24.悪役令嬢の紅薔薇(べにばら)
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで24歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
今日は騎士団の訓練公開日—
皇城内にある騎士団の敷地は、かなり広い。
エヴルーの領 地 邸を軽く越える。
その厨房に、私はいた。
マーサと、ルイスの小姓、護衛と一緒だ。
修道院で作業中に着るエプロンを、青いドレスの上から身につけ、騎士団の食堂のシェフに、差入れを味見してもらう。
OKが出たので、休憩時、水の横に、置いてもらうよう頼む。
「おっ、これは中々美味いねえ。姫さん。
俺達も夏場の厨房は汗だくで、慣れてないとぶっ倒れるモンもいるからなあ」
「修道院では、ご奉仕の休憩中、これを食べていて倒れる方は、すごく減ったんです。
今はほぼいません」
「甘酸っぱいだけじゃなく、塩が効いてるのがいいねえ。後でレシピもらえるかい」
「もちろんです」
騎士達の胃袋を掴むより先に、騎士団食堂シェフの舌に気に入られたようだ。
まあ、そっちの方が話が早い。
昨夜、大量に作っておいた、“差し入れ”を運び込み、休憩時に、水と共に出せるようにする。
「エリー様。そろそろ……」
「はい、マーサ。今行きます。
お小姓役の方もお待たせしてすみません。
伯母様がたは、先に行ってらっしゃるかしら」
エプロンを取ると、ルイスのいる騎士団訓練所へ向かう。
観覧席の一角に、招待客用の席が設けられている。
優雅な日傘を差して、伯母様と嫡男・次男の奥様達がいた。
私は最前列で、伯母様とマーサにはさまれて座り、二人の奥様は2列目だ。
その背後に警護役が、立ち並ぶ。
「おはようございます、お待たせしました」
「もう、エリーったら。迷子になったのかと思ったわ」
「ルイス様のお小姓に案内していただきました。
ご苦労様でした」
ルイスに聞いておいた金額よりも、少し色を付けて、銀貨を渡す。
「こんなに!ありがとうございます」
「今日は晴れ舞台なので特別です。
ルイス様に『勇姿を拝見しています。お怪我のないように』って伝えてね。
あなたも無事に騎士になれますように」
「はいっ!奥様っ!がんばりますっ!」
いや、奥様はまだ早いんだけどなあ、と思いつつ、面倒なので否定しない。
元気に駆けていく。ルイスの元に戻るのだろう。
「ピエールにも小姓がいたら、後でお駄賃をあげましょうね」
「はい……」
次男ピエールの妻が伯母様の問いかけに、少し元気なく答える。ピエールが話してないとか?
食事の時に、あれだけ元気よく喋ってるのに。
まあ、夫婦のことには首を突っ込まないに限る。
私もマーサが差し出した日傘を差して、席に座る。
確かに足元からの照り返しがひどい。
お化粧の下塗りに使った、日焼け止めの効果が試されそうだ。
訓練開始が近づくにつれ、招待席も、観覧席も埋まっていく。
一部の男性や少年達を除けば、ほぼ妙齢の女性か、ご夫人達だ。
訓練開始の喇叭が響く。
訓練場に騎士達が馬に乗って隊列を作り、入場してきた。
公開訓練の始まりだ。
行進、基礎運動と続く。
行進の際に、指揮官の命令に従い、観覧席に敬礼したら、令嬢達がきゃあきゃあ声を上げる。
婚約者以外にも、お目当てだったり、俳優やオペラ歌手のファンみたいな方もいるのかしら。
ルイスはある隊を率いて、行進していた。
私に対して、きちんと騎士の礼をとってくれた。とても嬉しい。
伯母様もピエールを見つけて、次男妻と喜んでいる。
基礎運動にも、動きに違いがある。
キレとか速さや角度、柔軟性など。
この時点で、馬の制御能力、本人の力量差が出るものなんだな、と改めて思う。
最後に走り込みをして、前半は終了だ。
遠目で確認すると、最初の休憩で、ルイスはしっかり『蜂蜜塩オレンジ』を食べてくれている。
最後まで元気に参加してほしい。
訓練の最終目標は、訓練終了時に、無事に立っていることだと、色々とお世話になった王国の騎士団長は言っていた。
食べ終わった後、一心不乱にこちらへ駆けてくる。
騎士服姿がすっごくかっこいいけど、大型犬みたい。
「エリー!」
「ルイス殿下!」
最前列の特権。
立ち上がると、壁を挟んで、顔を合わせて話せる。
「蜂蜜塩オレンジ、美味かったよ。
トーナメントで勝った薔薇は、全部エリーに捧げる」
「ありがとうございます。でもご無事が一番。
お怪我をなさらないよう、お気をつけて」
「あい、わかった」
手を振り、また駆け戻っていく。
