32.悪役令嬢の休憩
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで32歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「本当に。備えあれば憂いなし、だったわねえ」
「お父さまの、お母さまへの、愛情が、こんな、風に、役立つ、なんて、思いも、しません、でした……」
休憩室に担ぎ込まれた私は、すぐにドレスを脱ぎ、伯母様と二人、自分の肌と、ドレスの『裏打ち』の生地を確認した。急いでローブを羽織る。
伯父様を始めとした男性陣は、仕切られた衝立の向こうで待機中だ。
従兄弟兄弟妻の“お義姉様”達が、騎士団からの被害確認も、待たせてくれている。
「肌に傷はないわね。本当によかったこと」
「“裏打ち”は……。2枚目、まで、行って、ます。
変色、してる、ので、恐らく、毒、かと……」
「全くなんてことを。
これは証拠品で提出でしょうから、あなたのドレス、すぐに持って来させるわね」
「お願い、します、伯母様」
「エリー、あなた。顔色があまり良くないわ。
息も切れてる。無理もないわ。
ベッドに横になって、休んでなさい。
替えのドレスは締め付けない、楽なタイプにしてもらうわ」
伯母様が衝立の向こうに出ていき、騎士団の方々に証拠品として説明している。
入れ替わりに“お義姉様”達が入ってきて、ベッドに横にしてくれ、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
私は第二皇子に密着された耳が気持ち悪くて、濡れタオルをもらい、必死にこする。
「エリー様、あまりこすると、肌を傷つけてしまうわ」
「お湯をいただいてきて、洗ったほうがよいかしら」
「あら、ちょっと待って!大変!腫れて血が滲んでるわ!すぐにお医者様を!」
そこからがまた大変だった。
すぐに複数の侍医が呼ばれ、診断と鑑定を行う。
使用済みタオルから、毒の成分が検出され、一気に緊張が高まる。
解毒剤をすぐに服用し、患部を洗浄し塗り薬を塗布する。
温かいお湯を飲んで、排出を繰り返すよう指示された。
その後、侍医のお一人が人払いをした上で、私に尋ねる。
「エヴルー卿。捜査の者にしか、決して申し上げませぬ。エヴルー卿は毒に“慣れて”おいでですな」
私は深いため息を吐いた後、小さく頷く。
「はい、王妃、教育の、一環で、毒慣らし、いたし、ました」
「さようでございましたか。ご返答、ありがとうございます」
「先生。私に、盛られた、毒は、どのような、もの、ですか?」
「命をすぐに奪うものではありませんが、運動神経を狂わせ、頭の働きも鈍くし、機能不全が徐々に広がっていくものでございます。
すぐに気づかれて、拭き取られており、ようございました」
いや、あれは気持ちが悪くて、必死に拭き取ってたんだけど、怪我の巧妙?
あ、少し眠くなってきた。
「わかり、ました。毒を、どうやって、もったのか、あとで、教えて、ください」
こういうのが精いっぱいで、私は眠りに入る直前に、侍医の、「かしこまりました」という声を聞いたような気がした。
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数時間後—
目が覚めた時、寝衣に着替えさせられ、私は別の部屋にいた。
皇城内の客室らしい。息も眠る前より呼吸しやすい。耳も気になる違和感がない。
解毒剤がかなり効いたようだ。
身動きすると、マーサが声をかけてくれる。
「エリー様、お目覚めになられましたか?」
「マーサ?ここはどこ?家じゃ、タンド家じゃ、ないわよね?」
「はい。皇城の一室でございます。
タンド公爵様は、お嬢様を連れて帰るとお怒りでしたが、捜査と安全のため、もう一晩、と侍医の方が説得されました」
「今、何時ごろかしら?」
聞けば、真夜中だと言う。かなり眠ってたわけだ。
「そう。身体もだいぶ楽になったわ。
お湯をもらえるかしら?
