29.悪役令嬢の婚約者(内定)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※ルイス視点です。
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ルイスから見た婚約内定までの回想のため、非常に暑苦しく重い表現が続く場合があります。
閲覧にはご注意ください。
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エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで29歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ルイス視点】
このところ、俺のエリーの可愛らしさがすごい。
ほぼ、1、2週間おきに帝都に来てくれるのだが、会うたびに、綺麗で、可愛くて、賢くなっている気がする。
いや、“気”ではない。
帝国の中でも領地経営に長けているとされる、タンド公爵も、打ち合わせ後に、「我が姪ながら、中々の手腕ですなぁ」と、囁いてくる。
別の日には、帝国社交界のファッションリーダーの一角を担う公爵夫人に、報告めいて言われた。
「エリーが日に日に美しくなっていくので、マダム・サラがどんどん触発されてるそうですの。
デザインも素敵になっていって。
殿下、お楽しみに」
デザインは変更に次ぐ変更で、俺はいつのまにか、ドレスやパリュールからは外されていた。
「ご実父のラッセル公爵さえ、ご覧になれないんですのよ。
男性陣はお楽しみに、ということにいたしましょう。
おほほほほ……」
楽しそうに笑うタンド公爵夫人に、舌戦で勝てる者はいない。
本当に綺麗で、可愛いくて、俺は見とれるか、楽しく話すか、理性との闘いになっている。
領地や式典やさまざまな事案について、話しているだけでも、打てば響く感性と頭脳、明晰な思考で、難しい議題も楽しみになっている。
もしくは、話しているエリーの玲瓏な声に聞き惚れ、生き生きとした表情に目を奪われるかだ。
最初の出会いから、そうだったのだ。
綺麗で、賢くて、優しくて、可愛い。
あの、最高で、最悪の、出会い—
あの時のエリーは、今でもすぐに思い出せる。
水辺の妖精か天使だ。
俺の護るべき存在を集めたかのような時間が、
味を、香りを、色を、俺に取り戻してくれた。
女性があんなに美しくて、汚れない存在に思える日が来るなんて、今でも信じられない。
それなのに、俺が取った言動と来たら—
時が戻れるなら、やり直したいと、何度思ったかしれない。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
二度目の、あの聖堂でもそうだ。
今思えば、後日、教えてくれた、母・アンジェラ夫人の墓参に来ていたのだろう。
俺は乳母の墓参に赴き、聖堂から響く、美しくも、儚い、玲瓏な音楽に、心を奪われていた。
今まで一度たりとも、味わったことのない感覚だった。
「神の恩寵よ…。陽の如く、雨の如く、天より、人々へ、降りそそぎ、賜う…」
聞き慣れた聖歌が、慈雨のように、荒れた俺にも降り注ぐ。
思わず近づいた一歩で悟られ、ステンドグラスの薔薇窓の影に彩られた、端正な姿の女性が振り返る。
聖堂のほの暗さに目が慣れず、捉えきれなかった容貌に、すれ違った瞬間に気づく。
—あの時の彼女だ。
そこからは、必死だった。
接点は、恐らく傲慢で最悪の印象しか残していない、ハーブティーしかない。
それに、俺自身、軽々しく身分も名前も明かせない。どんなに歯痒かったか。
ようやく、『エリー』という名前だけは手に入れた。
それに加え、実に美麗なお辞儀と所作が、目に焼きついて離れない。
あれは付け焼き刃ではない、淑女教育の行き届いた高位貴族の令嬢のものだ。
それも中々、お目にかかるレベルではない。
—ようやく彼女が誰か分かる。
湧き起こる喜びを抑えて、院長に尋ねるが、少し困った表情を浮かべる。
「ルー様。あの方のお家の茶葉はお渡しできますが、ご本人についてはお許しください」
何度聞いても、この答えしか返ってこない。
事情がある女性なのだろうか。
水辺にいた時は、無邪気な笑顔だったが、先ほどは張り詰めたような高貴な美しさで、見事にドレスを着こなし実に麗しかった。
「あの方は修道院へ入会の誓いを立てたのか」
「違いますが……」
言い渋る答えしか返ってこない。
仕方なく、その日は引き下がった。
それでも院長は、騎士団の寮に茶葉を送ってくれた。
添えられた注意書き通りに入れてみると、あの時の味で、安心できる。
立ち上る優しい湯気と香りに、思わず涙が滲む。
「エリー、エリーか。
絶対に探し出してみせる……」
だが、自分は今まで女性を徹底的に避けてきたため、伝手がほとんどない。
仕方なく、母である皇妃陛下を、「良い茶葉を手に入れた」と訪ね、人払いの上、さりげなく聞き出そうとする。
「エリー、ねぇ。金髪に緑の目。高級貴族の女性?
