38.悪役令嬢のご案内
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
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ある年代の女性特有の悩みなどについて、デリケートな描写があります。
閲覧にはご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで38歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「お父さまッ!
エヴルーが見えてきましたわ」
「ふむ、帝都から来るとこういった景色なのだな。
また趣きが違う。
アンジェラがエヴルーに来た時も、こうだったのだろうか」
「エヴルーには、幼い頃から時々いらしてたんですって。
タンド公爵領の中では、一番帝都に近い田園地帯でしょう?
ご家族揃ってや、お友達を誘ってのピクニックも楽しまれたそうなの」
それも「“天使効果”で貴族の子ども達の集まりを避けていた、アンジェラの数少ない楽しみだった」と、伯父様は教えてくれた。
伯母様も、「あのピクニックは楽しかったわ。修道院の聖堂の美しさに、アンジェラと見とれてしまったの」と思い出を語っていた。
今、私はお父さまを天使の聖女修道院へご案内するために、エヴルー領へ向かっている。
お父さまがすでにエヴルー領 地 邸に宿泊されたと聞かされて驚いた。
訪問もアーサーを通じて、お約束をしたと話す。
お母さまの墓参のためだ。
天使の聖女修道院へ到着すると、院長様が出迎えてくださる。
“農地エリア”の石畳の道を辿り、修道院の正門をくぐる。
最初に、お父さまと二人、お母さまのお墓にお参りし、神の御許での安らかな眠りを祈った。
お父さまは、そっと宝物のように墓碑に触れる。
そこには、アンジェラ・ラッセルというお名前と、生没年が刻まれていた。
その下に、『タンド公爵家に生まれ、ラッセル公爵家に嫁ぐ。18年過ごした祖国の地に』と続けられている。
「……墓碑銘もアンジェラの希望通りだ。
院長様に改めて感謝しなければ……」
王国のラッセル公爵の墓地に、お母さまのお墓はあり、この帝国のお墓はお母さまの遺言で、遺髪のみ埋葬している。
お母さまがご実家のタンド公爵家の墓地に、ご自分のお墓を建てた際に、“天使効果”のトラブル相手に荒らされて、迷惑をかけるのではないか、と危惧した結果だった。
「エリー。このお墓をタンド公爵家の方々にお話ししようと思う。王国への墓参は中々難しい。
アンジェラの望みとは異なるが、ご家族の縁となるだろう」
「さようでございますね。こちらなら、関係者以外入れません。賛成いたします」
最後に祈った後、お母さまがよくお祈りを捧げていた聖堂に向かう。
「ここが……」
お父さまは、入り口で内部をしばらく眺めた後、黙って歩み、聖壇前にタンド公爵家の庭園の花で作った花束を捧げ、蝋燭に火を灯す。
二人で祈りを捧げた後、私に向き直る。
「エリー。今は他にどなたもいらっしゃらない。
あの薔薇窓の下で、聖歌を少しだけ捧げてくれないか」
お父さまが帝都に入る前、エヴルーの領 地 邸に滞在した際、アーサーの判断で、応接室にお母さまの油絵を運び、お目にかけていた。
満月の夜に祈るお母さまと、聖堂のステンドグラス・薔薇窓が、実に美しい絵だ。
私は小さく頷くと、薔薇窓の下へ歩み、心を静め、歌い始める。
「神の恩寵よ。陽の如く、雨の如く、天より、人々へ、降りそそぎ、賜う。
日々の暮らしを営む者よ、安寧の眠りに就く者よ。
神は全ての者に、天使を遣わし、慈愛なる手を差し伸べ、天に招き、共にあらん……」
一曲を歌い終わると、お父さまは、「エリー。素晴らしいよ。ありがとう」と、私をそっと抱きしめてくださった。
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「よろしければ、こちらをお納めいただけると、幸いです。
直筆には敵いませんが、ありし日のアンジェラの姿として、遺していただければと存じます」
院長様の応接室で、お父さまはある絵をご覧に入れる。
お父さまに送った、4枚残されたお母さまの油絵の中の1枚、子ども達から贈られたタッジーマッジーを持って微笑む絵の、忠実な模写だ。
すでに額装してあり、はめ込んだプレートには、模写である旨が明記されていた。
「これはまあ、何よりのものを。
ラッセル公爵様。ありがとうございます」
受け取られた院長様の瞳も、わずかに潤んでらっしゃるようだ。
そして、模写はこれ一枚ではない。
タンド公爵家と私に、思いもよらない贈り物として、持ってきてくれていた。
「本物には敵わないが、貴重なアンジェラの姿だ。
タンド公爵家にも、エリーにも、そしてここ修道院にも、あって然るべきだろう」
私には思いもつかない、素晴らしい思いやりだ。
“天使効果”を警戒し、念のための対策を立てた上で、王国の新進の画家に依頼した。
懸念した“天使効果”は起こらず、素晴らしい作品だと、画家として奮起してくれたと、お父さまは話していた。
私もあの祈りの絵の模写を依頼し、他の絵を所有する方々に贈ろうと思う。