お薬以外は、飲んで出すしかないのよね」
マーサが飲みやすい温度のお湯を、毒味した上で渡してくれ、私はゆっくり飲む。
マーサの補助を受け、徐々に起き上がり、そおっと立ち上がる。
多少ふらつくものの、すぐに元に戻り、お手洗いにも無事に行けてホッとする。
毒慣らしの酷い時は、こんなものじゃなかった。
ベッドに入ると、無性に飲みたいものが浮かんでしまう。
「ああ、ハーブティーが飲みたい……。蜂蜜入りの……」
「申し訳ありません。そこまでお持ちできず……」
「ああ、マーサのせいじゃないの。
悪いのはアイツだもの。
そういえば、伯母様や伯父様、タンド家の方々は?」
「公爵様以外、お帰りになりました。
公爵様はお近くのお部屋でお休みでございます」
「そうなのね。伯母様達、心配してないと良いんだけど……」
「ご心配になって、当然でございますとも!
お嬢様にこんな酷いことを!」
「まあまあ。そういう人だったのよ。
我慢ができなかったんでしょう。病的なところがあったし。周辺調査、した方がいいと思う。
他にもされた人がいそう。
ルー様、いえ、ルイス殿下に伝えて。
そういえば、ルイス殿下はどちらにいらっしゃるの?」
目が覚めたら、側にいて欲しかったなあ、というのは、明らかな本音だが、彼の職務はそれを許さないだろう。
第二皇子に、第三皇子の婚約者毒殺未遂の嫌疑がかかっているのだ。
「ルイス殿下は、現在捜査中でございます。
ただ、お嬢様をこちらにお移ししたのは、ルイス殿下でいらっしゃいます。
奥様がお止めになるのを、シーツに何重にも包んで、絶対にお肌に触れず、落とさないと仰せで……。
宝物のように運ばれて、髪を何度も撫でていらっしゃいました」
聞いてて顔が赤くなってしまうが、とっても嬉しい。
その時起きていたかったな。
「そう。お忙しいのに来てくださったのね」
「はい。これだけは絶対に譲れないと……」
『絶対に譲れない』
ルイスってこういうところ、胸がポカポカしてくるんだよね。
「ありがとう。マーサ。話してくれて」
ここで、くうと小さくお腹がなる。
「あら、鳴っちゃうのも無理はないわよね。
しばらく断食なのかしら」
「お医者様は、起きて食欲があるようなら、呼ぶように、と仰せでございました。
少々お待ちくださいませ」
マーサが部屋の外に警護していた騎士に頼み、侍医を呼んでくれた。
診断は、順調に回復中で、はちみつ湯やパン粥など、消化にいいものなら良しとのことだ。
「パン粥、食べたいんですが、真夜中ですし…」
「厨房には必ず夜番が控えております。ご遠慮されませんように」
優しい侍医のおかげで、マーサが毒味してくれた温かいパン粥を食べお湯を飲み、すぐに眠りに着いた。
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翌朝—
マーサの補助を受け、身嗜みを整える。
届けてもらった、緩やかなドレスに着替え、侍医の診察を受ける。
毒はかなり消えてはいるが、もう少しの間、服用・塗布し、無理は決してしないこと、水分をなるべく摂り、排泄することなど指導される。
ハーブティーについて確認したところ、毒消しに問題ない数種類は許可が出た。
帰ったらブレンドしようと心が少し軽くなる。
事情聴取がある間は、移動が負担になるだろうから、皇城に滞在した方がいいだろうと勧められた。
診察を終えると、伯父様・タンド公爵がいらっしゃる。
「エリー。大変な目にあったね。
身体の調子はどうだい?」
心配そうに尋ねる伯父様に、診断などを告げる。
ただ伯父様は皇城滞在には反対だった。
「我が家の方が、エリーも落ち着く。安全だ。
捜査なら、先方が出向けばいい。
ヤツ、ゴホン。第二皇子は逮捕され、牢にいる。
証拠品も押収された。
エリーに聞き取ることも少なかろう」
「朝食後、騎士団の方がいらっしゃるのでしょう?
その時にお願いすればいいと思うの」
「そうだな。そうしよう」
私と伯父様で朝食を食べ(無論、毒味付き)、身嗜みを整え、事情聴取を待つ。
やってきたのは、案に相違して、ルイスではなかった。
「ルイス参謀は、第二皇子の取り調べに鋭意、取りくんでいます。ご安心ください」
私はルイスが熱くなってないか、心配だった。
あんな第二皇子のせいで、ルイスにこれ以上の被害が、及んでほしくない。
「あの……。違反行為とかされてないですよね?
