30.悪役令嬢の衣装合わせ(婚約式)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで30歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリーのおかげで、ずっと調子がいいのよ。ありがとう」
「何よりのことでございます」
「やっぱり心の安らぎって大切ね」
「さようでございますね。非常に重要かと思います」
皇妃陛下はご機嫌で、音楽を奏でるようなお声で話しかけてくる。
いただいた体調の記録書を確認しながら、皇妃陛下の心身の調子を聞き取り、今回の調合について説明する。
年代特有のお悩みも、症状がずいぶん軽くなってきており、何よりだ。
仰せの通り、心に重い負荷を掛けていた、第二皇子母のご側室様が、後宮から離宮へ“お引越し”されたことが、とても大きいだろう。
ちなみに、“お引越し”の理由は、ご実家である同盟国や第二皇子への影響も考慮し、療養目的とされたものの、皇帝陛下は、二度と外には出さないと、明言されている。
今回の調合について、説明した後、皇妃陛下と侍医の方々にも了承をいただき、侍女長に入れ方を説明する。
手慣れたもので、蒸らし時間など微妙な違いのみである。
実際ハーブティーを入れ、毒味の上、皇妃陛下が味わい、微笑んでほうっと息を吐いている。
今回もお気に召したようで、幸いだ。
服用後のお願いで、万一の異常時に侍医への依頼と私の連絡依頼で、お役目終了の流れだ。
何度経験しても、緊張感は拭えないが、皇妃陛下の笑顔が何よりのご褒美だ。
「エリー。婚約式まで1ヶ月と少しでしょう。
忙しいのではなくて?」
「はい、それなりに忙しゅうございます。社交シーズンも始まりました故」
帝国の社交シーズンは、12月から8月にかけてだ。
すでに帝都内は馬車の交通量が目に見えて増えていた。
「重なって大変ね。でも、とても楽しみにしてるわ。
クスッ、ルイス参謀?
ドレスやパリュールは見せていただけてるのかしら?」
「その事案については、目下、タンド公爵夫人と交渉中です」
「あらあら、大変なこと。夫人は達人でいらしてよ?」
「はい、現在、非常に実感し、攻略を検討中です」
正面を向き、あくまでも近衛騎士として答えるルイスは、今日も職務を調整し、私の警護に着いてくれている。
名目は、皇妃陛下からの依頼だ。
白と金の近衛の騎士服も似合っており、眼福で、さらに先ほどからのやり取りだ。
侍女の方々も笑いを噛み殺し、母と息子のやり取りに、生温かい眼差しを向けている。
「パリュールの宝石くらいは教えてもらえないのかしら。エリー?」
皇妃陛下からのご下問である。もちろん即答だ。
伯母様、お許しください。
「皇妃陛下に申し上げます。
真珠とサファイアにございます」
「ほう」という吐息にも似た声が、室内に満ちる。
帝国は海に面しておらず、大河を遡って交易をしている。
一方、私の故国である王国は海に面している。
真珠は、帝国内では、ダイヤモンドと同等か、品物によっては、それ以上の価値があるとされている。
婚約式では、父の希望で、真珠とサファイアのパリュールとなった。
真珠は母が父との結婚式に身に着けたパリュールを先日譲り受け、新たなデザインに合わせ、素材として生まれ変わっている最中だ。
「そう。サファイアはルイスを気遣ってくださったのね。ありがとう。楽しみにしているわ」
「恐れ入ります。それではこれにて失礼いたします」
皇妃陛下へお辞儀し、ルイスと共に退室する。
エスコートを受け、馬車に乗り込むと、待ってくれていたマーサが、労ってくれる。
「お疲れ様でございました。エリー様。ルイス殿下」
「ルー様もいらしてくれたから、大丈夫よ。
皇妃陛下の御前では気が抜けないけどね」
