25.悪役令嬢の手紙
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで25歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「あ〜、終わった〜」
執務室で思いっきり伸びをする。
あの騎士団での事故から、約2週間。
本当は事故の2日後にエヴルーに帰るはずが、お医者様の予言(?)通り、当日真夜中から節々に痛みが出た。
眠れないほどだ。すぐに痛み止めを服用した。
騎士の模擬剣の重さと、あれを平気で受け止めている筋肉の力ってすごいと、改めて尊敬しつつ、薬の作用で眠りについた。
翌日、騎士団長がルイスを連れて、お詫びにいらしたが、伯母様が私の状態を冷静に告げる。
「……という訳で、時間が経てば、回復します。
元はと言えば、おバカな姪が脊髄反射の考えなしにやったこと。
事故防止策を徹底してくださるだけで大丈夫です」
という意味を、とても上品なオブラートに包み、説明し、追い返し、もとい、帰っていただいた。
実際、エヴルー卿にふさわしい服装での面会は、不可能だった。
着替えが無理なほど、節々が小さな悲鳴を上げていた。
本当にごめんなさい。
しかし、騎士団長はとても義理堅いと評判の通り、タンド公爵邸に日参し、事故防止策の進捗を報告してくれていた。
対応に苦慮した伯母様が、回復してきていた私に、「あなた、何とかしなさい」と丸投げという名の引継ぎをする。
4日目に何とか着替え、療養中に思いついていた案件をお願いすると、快く了承してもらえた。
その詳細を説明、物品などを預ける。
実施には、ルイスに協力してもらうこととなり、翌日、打合せでやっとゆっくり会えた。
この5日間—
手指も痛くて、筆記用具が持てず、ルイスに手紙を書くにも、マーサに口述筆記してもらっていた。
そうなると、伝えたい言葉も、恥ずかしくて言えないもどかしさ—
今日はやっと直接会える。
身体を締めつけない、エンパイアタイプのワンピースに、二人のピアスは見えるように、ハーフアップにしてもらう。
久しぶりに会うルイスは、見るからにやつれていた。
目の下にクマもできている。
「エリー。少しでも回復してよかった。
まだ痛むだろう?気分転換に作ってもらったんだ」
私の大好きなタッジーマッジーの花束を持ってきてくれた。
切なそうな笑顔に、私の胸も痛くなる。
「ありがとう。ルー様。とってもいい香り。大好きなの。
庭師の方にもよろしくね。
あの日の紅薔薇も、今、ドライフラワーにしてるの。
あの時、従兄弟達の奥様が拾ってくれてたのよ。
痛くて辛い翌日とか、気分転換になってたの。
マーサに頼んで、近くに持ってきてもらって、香りを聞いたり。
ね、マーサ?」
「さようでございますね。そのまま眠られることが多く……。
少しはお楽になったようでございました」
「それは……。少しでもよかった……。
エリー。本当に申し訳ない。
君を守るって誓ったのに、傷つけるところだった。俺は何をやってるんだって……」
「ルー様は悪くない。絶対に悪くないの。
自分が悪いって思っても、そこは私が介入しちゃうよ」
「エリー……」
「偶然が重なっただけ。きちんと金網を張ってくれたんでしょう?」
「ああ。強化した金網を特注して、突貫工事でもう張ってある。
俺も金網を切ろうとしたが、できなかった。騎士団員全員で試した。
今後、観覧席には、絶対に武具は届かない」
「団長様に伺ったけど、ルー様、あまり眠ってないって心配されてたわ。私も心配。
なるべく眠ってね。きちんと召し上がってね。
いくら丈夫でも、それこそ怪我の元よ」
「わかった。あと、よかったら……」
テーブルに置かれたのは、美味しそうなフルーツの盛合わせの籠だ。
「ありがとう、ルー様。可愛くて綺麗で美味しそう」
「騎士団の医師に聞いて、筋肉痛には何かいい食べ物はないかって。
そしたら、良質なタンパク質と果物がいいって。
だから、これと、頼んだものがそろそろ……」
そこにパーラーメイドが、グラスを二つ持ってくる。
乳白色の飲み物を、私とルイスの前に置く。
「ミルクセーキ、というらしい。
牛乳と卵と砂糖、香辛料でできてる。
牛乳と卵が、傷んだ身体にいいらしいんだ」
「わざわざ、ありがとう。いただきます」
初めての味だ。甘くてふわふわだ。
まろやかな喉越しを少しずつ味わって飲む。
小さめなグラスはすぐに空いた。
「ん、美味しかった。ありがとう。ルー様。
痛みが取れるまで、毎日飲むわ。
レシピ教えてね」
「もう預けてあるから、大丈夫だよ。
医師の先生が、卵嫌いの娘さんに食べてもらいたくて、探したんだそうだ」
「ふふっ、なんか可愛い。飲み物もふわふわで可愛い。
気をつけないと、泡でお髭ができちゃうね。
ルー様もこんなに私を思ってくれて、ありがとう。
もう自分を責めたりしないでね。
私が悲しくなっちゃうもの」
「エリー……」
「お願い。約束して。ルー様。
痛い時もこのピアスで励まされたの。二人で幸せになる約束でしょう?」