私は知らないわ。
本名じゃなく、愛称やあだ名かもしれないわね」
「そうですか……」
また振り出しに戻った。
後は、騎士団のネットワーク頼みだ。
「ルイス。女性に興味が持てたなら、ちょっと聞いてほしい話が……」
「お断りします。俺は誰とも、いや、この女性以外、結婚は望みません」
そう言い置くと、母の元を去った。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
それから1ヶ月近く経った、タンド公爵家—
本当の偶然でようやく、ずっと見つけられなかった『エリー』に出会えた。
あの日、自分がピエールに呼ばれなければ、
そして、友人を心配し、訪ねなければ、
『エリー』には出会えなかった。
だが、ピエールに呼ばれた理由は、エリーにとっては残酷だった。
今もエリーには伝えられていない。今後も伝えることはないだろう。
「疫病神の娘が来る。気分転換に付き合ってくれ」
ピエールがこう言うに至ったのには、複雑な経緯と理由があるのだが、今は割愛する。
現在は誤解も解け、従兄弟として、普通の親戚としての好意を持っているという。
嘘の苦手なタイプなので、一安心だ。
俺にすれば、エリーがタンド公爵家に来た日に出会えたことは非常に“幸運”だった。
神にも、万物にも感謝したいほどで、騎士団寮への帰途の騎乗では、愛馬に不審がられたほどだ。
だが、俺はエリーのことを知らなすぎる。
エリーこと、エリザベス・ラッセル。
タンド公爵の妹・アンジェラを母とし、隣国の名宰相ラッセル公爵を父とする公爵令嬢だ。
隣国王太子との10年以上の婚約は、相手の有責で解消した。
受けた王妃教育は非常に過酷だったらしい。
心身の不調の療養のため、母から爵位を継承していた、隣国のエヴルー伯爵領にやってきた。
今度の紛争勝利祝賀会で、正式に叙爵され、エヴルー卿となる。
主な情報はこれくらいだ。
まずは、ダメ元で祝賀会のパートナーの申込みだ。
タンド公爵夫妻と共に入場する予定だが、正式には、ふさわしい男性のエスコートのはずだ。
そのために、皇妃陛下に協力を願い出る。
了承とエールをもらい、兄・皇太子殿下からは補足の情報を得て、それと引き換えに“要望”も出た。
全くこの人は変わらない。
訪問日—
出会った翌日、押しかけた形のお茶会で、俺はエリーにやられっぱなしだった。
騎士団参謀たる者がカマをかけられ、見事に引っかかったのだ。
さらに二段構えで、エリーは俺の身元確認を、より確実に行う予定だった。
非常に過酷な王妃教育の結果だろう。
実に見事だ。素晴らしい。
しかも、今までは近づきたい女がほとんどで避けていたというのに、エリーは俺に見向きもしない。
逆に逃げようとする。
避ける理由は、俺が皇族だからだ。
好きで生まれた訳でもなく、むしろ生まれたくなかった。
その思いと苛立ちが本音とかぶさり、聞き慣れた言葉を、つい口にする。
『(出来の悪い)、スペアのスペア』だと。
そこで、巧みに諫言された。
怯む様子もなく、硬軟織り交ぜ、視野の狭さを指摘され、返す言葉もない。
完敗だ。だが、諦めはしない。
俺は恋愛の手法をほぼ知らない。
自分の身をそこから、無意識かつ意識的に遠ざけてきた。
ならば、得意なやり方を用いるべきだ。
母とタンド公爵夫人という援軍を得て、所定の目的は達成する。
それでも誇り高いエリーは、心は自由であろうとする。
俺が勇気を出して、思いを伝えても、どこかするりと抜けて、噛み合わない。
そんなエリーに、俺はどうしようもなく惹かれるのだ。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
そう、エリーはまるで蝶のようだ。
