28.悪役令嬢の収穫祭
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※今回は日常回です。
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで28歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリザベート・エヴルーです!
長い挨拶は抜きで。
これより、エヴルー収穫祭を始めます!
皆さん、美味しいものを食べて飲んで、楽しんでください!
安全第一で!
ルイス殿下からも一言どうぞ」
「みんな、来年の今ごろには、ルイス・エヴルーになってる幸せモンだ!
今日は、毎日汗水流して苦労した実りの収穫祭!
皆で楽しもう!
あ、悪ノリしすぎたヤツは俺が締めるから、ガタイの良いヤツは協力頼む!
今日一日は不敬抜きだ!よろしくな!
エヴルー領、万歳!
エリー、万歳!」
『エヴルー領、万歳!エリー、万歳!』
集まった領民達が、ルイスのノリに巻き込まれたように、大声で呼応する。
え?!ちょっと待った。
ルー様、最後、何言ってんの〜?!
あわてる私を残して、ルイスのハイテンションは、池に落とした小石の波紋のように、領民が集まった広場に広がっていく。
領主や皇族の挨拶とか、ガチガチになってた領民達も、すでに明るい表情だ。
さすがの騎士団クオリティ。
このノリ、懐かしいなぁ。
騎士団訓練所の事故で、寝込んでいる間に思いついた、“新殖産品”で割れた領民達の融和策—
人間、美味しいもの、食べたり飲んだりしている時は、そんな不機嫌にはなれないし、怒れもしない。
これは自分の体験だった。
王立学園2年生以降、嫌なことがあっても、帰邸すれば、優しい使用人達が作ってくれた美味しいもので救われていた。
後はストレス発散の運動だった。
今日は吟遊詩人や、小さな楽団も呼んでいる。
この地方に伝わる、民謡や舞踊曲とかも調査済みで、早速歌を奏で始めていた。
会場は、エヴルー領 地 邸近くの広場が中心だ。
びっしりと屋台や露店が並んでいる。
タンド公爵家の伝手で、帝都から呼んだ屋台や露店もあれば、地元の領民達が出したものもある。
地元民、特に“新殖産品”に抵抗のある人達の屋台・露店は、領 地 邸の使用人達が呼びかけて、努力して応募を促してくれた。
注目の的は、広場の中央で焼き始めた、牛の丸焼きだ。
実に豪快だ。
一頭買い上げ、仕分けた肉を、串に刺し、炭火でじっくりグルグル焼いている。
見ているだけでも楽しい。
焼けたところから、切り分けている。
味付けは、シンプルな塩のみから、ハーブを混ぜた塩、シェフが作り置きしてくれたワインソースなど、数種類用意し、各々の好みで試せる。
また、「あたし達なんか、何にもできないよ」と尻込みしていたご婦人達に、泡立て器で参加してもらった、ミルクセーキの屋台も、中々順調だ。
子どもやお年寄りに人気があり、泡のお髭で仲良く笑いあっている。
さらに、ミルクセーキからヒントを得て、温かい泡立てミルクの上に、水で伸ばしたジャムで、簡単な絵を描いたりしている店もある。
果実水や、ワイン、エールなども買い付けたり、我が家の自慢だ、と持ち出してきたりで、飲み物だけでも数店舗ある。
採れたて果実の中で、小ぶりな物を選び、溶かして固めたパリパリ砂糖をまぶした、甘酸っぱいフルーツ飴。
牛乳と小麦粉を合わせて、薄めに焼き、別に作った炒め物をくるっと巻いたおかずクレープ。
普段のおやつや軽食でも、屋台で食べると新鮮だ。
その中でもチャレンジャーは我がエヴルー家の料理長だった。
ルイスに連れて行ってもらったスフレの美味しさを、つい語ってしまったら、料理長の心に火がついてしまった。
基本レシピを手に入れて、試行錯誤の日々。
試食に付き合ってくれた仲間達、ありがとう。
今日は一日、スフレ屋さんだ。
膨らんだスフレのおいしさに、びっくりする領民達に、にこにこしている。
うん、良い顔してる。
帝都から来た露店には、子ども用に先を潰した弓矢で、的に向かって矢を放ち、点数で景品をプレゼント、といったものもある。