伯父様や伯母様も「肖像画を」と仰っていた。
院長様は、油絵以外に遺された十数枚の水彩画と、1冊のデッサン帳をご用意くださり、お父さまは、お母さまの姿を愛おしそうに見つめていた。
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その後、お母さまが修道院へ寄附された“農地エリア”を案内し、お父さまはハーブ畑や野菜畑、さまざまな工房を見学する。
皆、お父さまを歓迎し、お母さまを知るシスター様達は感涙なさっていた、
また、口々にルイスとの婚約式を祝福してくれる。
ちょうど昼どきでもあり、工房の一角で、新鮮な野菜やハーブ、チーズや牛乳、パンを用いた料理をご馳走になる。
公爵であるお父さまも喜んで召し上がっていた。
そういえば、私も王女殿下になったのだった。
すっかり忘れられる、ここが大好きだ。
最後は、図書館で、お母さまの遺された、ハーブに関する記録簿をご覧になる。
数冊、読まれた後、「アンジェラはここで研鑽を積んだのだな。誇らしい。才能に甘んじることのない、素晴らしい努力の跡だ」と、感無量の表情だった。
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お父さまを案内し修道院を日帰り見学した私は、1日休養し、皇妃陛下の元にマーサと共に出仕した。
修道院からタンド公爵邸に帰った際、皇妃陛下より、出仕依頼の直筆のお手紙が届いていたためだ。
私の専属侍女であるマーサは、皇城への入城を許可されており、守秘義務は守るので、同行する旨は伝えてあった。
「エリザベス王女殿下。
堅苦しい挨拶は無しにいたしましょう。ご無礼でしょうが、すぐに始めていただきたいのです」
「承知いたしました。皇妃陛下」
皇妃陛下は話すのもお辛そうだ。
私は前回から昨日までの記録簿を拝見し、今日の様子を伺う。
主なお悩みは吐き気だ。
水分は取れているが、食べ物は中々、喉を通らないと仰る。
眠りも浅く、そのためか一日中眠気がひどい。
睡眠不足のためか、ほてりや寝汗もあり、肌も荒れてきたとの仰せだ。
皇帝陛下の仰った、『例の症状が少し戻ってきている』よりもひどい。
いや、悪化したのか。
吐き気からの連鎖に思える。
許可を頂き、首筋や背中を撫でてみた。
筋肉が凝り固まっている。これだけでもお辛いだろう。
皇妃陛下には一旦休んでいただき、側近中の側近である、侍女長にお話を聞く。
「侍医の方々は何と仰せでしょうか」
「胃の不調から来る症状だろう、と仰り、各々の症状に関するお薬は頂戴しております」
念のため見せてもらうと、確かに今まで処方されていたお薬だ。
私は国政にも関与する皇妃陛下のお立場を考え質問する。
「侍女長殿。はい、いいえ、でお答えください。
症状が悪化する以前、お心にご負担がかかるようなことはありましたか?」
「……はい」
「それは今も続いているのでしょうか」
「……はい」
「さようですか。承知しました。
私はお心が軽くなるような調合をいたします。
ただ、匂いや味で、今の皇妃陛下にはお辛いかもしれません。
なるべく飲みやすい調合にしたいのです。
別室をご用意いただき、試させていただいてもよろしいでしょうか」
「……エリザベス第一王女殿下。
ご厚意、誠にありがとうございます……」
本当に王族になると、待遇や態度が微妙に違ってくるんだなあ、と実感する。
私は王妃教育に則った言動の範囲内で、今まで通りの行いをするだけだ。
用意された別室で、マーサに手伝ってもらいながら、心の負担を和らげ、かつ、胃に優しく、吐き気を誘引させない匂いと味のハーブティーを目指す。
事前聞き取りでは、甘い香りは特に苦手との仰せだ。
いずれも今まで侍医に許可を得た材料だが、念のため、侍女に侍医へリストを持っていき、禁忌でないか確認してもらう。
いずれも許可が出た。安心して調合できる。
効能のあるものを組合せ、各々の量を調整し、匂いと味に配慮する。
また温かいもの、冷ましたものを何度か試し、ようやくお口に合うものが見つかった。
「これがレシピです。これからお教えするように入れた後、十分に冷ましてください。
その方が匂いが気にならないのです。
また、皇妃陛下は肩や背中、おそらく頭部も、お身体の凝りが酷うございます。
吐き気を誘引しない範囲でマッサージされる。
または、手足を温めるのも、効果的です」
これは私が王妃教育の方針転換で、負担が満載になった時、ひどい肩凝りなどの悩みに、とある侍女から教えてもらった方法だった。
淑女は学園内で肩は揉めない。
手なら、机の下でそっと行えるのだ。
「手足を温める。どのようにでしょうか?」
私は方法を教えた後、手足のマッサージも有効だと伝える。
「肩や背中は胃や喉に近く、お嫌かもしれません。
その際は手足を試してみてください。
民間療法ですが、比較的効果はあり、眠りも誘ってくれます。
私がそうでしたから……。
また寝汗を拭かれた後に、こちらのレシピの水出し液をご使用されれば、肌荒れ防止の効能がございます。
天使の聖女修道院のシスター様達にお試しいただきました。念のため、目立たない場所で、かぶれたりしないかご確認の上、保管せず使い切りでご使用ください」
