36.悪役令嬢のお父さま 3
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※途中より、ラッセル公爵視点です。
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで36歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「え?」
逆光の中、見覚えのある、いえ、恋しくさえある、頼もしい背中が見えた。
私の気配を感じてか、ゆっくりと振り返り、優しい笑みを浮かべ歩いてくる。
「エリー、おかえり」
ちょっと待って?ここはタンド公爵邸よね?
どうして、どうして、お父さまがいらっしゃるの?!
たとえ、心中、驚天動地でも、貴族的微笑みは標準装備だ。
でも、お父さまには向けたくない。
「お父さま、おかえりなさいませ」
私は軽やか、かつ、優雅なお辞儀でお父さまを迎え、すぐに姿勢を正す。
「おや、エリー。いらっしゃいませ、ではないのかな?」
「以前から、私のいるところが、お父さまの帰るところだと仰せでしたわ。
ですから、おかえり、なさい、ませ、なんです……」
あまりの懐かしさに微笑みながら、私は涙があふれてしまう。
「そうだった、そうだね。エリー。
ただいま、愛しい娘よ」
お父さまは私をぎゅっと抱きしめてくださった。
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【ラッセル公爵視点】
天使である愛娘が、帝国へ旅立ち約9ヶ月—
私は各国の情報と併せ、帝国の情勢と情報も、大使館を拠点にくまなく収集、分析していた。
エリーには、王国を出国する事情が事情なだけに、帝都にある王国大使館には近づかないように、と言っていたためか、接触していない。
私に絶対的な信頼をおいてくれる、可愛く賢い娘だ。
だが大使館から届く情報には、エリーにとって、芳しくないものも出てきた。
特に側室を含んだ皇族との関係だ。
帝室の男性皇族は、婚約内定者となった、ルイス第三皇子はまだまともな方で、他の成人3名は、対処が難しい、との大使館の鑑定だった。
また最近、第二皇子はおぞましい理由で、幽閉となった。
果たしてこの理由が事実なのか、念のため調査中だ。
問題の皇帝と皇太子は、為政者としての外面は問題ないように見えるが、いざ踏み込んだ関係を構築しようとすると、意思疎通に支障が出る場合がしばしばあるとの報告だ。
以前、王国に外遊に来ていた皇太子を思い出す。
王国の王太子の婚約者であるエリザベスに対し、殖産興業の問題で試し、“遊んで”いた。
友好国である王国の、未来の王妃に対して取る態度ではない。
外交関係がなければ、頭を引っ叩いていたところだ。
この性格が、皇帝や皇太子という立場で形成されたのか、元々なのかはどうでもいい。
そういう人物たちだ、ということだ。
優秀という言葉では収まらない、素晴らしいエリザベスを、いいように使おうとする匂いがぷんぷんしてくる。
幸いなことに、皇妃と皇太子妃は、まだまともだ。
第二皇子母の側室は、息子と共に論外である。
これも離宮に幽閉されたという。
第四皇子母の側室は、危うきに近寄らずで、母国である大公国と帝国の関係維持に、ご自分の存在意義を自覚している、ある意味とても賢い方だ。
こういう状況下において、エリザベスのためにも、王国のためにも、それなりの手を打たねばなるまい。
あのバカ(=王子)に、決定的な引導を渡すためにもだ。
国王陛下と方策を練り、決行を決定した。
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王国にて、新年の儀を終えた私は、“影”と共に、1週間前に先行して出発した外交団を追いかける。
エリザベスの出国と異なり、国王と宰相の権限をフル活用した、ある意味、快適な旅だ。
乗馬が巧みであることが絶対条件だが。
宿場宿場で、馬を乗り換え、街道には早馬の触れを出し、全速力で飛ばす。実に快適だ。
馬の交換の間に食事を取り、睡眠時間を確保する。
国境を越え、帝国に入っても、大使館とタンド公爵の手配により、馬の交換・食事・休憩は順調で、馬車よりも距離を稼げた。
エヴルー伯爵領領 地 邸で一泊し、歓待を受け、充分な休憩を取った後、帝都の王国大使館で、外交団と合流した。
打ち合わせ後、タンド公爵邸を訪問する。
出迎えてくれた公爵と固い握手を交わした。
アンジェラが取り持った、義兄弟かつ、エリザベスを愛する者同士だ。
すぐに、「義兄上」「義弟よ」と呼び合うほどに意気投合する。
タンド公爵家特有の青い瞳に、我が最愛・アンジェラの面影が宿っていた。
愛してやまないエリーは、公爵夫人とドレスショップへ最終調整に出かけ、まもなく戻る予定だ。
実に待ち遠しい。
9ヶ月ぶりのエリーだ。
どう声をかけ、出迎えようか。
今から喜びが湧き起こってくる。
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「おかえり」
