35.悪役令嬢の新年の儀
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで35歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「帝国の煌めく北辰たる皇太子殿下。
帝国の芳しい薔薇である皇太子妃殿下。
この度のご慶事、誠におめでとうございます。
帝国の新たなる芽生えと美しい花木のご清祥を、心よりお祈りいたします」
今年最後の夜遅く—
新年の儀の入場を待つ控え室で、皇太子殿下が、妃殿下のご懐妊を、私とルイスに打ち明けた。
ご出産は7月中旬の予定だ。
それを受けてのお祝い言上である。
「うん、ありがとね〜。
そういう訳で、色々迷惑かけるかもだけど、おめでたごとだから、よろしくお願いね。
あ、ルイスもよろしく。
エヴルー卿には、色々頼むかもだしさ〜」
「皇太子殿下。おめでとうございます。
皇太子妃殿下もお身体をどうかお労りください。
ただし、エヴルー卿は“例の件”の影響で、まだ本調子ではなく、婚約式、陞爵の儀、結婚式と控えております。
何とぞ、ご配慮をよろしくお願いします」
ありがとう、ルイス。かばってくれて。
でも、この人は聞かないと思うんだ。
ふう、おめでたいことなのに、つい遠い目になりそう。
申し訳ありません、妃殿下。
「うん、わかったよ」
この『わかったよ』は、『一応話は聞いた。了承は保留』の『わかったよ』だ。
「でしたら、エヴルー卿に“不敬の許し”を頂戴できますか?」
「“不敬の許し”?」
「?!?!」
これには私も内心驚いた。
通常、帝室の臣下である貴族は、皇族に二度命じられれば断れない。
ただし“不敬の許し”を得ている者は、正当な理由がある場合、明らかに理不尽な命令などは断れるのだ。
“不敬の許し”は、皇城内に部屋を賜るよりも、一段階上の寵臣の証とされている。
「エヴルー卿は、皇城の一室の下賜をご遠慮しております。
その代わりに、ぜひともお願い申し上げます。
エヴルー卿は忠誠心のあまり、心身の負担を顧みず、帝恩に報いようといたします。
その忠臣への思いやりと、忠義への褒美として、温情いただきたく、伏してお願い申し上げます」
「え〜、どうしよっかな〜」
ルイスがねばってくれている。
でも無理しないでほしい。
皇太子殿下が、引き換えにルイスに何かを要求しそうで恐い。
そこに美しい声が響いた。
「エヴルー卿に“不敬の許し”を授けます。
すでにそれだけのことをしてくれております。
あなた、よろしゅうございますね」
まさしく、鶴の一声だ。
ありがとうございます。皇妃陛下。
「うむ、そうだな。忠臣に長く支えてもらわねば困る。大切にせねばな。そなたの健康にも関わる。
儀礼官に申し伝えておく。
“不敬の許し”は皇族全員に対してだ。
皇太子もよいな」
「はッ、皇帝陛下。承りました。
エヴルー卿、よかったね。でもウチの奥さんのお悩みとかもよろしくね〜」
皇帝陛下は皇妃陛下に本当に弱い。
皇太子殿下はそれでもぶっ込んでくる。
私は深くお辞儀し、感謝しつつも、釘を刺しまくるしかない。
「皇帝陛下、皇妃陛下。皇太子殿下、皇太子妃殿下。第三皇子殿下。
“不敬の許し”を賜り、帝恩に深く御礼申し上げます。
これからも帝室をお支えできるよう、微力ながら、尽くす所存にございます。
皇太子殿下。皇太子妃殿下のお悩みにつきましては、まずはご侍医の方々のご診断をお願い申し上げます。
私のハーブの調合は、あくまでも補助的なものであり、医学より決して優れてはございません。
その点はご理解のほど、よろしくお願いいたします」
「そうなんだ〜。でも女性にしか言いにくいこともあるでしょ」
ここからは、私と皇太子殿下の交渉だ。
「ご慶事に関しては、女性の侍医の方もお付きしていらっしゃると存じますが……」
皇妃陛下の女性特有のお悩みも、女性の侍医がいらっしゃる。
「それがおばあちゃん先生でさあ。話が合わないらしいんだよ〜。
とりあえず、一回、聞いてあげて。よろしくね」
「エヴルー卿。お忙しいところ、申し訳ありませんが、一度、お願いできませんでしょうか」
妃殿下がたおやかにお願いされてきた。
こうまで言われたら、いくら“不敬の許し”でも断れない。
「かしこまりました。ご都合のよろしい日をご連絡いただきますよう、よろしくお願いいたします」
私は内心ため息をつきながら、絶対に婚約式まではご出仕はしませんと決意した。
