40.悪役令嬢の反論
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで40歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
ここしばらく、平穏な日々が続いていた。
皇太子妃殿下の許に初出仕したが、皇妃陛下タイプの賢く美しい方で、かつ、お話がなめらかに通じ、精神的負荷がかからずに済んだ。
皇帝陛下や皇太子殿下との会話とは、全く違う。
意図の読み解きや確認、お腹の探り合いが少ないのは何よりだ。
お悩みの症状は妊婦特有のものだ。
だがそれよりも精神的負荷が大きく見える。
問診してみると、主に初産について、それも帝国の後継者を産むというプレッシャーからだ。
皇太子殿下には色々思う事はあるものの、確かにこれは誰にでも話せる話題ではない。
下手したら、皇太子妃教育、王妃教育に基づき、お説教されてしまう。
人払いした上での、私相手の制限のないお喋りが、何よりのストレス発散のようだった。
年齢も近い。気兼ねない会話で、距離感が縮まるのも早かった。
私としても収穫だ。
皇太子妃殿下の侍医の許可を得た上で、妊婦の禁忌を除き、リラックスを効能としたハーブティーを調合した。
また、お好きな薔薇の花を用いた半身浴や、マッサージを勧める。
さすが帝室だ。
皇城内に温室があり、薔薇は1年中、途切れることはない。
薔薇の香りは、幸福感を増し、不安を和らげるとされている。
ある程度の気分転換になったようで、幸いだった。
皇妃陛下はつわりに悩まされつつも、妊娠を継続し、かつ外部には漏れていない。
鉄壁の防御陣だ。
皇帝陛下とも色々あり、皇妃陛下の妊娠に関しては、心を入れ替えたようだ。
また偶然だが、皇妃陛下も皇太子妃殿下と似たような処方をお勧めだ。
このまま、侍医が無事に生まれる可能性が高まるという、3月中旬を迎えて欲しい。
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3月に入る前から、少し気分が重くなった。
まもなく、あの、卒業式前の、全校集会から1年経つ。
今までになく、再体験する悪夢を見ることもあった。
『吹っ切れてるのに。過去のことなのに』という思いと、『無理はしない。あの全校集会とそこからの脱出行は確かに辛かった』と認めようとする思いの間で、揺らいだりする。
多忙さが増した疲れもあるのだろう。
私もリラックスに効能があるハーブティーを飲み、半身浴やマッサージで、マーサにケアしてもらう。
「花嫁の美容としても、ちょうどいいタイミングでございます。
お仕事でお疲れなのでございます。
ご自分にご褒美をあげましょう」
「だったら、パティスリーのケーキをお腹いっぱい食べたい、とかになりそう」
「残念ながら、ご無理でございます。
日焼け止めを塗り、完全防備の上の乗馬などいかがでしょう」
「ああ、いいかもしれないわ。マーサ、ありがとう」
頭を働かせすぎて、身体は動かせていない。
その点、ルイスは騎士団の訓練もあり、バランスが取れているようだ。
私が状況を話して頼むと、頭をそっと撫でた後、仕事をいくつか引き受けてくれた。
本当に優しい。
打合せの合間に、頭を撫でてもらったり、手を重ねるだけでも、ふうっと楽になる。
信頼できる人との触れ合いは、安心をくれる。
手をマッサージしあったりして、痛いところがあると、笑いながら、『揉む』『揉まないで』と攻防したりするのも楽しい。
時々、急接近しすぎて、照れたりもするが、そういうルイスも好きだ。
周囲の人達と息抜きをして、嫌な季節をやり過ごした。
そんなころ、王国から、アルトゥール殿下と、ソフィア様、メアリー様との婚姻の報せが届いた。
やっと解放された。
耳にした最初の思いだ。
私はルイスと歩き始めている。
これを機に、悪夢もぱったり見なくなった。
人間には、本当に現金な部分があると、我ながら苦笑した。
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そんなある日—
不穏な話が聞こえてきた。
発信源はどうやら、しばらく大人しくしていた皇太子殿下らしい。
題するとすれば、『スペア論』だ。
第二皇子が幽閉されたことにより、皇太子に何かあった際、すぐに役割を代替できる者がいなくなった。
第三皇子であるルイスは、臣籍降下するべきではなく、皇族に留まり、私と結婚すべきだ、という主張だ。
これには、王国の飛び地状態になったエヴルー領を取り戻す意図も透けて見える。
ご自分の持論に、さぞやご満悦だろう。
3月下旬—
私とルイスは、国務大臣達が列席する会議に呼び出された。