サロンで出迎えた私に、可愛いエリーは抑えきれない驚きと共に、美しい笑顔を向けてくれた。
「お父さま、おかえりなさいませ」
「以前から、私のいるところが、お父さまの帰るところだと仰せでしたわ。
ですから、おかえり、なさい、ませ、なんです……」
優美な笑顔のまま、清らかな涙を零す。
実に健気で、慈愛深く育ってくれた。
しかし、私の腕の中で、ひとしきり泣いたエリーは、薫陶した通り、素晴らしい頭脳を発揮してくれる。
「お父さま、何をなさるご予定ですの?」
私が受動的な案件で、帝国を訪問したのではなく、能動的に自ら事案を起こすことを察知しているのだ。
「エリーの幸せのためにやってきたのだ。
あとは王国と、そして帝国のためにもね。
エリー。疲れているだろうが、会議に参加してほしい」
「はい、お父さま」
凛とした瞳は、家を出立した時から変わっていない。
この後の会議でも、目的と己の役割をいち早く理解し、「ありがとう、お父さま」と、天使の笑顔を私に向けた。
急な呼び出しにも関わらず、途中参加してくれたルイス殿下も賛同してくれた。
これで準備は万端である。明日が楽しみだ。
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翌日—
私は王国外交団の団長として、エリザベスを伴い、皇城を訪問した。
皇帝に外交団として、謁見を申し入れていたが、私の名を聞き目を見張る。
「ラッセル公爵殿が、王国宰相殿が、いらしたのか?」
「はい。我が国王の意向により、重要な案件が加わりましたので、急遽、参加が決定いたしました」
「そうか。ちょうど娘御のエヴルー卿と我が息子との婚約式もある。ぜひ、参列してほしい」
「はい、その必要もございますので、急ぎ、参りました」
「必要?」
「これ以上詳しいお話は、会談の場で申し上げたく存じます。
また我が娘、エリザベスの同席が必要なため、承認願います」
「うむ、あい、わかった」
用意されていた会議室へ移る。
帝国側は、皇帝、皇太子、外務大臣などの外交関係者だ。
エリザベスは、王国側の末席に座る。
「まず、我が国王の親書をお持ちいたしました。
恐れいりますが、ご一読願います」
侍従により恭しく渡され、「うむ、拝見しよう」と内容を読み始めた皇帝の顔色が、徐々に変わっていく。
「これは、いや、非常に光栄な話ではあるが……」
「光栄と仰っていただき、我が主も喜びましょう。
我が王国と貴国の、新たな架け橋となる婚姻となります」
「しかし、いや、そうか、可能ではあるのか……」
「ラッセル宰相閣下。
よろしければ私にも、その親書を拝読させていただいてもよろしいでしょうか?」
帝国の外務大臣が申し出て、私は貴族的微笑で応じる。
「はい、この場にいらっしゃる帝国の全ての方に、ご一読願います」
回し読みされた親書を前に、帝国側は戸惑いを隠せない。
「この変更を受理していただけますでしょうか。
我が国王の、帝国への親愛の証であり、我が娘への信頼の証でもあります」
「エヴルー卿への信頼の証とは?」
「皇帝陛下。恐れ入りますが、これよりは、我が娘、エリザベス・ラッセル公爵令嬢として、お話いただきたく存じます。
王国では、今もなお、この身分と氏名を保持しております」
この事実を、帝国の人間にはっきりと知らしめる。
エリザベスは、婚約解消により痛手を負った心身の療養に、母から継承した領地、エヴルー伯爵領に滞在しただけなのだ。
出奔し王国の貴族籍を失った訳でもなく、ましてや国外追放された訳でもない。
帝国での正式な叙爵はあったが、王国では、今でもエリザベス・ラッセル公爵令嬢である。
「その身分・氏名の変更は、我が国王がエリザベスの才智・人格・慈愛を認め、娘同然に愛おしんでいた結果にございます。
ご子息の過ちにより、一旦、ご縁は流れかけましたが、あまりに惜しいと、再三再四、ご慰留くださり、本日、披露する運びとなりました。
婚約式に間に合い、ようございました」
王国側の外交団は皆、笑みを浮かべ、和やかな雰囲気で、私の言葉に同意している。
いずれも、王妃教育による公務で、エリザベスの性格や能力の素晴らしさを、把握している者達である。
一方、帝国側は戸惑いを隠せない。
「……では、エリザベス嬢、いや、ラッセル公爵令嬢は、王国の国王陛下の養女となる。そういうことか?」
「はい、その通りでございます。
公爵令嬢、宰相の子女、つまり王国の臣下の子女から、王族である第一王女殿下へ、ご身分と氏名の変更がございます」
「…………しばし、待ってほしい。
エヴルー伯爵という身分はどうなるのだ?」
「そちらはそのままでございます。
複数の国で、異なる身分や領地を持つケースは、今までの歴史上も、国際関係上もございました。
王家同士の婚姻で、2ヶ国以上の王位継承権を持つ方々など、ごく当たり前にいらっしゃいます。
外務大臣閣下、何か問題はございますか?」
「それは、確かに……」
帝国の外務大臣が、事実を渋々認める。
「さようでございましょう?
