37.悪役令嬢の婚約式
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いている連載版です。
これで37歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリザベス、第一王女殿下。
とてもお美しい。まるで天使が捧げ持つ、朝露に濡れた白百合のようだ」
そう仰ってくださるお父さまは、つい数日前にいらっしゃり、私の身分から始まり、帝国における王国の懸念を、外交交渉で次々と晴らし、まだ折衝中である。
たとえば、公国についての情報である。
『遠交近攻』を持ち出し、公国の情報を集めたところ、交通の要衝に胡座をかき、“関税”“通行税”を企図していた。
それは同盟国である帝国さえも除外しない、という強気だった。
導入理由は、追加予算である。
公国の主人である、公王一族の贅沢により、国庫は空に近く、享楽的な国家の疲弊は進んでいるそうだ。
ただ街道ではなく、別のルートがあれば、どうなる?
高額が予想される“関税”“通行税”を支払うくらいなら、別の迂回ルート、たとえば水上交通があれば、そちらを取るぞ、とも交渉できる。
その一翼を王国と帝国で担いませんか、とのお誘いでもあった。
年々高まる公国の要求に、不満を溜めていた周辺各国との共同宣言を水面下で進めている。
お父さま、すごい。
実は公国に絡んで、私たちの婚約にも関わる事態もあり得た、とお父さまは、私とルイスに教えてくださった。
帝国と公国の同盟の保障である、次の婚姻について、公国側に希望された第一候補の皇太子が、皇太子妃の妊娠を理由に、公国出身の側室との婚姻を拒否した。
理由は父・皇帝陛下の後宮における、第二皇子と第三皇子の件である。
「次世代の後宮のためにも、先代の轍は踏みたくない。
婚姻を急ぐ場合は、別の皇族を配偶者としてお考えいただきたい」
皇太子は外交筋の方々に主張した。
ここでいきなり候補に上がったのは、ルイスである。
「ルイスは我が国の英雄でしょ。同盟の保証の婚姻にもふさわしいじゃない。
エヴルー卿との婚姻は、“国内問題”、それも、相手は“伯爵”だ。
どちらが重いか自明じゃないかな」
自分のことを棚に上げ、ルイスを人身御供に上げていったらしい。
私とルイスの婚姻は、知らぬ間に薄氷の上に載せられかけていた。
「婚約は婚約。その間に公国とも話を進められるじゃない?エヴルー卿とどちらかを正妻にしてもいいわけだし」
さらにこういう観点も与え、けしかけていた。
私が王国の宰相の子女であり、公爵令嬢であることも、『逃げてきた=亡命=王国に帰れない』と大いなる勘違いをしていたらしい。
一時的にミスリードしたのは、王国の大使館ではあるが。
アルトゥール殿下が、ソフィア様とメアリー様との婚姻を無事に終えるまで、まだ思い入れのある私を遠ざけるための、“一時的な”措置を取っていたと、会議で説明を受けた。
この公国絡み情報を掴んだお父さまが、他の諸々の懸案についても、外交団をしたてて乗り込み、これらの情報を、“王国は知らないもの”=“なかったもの”として、交渉してくれた。
公国と帝国の婚姻は、公国を多少“日干し”にし、反省を促した上で、交渉再開されるらしい。
ありがとう、お父さま。
ついでに、私が国王陛下の養女となったことで、アルトゥール殿下との婚姻は、完全に無くなくなった。
養子縁組による兄妹でも、実の兄妹と同様に婚姻はできない。
これは王国の法律で定められ、忌むべき関係ともされているためだ。
本当にさようなら、アルトゥールお義兄様。
ソフィア様、メアリー様と、お幸せに。
私、お二人と、王国と帝国のためにやりたいことが色々ありますの。とっとと婚姻願います。
という背景があっての、今日の婚約式—
無事に辿り着けてよかった、と心から思った。
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帝都最大の大聖堂—
荘厳な建物が醸し出す空気の中、帝都の大教区長である司教様が、私とルイスの名を呼び、壇上へ招く。
「ルイス第三皇子殿下、エリザベス第一王女殿下、神の御前へ」
男性側の最前列に座っていたルイスが立ち上がる。