幽閉されたご側室様がいるといないとでは大違いなのだが、ルイスは絶対に気を抜いてはいけない、と毎回注意してくれる。
そこは私も真摯に受け止め、傍目からは心配性に見える、ルイスの警護も受け入れていた。
職務となっているなら、一応問題はなく、またルイスの安心にもつながるためだ。
6歳の時、乳母が毒殺されたルイスの警戒心は、当然だと思う。
犯人は特定されないままだったので、余計だ。
「真珠ってのは、聞いてなかったな?」
移動する馬車の中、ルイスは少し不満そうだ。
無理もない。
ドレスとパリュールから、締め出されてしまったのだ。
ただし、伯父様、タンド公爵も同様である。
「ルー様、ごめんなさい。
結婚した時の母のパリュールを、父が送ってきてくれたの。
お母さまも喜ぶだろうから、リメイクするなり外して素材にするなり、好きに使いなさいって」
送られてきたパリュールは、ルイスの目に触れることなく、マダム・サラの工房に持ち込まれた。
何せ日がないのだ。
ここでマーサが同意の声を上げてくれる。
「あのパリュールは美しゅうございます。
出来上がりもきっと、ルイス殿下にご満足いただけるでしょう」
「マーサも知ってるのか?」
「はい。ご立派でお美しいお品でございます。
お嬢様のパリュールに生まれ変われば、奥様もお喜びでしょう」
「そうだったのか……。
エリー。俺の独占欲が強くて悪かった。
そんなに大切な品なら、サファイアを入れてくれるだけで、ありがたいよ」
「サファイアは、ルー様の瞳の色で、海の色でもあるでしょう?マダム・サラが色々触発されてるみたいなの」
「婚約式のドレスは白だよね?」
「白でも色んな布地があるでしょう?
今日の衣装合わせで、だいたい決まってるといいんだけど。残り1ヶ月と少し。
その間の、社交シーズン開始の皇城舞踏会と新年の儀の分もあるから、帝都のドレスショップや宝飾店は稼ぎ時でしょうね」
「忙しい、じゃなく、稼ぎ時ってのが、エリーだよ。
舞踏会は出られなくてすまない」
「会場警備のお仕事でしょう?がんばってね。
騎士服着ているルー様、とってもかっこいいもの。
今だってそうよ。楽しみにしてる」
私の言葉に照れるルイスが可愛らしい。本人には内緒だ。
「エリーのドレスも楽しみにしてるよ。
警備だとじっくり見られないから、後で着て見せて欲しい。
それに新年の儀は出席できる。エリーも大変になるけど、一緒に頑張ろう」
そう。なぜか私もルー様と共に皇族が並ぶ壇に控えることとなった。
第二皇子の婚約者様も同様である。
元々は、母側室が幽閉された第二皇子の立場上の手当てで、後ろ盾となる勢力の婚約者と共に、だったはずが、第三皇子であるルイスと婚約者の私まで、適用されてしまった。
帝室儀礼の複雑さ、ここにあり、である。
壇上に並んでいる皇族は、高級貴族の挨拶を受けねばならず、暗記問題だとルイスは笑っていた。
私は貴族年鑑の復習中である。
「シーズン開始の皇城舞踏会には、皆さま、出席なさるから、答え合わせにちょうどいいのよね」
「あの舞踏会を練習台にしようとするエリーってすごいと思うよ。その発想とかがさ」
「そうかしら?ルー様とご一緒できないから、伯父様や伯母様と社交しながら、有効活用よ。
ルー様に恥はかかせられないもの」
ルイスが私に甘くとろけるような青の眼差しを向け、金髪をきっちり結い上げた頭をぽんぽんと優しく撫でてくれる。
心がほんわかして好きだ。
「……エリーは本当に優しい」
双眸を細め、私に向けてくるルイスの方がずっと優しい。
今日はマダム・サラのドレス・ショップに直行し、伯母様と合流する。
伯母様に挨拶したルイスは、残るエヴルーやタンド公爵家の護衛達に指示を残し、私をエスコートし馬車から降ろすと、騎士団の職務に復帰した。
