33.悪役令嬢の願い
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで33歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「さようでございますか……」
そのひと言しかない。
第二皇子は“塔”に幽閉された。
これ以上の治療は行われない。最低限の食事のみで、使用人も付かない。
被害者として、皇帝陛下の決定に口をはさめる権利もない。
第二皇子は、ゆるゆると死に向かっていく。
自分が今まで手にかけた方々の恐怖を味わい、ありえないだろうが、罪の懺悔を望むだけだ。
捜査結果は、ほぼクロだった。
私に対しては、証拠品がありすぎて、即確定された。
使用人についても、側室と第二皇子に関しては、他の皇族を担当する人達よりも退職率が明らかに高かった。
帝都にいた退職者を検査すると、弱毒ではあるものの、高確率で毒が確認された。
秘密裡に恩給措置が取られたが、死亡者は死因が特定できずそのままだ。
何より恐ろしいことに、婚約者と、そして母である側室にまで、毒ではなく、依存性のある薬物を少量ずつ盛っていたことも判明した。
婚約者のご令嬢は日が浅く、すぐに回復する見込みだ。
一方、側室は数年単位と見られ、“離宮”に移されて以来、“禁断症状”もあり、人に会える状態ではなくなっている。
周囲は幽閉されたショックから、そうなっていたと思い込んでいたという。
皇妃陛下への嫌がらせだった、毎日の先触れなしの訪問も、感情を異常に増幅させたりする“薬物”の“症状”だった可能性もあるという。
共犯者は捜査線上には浮かび上がらず、単独犯の可能性が高い。
第二皇子の居室の隠しスペースにあった、毒物や薬物の入手ルートは、鋭意捜索中とのことだ。
あの“ダニ”、いったい何、考えてたんだ—
あ、“ダニ”とは、伯母様の命名だ。
「第二皇子なんてもう呼ばなくていいわよね。口にするのもおぞましい。
あれ、も普通に使うでしょうし、面倒だし、困ったわね。
どうしてあれのために、私が困らなきゃいけないんでしょう。
だいに、だいに?だに?
そうね、“ダニ”がふさわしいわ。
ウチでのアレの呼び名は“ダニ”にしましょうね。
もう呼びたくもないけど、報告はしてちょうだい」
こう、伯父様を押し切った。
正直、ダニの方が迷惑だと思う。
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あの皇城舞踏会から2週間—
今、ルイスが私の目の前にいる。
騎士団による、今回の事件の捜査本部の代表、及び皇帝陛下の内々の使者としての訪問だ。
タンド公爵家の応接室にて、家内では“ダニ”呼ばわりされている、第二皇子についての事件を報告している。
隣りには、タンド公爵たる伯父様もいる。
伯父様も非常に渋い表情だ。
出仕した皇城で聞かされていない情報があったのだろうか。
「ルイス殿下。いや、ルイス参謀殿。
それで、第二皇子が“塔”に入る罪名はなんとされるか、お聞かせいただきたい」
ああ、ここか。知ってて尋ねてるんだ。
“公式”な捜査本部の代表に、“公式”な質問の記録を残す意味で、だ。
ルイスの口元がわずかに苦く歪む。右頬の傷も微妙に引きつる。痛みはないのか、心配になる。
「毒殺未遂です。
実母である側室に毒を盛っていたという罪名で、幽閉されます」
「ほほう。このエヴルー卿への毒殺未遂は、なかったことにされる、と、陛下は仰せということですな。
タンド公爵家をよくもバカにしてくれたものだ」
どうやら、話を聞かされていなかったらしい。
まあ、この件に関しては、伯父様は根回しを一切拒否しただろうから、無駄とも言える。
皇帝陛下か皇太子殿下ならやらないだろう。
でも、無駄に意味がある時もあるんだけどなあ。
ルイスがコクッと喉を鳴らす。
このところ、穏和な面で打合せをしていた伯父様相手の、それもやりたくもないだろう交渉だ。
緊張するのも無理はない。
「タンド公爵閣下。誠に申し訳ありません。
そちらについては、帝室よりエヴルー卿、及び後見人であるタンド公爵家への見舞いとして、エヴルー卿には、皇城内に一室を下賜する。
タンド公爵家へは、従属爵位であるご長男殿のノール伯爵位を侯爵へ、また次男ピエール殿のウィンド子爵位を伯爵へ、各々、陞爵し、そして新たに、リド子爵を従属爵位として授爵したい。
何かを機にゆるゆるとだが、との仰せです……」
「…………」
伯父様が不機嫌そうに黙り込む。
こうきたか。
このタンド公爵家への大盤振る舞いは、エヴルー伯爵位をお母さまに与え、なおかつ、私に継承させ、半ば独立して別家となったことによる、タンド公爵家内の歪みを、全て解消する良手だ。
今、最も割を食っているのは、次男ピエールで、本来なら、私が持つエヴルー伯爵をもらえたところを、ウィンド子爵に留まっている。
このウィンド子爵は、本来ならば嫡孫に与える爵位であり、ノール伯爵と共に長男に与えられるものなのだ。
それが、一段ずつ陞爵され、さらに子爵が貰える。
お釣りが来るほどだ。
「伯父様。とても良いお話かと存じます。よろしければ、お受けください。
帝室とのご関係もありますが、何よりお母さまがお喜びになります。
私の願いでもあります」
「エリー……」
うん、大盤振る舞いだからね。これで充分。
私も従兄弟達に、気兼ねがなくなるし、良いこと尽くめだ。
だけど、皇城の部屋は要らない。
ぜ・っ・た・い・に!