ふわふわと優雅に飛んでいると思えば、急旋回し羽ばたき、風に乗り、捕まえそうで、捕まらない。
俺の目の前にいるのに、消えていなくなりそうだ。
そして、エリーにその気はないのに、その魅力に翻弄される。
気持ちを伝えようとしても、ふわりと逃げられる状況は続いていた。
祝賀会のベランダでさまざまに語り合い、少しは分かり合えたかと思えたが、自信はない。
兄・皇太子殿下からも圧迫がかかり始める。
念のため、父・皇帝陛下には、祝賀会の夜、さらっと伝えたが、「そうか。励めよ」としか言われなかった。
何を「励め」って言うんだ。
あの……(自主規制)親父。
恋愛について手法を知らない俺は、話す言葉で通じないなら、と手紙を認めることにした。
何度も推敲したが、この文だけは外せなかった。
『エリザベート嬢は、これ以上、搾取されるべきではない。
搾取される存在ではない』
俺の祈りであり、想いだ。
エリーの自由を護りながら、決して裏切らない覚悟と愛する気持ちを、きちんと伝えるには、この方法しか思いつかなかった。
重すぎるだろうか。
ある意味、騎士にとっては命の象徴だ。
だが、俺の覚悟を知って欲しかった。
無骨者の俺は、何度書き直しただろう。
小姓には便箋が切れる度に買ってきてもらい、不審がられたほどだ。
それでも、文字で想いと覚悟をまとめたためか、渡す前にも直接口で、会話で、やっと伝えられた。
後は手紙を読んでくれれば、本望だ。
たとえ受け入れられなくても、エリーがエリーらしく生きていくための自由は、可能な限りは護ってみせる。
そう思っていた俺に、驚きの報せが入る。
エリーが高熱を発して苦しんでいるという。
俺には自分のせいにしか思えなかった。
エリーとその自由を護りたかったが、それは所詮は俺の気持ちと覚悟でしかなく、重すぎて、エリーを苦しめるだけだったのではないか—
高熱では文字を読むこともままならないだろうし、俺の言葉はまた苦しめるかもしれない。
少しでも楽になって欲しくて、生まれて初めて、“氷室の氷”に関して、皇族の権利を用い、タンド公爵家に秘密裡に贈った。
皇城で、タンド公爵と、兄や“影”に知られない方法で、エリーについて話し合った。
手紙をなかったことにしてほしいと伝えたが、それも『エリーの自由にしてやってほしい』と、公爵から言われた。
その通りだ。
エリーの気持ちを、意志を、尊重すべきだ。
どうやら俺は、エリーに関しては、ポンコツになるらしい。
エリーの回復を祈りながら、日常を過ごした時間をあまり覚えていない。
エリーを失えば、こうなるのだろうか、と考えるも、もう賽は投げられたのだ。
あとはエリーの選択だ。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
そして、運命の日。
あんな形で、エリーから返事を受け取るなんて思いもしなかった。
自分が、告白にシグナキュラム(識別票)を用いたくせにも関わらず、だ。
手が細かく震え、首に掛け慣れたその重さも分からないほど緊張する。
背中にびっしょり汗をかき、手元に中身をすべらせた瞬間—
俺は自分で賭けた勝負に勝てた。
エリーは俺に、自身を、自分の自由を、護らせてくれる権利を与えてくれた。
神から与えられた“恩寵”に、深く深く感謝する。
エリーは、言葉でも求婚を受け入れると答えてくれた。
短いチェーンを通したプレートを、俺に見せ、可憐に小首を傾げ、はにかんで微笑みかけてくれる。
俺には、俺の天使が、俺の側に、ふわりと降臨してくれた、奇跡の瞬間だった。
立ち会った公爵夫妻にも、祝福される。
堂々と『エリー』を『エリー』と呼べる許しをもらえた。
実を言うと、すでに呼んでいた従兄弟であるピエールが羨ましくて、仕方なかった。
