42.悪役令嬢の“聖女”(前編)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ルイス視点です。
※※※※※※※※※※※※注意※※※※※※※※※※※※※
妊娠・出産、児童虐待、残虐な表現などについて、非常にデリケートな描写があります。
無理はなさらず、閲覧には充分にご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで42歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
この日記を書いた人間は、第二皇子の養育担当の侍従だった。
帝国東部の方言で書かれている。
読みにくさはあるが、読み解けないほどではない。
この侍従が養育係になった経緯は、乳母が母である側室に、第二皇子への態度について諫言し退職を命じられ、公国に帰国したためだ、と書かれていた。
最初は成長記録が事務的に記されているが、少しずつ、それ以外の記録も増えていく。
主に、側室や、兄・皇太子(当時は第一皇子)、弟・第三皇子(俺のことだ)との関係についてだ。
母である側室は、息子にほぼ興味がない。
ご機嫌伺いに行っても、化粧やドレス選びなどから目を離さず、「あら、いたの」という態度でお可哀想だ、と記されている。
ただし、第二皇子が講師陣に認められた報告すると、手のひらを返したように褒め抜いて、夫である皇帝に報告する。
自分に渡らせるためだろうが、それでも殿下はとても嬉しそうだ、と綴られている。
皇太子が現れるのは、第二皇子が3、4歳のころからだ。
最初は皇太子の侍従も付き添い、自己紹介から始まる。
2歳年上の皇太子が、緊張している第二皇子の好きな遊びに付き合ったり、絵本の読み聞かせをしたり、打ち解けていく様子が描かれている。
その内、皇太子は侍従抜きでも遊びにくるようになった。皇妃陛下の方針なのか、微笑ましい兄弟愛だと書かれている。
その辺りから少しずつ、皇太子の「こんなに可愛いのに、君って可哀想なんだね」といった発言が始まる。
合いの手は、「僕は君のお兄様で味方だよ」だ。
少しずつ、少しずつ、第二皇子と第三皇子、すなわち俺との因縁を子どもらしい言葉で話していく。
曰く、「君が側室様のお腹の中にいた時、大事にされなくて、ウチのお母様に第三皇子ができちゃったんだ」
曰く、「それから側室様は怒りっぽくなっちゃったんだってさ。君にもそうなんだって?可哀想に。
君は何も悪くないんだよ。悪いのは第三皇子だ。どうしてあんな時に生まれちゃったんだろうね」
曰く、「第三皇子と同い年だけど、君の方が可愛いし応援してる。大人たちがいろいろ言ってるけど、気にしなくていい。
君は可哀想で悪くないんだ。悪いのは生まれてきたアイツなんだ」
曰く、「僕の弟は君だけだ。第三皇子は間違って生まれてきたんだ。生まれなきゃよかったのに」
いやはや。5、6歳で言いたい放題だ。
このころからこう思われていたのかと思うと、謎が解けたというか、ある意味スッキリする。
側室側の人間である侍従は、第三皇子と同腹にも関わらず、側室と第二皇子の立場をよく理解してくれている、実に賢い方だと評している。
当時の後宮の雰囲気がよくわかる。
妊娠中の側室を思い遣らなかった皇帝の悪口は言えない。
皇妃もお渡りがあれば断れない。人望もあり悪口も言いにくい。
生まれてきた俺のタイミングの悪さに、もやもやが集約され、『第三皇子さえこの日に生まれなかったら』が、次第に『生まれなかったら』になっていった のだろう。
言われ慣れ、かつ“大人の事情”とやらを理解した今では、『諸悪の根源』が誰かは、よぉぉおく分かっている。