早速酔っ払った男が、女性や子どもに矢を射掛け、騒ぎになりかけたが、秒でルイスにのされていた。
湧き起こる拍手の中、我が家の警備に引きずられ、行き先はウチの地下牢だ。
残念ながら、似たような者が何人か出た。
お祭りは仲良く遊ぼう。仲良く。
小さな子達がルイスを見つめる目が、キラキラしている。
うん、皇子様だもんね。本物の皇子様。
“新殖産品”の屋台や露店は、天使の聖女修道院の皆さんに頼めば、比較的簡単に売り物は揃った。
レース編みや刺繍が可愛らしい小物を、女の子達が見て、どれが良いか相談してる。
各種のお菓子に、ハーブティー。
ハーブの香辛料を使った串焼き。
ハーブを混ぜたとろけたチーズを、たっぷり掛けた、パンや野菜串も好評だ。
ブレンドされたハーブが効いている茹でソーセージや、焼いた芋を割り、バターをどっさり、ハーブをぱらりだけでも、エールと組み合わせたら、最高に美味しい。
青空の下なら、なおさらだ。
広場の一角で踊りが始まった。
賑やかな掛け声も聞こえてくる。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「せっかくですから、エリー様も楽しんできてください」
「エスコートはルイス様で」
「天使の聖女修道院のシスター様達に、見せてあげないと」
アーサーとマーサが、主催者のテントに座っている、私とルイスに声をかけてきた。
私とルイスの服装はお揃いだ。
アーサーが天使の聖女修道院に協力要請に行った際、シスター達が、『私とルイスも一緒に参加するだろう』との予想を聞き付けた。
『だったら、ぜひこれを』と作ってくれたのが、婚約祝いを兼ねた、エヴルー領の民族衣装だ。
女性は白シャツにベストと巻きスカート。
男性は白シャツにベスト、黒いトラウザーズ。
脚元は私は素足を見せないように、編み上げブーツ。
ルイスはショートブーツだ。
ベストとスカートには、赤を基調にした、色鮮やかで、細かく見事な刺繍が施されている。
本当に綺麗、大切にします。
ただ、これって特産品にできるんじゃないかなって、つい思ってしまった。
領主根性、今は封印します。
さらに、この女性の巻きスカートのリボンを結ぶ位置には意味がある。
左は未婚、婚約者や恋人なしのフリーで、募集中。
右は既婚か、婚約者や恋人あり。
子どもは前。未亡人は後ろ結び。
私は右で結び、マーサと、さらにルイスにまで、確認された。
なぜに?
私は金髪を編み込みカチューシャにして結い上げ、耳には四つ葉のクローバーのピアスだ。
ルイスもピアスを着けてくれている。
今日は凛々しくも、かっこ可愛い。
何ソレって感じだ。
「私達がいますので、ご安心を」
「そうですよ。羽根を伸ばしてきてください。
気になるなら、仮面もございます。
あちらで売ってました。よかったらどうぞ」
帝都から来た露店が、各種の仮面や帽子、スカーフ、簡易なアクセサリーなども販売している。
アーサーが前もって買っておいた、猫と犬の仮面を私とルイスに見せる。
二つの仮面は地色だけでなく、目の周辺や頬、額などに美しい紋様が描かれていた。
どれだけお膳立てしようとするのか、にこにこしてて、よくわからない。
ルイスはにっこりご機嫌だ。
「髪に合わせよう。エリーにはこのかわいい金茶の猫で、俺は黒犬だな」
二人で顔の上半分が隠れる仮面を付ける。
食べて回りたいから、口許が自由なのは嬉しい。
私は仮面が初めてで、これだけでドキドキしてくる。
黒短髪のルイスが黒い仮面を着けると、二つの洞から覗く、青い瞳が本当に綺麗に映えるのだ。
夜空の星のように—
私はどう見えてるんだろう。
ルイスが手を差し出し、私が手を載せて、ルイスが握る。ドキドキがどんどん増えてきそう。
「行こう、エリー。どこから回りたい?」
「ルー様。地元派の屋台からかな」
「エリー。様付けだとすぐバレる。ルーで」
「え?ルー呼び?ルー?こんな感じ?」
私が不安そうに見上げて問いかけると、ルイスは口元に手を当て、ふいっと横を向く。
ちょっと。横向いてたら、わからないんですけど?