この『スペア論』の打診だ。
ルイスが叩き落とすようにすぐ発言する。
「『スペアのスペア、それも出来の悪い』
と、臣下の皆様から評された私に、その重責が務まるとは到底思えません。
ここにいる方々のほとんどが、口にされていました。
子どもは案外覚えているものなのですよ」
ルイスの真正面からの発言に、臣下の中には、居心地の悪さを隠せない方もいる。
私は最初から、貴族的微笑を保ち、黙って聞いている。
ルイスは主張を続ける。
「また皇太子妃殿下は、ご懐妊であらせられる。
次世代の希望たる皇孫が生まれようとしている時に、能力に疑義がある叔父を持ち出すのはいかがなものか。
皇位継承の争いなど、私はしたくもない。
私が皇族に残れば、権力の蜜を欲する愚昧な輩が、必ず現れる。
それは歴史上、何度も起こってきたことだ。
私は帝室のためを思い、この提案を辞退させていただく。
このような論議があるだけで、臣下の心に不安がよぎる。
国務大臣がたは、窘める立場ではないのですか?」
実に堂々とした正当な反論だ。
臣下の皆様がたは、鼻白んだ様子だ。
口下手と思っていたルイスが、ここまで反論するとは思ってもみなかったのだろう。
そこに、ゆっくりとした拍手が響く。
皇太子殿下だ。
「いや、素晴らしい持論を聞かせてもらったよ、ルイス。
さすが、“今現在”、騎士団で“参謀”を務め、“騎士団長の懐刀”と評される人物だよ。
時間の経過と共に、評価が変わるのはよくあることだ。
『優秀なスペア』と評された第二皇子は、罪を犯し幽閉された。
『出来の悪いスペアのスペア』と評された君は、昨年の紛争勝利の立役者、英雄となり、隣国の第一王女殿下の婚約者となった。
たゆまぬ努力が、身を結んだわけだ。
兄として、実に誇らしく思うよ」
兄として余裕をもって評価してやろうという、人を食った態度にも、私のルイスは動じない。
とても頼り甲斐がある。
「兄上は誤解していらっしゃるようだ。
いや、ご自分の主張を通そうとするあまり、事実誤認を誘導されようとなさっている。
まず最初に、私は確かに騎士団で参謀を務めているが、経験が浅く技量の劣る“新米”であり、“騎士団長の懐刀”と評されているのは、参謀部の長である“参謀長”、そのお人だ。
帝室を護る騎士団の人材を、把握していらっしゃらない兄上とも思えない。
姑息な印象操作は、やめていただこう。
また、紛争勝利の立役者なぞと持ち上げられているが、あれが薄氷を踏む勝利だったことは、戦闘報告書に目を通していれば、ご存じのはずだ。
戦況が一進一退を繰り返す中、経験も知識も人望も足りない私を、ただ皇族というだけで旗頭にし、やっと乗り越えた紛争であることは、ここにいる国務大臣閣下達なら、ご存知のはずだ。
その証拠に、私が率いた作戦では、少なからず犠牲者が出ている。
ただ皇族というだけで、指揮官を支え、作戦・立案を本分とする参謀であるこの身に、指揮官の命がいきなり下った。
その結果がこれだ。
政治上、取り繕ってはいるが、戦闘では被害を出し、支えてくれた指揮官達の奮闘により、最後は押し返せたものの、僅差で手に入れた勝利だ。
言わば、私は旗振り役、お山の大将で、実質動いたのは、騎士団の百戦錬磨の指揮官達だった。
何か?政治でも私を祭り上げ、いいように国政を壟断する気か?
第一、私は帝王教育を受けていない。
受けていたのは、第二皇子までだ。
また、世代を開けて、念のために、と、第四皇子と第五皇子が受けている。
彼らは13歳、いや、今年14歳と12歳になる。
そこにいらっしゃる、兄上、いや、皇太子殿下と同様に、いや、それ以上に、皇帝陛下と皇妃陛下の薫陶を受け、実に優秀だ。
第二皇子の代わりには、彼らがいる。
私は不要だ。争いの種にしかならない」
「ルイス。そこまで論破できる人間が、優秀じゃないって、説得力がないんだけどさ〜」
いらだってこられたのか、皇太子殿下は正式な口調を変えつつある。
「では、これをご覧いただきたい。
兄上と第二皇子、第四皇子と第五皇子の、帝王教育の成績表だ」
臣下の間に、ざわめきが起こる。
皇太子殿下の微笑みの口角が、ぴくりと引き攣った。
ふふふ。手に入れさせていただきました。
これも皇妃陛下のコネがあってこそ。
ルイスが臣籍降下後の心構えを学びたいと言っていると話して、講師を紹介いただきました。
先生方はこの胡乱な話には、皆様反対してます。
第四、第五皇子の優秀さを内々に証明するならと、喜んで貸していただけました。
「見ていただければ明らかだ。
不敬になるかもしれないが、帝王教育においては、第四王子、第五王子の方が、はるかに上の評価を得ている。
これでなぜ不安だと?