皇城に一室を賜ることは、非常な名誉とされ、寵臣の証とされる。
そんなもの、欲しくありません。
また、どこかの誰かに羨望・嫉妬されて、毒殺されかねない。
「ルイス参謀殿。タンド公爵家へのお見舞いのみで、私にとっての帝恩は充分にございます。
皇城の一室については、何とぞご辞退したいとお取次願います」
「エヴルー卿……」
ルイスが私に向けた双眸に、すまなさと切なさがわずかに滲む。
私がこういうものを望んでいないことを、ルイスはよく知っている。それでも使者として言わざるを得なかった。
どうにもしてやれないもどかしさも伝わってくる。
わざわざルイスを使者に選び、私達と板ばさみさせてる父子を蹴り上げてやりたくもなる。
「エリー。そなたの命がかかっていたのだぞ。
皇城の部屋くらい、何室でももらえるほどだ。
我がタンド公爵家でさえ、いただいているのだ」
「伯父様。私は欲しくはございません。
皇妃陛下のハーブティーの調合師も拝命しております。
とてもお世話になっている伯父様達へのお見舞いで充分ですわ。
それに、ルイス参謀殿。
私は父・ラッセル公爵にこの件を、“まだ”話しておりませぬ。
ご安心ください、ともご報告ください」
「エヴルー卿……。あい、わかった。感謝いたす」
ルイスが騎士として深い感謝の意を示す。
これは王国の宰相の娘への、暗殺事案でもあるからだ。
王国側に知られれば、非常に厄介なこととなる。
その口封じもあっての、大盤振る舞いなのだ。
「その引き換えではございませんが、“公国”とのご関係はいかがされるご予定か、ご存知ですか?」
交通の要衝の地である公国との同盟関係は、帝国にとって重要だ。
たとえ、公国が小国だろうとも、絶対に維持したい案件だろう。
だから、“あんな”側室でも、非常に強くは出られなかったのだ。
「……現公王の娘、公女か、公国内の貴族令嬢を、公王の養女とし、第四皇子、もしくは第五皇子の皇子妃とする交渉をされるご予定らしい」
そうきたか。今度はまともな公女様であることを祈るよ。
いっそ、早めに引き取って、皇妃陛下が自ら育てればいいような気がする。
人質にもなる。なんて残酷なことも考えてしまう。
しかし、帝室としては当然の選択だ。
「さようでございますか。おめでたいことでございます」
「祝意は陛下がたにもお伝えする。
それと、実は……」
ルイスの眼差しがやや俯き、奥歯を噛み締める。両手が膝の上で強く拳を作る。
よほど言いたくないことを命じられたらしい。
アイツら、私のルイスに何させてるのよ。
「あの、エヴルー卿が、ドレスの『裏打ち』にされていた生地の、製作方法を、伝授いただけないか、との仰せがあった……」
あ〜。アレを見せたら、こう言い出すかもなあ、とは思ってたんだよね。大当たりだ。
暗殺防止になる生地で、鎖帷子より軽く、防御力は高い。
一見しても分からず、女性にも“着れそう”。
うん、あくまでも“着れそう”ね。
あれはある程度は鍛えてないと、一般のか弱い貴族女性は無理です。
と、答えないといけませんね。決まってるけれど。
「“あの生地”の製作方法について、私は一切、存じません。
我が父・ラッセル宰相のみが知っております。
押収された生地がございます。返還は望みません。
そちらを参考にされては、いかがでしょうか」
「それが……。試したが、いずれも失敗したと仰り……」
あらあら。もう試したのか。
うん、無理だろうね。お父さまだって、職人達と試行錯誤の上、やっと生み出したんだもの。
ほいほい作れてたら、苦労はしていません。
お父さまの、お母さま愛をなめないでいただきたい。
「さようでございましたか。
父も、母のために、“非常に”苦労したと申しておりました。“是非”、父にご相談くださいませ。
私は一切存じませぬ。
それともこのまま連行されますか?