きちんと冷静にされてますよね?」
「はい、そこは遵守しています。それに取り調べも個人ではなく、複数ですので、いざという時は止められます」
止める前提なんだ。それでもよかった。
「よかった。あんな方のために。ルイス参謀殿の未来に関わるなんて、絶対に嫌なんです。
捜査には協力しますので、どうぞ、お聞きください」
取調べ役は2名で、1名は筆記している。
伯父様は立会人として、見守ってくださり心強い。
私は第二皇子がダンスに誘いにきてからのやり取りや動きを、覚えている限り、説明した。
「……なるほど。ありがとうございます。
とてもわかりやすい。助かります。
あとは、証拠物品についてなのですが、あのドレスはいったいどのような品でしょうか。
ふつうのドレスとは、明らかに異なりますよね?」
はい、そうですよね。聞かれると思ってました。
「あちらは、実家、隣国のラッセル公爵家で生産している布地を、“裏打ち”に使用したドレスです。
その布地は一般には販売しておりません」
“裏打ち”とは、生地に厚みや張りを持たせ、または補強したい場合、もしくは、透ける布の透け防止などを目的に、表側の布の裏側に、別布を当てたりすることである。
「一般には販売していない、特殊なものなのですね」
「はい。銀糸を用い、目を非常に細かく織って、その薄い布を数枚重ねると、刃物をほぼ通さなくなるのです。通しても軽傷ですみます。
私の母、この国のタンド公爵家の令嬢ですが、男女問わず、一方的に恋情などを寄せられることが非常に多く、悩み疲れ果て、帝都から一旦はエヴルー領地に転居しました。
そこでもトラブルに巻き込まれ、隣国の王国まで参り、父ラッセル公爵と出会い結婚いたしました。
ただ、その一方的に男女から好まれる事象は変わらず、父は極力、母を守り続けましたが、もしもの時に備えて、この織物を作り、母がまれに社交に出るドレスのトップスには、この織物の布を“裏打ち”しておりました。
実際、狙われたことは一度や二度ではなかったそうです。
振り向いてくれない恨み、悪戯目的、恋人が母を好きになったので、恥をかかせてやりたいなど、あったそうです」
伯父様が抑え切れない辛そうな表情を、わずかに浮かべる。似たようなことは、帝都でも起こっていたのだろう。
お父さまは決して言わなかったが、使用人が『奥様のお肌にはいくつかうっすらと傷痕があった。おいたわしい』と話していた。
お母さまが、半ば結婚を諦めていた理由の一つでもあるだろう。
「なるほど……。エヴルー卿のお母上のために、作られた布だったと」
「さようでございます」
「それをエヴルー卿も用いていらっしゃったのは、どういった理由か、差し支えなければお聞かせください」
「はい、申し上げます。
ルイス殿下との婚約が発表された後、父ラッセル公爵が心配して、送ってまいりました。
新参者の私が、紛争勝利の立役者であるルイス殿下と結婚する。
特に以前からルイス殿下に、思いを寄せていた方は、思いあまって何をするかわからない。
念のため、ドレスの調製に用いるように、との親心でございます」
「そういったご事情でしたか。詳細にありがとうございました」
「あの、取調べが終わりなら、お聞きしたいことがあるのですが……」
「お話しできることなら……」
「第二皇子殿下は、毒を二種類用意していた、ということですか?
刃物と、後は、ご自分の口に含んでいた分と二段構えをされていた」
「はい。エヴルー卿が指摘された通り、指輪にはナイフが仕込まれており、そこにも毒が塗られておりました。
もう一種類は、歯に仕込まれており、噛んだ後、ある一定時間は毒の息、毒の唾液が吐けるというものです。これは自分に毒を慣らした上で行っていました」
「……そこまでやった動機を話してますか?」
「母である側室の失脚を恨んでいたようですが、まだ毒が抜け切れず、朦朧としています。
確保した際、うがいをしたがったのですが、理由がわからず、そのまま、別室に移送し、そこで、異常に気がついたもので、解毒するのにかなりの時間を要しそうです」
「以前のように回復できるのですか?