「わかった。もっとエリーを守れるように、いろんな意味で強くなるようにする」
「ルー様。私はあの事故の時、自分で自分を守ったの。
そしてルー様も守りたいと思ってるのよ。
私たちって欲張りね」
「欲張り……か?」
「そう。2✕2は4倍でしょう?人の4倍、強くなろうとしてるのよ。欲張りでしょう?」
「エリー。俺は何があっても守りたいんだ。
数倍でも数十倍だって。だから俺が一番欲深いかもしれない……」
「だったら、すっごく頼りになるわ。でも約束。
私を守った後も、絶対生き残って、その後も私と生きること。お願いね、ルー様」
「わかったよ、約束は守る。エリー」
ルイスの思い詰めた雰囲気が、少し軽くなる。
これを機に、この日は打ち合わせに移行。
私がエヴルーに出発する日も、見送りに来てくれた。
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1週間遅れの帰邸で待っていたのは、行政案件、実験結果など、各種報告書の小山だった。
それを集中的に処理し、新しく指示を出したりすること、3日間—
出発前に会えたルイスの笑顔を思い出す。
その前に会った時よりも元気になっていた。
約束通り、眠って食べてくれたのだろう。
普通の令嬢だったら、回復した後、都合がつけば帝都で毎日会えたのに、領主業やっててごめんなさい。
って、普通の令嬢は、飛んできた剣を打ち返したりしないよね(溜め息)。
『嫌われてないといいな』と思ってたら、手紙が毎日届けられる。
私を気遣う内容と、騎士団にお願いした実験結果だ。
結果自体は上々で、まとめてくれたレポートに目を通すと嬉しくなる。返事も当然毎日書いている。
使いを頼む使用人には照れくさいが、嬉しくもある。
実は日焼け止めの実験をお願いしたのだ。
暑さは和らぐが、日差しは強いままの時期が、ちょうど重なった。
長時間の直射日光のため、軽い火傷のように、ヒリヒリする騎士もいたらしく、それらが明らかに軽減。
助かった、嬉しいという声もある一方、汗で流れやすいなどともある。
今後の課題だな、と思い、とりあえず実験は終了させてもらった。
修道院のシスターに続きをお願いしている。
もちろん、肌がかぶれたりしないよう、事前のミニテスト付きだ。
あの日の差し入れ、『蜂蜜塩オレンジ』と『ミントウォーター』も好評で、こちらも期待上々だ。
ただ、アーサーに任せた、エヴルー領民の対応は、中々難しい。
私の案を受け入れる・受け入れないで、家族が世代間で割れてしまったり、隣近所と違う、といった状況があちこちで起きていた。
村八分まで出ていないらしいが、住民代表者の新しい悩みになっているとの報告だ。
天使の聖女修道院の、教会でのお祈りついでに、実物を見てみたいと、見学を申し出る領民も多いらしい。
私は、“新殖産品”に関わるか、関わらないかは、各々に任せると言ったが、現実的には、一番小さくて家族単位だと思う。
この領地のほとんどが、小作民のいない家内制農業のためだ。
アーサーからは、もう少し、旧エヴルー伯爵領となる地域へ気遣い、そして、もう一押しの振興策を要望された。
新年を迎えた後の婚約式前までに周知・発表できれば、最良だとの判断だ。
私は療養中に考えていた、伯爵領の置いてきぼり感、不安感を無くす、もしくは軽くする案を説明した。
アーサーは中々の良手と判断し、至急、検討に入ると言う。
もう一つは短期的な対策だ。
これは時間が無いため、エヴルー領 地 邸、全体を挙げて、準備に取り掛かると話す。
「エリー様とご一緒だと退屈しませんな」
褒め言葉と取っておこう。
公爵領が一段落したら、ルイスとアーサーに任せて、社交的には“珍獣化”したい。
実生活は修道院のシスターや子ども達に癒されて、ゆったり生活を絶対送ってやる、というのが、人生の目標だ。
また、お母さまへの不敬は、領民への公告後、ぴたっと収まった。
大貴族相手に、ヤバい事を口走っていた行為を改めて自覚したらしい。
大貴族相手じゃなくても、言っていいこと悪いことはあるんだと、思って欲しいと、噂に翻弄された身としては切実に願う。
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噂といえば、あの騎士団訓練公開日の私の行動は、すぐに社交界に広まったらしい。
野蛮との声もあったが、皇妃陛下の後押しもあり、事故を未然に防いだ勇気ある素晴らしい行為、に軍配が上がってるとか。
「騎士団内でも、お前、人気急上昇だぞ。少しはルーの事も考えろ」と、エヴルー領に帰る前、従兄弟の次男ピエールに言われてしまった。
直後は、『なぜに?解せぬ?』だったが、逆の立場を想定してみる。
確かに複雑かも、と思い反省して、手紙にもきちんと書いておいた。
すると想定の設定に笑ってしまったと、ルイスから返事が来て、嬉しさが倍になる。
今ごろ元気になってるといいなあ、と遠くに離れてこそ思う。
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そんなこんなで、修道院へいつものように顔を出した日—