「……うん、それでいいと思うよ」
「じゃ、ルー。行きましょ」
「ああ、エリー」
二人で順番に覗いていく。
ルイスが、飲食物は分けられるものは半分にしようと誘う。
お行儀は悪いが、なるべく多くの種類を試したいので大歓迎だ。
まずは、牛の丸焼きを、エールで乾杯!
ルイスは、違う味付けを各々試してご満悦だ。
私はもきゅもきゅ、牛の味を確かめている。
塩味は1番分かるけど、ハーブを足したら、臭みが消えて、楽に食べられる人、多いかも。
とか考えている内に、どんどん進む。
芋バターで一旦休憩だ。
「エリー、腹ごなしに踊る?」
「うん、楽しそうかも」
「あそこ、勝負しあってるな。面白そうだ」
この地方の踊りの一つが、ステップダンスだ。
豊穣の神に感謝を伝えるため、大地を踏み鳴らし、その数が多い方が神様も喜ぶ、という昔からの言い伝えが元になっている。
とにかく音楽に合わせて、ステップを早く刻んで踏んだ方が勝ちで、さっきから色んな人達が挑戦している。
自然と1対1の対戦形式になっている。
勝ち抜き戦だ。
「エリーもやってみたら?」
「ルーが踊るならいいよ」
気軽に答えたら、すぐに囲みに入っていく。
ちょうど勝負がついたところで、一段落していた。
「次は誰がやる?」
「俺がやる」
ルイスが呼びかけに応じて出ていき、前奏が始まる。
最初はメロディを1/4で刻み、次が1/8、1/16、1/32と倍々に上がっていく。
1/32でのメロディの途中で、ルイスの相手のリズムが乱れてギブアップした。
ルイスの勝ち。
もう一人、名乗りをあげたが、同様だ。
「エリー、おいで」
笑いながら、手招きする。汗が光ってて、なんかずるい。
「もちろん。望むところよ」
ルイスと二人向き合って、前奏が流れる。
私はターンしたりノリノリだ。
景気付けの拍手が起こる。
1/4、1/8、1/16までは余裕だ。
1/32なると、手の振りとか入れられなくなるけど、腰に手を当て、胸を張る。
二人の靴音が軽やかに鳴り響く。
いよいよ、1/64。
両足の爪先と踵を駆使して、タイミングよくステップを刻み、鳴らし続ける。
ルイスがとうとうギブアップし、私は勝利のターンで、観衆にご挨拶だ。
小さくお辞儀もする。
「エリー、バレちゃうよ」
「え?そう?」
拍手を受けながら、囲みから逃げ出し、別の踊りの輪に加わる。
ここではパートナーと二人一組の踊りだ。
曲と周囲の振り付けに合わせて、見様見真似で手足を動かし、腕を組んで回ったりする。
はしゃいで笑って、こんなの何年ぶりだろう。
ルイスも騎士団モードの、強いけど普通のお兄さんに限りなく近くなってて、なぜか嬉しい。
最後に、アーサーとマーサへのお土産に、色々買い込んでテントに戻り、解説付きで食べてもらった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
夕方近くになると、お祭りも落ち着いて、果実水やハーブティーを飲んでまったりしたり、もしくは酔いが回ってくる。
車座だったり、席の代わりの木箱や樽に座り込んで、自然発生的に色々話し始めていた。
男女別なのは、ありがちだ。
「あたしゃさ、ハーブってもんが苦手だったんだよ。子どもの時に、腹下したり、なんか調子の悪い時に、無理矢理飲まされてさ。
マズいって言ったら、『せっかく分けていただいたんだ』とか言って怒られるしさ」
「そうそう。青臭くて、薬くさいヤツって感じ?」
「クリームは効くよ」
「ああ、火傷の時のは、結構いいよね」
「少しお高いけどさ」
「それがさあ。今日、飲んだこのハーブティー、美味しいんだよね……」
「たしかに……」「まずくはないね」
「なんか、色々考えて、よくしてったんだってさ。
マズいと子どもは飲まないだろ?