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「エリー、話を複雑にしてしまってすまない。
これを終えたら、タンド公爵邸でゆっくり休んでほしい」
「ありがとう、ルー様。ルー様は騎士団寮でお付き合いでしょう」
「ああ、その後は、“家族”の晩餐とやらだ。
まあ、今年は二人のためだ。努力してくる」
「ありがとう、ルー様」
「綺麗なエリーを目に焼き付けておくよ。本当に癒されるんだ」
「ルー様も素敵よ。贈り物もよく似合ってる。
身につけてくれて、ありがとう」
「俺こそ、こんな素敵な一揃いにしてくれて、感謝してる。エリーも似合ってるよ」
大広間への入場の前に、かなり疲れたが、ルイスとの囁き声の会話で、心が温かくなる。
「帝国の輝ける星たるルイス第三皇子殿下、及び、エリザベート・エヴルー伯爵、ご入場!」
儀礼官が開けた扉から入場し、ルイスにエスコートされ、共に歩き、大広間の最奥にある、皇族のための壇に立つ。
婚約者が一緒に立つ場合は、帝室儀礼でも皇族より少しだけ控えた場所だ。
王国でも同様で、かなり頻繁だったため、こういう場合には役に立つ。
今夜のルイスは黒の夜会服を着こなし、とてもよく似合っている。
そして、今夜の二人の宝飾は、マダム・サラが私たちのピアスをヒントにデザインし、宝飾店に注文した品だ。
ルイスはカフスとネクタイピン、スタッドボタンが、二人の色目の四つ葉のクローバーだ。
白金細工を、サファイアとブラックスピネル、エメラルドとイエロートルマリンが彩る。
一方、私の装いは、青いAラインのビスチェタイプのシンプルなドレスだ。
ただし、花びらを3枚重ねたトップスが際立ち、遠目からは、一輪の花のように見える。
ネックレスは曲線と四つ葉のクローバーとを組み合わせた白金細工で、二人の色目のサファイアとブラックスピネル、エメラルドとイエロートルマリンを散りばめている。
髪飾りも同じデザインの白金細工で、結い上げた金髪の両サイドを、羽根の形で飾っていた。
お揃いの宝飾は、円満の証だ。
主に女性達、令嬢やご夫人の視線を集めたようだった。
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皇族入場から、儀式を控え、大広間にすでに並ぶ貴族達は静まり返っているが、その視線は、第二皇子と婚約者がいない壇に注目している。
幽閉の罪名、母側室の毒殺未遂は公告され、その内容は皇城内外に衝撃を与えた。
当然、母側室の母国、公国の大使館を通じ、本国へ通告し、その後は各種折衝を行っているらしい。
と同時に、目立たぬ連行とはいえ、直前まで第二皇子と踊った私が、あの夜、皇城に急遽泊った。
その後も、しばらく姿を見せなかった事により、同じく毒を盛られたという噂は根強くある。
さまざまな思惑が渦巻く静寂の中、皇太子皇太子妃両殿下、皇帝皇妃両陛下の入場が続き、儀礼官により、新年の儀の始まりが告げられる。
ほぼ同時に、皇城内の聖堂から、鐘の音が鳴り響き、大聖堂を始めとした、帝都中の聖堂で高らかに鐘が鳴らされる。
その中で、大広間に集った貴族達は、心臓の上に右手を当て、神へ祈り、帝室への忠誠を誓う。
儀礼官が鐘の音の静まりを見計らい、祈りの終わりを告げると、皇帝陛下のお言葉だ。
朗々とした威厳を感じさせる声で、新年と臣下の忠心、帝国のさらなる繁栄を寿ぐお話の最後に、皇太子妃殿下ご懐妊についても発表される。
自然発生的な万歳三唱が続き、皇帝陛下が手を挙げると、またもや静まり、お言葉を終える。
皇太子殿下の乾杯の挨拶に合わせ、赤ワインで祝杯を上げた後は、高級貴族から、皇族への挨拶が始まる。
私は頭の中の貴族年鑑のページをめくりながら、ルイスと共に挨拶を受け、定型文に適切なひと言を加え、返礼し続ける。
伯爵クラスを終えると、皇太子妃殿下が、皇太子殿下の勧めで椅子に着席される。
異例のことだが、溺愛を知っている臣下達は、この場では見て見ぬ振りだ。噂の種にはするだろう。
下級貴族まで全て終わると、私とルイスは、皇帝皇妃両陛下と皇太子皇太子妃両殿下に断りを入れ、壇を降りる。
皇妃陛下のお顔の色が悪いのが気になったが、お疲れのためかと思う。お忙しいお身体だ。
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公爵エリアで、新年の挨拶を受けながら歓談している、タンド公爵家の元へ向かう。
「ルイス殿下、エヴルー卿。新年からお疲れ様でした」
伯父様が早速、労ってくださる。
「ルイス殿下、エリー。喉は乾いてない?