白と金の近衛騎士の儀礼服だ。
あくまでも自分の本分は、騎士なのだと伝えたい、とこれに決めた。
婚約式なら、着用を許されるだろう、との判断だった。
黒短髪、理知的な青い瞳、日焼けした肌に映えて美しく、頬の傷も誇らしく凛々しい。
私も女性側の最前列より、光沢のある純白の絹のドレスを纏った姿で、優雅に立ち上がる。
この白練という絹の色は、古代より神聖さを象徴し、お父さまが贈ってくださった。
立ち上がる前に、お父さまの手を軽く握った。
そして優しく慈愛深い眼差しを背中に受けながら、ルイスの元へ歩む。
Aラインのスカートは、歩くとまろやかな曲線を描き、衣擦れの音が、静まり返った大聖堂に雅びに響く。
それに重なる玲瓏な音は、長袖のトップスから重ねられた、瀟洒なレースを飾る多くの真珠だ。
動く度に揺れ、白絹とレースと真珠という、白い三重奏を奏でる。
ルイスの象徴である見事なサファイアは、真珠の連なりと共に、トップスの襟に縫い付けられ、首元で輝く。
パリュールと一体となったドレスだった。
美しく結い上げられた金髪を、ピンで挿された多数の真珠が虹色の照りで彩り、耳元と左指には、小粒の真珠に縁取られたサファイアが輝く。
今日の私は、王国の象徴である真珠と、ルイスを意味するサファイアに守護されていた。
ルイスにエスコートされ、二人で壇上に上がる。
「私、帝国のルイス第三皇子は、王国のエリザベス第一王女殿下との婚約を、互いに定めた神聖なる婚約宣誓書に基づき、神の御名の元、誓います」
「私、王国のエリザベス第一王女は、帝国のルイス第三皇子殿下との婚約を、互いに定めた神聖なる婚約宣誓書に基づき、神の御名の元、誓います」
司教様を前に、右手を心臓の上に当て、婚約の誓いを立て、2枚の宣誓書にサインする。
自分の名前を、エリザベス第一王女と書かなければならないことに気づき、一昨日から何度も練習したのは秘密だ。
ルイスとの神聖な誓いには、美しい文字を残したかった。
司教様が、婚約宣誓書を朗々と読み上げる。
「二人の神聖なる誓いに基づく婚約を、神は祝いたもう」
最後に祝福の言葉を述べられ、婚約式は終わりを告げる。
大聖堂の鐘が鳴らされ、参列客から祝福の言葉がかけられる中、ルイスにエスコートされ、聖堂の正面に立つ。
「ルイス殿下、ご婚約おめでとうございます」
「エヴルー卿、お幸せな花嫁になりますように」
「エリザベス殿下、ルイス殿下とお似合いですよ」
聞きつけた民衆が集まっており、口々に祝福の言葉を呼びかけてくれる。
私達は手を振ると、帝室の紋章の馬車に乗り込む。
「エリー、とても綺麗だ。ドレスがパリュールなんて、着こなせるのはエリーだけだ。
見とれてしまうよ」
「ルー様もとっても素敵でカッコいい。
凛々しくて涼やかで、とってもお似合い」
「これから食事会か。俺の身内が何を言っても気にしないでくれ」
「大丈夫。ルー様だけを見てるわ」
今日のルイスは、それだけ惹きつける雰囲気があった。
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馬車が皇城に到着し、控え室に入ると、マーサが身嗜みを整えてくれる。
「何度見てもお美しゅうございます」
「ありがとう。マーサのおかげよ」
しばらくして、侍従が呼びにきて、会場に赴く。
各々の肉親、外交関係者、ルイスの騎士団幹部、エヴルー関係者といった方々の入場を出迎え挨拶する。
お忙しい中、天使の聖女修道院の院長様にも来ていただいた。
皇帝陛下が祝福の言葉で、始まりを告げると、お父さまが乾杯の挨拶だ。
「ルイス殿下、エリザベス殿下、お二人のご多幸と
帝国と王国の繁栄を願って、乾杯!」
グラスが掲げられ、食事が始まる。
私とルイスが並び、私の隣りは皇帝陛下、ルイスの隣りはお父さまだ。
皇帝陛下とは、もっぱら食卓に上る食材の産地や加工の話、王国の真珠や海上交易の話などである。
そんな中、私はお父さまの隣りに座る、皇妃陛下の様子が気になった。
食事のお皿も小ぶりで、それさえ残している。
お飲み物はお水のみのようだ。
祝いの席だが、皇帝陛下に尋ねてみる。
「皇帝陛下。皇妃陛下のお加減はいかがでしょうか」
皇帝陛下の笑顔の口角が、ほんの少し引きつる。
え?そんなにお悪いの?