しばらくしての記述で、『第二皇子が“毒慣らし”で休養している。こんなお小さい子がお労しい』とあり、『皇太子が遊びにきたが、お見舞いしていただいた』とある。
が、問題はこの後だ。
次の毒を持ってきた侍医が、第二皇子に飲ませようとした時、皇太子が奪い自分で飲んでしまう。
侍医から毒消しをすぐに飲まされ、何事もなかった。
聞き取りに対し「こんな小さい子が、まだ身体が辛そうなのに、次の毒って可哀想だったんだ。僕はもうこれくらい慣れて平気だから、僕が飲めば、少しでも休めるかなって思ったんだ」と答えている。
第二皇子は「お兄様、ありがとう」と泣いており、皇太子はしばらく第二皇子の隣りで横になった後、久しぶりに侍従が迎えにきて連れて帰られる。
結局、第二皇子も“毒慣らし”させられたが、「お兄様がお辛いなら、僕だってがんばるんだ」と実に健気だ、と記されていた。
ここからしばらく、皇太子の訪れは絶える。
『謹慎されている』と聞きつけてきた侍従が、第二皇子に子ども向けに話すと、「僕のせいだ」と泣きそのまま眠ってしまった。
実にお兄様思いだとの感想だ。
1ヶ月後に皇太子が訪れた時、第二皇子は皇太子の心酔者になっていた。
遊びにくると大歓迎する。
このころから始まった勉学も帝王教育も、「お兄様に褒められたい」と懸命だ。
その間も、「君は何も悪くない。可哀想だ」「悪いのは第三皇子だ」は続き、「第三皇子よりずっと賢い。素晴らしい」が加わる。
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俺と第二皇子がまともに会ったのは、5歳のころだ。
剣術を習うための体力作りと基礎訓練で、第二皇子は途中で脱落し、俺は最後までやり終えた。
ものすごく睨まれたことが、幼心に焼き付いている。
教育係の騎士が、課題の完遂について褒めた事が皇帝の耳に入り、「それは中々やるな」とか言ったもんだから、側室が皇妃の元に殴り込み、もとい抗議に来ている。
ここから週に1回始まった剣の稽古は、楽しくもあり面倒だった。
嘘泣きをされたり、わざと足を踏まれたり、隠れて悪口を言われたり、どうしてここまでされるんだ、と正直思った。
乳母とたまに会う母は、慰め励ましてくれたが、後宮中から向けられていた、ぼんやりとした悪意に比べ、第二皇子の憎しみに近い悪意は、実にはっきりしていた。
「僕の何が悪いんだ」と聞いたことがある。
いつも通り、「生まれてきたのが悪いんだ。お前なんか生まれてこなきゃよかったんだ」と返された。
はっきり耳にした指導役の騎士に、さすがに窘められていた。
俺のこのころの救いは乳母だった。
乳母だけが無条件で俺を受け入れ、可愛がり労り励ましてくれた。
たまに会う皇妃は優しくはあったが、どことなく遠慮があり、抱きしめてくれても乳母のような明るさがない。
時々涙ぐまれ、どうしていいかわからなかった戸惑いを覚えている。
一方、日記の中の皇太子と第二皇子は仲良く、親密な様子が窺える。
皇太子と第二皇子礼賛に鬱陶しくなり、飛ばし読みし、次の付箋のページを読む。
そこには、こう書かれていた。
『遊びに来た皇太子が、第三皇子が風邪をひいて寝込んでいると教えてくれた。
その後、第二皇子に「悪い人間に天罰が下ったんだ。でもまだ足りないよね。このお茶とお菓子を食べると、少しだけ具合が悪くなるんだ。毒慣らしと一緒だよ。
見舞いに持って行ったら、面白くない?」と誘っている。
毒慣らしと一緒とは少し物騒だが、第二皇子は乗り気になった。
「アイツが苦しむのは天罰だ。生まれてこなきゃ、みんな幸せだったんだ」と喜んでいる』
ちょっと待て。これはどういうことだ?