侍女長と数人の侍女に教える間に、皇妃陛下はハーブティーを飲まれた後、お眠りになったとのことで、そのまま退出する。
馬車の中は、マーサと二人きりだ。
「エリー様。お疲れ様でございます。
まだ本調子ではないのに、根をお詰めになって。
旦那様がご心配されます」
「度々呼び出されるより、いいでしょう。
ハーブティーが効かなくても、マッサージや手足浴は多分効くもの。実体験済みよ。
なるべくお父さまと過ごしたいの。
今日は夕方に戻られるご予定でしょう。
帰って少し休めば、お出迎えできるわ」
「明日は公爵夫人様が、帝都でアンジェラ様のお好きだった場所をご案内してくださるとか」
「そうなの。私もとっても楽しみ。
伯母様の解説付きなんて、豪華すぎるわ」
滞在中に、お父さま成分をたっぷり吸収しておきたい。
私の正直な想いだ。
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夕方お帰りになったお父さまを出迎え、サロンでお茶をしながら、お話しした後、夕食をいただく。
お父さまはお母さまのこと以外では、ルイスのエピソードを聞きたがり、ピエールや伯母様、お祖父さま、お祖母さま達が話してくださる。
私も興味津々だ。
帝立学園で知り合った10代後半の、少年と青年が混ざったような微笑ましい話題も多く、笑いも時々起こる。
主に暴露しているピエールが、ルイスに怒られないかな、とちょっぴり思ったが、黙っておくことにする。
男同士の友情には、立ち入らない方がいい。
お父さまが伯父様と執務室で話されている間は、お礼状にひたすらサインする。
婚約式のお祝いの品とお祝い状が、エヴルー伯爵位を叙爵した時以上に届き、伯母様が仕切ってくださって、私はほとんどサインのみで済んだ。
それでもすごい数で、リストは覚えるように渡された。
私が王女となった事が主な理由だ。
「友好範囲はさほど変わらないわ。すり寄る者が多いでしょうけど、王妃教育通りで大丈夫よ」
伯母様の言葉は、本当に心強い。
その伯母様がガイドを務めてくださった、『帝都お母さまツアー』は、お好きだった美術館に始まり、図書館、聖堂、書店と続いた。
お散歩やボート遊びをした公園、お好きだったパティスリーまであり、カフェではお好きだったメニューを味わい、とても楽しい時間だった。
お母さまは“天使効果”のため、帽子を深くかぶったり、スカーフを使用されて、外出されていた、とのことだった。
お父さまは、聖堂では絵葉書を、書店ではお母さまがお好きと聞いた詩集を購入した。
そして、パティスリーでは、お母さまが好きだった焼き菓子を、賞味期限を確認された上で、山ほど買った。
お菓子はラッセル公爵邸のみんなのお土産にすると、楽しそうな笑顔が素敵だった。
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外交団帰国前夜の夜会—
私はルイスにエスコートされ参加した。
皇帝陛下も皇太子殿下も出席され、それなりに和やかではあった。
今回の主な成果は、公国への共同宣言と、両国の友好通商条約の草案作りが決定したことだ。
外交筋同士は、折衝のテーブルではバチバチにやりきった後の和解という雰囲気だった。
帝国は王国の1.5倍ほどの、大陸最大の版図を誇り、国力も比例して大きいが、歴史は王国の方がずっと古い。
百年以上前だが、過去に帝国が王国を侵略しようとした戦いを、ことごとく退けた経緯もある。
王国と帝国が、数十年前から友好状態は保っても、同盟を結ばない理由は、互いの序列を定めたくないという、その一点だ。
今回も、“同盟についての条約”ではない。
明文化されていなかった“友好関係”を、はっきりと明文化された“友好通商条約を締結”しようという目的で合意した上での草案作りだった。
この友好通商条約の草案が、実を結んで欲しいと思うが、「王族になったからと言って、エリーは無理はしなくていい」と、婚約式前にお父さまに先取りして言われた。
国王陛下が私を養女にしたのは、あくまでも詫びの気持ちだ。
そして王家の有責をはっきりさせ、私の立場を守る。
さらにアルトゥール殿下に最後の引導を渡すためだった。
『王国の王族に恥じぬ言動をしてくれれば、エリザベス第一王女は自由にして良い』というお墨付きの文書まで、お父さまは頂戴してくれている。
夜会は、両国の繁栄と、二カ国間の親交を発展させ、この友好通商条約の草案をまとめ締結し、希望ある未来を作っていこう、という趣旨の、皇帝陛下のお話でお開きとなる
ある意味、私とルイスは、王国の外交団により、いつのまにか両国関係の象徴のようになっており、破談の可能性は限りなく低くなった。
しかし私は義務ではなく、ルイスと二人で幸せになりたい、と改めて思う。
お父さまや国王陛下の言葉は、背中を優しく押してくれる。
「これからは王国の大使館には出入り自由だ。
エリーの好きに使うといい」
そう言い置いて、お父さまは、皇帝陛下へ最後のご挨拶に向かった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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