侍医の方は、『命をすぐに奪うものではないが、運動神経を狂わせ、頭の働きも鈍くし、機能不全が徐々に広がっていく』と仰っていました。
つまり、毒消ししなければ、少しずつ運動機能や思考が衰え、最終的には死に至る毒ですよね?」
「それはまだ、はっきりとしたことは、分かりません」
「そうですか。実は別件でお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「内容によりますが、それでよろしければどうぞ」
「ありがとうございます。
先ほど供述した通り、容疑者の第二皇子殿下には、加虐的で、人を責めさいなむような性格が、非常に強く見受けられました。
念のため、周囲の方々に毒が用いられていないか、調べて欲しいのです。
また、あの方に関わっていた下働きなどの使用人達で、体調不良で退職した後、どうなっているのか。
私にはこれが初犯とは、到底思えません。
かなり手慣れた犯行に思えます」
聴取役と書記役は、顔を見合わせる。
「わかりました。エヴルー卿のご意見は、必ず上に申し伝えます。ご指摘、感謝します」
「恐れ入ります。それと、私の身柄ですが、タンド公爵家に移しても、差し支えございませんか?
やはり住み慣れた場所で療養したいのです」
ここで見守っていた伯父様が発言する。
「それは後見役としても、要求いたしますぞ。
姪は被害者なのです。まだ協力者がいる可能性が、少しでも残っている皇城で療養などさせられません。一刻も早く、解放していただきたい。
聴取があれば、そちらから出向くべきでしょう」
「わかりました。上と相談して、ご連絡します。
どうぞ、治療に専念ください。
捜査にご協力、ありがとうございました」
取調べ役は敬礼すると、礼儀正しく退室した。
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2時間後、帰宅の許可が出た。
知らせに来たのは、ルイスだった。
私が伯父様とマーサにお願いし、二人も気を利かせて、ドアは開けたままだが、二人っきりにしてくれる。
「ルー様。お疲れ様です。私はもう大丈夫です」
「エリー。本当に無事でよかった。
本当に、本当に、よかった……」
「ルー様……」
ルイスがそっと逞しい両腕で私を囲う。そして背中に流した金髪を、ゆっくり撫でてくれる。
その顔は見るからに憔悴していた。
乳母を守れなかったと嘆いていたルイスにとって、私の毒殺未遂はどれほどの衝撃だったか、計り知れない。
自分の命はもちろん、ルイスの心を深く傷つけた第二皇子を、私は絶対に許せなかった。
「エリー、護れなくてすまない……。
あの時、騒ぎを起こしても、さっさと引き離せばよかった。
エリーを、もう少しで喪うところを、俺は呑気に、ダンスを見ていて……」
「そんなことはありません。
ルー様が見守ってくれたから、立ち向かえてたの。
嫌だ、触るなって思ってたから、ちょっとでも毒が避けられたの。
ルー様。私を見て。私は元気で、ここに立って生きてるわ」
私はルイスの青い瞳をじっと見つめる。
じわりと潤んだ目元に、ハンカチをそっと当てる。
「……エリー。本当に生きてくれてて、ありがとう。
タンド公爵家でゆっくり療養して欲しい。
しっかり毒を抜いて、無理はしないように。
婚約式は大切だが、エリー自身はもっと大切なんだ」
ルイスの声が優しい。心からの労りが伝わってくる。
「はい、ルー様。無理をしようとしても、マーサや伯父様、伯母様達がさせてくれないわ。
私に信用なくても、マーサにはあるでしょう?」
「ククッ、確かにそうだな」
ルイスが小さく笑い、空気が少し軽くなる。よかった。
無理もないけれど、あの第二皇子相手にあまり思い詰めないでほしい。明らかに異常者だ。
「ひどい。そこは否定するところでしょう。でも笑えてよかった。
嫌な事件になりそうだから、気分転換してね。
差入れしてもいい?」
「ああ、待ってるよ」
「あと……。調べて被害者が出てきたら、表立たなくても、救済策をお願いします。
本当に酷い毒……。せめてもの償いにお願いします……」
「わかった。上に掛け合うよ」
私はここで声を潜める。
「もしダメだった時は、密かに教えて。院長様とします。見過ごすなんてできない。
一歩間違った私だもの……」
「エリー。約束するよ……」
ルイスは最後に私をそっと抱きしめると、伯父様とマーサに私のことを頼んで、部屋を去った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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