この部分に書かれていることは——
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俺がソファーの背に身を委ね、静かに深呼吸していると、書類を見ていたタンド公爵が、目の前のソファーに座り、付箋をチラッと見る。
「殿下。お辛いならお勧めしません。無理はなさらないように」
「公爵。教えてくれ。ここにあるのは、俺が死にかけた、“例の件”についてか?」
タンド公爵はゆっくりと頷く。
知っていたのか、と思うも、序列第三位の古くからの中立派、帝国の忠臣たるタンド公爵家だ。
把握していても何の不思議もない。
「さようでございます。
お助けできず、申し訳ありませんでした。
そこからは、第二皇子が抜け出したりしており、記述が飛び飛びなので、分かりにくいのですが、捜査によると、茶葉と食べ物、各々に別種の毒が盛られていました。
茶葉は子どもが風邪の時によく飲まれる健康茶、菓子は喉の通りがよい、柔らかい焼き菓子でした。
どちらも風邪を引いた子どもの周りに、よくあるものです。
別個で飲食すれば軽い毒で、時間をおけば毒味もすり抜けます。
ただし、一緒に、もしくは短い時間差で食べると、胃の中でかなり強い毒に合成され、毒慣らしをしていなければ、生き残るのは難しいでしょう」
あれは、乳母がやられたのは——
懐かしい笑顔が蘇る。
「ルイス様、美味しゅうございますよ。少々お待ちくださいね」
「うん、乳母や」
毒味のため、先に食べていた。
安全を確認した後、茶を飲み、数口食べた俺の目の前で、急に血を吐き苦しみもがく乳母の姿を見て、俺は固まった。
それでも苦しさに耐え、指で俺の喉の奥を押し、毒物を吐き出させようとする必死な姿、血に混ざった毒で喉を焼かれたのに、何とか助けを呼ぼうとする、あの姿が、脳裏に浮かぶ。
俺があの時、固まらず、血を吐く前に、人を呼べていたら、乳母も助かったのではないか——
久しぶりに強い自責の念が湧き起こる。
頭を抱えた俺に、公爵は水差しからコップに注ぎ、水を飲ませてくれた。
ひと息つけた俺に、疑念が生まれる。
「だが、どうやって……」
「茶葉と菓子を受け取ったと思われる乳母が亡くなったので、捜査も行き詰まりました。
第一皇子と第二皇子のお見舞いのお姿は、多くの侍女や侍従達に目撃されていました。
お話をお聞きしたところ、『お見舞いに行ったら、風邪が移ると大変だ、って断られた』『お菓子も持って行ったけど、喉が痛いからいらないって言われた』との証言でした。
別種の固めの菓子、こちらもお子様には人気のお菓子ですが、見せられております。
疑われるのが分かって、用意していたのでしょう。
しかし、子どもの芝居に騙されるとは。
当時の捜査陣も、まさか子どもが毒を使うとは、思いもよらなかったようです。
見舞いが受け入れられ、お二人が巻き込まれず、不幸中の幸いだった、という個人的な講評も残っていたほどです」
「捜査からは逃れたと……。そういうことか」
「さようでございます。
皇太子殿下単独でもできたことを、わざわざ時間をかけて、第二皇子を仕込んだのは、いざという時の生贄でしょう。
僕は知らなかった。仲直りしたいから連れて行ったら、あんなことに……と言われれば、第二皇子への疑いはかなり濃くなるでしょう。
何せ、表面上は殿下と“何もない”状態です。
一方、第二皇子は殿下と揉めてばかりだった。
どちらをより疑うかとすれば、第二皇子でしょう」
「あの歳で、そこまで、思いつくのか……」
「また、疑いにくくもなる。子どもが二人揃って、毒を盛る相談をする姿。
思い描けられますかな」
「……俺が捜査陣であっても難しいだろう。
先入観が強過ぎる。
今でもこの日記があるからだ。
公爵から聞かされただけなら、まさか、としか思えないだろう。
6歳と8歳の子供だぞ」
「早期教育の悪しき実例でしょうな。
良心を、理性を、生育できていない。
欲望の抑制となるはずの知識や知性が、逆に暴走させている。