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「ようこそ、エリー様。公爵夫人様。お待ちしておりました」
マダム・サラが、私と伯母様を出迎えてくれる。
マーサと伯母様の専属侍女は、後ろに控えており、そのまま、伯母様やマダム・サラを手伝う。
「さあ、衣装合わせをいたしましょう。
まずは婚約式のドレスでございますね」
ここから、私はマダム・サラと伯母様の指示に従う、生きたトルソーとなるのだが、婚約式のドレスは、着ているだけで楽しい。
「よくこういう発想を思いつくこと。素晴らしくてよ。マダム・サラ」
「エリー様のお父上、ラッセル公爵閣下のおかげでございます。お母上のパリュールを惜しみなく使わせていただいて、私こそ光栄です」
お母さまのパリュールに使われていた真珠は、一粒一粒の輝きが揃っている。
照明の光に当たると、透明感のある白色の照りつやに、虹のような揺らぎが美しい。
私も身に着けていて、うっとりしてしまう。
そこに、存在感のある美しい大粒のサファイアが飾られる。
予算が気になるが、お父さまの送金された内に収まっているので、良しとしよう。
第三皇子であるルイス、ひいては帝室にふさわしい装いが要求されるのだ。
続けて、3日後に迫った社交シーズンの幕開けを告げる皇城舞踏会のための、最後の衣装合わせを、私と伯母様の分も行う。
微調整が終わり、お茶の時間だ。
マーサが私のカップの毒味をしてから、壁際に控える。
これは、ルイスに強く願われ、受け入れた結果だった。
側室様を直接追いやったように見えるのは私であり、第二皇子の派閥からの悪意を考えてのことだ。
美味しいお茶を味わいながら、陞爵の儀と、結婚式の衣装のデザインについて、意見を交わす。
一段落したところに、マダム・サラが言いにくそうに切り出してきた。
「あの……。エリー様、奥様。
実は、結婚式のお衣装について、皇妃陛下からお問合せがございました」
謎だ。なぜ直接、マダム・サラに、と思う。
伯母様の取り仕切りは、皇妃陛下も分かっているはずだ。さっきも冗談になさっていたほどだ。
「皇妃陛下から?」
「まあ、どういった内容ですの?」
「それが……。今、ドレスはルイス殿下ご自身の財産からお支払いを予定し、パリュールは帝室の規定に沿って、ルイス様が申請し、帝室の歳費からとなっています」
「えぇ、その通りです」
「ドレスは帝室の規定で色々と制限がかかるので、ルイス殿下がお嫌で、ご自身でと強く仰ったのよ」
「実はその経緯もご存知なのです。
その上で、パリュールの費用を、せめて親として、皇妃陛下ご自身が負担できないか、と。
私どもからは、そう簡単にお返事が難しく……」
皇妃陛下のお申し出自体は、比較的良くある事だ。
ただし、それなら言う相手が違うはずだ。
「それは……」
「マダム・サラがお答えできる内容ではございませんわね」
伯母様ははっきりと言い切る。
「皇妃陛下とルイス殿下の間で、お話し合いをする事柄でしょうに。
皇妃陛下にしてはお珍しいこと。どうなさったのかしら」
「伯母様……」
私ははっきりとし過ぎる物言の伯母様へ、窘める眼差しを向ける。
「エリー。心配しないで。もちろん、このまま、申し上げたりはしないわ。
ただ、マダム・サラではなく、私から申し上げましょう。ルイス殿下とお話し合いください、と。
ドレスショップに言われても、困ってしまうわ」
伯母様の言うことも、もっともである。
「……皇妃陛下は、どうしてルー様とお話しされないんでしょう?」
私は皇妃陛下のお気持ちがわからず、伯母様に尋ねる。
「そうねえ。ご遠慮があるんじゃないのかしら」
伯母様が紅茶をひと口味わい、ソーサーへ音もなく置く。
「ご遠慮、ですか。今日も近衛騎士として、私を警護されていたルー様を、少しからかわれたりされてましたが……」