院長様にお話があり伺った。
修道院に2枚残されたお母さまの油絵の、どちらをお父さまに贈るかだ。
子ども達から贈られたタッジーマッジーを持って微笑む絵と、葡萄の木の下で房を手に取る姿だ。
お父さまが迷いに迷った結論は、タッジーマッジーを持つ姿だった。
理由は消去法で、どちらも素晴らしいと私が評価するのなら、葡萄は神に所縁深い象徴である。
修道院にこそふさわしい、とのご判断だ。
お父さまらしいと思ってしまう。
まあ、どの絵でも門外不出の宝物にしそうなくらい、今でもお母さまを愛してらっしゃるのだ。
水彩画とデッサン帳は、今のところ、修道院で管理していただくようにお願いした。
私からのお話は終わったが、院長様からもお話があると仰る。
少し緊張を帯びた表情から、あまり良いお話ではないな、と思った通り、例のピンクダイヤモンドの件だと言う。
「実は、例の業者から、毎日のように手紙が届き始めています。
何でも帝都の老舗の名店で、買い取ってもらった後、その店の接客対応のミスから、二組のお客様の間で、あのピンクダイヤモンドの取り合いになっているとか」
あ〜。嫌な予感が的中。ひと組は絶対にご側室だ。
でもご側室に対して、あの店が対応に困る相手って……。
血がさあっと引く音がする。
ちょっと待った。勘弁して欲しい。
どこが、どうして、こうなるんだ。
「……何でも、元々の顧客は、入荷次第、購入するとのお約束で予約しており、前金もいただいているとか。
結婚何周年かで、ピンクダイヤモンドをあしらわれた、かなり大物の宝飾をお望みだそうです。
白金でできた宝飾の土台もほぼ完成し、あとはピンクダイヤモンド待ちになっていたとか、事情をペラペラと。
こちらが大丈夫かと思うくらいです。
納入先のオーナーから、頼み込まれているとか、泣きを入れてきて……」
「……さようでございますか」
「しまいには、納入先のオーナーと共に訪れたいと書いて参りました。
ピシリと跳ねつけましたが、エリー様もご用心くださいね」
「ありがとうございます。充分気をつけます」
院長先生はあくまでも、私を思い遣ってくださっている。本当にありがたい。
一礼し、お母さまの墓参をした後、聖堂で祈りを捧げる。
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祈りに集中しようとしても、ついピンクダイヤモンドの件が、するっと心に入り込んでくる。
ご側室よりも配慮するということは、最初からの顧客は、皇帝陛下で確定で、贈る相手は皇妃陛下だ。
大物の宝飾と言うからには、ティアラかネックレスというとこだろう。
ダイヤモンドと組み合わせるんだろうな、と思う。
全てピンクダイヤモンドは希少性から考えて、現実的ではないし、第一高価すぎて、皇妃陛下も引くだろう。
財政的にも問題だ。
注文主が皇帝陛下と仮定すると、諸々の事情が判明するのも、時間の問題のような気もしてきた。
あの、懐中時計と時計型ブレスレットは、私とアルトゥール殿下の、それこそ“ご円満”の証として、王国の社交界には広く知られていた。
あの皇帝陛下も、さすがに私的な探し物に、大使館は使ってないのかしら、とも思う。
使ってたら、絶対知ってるはずだ。
もしくは、訳あり物件、事故物件になっちゃったから、大使が報告していないとか。
これもあり得る。だってモノはご成婚記念のプレゼントだ。縁起が悪すぎる。
ただそこを気にしなければ、アルトゥール殿下の懐中時計は、ああいった経緯もあり、もう二度と日の目は見ない代物だ。
おまけに使用されている石は、私のブレスレット型時計よりもずっと多い。
だったら、皇帝陛下から国王陛下に問い合わせて、譲ってもらってもいいんじゃない?
という気もする。
この相談ができる相手は、限られている。
第一は、宝飾店以外の事情を、ほとんど把握している、タンド公爵夫人である伯母様だ。
第二は、王国の宰相でもある、お父さまだ。
ただ伯母様を、第二皇子の母のご側室と、皇帝陛下・皇妃陛下の争いに巻き込みたくない。
私だって巻き込まれたくはない。
ぜ・っ・た・い・に・だ。
相談しても、困らせるだけのような気もする。
そこへ行くと、お父さまの立場はお強い。
友好関係にある、隣国の宰相であるラッセル公爵。
懐中時計のピンクダイヤモンドを手に入れる際、鍵を握るかもしれない相手だ。
ご相談の上、仮に私が口を閉ざしていたと分かった時にも、『あまりに縁起が悪い事故物件との父の判断であり命令でした』と言えば、免罪符になり得る。
そうだ お父さま、頼ろう。
今、頼らなくていつ頼る。
私は祈りの中で、迷える魂に、答えを与えてくれた神に、感謝を捧げ、すぐに修道院を後にする。
そして、領 地 邸の執務室で、お父さま宛ての手紙を認め始めた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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