「ご心配をおかけして、申し訳ないの。エリザベス殿下。
例の症状が少し戻ってきておるのだ。
お忙しいところ、申し訳ないが、落ち着いたら、調合を頼む」
「承知いたしました。内々の席、どうかご無理なさらず、とお伝えください」
「あい、わかった。すまんな」
皇帝陛下が侍従を呼び、皇妃陛下に伝言する。
皇妃陛下は、私と皇帝陛下に黙礼すると、隣席のお父さまに、断りを入れ、さりげなく退席される。
傍目にはお花摘みに行かれたように思われるだろう。
食事のコースも進み、最後は王国の海をイメージした青いゼリーだ。
真珠のような色合いの粒や貝の形の白いゼリーも閉じ込められていた。
爽やかで美味しい。
これなら皇妃陛下も食べられたかもしれない。
「うむ、これはうまい」
「姿も美しゅうございます。食感もつるんとして食べやすく、皇妃陛下もこれならお気に召すやもしれません」
「そうか?」
「はい。柑橘の匂いがお嫌になってなければ。苦手ならデザートのレシピを少し変えて差し上げればよろしいかと存じます」
「なるほど……。誠にエリザベス殿下はお優しいな」
「皇妃陛下はお優しく、お世話になりました故」
「かたじけない……」
気持ち悪いくらい、マトモだ。
どうしたらいいんだろうと思いつつ、話題を変え、会の終わりまで保たせる。
最後はルイスが挨拶し、私と二人、出席者をお見送りした。
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「大変だったろう、エリー。
今日はゆっくり休むといいよ」
ルイスとマーサ、三人の馬車の中、ルイスが労ってくれる。
「ルー様こそ。騎士団の方々から祝杯を受け続けて、すごかったわ。
王国も帝国も変わらない。さすが騎士団のノリだわ」
「ああ。以前もそう言ってたね。
そうだ。ハーブティーの調合、二人とも早速言ってくるだろうけど、決して無理はしないこと。
ラッセル公爵がいらっしゃる間は、最優先して差し上げた方がいい。
もうすぐお帰りになるんだ」
「そうするわ。天使の聖女修道院の院長様とも少し話されて、ご訪問されたいって仰ってたの。
できれば、お母さまの思い出の場所を訪ねておきたいんですって。
伯母様に色々聞き出してたわ」
「気持ちはわかるな。俺も王国に行く機会があれば、エリーの大切だった思い出の場所には行ってみたいよ」
「ふふっ、私もよ。
私たち、まだまだお互いのこと知らないもの。
これから少しずつ、知っていきましょうね。
とっても楽しみ。ね、ルー様?」
ルイスの首筋が少しずつ赤くなり、顔が真っ赤だ。やはりお酒のせいだろうか。
白い儀礼服に映えて、こういうルイスも可愛くて好きだが、心配でもある。
じっと見上げていると、横を向いてポツリと何か言っている。
「…………エリーの可愛さがすごい。がんばれ、俺。耐えるんだ」
「ルイス殿下。『結婚式までは』との旦那様の非常に強いご要望でございます」
控えていたマーサが、ルイスに何か囁いている。
ルイスはこくこく頷いていた。
車輪の音が高くなって、ちょっと聞き取りづらい。
「ルー様、どうしたの?」
「ん、何でもないよ。
次は陞爵の儀に、結婚式、公爵邸の建設、使用人の選定、他にも色々あるけれど、一緒にやっていこう。
その中でも分かり合えると思うんだ」
「喧嘩もするかもしれないけれど、仲良くやっていきましょう」
「なぜ喧嘩になるんだ?」
「お茶会で友人の既婚のお姉様たちから、聞いたことがあるの。
結婚式や新居のことで、婚約者と一度は揉めるんですって。温度差が違ったりして」
「今のところ、ないと思うが気をつけるよ。
俺も騎士団で、既婚の先輩に色々聞いておこう」
「ありがとう、ルー様」
「しかし、本当に素敵なドレスにパリュールだ。
一度しか着れないのはもったいないな」
「このネックレスになる部分は、取れるんですって。
とても素敵だから、これからも使えるように、マダム・サラがリメイクしてくれるの」
「それはいいな。そのネックレスはエリーに似合って、とても魅力的だ。俺の色だ。嬉しいよ」
酔いのせいか、ルイスがいつもより褒めてくれる。とても嬉しいけど、どこかくすぐったい。
「ありがとう、ルー様。
このスタッドタイプのイヤリングも、金具が隠れてて、ダングリング(吊り下げ式)の揺れるタイプに変えられるの。
今日は着けなかったけど、ブローチやティアラとか、お父さまが一通りご注文されてたんですって」
「……ラッセル公爵の本気がすごい。俺も頑張ろう。まずはタンド公爵夫人に相談だ」
ルイスがまたしても、ポツポツつぶやいている。
お父さまの何がすごいの?
「え?ルー様?」
「ルイス殿下。お励みください。マダム・サラもいらっしゃいます」
またしてもマーサが囁き、ルイスが頷いている。
通じ合ってる二人に、ちょっとモヤモヤしちゃうんだけどなあ。
「いや、ラッセル公爵殿はエリーの理想だろうから、俺も目指して、努力しないとな、と思ってたんだ」
「ありがとう。
でも、お父さまはお父さま。
ルー様はルー様よ。私の夫はルー様だもの」
またしても、赤くなるルイス。
本当に可愛いなあ。
なぜか、胸がきゅんきゅんしてしまう。
この後、無事にタンド公爵邸に到着した。
私を送り届けて帰ろうとするルイスに、お父さまが申し出る。
「結婚式までの花婿としての心得をぜひ、ルイス殿下にお話ししておきたい。
タンド公爵、義兄上もぜひご一緒に」
「そうですな、ぜひ。ルイス殿下」
「……承知しました」
別室に連れて行かれ、数時間後、やつれて戻ってきたルイスは、私の見送りを受け、騎士団の寮へ帰った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
婚約式まで歩んできました。もう少しお付き合いください。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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