それももう、どうでもいい。
俺も『ルー』と呼んでもらえる。
ごく限られた親しい間柄か、家族同然の騎士団の中だけだったのが、エリーに呼んでもらえるなんて、夢のようだ。
と同時に、本当の家族になれるんだ、という実感も湧いてくる。
今日はもう、一体いくつの幸せを味わえばいいんだろう。
幸せに溺れそうだ。
自分でも引いてしまうような歓喜を悟られないように、エリーを理想的に護るための必要な式典やその段取りをざっと組んでいく。
エリーの視線を感じるだけでも嬉しいし、誇りに思ってもらえるように、凛々しく、有能であろうと思う。
ただ、ぽろっと本音が洩れた、
“あの”両親への報告について、
「誰にも邪魔されたくないからね。私のエリーを誰にも渡したくないんだ」
と、今の俺にとっては、当たり前すぎる言葉が、つい零れてしまった。
エリーの美しい肌が、首筋から頬にかけ、薄紅色に染まっていく様子は、気高い花が少しずつ綻んでいくようで、目が離せない。
早速、タンド公爵に釘を刺される。
「んんっ。ルイス様。
ラッセル殿のお手紙は、まずは“礼儀正しく”願いますぞ。実に聡く賢い方です。
浮かれたくなるお気持ちは分かりますが、手紙を書く時は、“真摯に”、“居住いを正し”、“邪気”を払った上で認めてください」
仰ることはごもっとも、年長者の助言だ。
天使のエリーに比べたら、俺は邪気まみれだ。
だが、妻の父とは友好関係を結びたい。
エリーへの溺愛ぶりから考えれば、父にとって俺は、エリーにまとわりつく羽虫同様だろう。
それもある意味、事実、真実なのだ。
公爵夫人には、よりはっきり警告された。
ぼおっとしているエリーが心配で、また熱が出たのかと、美しい額に手を伸ばそうとした時、夫人からピシリと跳ね除けられる。
騎士である俺としたことが、避けられないとは、なんとしたことか。
こんなに気を緩めてる場合ではない。
エリーを護る権利を手に入れたのに、護れないではないか。
『しっかりしろ、自分』と心底で気合を入れる。
「許可なく令嬢の身体に触れてはいけませんよ、ルイス様。エリーの評判にも関わります。
エリー、大丈夫?」
エリーのこういった評判は、絶対に落としてはいけない。
神聖で、気高いものだ。
ただ、全く触れられないのも辛い。
その辺は、常識と手探りなのだろう。
騎士団寮に帰ったら、婚約者持ちにさりげなく聞いてみよう。
そして、ラッセル公爵夫人の肖像画へ挨拶する。
他人から見れば、何をやってると思われるだろうが、エリーがこの上なく大切にしている、母の面影なのだ。
エリーが俺の想いを汲み取ってくれたのか、ラッセル公爵夫人に、俺を婚約者と紹介してくれた。
それだけで、喜びと切なさが、じんと胸に響く。
存命の母に、そう告げたかっただろう。
なんて健気なんだ。
俺は気持ちを新たに、礼儀に則り自己紹介する。
そして誠意を込めて、俺の気持ちと覚悟と誓いを、エリーの母上に伝える。
「必ず幸せにします、いえ、二人で共に幸せになります」
俺の言葉に、エリーの美しい緑の瞳が潤んで、膜を張り、白珠のような涙が、まぶたから零れ落ちそうだ。
用意していたハンカチを出して、まるで、祝賀会のベランダの時のように、愛らしい頬に優しく押し当てる。
エリーが涙に耐える姿は、本当に麗しい光景で、限りなく愛らしい。
俺は、エリーの婚約者になれた歓喜に改めて浸りながら、俺の語彙の中でも、優しい言葉をかけ続けた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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