ここにいる、優秀な臣下に支えられれば、仮に、万一、何かあったとしても、皇孫までの中継ぎを、彼らが立派に果たしてくれるだろう」
「まだ成人もしていない子供だよ」
「私はたった15歳で、騎士と認められた。
彼らも同様。
それこそ、皇太子殿下が仰った、指導と努力の結実だろう。
それに、類まれな才能・努力により、皇族の成人の儀を早めた前例は、いくらでもある。
若き皇帝を、皇籍臣下した兄が支えた前例もある。
『スペアのスペア。それも出来の悪い』という手垢のついた私より、彼らの方がよっぽど相応しい。
もし、この兄上の御不幸を絶対条件にした、不敬にも近い提案よりも、優秀で清新な気風を持った皇太子を、民衆は歓迎するだろう。
なに、不安なぞ、いくらでもコントロールできるでしょう?
私を、『紛争勝利の立役者』『救国の英雄』と祭り上げたのと、同じやり方を取ればいいことだ」
会議室がシンと静まり返る。
ここで、私が初めて発言する。
優雅な所作で、左手を左頬に当て、さも戸惑ったような声と表情だ。
「困りましたわねえ。
すでに王国との間で合意した内容を、可能性の薄い、御不幸を元にした、ルイス殿下にも不遜な、いわゆる『スペア論』を持ち出して、変更しようとなさるなんて。
でしたら、大前提として、なぜ、ここに、王国の大使がおりませんの?」
最後の一言は、ゆったりと姿勢を正し、貴族的微笑を余裕たっぷり浮かべる。
これはある意味、外交問題でもある。
王国の第一王女である私に、結婚形態の変更を申し出ているのに、なぜ王国の大使が出席していないのか。
私の発言に注目していた大臣たちの中には、額の汗を拭うものもいる。
修行が足りませんことよ。
「エ、エリザベス第一王女殿下。
こ、これは、あくまでも、お二人への打診の席でして、もしよろしければ、というお話でございます」
「まあ。では、あくまでも、意見を聞いている、ということでしょうか?」
「さようでございますな」
「帝国の煌めく北辰たる皇太子殿下。
これは単なる、意見の聞き取りで、お間違いございませんか?」
「まあ、そうだね。うん」
はい。同意をいただきました。
逃げられませんことよ。
皇太子殿下の言質を取った私は、優美に微笑みかける。
「でしたら、私達よりも、まず第一にお聞きしなければならない、尊い御方がいらっしゃいますでしょう。
この帝国をあまねく照らし、光り輝く太陽たる、皇帝陛下のご意見は、いかがですの?」
私の問いかけに、会議室内は、一気に緊張感に包まれる。
「そ、それは、まだ……」
「恐れ多いことながら、臣下の意見をまとめた上で、奏上しようと考えておりまして……」
私は驚き、心配しているような声音で続ける。
「あら、そうでしたの。
まあ、どういたしましょう。
私、つい先日、伺ってしまいましたの」
『え?!』と声にならない、驚きが伝わってくる。
さらに、“なぜ”尋ねたかの“理由”だ。
「このいわゆる『スペア論』、皇城にかなり広まっておりましたでしょう?
ご懐妊された皇妃陛下のお耳に入っては一大事と思い、皇帝陛下へ伺ってみましたの」
「こ、皇妃陛下がご懐妊ですと?!
聞いておりませぬ!」
はい。“鉄壁の布陣”を敷いて、一致協力し、守り通してたもの。
知らなくて、当たり前です。
「明日、発表されますわ。
それまでは、口を閉ざしておくように、との皇帝陛下よりのご伝言もございます」
皇帝陛下に報告された、意見を聞いた、さらに皇妃陛下のご懐妊と、驚きの連続で、会議室がざわめく。
私は貴族的微笑を保ち、静まるのをじっと待つ。
皇帝陛下の“ご意見”を聞きたくないのかな?