「ね、エリー。帝室は普通の貴族よりも、もっと複雑な家庭環境だから、中途半端に関心を持たない方がいいと思うけれど、あなたはもう当事者ですものね」
伯母様の前置きに、思ったよりも深刻な話題のようだ。
しかもすでに当事者で逃げられそうにない。
戸惑いのまま、尋ねてみる。
「あの、それは、いったい……」
「一例は、ルイス殿下を、愛称呼びしている人間を考えてみたら、分かるんじゃなくて?」
伯母様の答えはシンプルだった。
「ルイス殿下の愛称呼び?ルー様のことですか?」
「そうね。知ってる範囲で考えてみて?」
「私に、ピエール様に、天使の聖女修道院の院長様。
後は、騎士団長閣下を始めとした、騎士団の方々です……」
よく考えなくとも、血のつながった相手がいない。
『皇太子殿下とは?』と思うも、二人の性格からすると、ものすごく考えにくかった。
「そうでしょう?他には、帝立学園の騎士科の生徒さん達くらいかしら?でもほとんど騎士団に入ってるのよね。
あと、私は『殿下!』なんて厳しい口調で呼ぶこともあって、乳母感覚で近しいけれど、『ルーと呼んでくれ』とは、一度も言われたことはないのよ。
ピエールと悪戯して、『殿下!』なんて叱っても、嬉しそうにしてたくらいだったけど……」
「伯母様……」
「殿下には、愛称呼びを許すほどの方は、帝室にはいらっしゃらないの……」
カップに花形の角砂糖が足され、ティースプーンでかき回す音が、伯母様の声と重なる。
妙に、非現実的だ。
「…………」
「それがどういう意味か分かるかしら?」
「その、心を、許せる、もしくは、許したいと思える方が……」
『いらっしゃらない』とは、言いたくもなかった。
伯父様の言動記録書を読めば、家族関係の薄さは分かってただろうに。
伯母様や院長様の証言でもそうだ。
7歳の時には、志願して騎士団に小姓役で入団している。
そこから、恐らくは帝室内で私的時間は過ごしてはいない。それを引き留めようとする働きかけも記録にはなかった。
伯父様の目の届かないところで、あってほしかった。
「まあ、こうして皇妃陛下がお申し出になるってことは、少なくとも皇妃陛下はご家族として、お気にかけようとなさってる、んでしょうね。
それを受け入れるかは、殿下次第。
私達は静観しておきましょう。
費用の分担の結果は、殿下が教えてくれるでしょう。
マダム・サラ。それまでは、今まで通りの方針でお願いね」
「かしこまりました」
「エリー。言わずもがなだけど、念のため。
マダム・サラの口は、ダイヤモンドより硬いから、安心して。貴婦人方のスリーサイズが帝都に出回ってないだけでも証明になってるでしょ?」
伯母様の真面目だが、少しおどけた空気に救われる。
「クスッ、確かにそうですね。よろしくお願いします、マダム・サラ」
「お任せください。エリー様、奥様」
「エリー、あまり考えすぎないこと。
愛称呼び=家族に当てはまらない場合もあるし、その人数が少なくても、幸せな人間だっているでしょう?」
確かにそうだ。
私もお父さまと二人家族だったが、使用人達もエリー様と呼んでくれて、屋敷全体が家族のように温かかった。
それが、ルイスにとっての騎士団なら、彼を不幸とは言えないだろう。
「喫緊の問題は、皇妃陛下にいつお会いできるかよね。
お忙しいでしょうから、すぐに謁見のお願いを出しておかないと……」
できれば、舞踏会の前にお話がすんで、すっきり参加できればいいわね、と伯母様は、すでに完璧な貴婦人の微笑みを浮かべていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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