話し疲れたでしょう」
給仕からシャンパンや果実水を受け取り、皆で乾杯する。
そういった光景があちこちで見られる。
年始回りが一度に済むので、能率的ではあるが、忙しくもある。
同じ、もしくは近い階級は、控え室や、先に入場している間に、すでに挨拶をすませている。
この時間は、下級貴族から、交流のある上級貴族へご機嫌伺いに来るので、伯父様達も忙しい。
私とルイスも共に挨拶を受け、まもなく行われる婚約式と、6月の陞爵の儀、結婚式を改めて祝福される。
そこに皇帝陛下、お一人でお越しになった。
「タンド公爵、改めて、今年も頼りにしているぞ」
「タンド公爵家あげて、帝室に忠誠をお誓いいたします」
大盤振る舞いをしてもらいますものね。
その前振りにお越しに来たのだろう。
私も含めて、公爵家全員、いや騎士団勤務についているピエールを除き、忠誠の礼を取る。
「皇妃は皇太子妃に付き添っていての。
初めてで不安だろう。
そうだ。公爵。姪のエヴルー卿だが、皇太子妃のハーブ調合師も務めることとあいなった。
そち達も祝い事が続くが、よろしく頼む」
うっわ。ここで言いますか。
せめて私が帰って報告するまでとか、考えないんですね。
待てがきかないお人柄なんですね。
伯父様は驚きを押し隠し、私への視線と頷きで確認すると、陛下にお礼を申し上げる。
「さようでございますか。
姪も数々の式典を控えた多忙の身ながら、誠意を尽くすかと存じます。
何とぞご温情をもって、ご依頼くださいますよう、よろしくお願いします。
エヴルー卿も体調不良で、皇妃陛下や皇太子妃殿下に万一にもご迷惑をおかけすることがないよう、充分に気をつけるように」
「皇帝陛下、晴れがましいお役目と、また慈愛溢れるご配慮を頂戴し、恐悦至極に存じます。
タンド公爵閣下。実は大変なご配慮をいただきました。
私に“不敬の許し”を賜りました」
居合わせた一同が、音もなくどよめく。
皇帝陛下だけ、『うむうむ』と頷いているが、これは絶対、自分から話して驚かせたかったのに、って感じだなあ。
「……それは、多忙な姪に対して、最大のご配慮、誠にありがとうございます」
「いやいや。皇妃と皇太子妃の健康のために尽くしてくれるエヴルー卿が、忠誠心のあまり、倒れでもしては、本末転倒ゆえな。
ルイスも婚約者を労るように」
「はい。父上が母上を労るように、お手本にさせていただきます」
ルイス〜。私のために頑張って、皇帝陛下を父上呼びしてくれて、しかもお手本って。
牽制してくれて、護ってくれて、本当にありがとう。
「うむ。そうするとよい。ではな」
また別の公爵家へ向かう皇帝陛下を見送ると、伯母様が扇の陰で、私に囁く。
「エリー。後ほど詳しくね」
「はい、伯母様」
さすが、伯母様。簡潔明瞭だ。
皇太子殿下の来襲を警戒していたが、壇を降りた途端に囲まれ、さすがに脱出できなかったようだ。
婚約式までの間に、無理矢理、初出仕を押し込まれず、一安心だ。
この夜、この大広間で、私の皇太子妃殿下のハーブ調合師就任、さらには“不敬の許し”を賜った件は、水を得た魚のように触れ回られた。
その結果、新年の新聞に、『皇太子妃殿下ご懐妊!』の大ニュースとセットで、『エヴルー卿、皇妃陛下に続き、皇太子妃殿下のハーブ調合師に就任。また“不敬の許し”も賜る』と、帝都中に知られることとなった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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