また、エリザベス王女殿下が、帝国で所持するエヴルー伯爵位を、公爵へ陞爵していただき、エヴルー公爵位と公爵領を拝領する。
この後、ルイス第三皇子殿下と正式に婚姻すれば、この帝国では臣下の身分となるご予定と、帝国と皇帝陛下の名の下に、公告されております。
それは一切変わりませぬ」
我ながら、詭弁だ。
エリザベスが国王の養女となり、王女の身分となれば、エヴルー伯爵領は、王国の王族が所有する、言わば王国の飛び地が、帝国内に一時的にでもできる、ということだ。
しかも、伯爵から陞爵し、公爵領として新たに直轄地を与える公告が発表されている。
王国の飛び地は、ごく短期間だが、さらに拡大する。
たとえ、臣下に降るルイス皇子との結婚により、王女であるエリザベスがこの国に嫁ぎ、臣下となったとしても、実質的に王国の飛び地が存在した事実は残る。
帝国側が喜び半分、戸惑い半分の反応を見せる理由がこれである。
また王国の王女殿下となれば、たとえ帝国のエヴルー伯爵であったとしても、今までとは態度も待遇も変えざるを得ない。
“完全なる臣下”とは言い難く、王国との国際関係が、今まで以上に関わってくる存在となる。
もはや好きなようには扱えない。
エリザベスの才智を搾取することはできない。
「では、エリザベス第一王女殿下。
皇帝陛下、皇太子殿下にご挨拶願います」
「改めまして、王国の第一王女エリザベスでございます。
ルイス第三皇子殿下と婚姻し、帝国と王国の架け橋となるよう、努めてまいります。
皇帝陛下、皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう、よろしくお願いいたします」
たおやかな所作で立ち上がり、流麗にお辞儀をしたエリザベスは、すぐに姿勢を正す。
凛とした眼差しで、堂々と、かつ優雅に、皇帝とその後継者に、王国の王族として挨拶する。
晴れて王族となり、長年の王妃教育が結実した瞬間だった。
「うむ。あい、わかった」
「エリザベス第一王女殿下、よろしくお願いします」
帝国側は冷静さを保ちつつも、エリザベスへのこれまでのツケが回ってきた気分だ。
皇太子に至っては、本性はとうに知られているのに、猫を被ったかのようだった。
「ラッセル公爵閣下。私はこれにて退室しても、差し支えございませんか?」
「はい、エリザベス第一王女殿下。
ご滞在先の、タンド公爵邸から、公爵閣下自ら、お迎えにお越しです。
警護の者とお気をつけて、ご帰邸ください」
ルイス殿下も、タンド公爵と共に待機してくれている。
「ラッセル公爵閣下。
お心遣い、痛み入ります。
帝国を遍く照らしたもう太陽たる皇帝陛下。
並びに帝国の煌めく北辰たる皇太子殿下。
王国の第一王女エリザベスは、これにて失礼いたします。
ごきげんよう」
公爵令嬢から、王国の第一王女殿下となった、我が愛娘・エリザベスは、変わらぬ美しさで、素晴らしいお辞儀をし、静々とこの場を去った。
これは、あくまでも序曲。
さあ、ここから、幕が上がる。
私は帝国の主人と後継者を前に、さらなる外交交渉を始めた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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