その意味を悟ったのか、大臣達は徐々に静かになり、私に注目する。
ルイス。前半、頑張ってくれてありがとう。
想定練習した甲斐があったよね。
ここからは私に任せてね。
私は丹田に力を込めると、小さいが通りのいい声で、内緒話をするように切り出す。
「皇帝陛下は、こう、仰っておいででしたわ。
『世迷い言すぎる』と。
『ルイスは臣下に降りて、帝室と帝国を支える藩屏になると誓っておる。
昨年の紛争に派遣した際、儂は『勝たねば帰って来るな』とも取れる命令を下した。
その勝利の褒美が、臣籍降下と公爵叙爵、公爵領の授与だ。あやつの生命を賭けて手に入れたものだ。
皇帝たる儂が定めた。
何者にも口は出させん。
また、皇太子妃が出産を控えている中、なんと縁起の悪い論議をするのか、全く意味が分からぬ。
万一皇太子が儚くなったとしても、第四皇子と第五皇子がおる。
あれらは、実に優秀だ。皇妃から直接の薫陶を受け、素晴らしい講師陣も用意した。我らも皇子の育て方に慣れてきておったしな。
仮に、とすれば、どちらかを中継ぎとして、一の臣下となるルイスと、もう一人が皇兄か皇弟として支え、皇孫に渡せば良い。
皇妃がめでたく懐妊したというに、なんと縁起の悪い話じゃ。大切な時期に不要な負担をかける気か。
次世代の皇族が続々と生まれようとしている時に、『スペア論』じゃと。
それに、まだ儂の目も黒い。健康に問題もない。
嫡孫に直々に、帝王教育を施しても良い。
よいか、皇妃と皇太子妃の耳には決して入れるなよ。きつく命ずる』
と、大変お怒りでございましたのよ」
私はぶるぶるっと身を震わせる仕草をし、ここで一区切りとする。
身を正すと、まずは大臣達に眼差しを一巡する。
さも、顔を覚えて皇帝陛下に報告するかも、と敢えてにっこり微笑みかける。
皇帝陛下とは、皇妃陛下を守るための“鉄壁の防御陣”を提唱したお陰で、かなり意気投合しましたの(私はもちろん表面上)。
ルイスへの命令も、『こう取られますよ』と説明したら、かなり反省され、約束を取り付けました。
いつも解説し自省を促していた皇妃陛下の代わりにね。
それでもあの方は繰り返すのですが。
皇妃陛下への愛故か、限定的でも多少はマシになって、サブ要員として“鉄壁”入りを果たしました。
“不敬の許し”を得た、侍女長からの指導が遠慮なくて、すごいけどね。
今回、この会議に出席するにあたり、皇妃陛下第一主義になっていらっしゃる、皇帝陛下の虎の威を、しっかり借り受けました。
帝国の“危機管理”は分かるけど、次善の策が用意されてるのにも関わらず、皇妃陛下以外は放置しといた挙句、散々利用したルイスをこれ以上、利用させない。
さて、仕上げですわね。
ゆったりとしたとした声で、今度は諭すような口調で話す。
「皇帝陛下のお怒りは、無理もございません。
皇妃陛下の大変おめでたいご懐妊発表を前に、万一、皇太子殿下が儚くおなりになられたお話とは。
皇妃陛下のお耳に入れば、どれだけお悲しみになるでしょう。
きちんと次世代を薫陶されていても、我が子は我が子、でございます。
それもお腹を痛めて産んだ、実の我が子です。
この悲しみで、皇妃陛下の体調が崩れるようなことがあれば、と皇帝陛下は大変案じておいででした。
この皇位継承とお子様がたを想う、非常にありがたいご意見と、皇妃陛下ご懐妊の大変めでたいお知らせを聞いて、皆様、どのようにお考えでしょうか?
『スペア論』とやらについて、まだご意見を集め、帝国の平穏な帝位継承について、いくつもの備えをなさっていらっしゃる皇帝陛下に、奏上なさいますか?
さて。ご返答くださいませ」
この後、いくつかのやりとりがあったものの、結局のところ、臣下の皆様は、皇帝陛下の“ご存念”に考えが及ばず、ルイスと私に、『スペア論』の意見を聞いた失礼を詫びた。
そして、『どうか、なかったことにしていただきたい』という反省を口になさるまで、さほど時間はかからなかった。
私とルイスは、『私達が支えるべき兄上を、亡きものとした前提の失礼な提案は、もちろん忘れよう』と受け入れる。
なお、皇太子殿下は表情が抜け落ち、臣下代表のまとめに、「あい、わかった」と答えていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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