それで先代の伯爵様のころから、やってたんだってさ。
シスター様がおっしゃってたよ」
「知らなかったよ」「あたしもさ」
「料理だって、牛肉はご馳走だけど、ケモノ臭いのだけが苦手でさ。エールに漬けたり色々やってたんだ。ハーブもいいなんて知らなかった」
「あたし達が作るモンで使っても、少し違った感じになってて、うまかったよ」
「思わずかけすぎたら、すっごくなっちまったけどさ〜」
「ちょっとずつって、お屋敷の使用人の兄ちゃん、言ってたじゃないか」
「お貴族様が使うんだ。かければかけるほど美味いって思うじゃないか」
「まあ、塩や酒と一緒で、塩梅ってヤツなんだろ」
「今度、教会に教わりに行ってみようかね」
「クッキーもおいしかったしねえ」
「思い込みはよくないってヤツだ。よくわかったよ」
「院長様がされてるしね。きっと悪いことにはならないさ」
「皇子様も付いてるんだ」
「そうそう、カッコいいよね」
「吟遊詩人の人もステキだったよ」
女性陣はいつの間にか、ルイスを始めとしたイイ男達の品評会となっていた。
一方、男性陣の話題は、別の品評会だ。
「来年からは、前日が品評会がいいな」
「そうそう。それで1位になった牛を、領主様にお買い上げいただいて、丸焼きにしたら、もっと盛り上がらないか?」
「牛だけじゃなく、鶏や卵もいいねえ」
「チーズやバターもだよ」
「手作りエールも賛成。ウチのが1番だけどな」
「考えたらさ。みんなの家で作ってるパイとかでもよくないかい?
ミートパイとかアップルパイとか?」
「お貴族様は食べねえだろう?」
そこに領 地 邸の使用人が顔を出す。
「エリー様は、どっちも大好きですよ」
「そうそう。この秋、うちのりんごを色々食べてましたねえ。
アップルパイとかも、名産品にしたいから、どうやったら、もっと美味しくなるのかしらって。
しまいには、侍女さんから禁止令が出たくらい」
「へえ。そりゃまた、どうして?」
「太ったら、ドレスの寸法、変わっちまうでしょ。
それでですよ」
「なるほど。お貴族様でも好きなモン、好きなだけ食べられないのか。可哀想なもんだ」
「エリー様は来年の6月まで続きますから、大変でしょうね。
で、さっき話してた、前日品評会ってすっごくいいと思いますよ。
楽しいし、やりがい出るし」
「一番デカいかぼちゃも面白そうだ」
「かぼちゃは、あんまり大きいと大味になるよ」
「人が食べるモンじゃねえ。牛のヤツさ」
「ああ、子どもが座れるくらい、あるもんな。
面白そうだ」
『他にも色々案を出しあっていた』『思い込みが変わってきてた』などと、主催者テントで、使用人の皆が教えてくれる。
自発的に考えてくれてとても嬉しい。後できちんと聞きだして、記録しとこう。
アーサーのご機嫌は変わらない。少しだけエールの匂いがしたのは内緒だ。
最後は、夕暮れ時に、豊穣の神に捧げる焚き火で締めくくる。
井桁が組まれて、広場の中央に据えられる。大きくて立派だ。
領主である私が、皆が祈りを捧げる中、松明で火を放つと、夕方の空に火が上る。
皆で聖歌を次々と歌う。楽団付きで賑やかだ。
しばらくすると、焚き火が崩れて、祭りはお仕舞い。
ルイスと二人、見守ってた火が落ちた瞬間、手が『大丈夫だよ』というように強く握り込まれ、私達の頬も赤く照らされていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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