手持ちの生地を押収されますか?」
「そんなことはさせない!この剣にかけても護ってみせる!」
ルイスは気色ばみ、腰の柄に触れ、私に胸を張る。
あらやだ、すっごくかっこいい。
青い瞳に焔が宿ったみたいで、ものすごく綺麗だ。
紅潮した頬の傷が三日月のようだ。
「ルイス参謀殿に護っていただけるなら、何者にも変え難いほど安心ですわ。ありがとうございます。
父も結婚式には、万難を排しても参列したいと申しております。その際、ご相談されてみてはいかがでしょうか?」
「では、そのように申しあげます」
この時、隣りに座る伯父様から声が上がる。
「ルイス参謀殿。
そもそも、貴殿のような、日々の厳しい訓練に鍛えられた、近衞役の騎士が、常にお側に控えているにも関わらず、“あの生地”をお求めになりたいとは、いかなるおつもりであろうか。
我が愚息ピエールも、騎士団にて奮闘し、血と汗を流しているのは、帝室と帝国を守護したてまつるためですぞ。
私も若いころは同様でした。
敵に囲まれた戦場ならいざ知らず、騎士達に知られれば、どう思われるか。
エリーもアンジェラも、そういった護り手がなかった故の、ラッセル公爵殿の苦肉の策。
その点もお考えください、とお伝え願いたい」
「かしこまりました」
伯父様の仰ることは、ものすっごく正論だ。
それこそ慎重に扱わないと、騎士団との信頼関係にも関わってくる。
でも、あの皇太子殿下にかかると、「それでもスルッと暗殺の手って抜けてくるじゃない?エヴルー卿もそうだったけど、ダンスの時なんて、誰も守ってくれないよね〜」って平気で言いそう。
これも正論。
あれ、今、何か引っかかった、ような……。
「……ルイス参謀殿。
皇族の方々のダンスのお相手は、ほとんどが内定されていらっしゃいますよね。
第二皇子のリストには、私の名前はあったのでしょうか?」
そう。皇族方は誰でもほいほい踊ったりしない。
特にこんな皇城舞踏会なんて、正式な場では特にだ。
政治的な意味が生まれたり、互いに利用したりするためだ。
たとえば、『ダンスのお相手で見初めたので、お側に召し上げる=側室にする』といった形式美に則られる。
「いや、それは確認したところなかった」
「そうですか……」
あの時、第二皇子をお膳立てするように、伯父様も従兄弟達も離れた。
伯父様と伯母様のダンスは自主的だ。
だが、従兄弟達二人はどうだろう?
恐らくは第二皇子に頼まれた派閥の人間が、意図を知らずに、やらされたんだろうけど、派閥はもう瓦解した。
下手に突かない方がいいか、警告しておいた方がいいか、どちらだろう。
「ルイス参謀殿は、先ほど共犯者はおらず、単独犯の可能性が高いと仰ってましたが、派閥の方々の捜査もされたのでしょうか」
「はい、実施しています。
特にタンド公爵家のご兄弟の動向に関した者を中心に捜査しましたが、怪しい証言や物的証拠は見つかりませんでした」
「わかりました。ありがとうございます」
素人の私よりもその辺はルイスがしっかり調べてくれてるよね。皇城に住む狐達は、尻尾を早々に掴ませないか。
ここで、ルイスがすっと姿勢を正し、私と伯父様に向かい合う。
「エヴルー卿。
ここからは私見ですが、引き続きご注意ください。
自業自得なのに逆恨みに思う者など、世の中には山ほどおります。タンド公爵閣下もよくご存知のはずです。
エヴルー卿、どうかお願いします……」
ルイスの真摯な願いには、私も真摯に応えよう。
それは私の願いでもある。
今回はどれだけの心配をかけたか分からない。
昔の深い傷をえぐるような事件の捜査もさせてしまった。
もちろん、お父さまや、エヴルー領の皆、伯父様を始めとしたタンド公爵家の皆の、私を大切に思ってくれている皆の願いのためにもだ。
「はい。十二分に注意いたします。
伯父様が手続きをしてくださって、マーサを皇城内に連れて行けるようにもなりました。
エヴルーとタンド公爵家の警護もおります。
ご安心ください」
貴族が皇城内に、侍女や侍従を連れて入るには、その者達の事前審査が必要で、身分は基本的に子爵家以上だ。
マーサはここに引っかかっていたのだが、今回は緊急事態で、伯父様が特別に請願し許可された。
また進めていた養子縁組の手続きも終わり、晴れて皇城内で一緒にいられる。
正直、とっても嬉しい。
「マーサが。それはよかった。私も安心です」
心底ほっとしたような顔だ。
とはいえ、マーサはどれだけの信頼を置かれてるんだろう。
マーサ、すごい。
ちょっと不思議に思えたが、ルイスの安心が一番だ。
「油断しないように気を付けます。
もうすぐ大切な婚約式ですもの」
あ、自分で言っちゃった。
それも婚約者を目の前にして、つい、言ってしまいました。
「………………」
「………………」
私の首からさあっと熱を帯び、頬を桜色に染め、少し俯く。
ルイスも顔が紅潮し、口許に手を当て、目線を逸らす。
流れる甘い空気に、伯父様が、一際大きく、「うっおっほん!」と咳払いしてくれる。
助かった。
「では、そろそろご使者殿のお見送りをいたしましょうかな」
「かたじけない。ありがとうございます」
ルイスはきりっとした面持ちを取り戻し、使者として皇城へ帰った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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