと菓子の用意をしてくれていた。
「長い打ち合わせには、甘いものが一番でしょう。
どうぞ、召し上がれ」
俺はエリーのこの笑顔を曇らせたくないと思いつつ、甘い菓子とハーブティーを苦い思いで飲み込んだ。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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