事件の発覚は、往診に来た医師が見つけ、蘇生措置を行い、殿下のみが救命されました。
乳母の死が伏せられたのは、ご存知の通りです。
殿下には、『復調できず、田舎に帰った』と説明しても、『嘘だ』と強く主張され、皇妃陛下が亡くなったことを伝えられています」
「それは、よく、覚えてる……」
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1週間後——
意識を取り戻した時、俺の手を握っていたのは皇妃だった。
ぼんやりしている俺の名を何度も呼び、「よかった」と繰り返す。
だが俺はその呼びかけには応えず、「乳母は?どこ?」と聞いたのだ。
やつれた皇妃から抱きしめられたが、俺の心は乳母の心配でいっぱいで、皇妃の心を思いやることなどできなかった。
病み上がりなりに動けるようになった俺が、乳母が退職したと聞いても、「僕を置いていくなんて絶対にしない。嘘だ」と納得せず、訪ねて行こうとしたため、皇妃が説明したのだ。
あれ以来、誰も信用できなくなった。
第二皇子を怪我をさせた謹慎明けに、騎士団行きを希望したのは、あの時の乳母を守れるくらい強くなりたい。
その一念だった。
強い人間不信も、心身の鍛錬と、騎士団の中の人間関係で、少しずつ回復していった。
「この日記の主はどうなったんだ?」
「あの事件で、第二皇子から目を離した咎で、叱責・減給処分されています。
表向きには、殿下の風邪が悪化し、乳母にも移ったため、お優しい皇妃陛下が周囲の反対を押し切り、看病されたことになっています。
この侍従も一応尋問はされ、『何も知らない』と答えています。
日記にも『“毒慣らし”も露見しなかったようだ。とりあえずよかった』と記されていますね。
ただ第二皇子から目を離さなくなった分、異常性に気づき始めています」
「異常性?」
「えぇ。行き過ぎた怒りや激しすぎる執着です。
殿下が剣術の試合の際、第二皇子に怪我を負わせ、謹慎を命じられた後のことですが、こうあります。
『悪いヤツは罰を受けなければいけない、と言い続けている。
あの第三皇子から怪我をさせられ、お気の毒と思うが、謹慎処分を知らされた後に激怒し、部屋中のものを手当たり次第に壊された。
アイツはあの時死ねばよかったんだ、とも何度も何度も繰り返される。
誰かに聞かれたら、とお止めしても癇癪を起こされ、形相が変わりさらに続く。恐ろしいほどだ。子どもに思えない』と怯えが見えますね」
「外面は良かったのにな。意外だ。母親にそっくりだ」
「その二面性に触れている部分もありますね。
『ご側室よりも差がありすぎる』と。
皇太子殿下もあの事件をきっかけに、第二皇子から足が遠のいています。
『皇太子殿下が来なくなったのは、「秘密を守るため、君を守るためだよ」と言い聞かされ、納得していたのに、「アイツのせいだ、死ねば僕だけの兄上なのに」と毎晩のように悔し泣きをする。
ご側室そっくりで、執着が恐い』と記しています」
「毒については?」
「興味を示し始めています。
毒慣らしに来る医師に、『母上を毒から守りたい』などと言って、自分に使用される毒を詳しく聞き出しています。
さらには、『兄上が皇太子になった時には、自分が毒味役になる時もあるだろう。対処法を知っておきたい』と、自分から医師に話し、授業に加えています。
あくまでも解毒法を中心に、ですが、この侍従は、毒への興味に恐れをなしており、また繰り返すかもしれない。巻き込まれかねない、と考え、婿入り婚を機に退職しています」
「毒を盛られた訳ではないんだな」
「はい。周囲に毒を用い始める前のようですね」
俺はすっかり冷めた紅茶を飲む。緊張か、興奮か喉が渇いていた。
そして、カップを置くと公爵に尋ねる。
「タンド公爵。アレをどうするつもりなんだ?」
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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