いったい何しに来たのやら、と思っていると、伯母様や従兄弟妻達から、生温かい眼差しが向けられる。
「婚約したてって幸せなのよねえ?」
「はい、お義母様。“まだ”マメですし、お互い新鮮というか……」
「……恐れ入ります。ピエール様は、最初からそのような事がなく……」
「え?!そうなの?!ごめんなさいね。
あのバカ息子、あの歳になって、言って聞かせなきゃならないなんて……」
一方、私はきょとんとしていた。
父ラッセル公爵は、母の没後も妻への溺愛は続いていた。
アルトゥールにしても、帝王教育のためか、普通の少年よりも大人びていた。
そして国王と王妃は仲睦まじくあるべきもの、さらに当時は私に好意を抱いていたため、ほぼ溺愛だったのだ。
“一般的な”“普通”の恋愛関係と、結婚生活にピンと来ていないため、伯母様と従兄弟妻達の視線に居心地が悪い。
そこに百戦錬磨の、タンド公爵夫人がまとめにかかる。
「あなた達。待ってて嘆いてるだけでは、状況は少しずつ悪化で定着してくるの。
美しくなる努力はもちろんのこと、愛嬌と無邪気さと悪戯っぽさ。時には迫力を駆使するの。
夫に自分なりの“普通”を、少しずつ、少しずつよ。叩き込んでいかなきゃダメ。
貴女達はまだまだ新婚の内。鉄は熱い内に打て、よ。
タンド公爵家の家内安全に関わりますもの。
協力は惜しまなくてよ」
「ありがとうございます、お義母様」
「お義母様、嫡男の妻として、後ほど詳しく伝授くださいませ。
今は、エリー様をお守りすることが先決でございますよね」
「そうね。仰る通りだわ」
そういえば、徐々に生温かいバリアの向こう、一般観覧席から冷たい目が向けられ、こそこそ話も聞こえてくる。
「なんてはしたない、あんな大声を出して」
「ルイス殿下に、ふさわしくございません」
「隣国の方がいきなりやってきて、エヴルー女伯爵なんて。何か裏があるに決まってますわ」
「なんでも隣国の王太子妃教育に耐えかねて、逃げてきたと言うではありませんか」
「そうそう。学園で婚約者を別な女、それも下賎な身の女に奪われて、イジメたんですってよ。
悪役令嬢と呼ばれ、国外追放にあったとか」
「王太子妃なら、側室や愛妾に寛大でなければなりませんのにねぇ」
「それは我が帝国の皇子妃にふさわしくない、という事でございますわね」
まさしく言いたい放題である。
「エリー。堂々としていなさい。そして機を見て、時節が来た時に、叩き潰すのです」
伯母様、恐い……。
でも皇妃陛下もそんな感じだったしなあ。
王妃教育でもやったし、とりあえずは情報収集しておこう。
私は悪口を言っている令嬢達の顔をざっと見て覚えると、伯母様と答え合わせを始める。
従兄弟の妻達も協力してくれた。
敵勢力の把握は重要だ。
そうこうしている内に、トーナメントが始まった。
同時進行で、ルイスを応援する。
剣での試合を選択して、最初の相手は数分で、のしていた。あっという間だ。
拍手をしていると、係から紅薔薇を受け取り、観覧席の私に渡してくれる。
「エリー、騎士の忠誠をエリーに捧げる。
応援していても可愛らしい。エリーの魅力に何度も一目惚れさせられてしまうよ」
「ありがとうございます。ルイス殿下。
とても嬉しゅうございます。どうかお気をつけて」
「エリーの応援は、勇気百倍だ」
ルイスの言葉は、腹式呼吸のためか周囲に響く。
また明らかに、周囲に聞こえるように話しかけてくれていた。
自称・無骨者ががんばってくれていて、余計に嬉しい。
ごめんなさい、ルイス。
応援よりも、今、別のことに集中してました。
優雅な所作で、うっとりした風情を醸しつつ、紅薔薇の香りを、思いっきり吸い込んで、周囲に通る声で、感想が聞こえるように話す。
「伯母様、皆さま。ルイス様の素晴らしさ、ご覧いただきましたこと?
素晴らしい剣技でいらっしゃいます。
これも全て私のことと仰せですの。恥ずかしながら、幸せでございます」
後の会話は、三人の拡大再生産である。
2試合目は、少々時間がかかったが、隙を見て、腹部への横払いで仕留める。
アーマーが無ければ、骨折していた事だろう。
やはり私の元に来てくれる。
「エリーと俺のために捧げるよ。二人で幸せになろう」
「はい、ルイス殿下」
実力を発揮し、次々と下していく。
さすがに上のクラスになってくると、戦う時間が長くなってきた。
勝利の度に、紅薔薇と私のための言葉を、捧げてくれるのは変わらない。
次は準々決勝でピエールが相手だ。
「ピエール様、頑張って」
「ルイス様、信じています。
お二人とも素晴らしい試合を祈ってます」
最初はじりじりと、間合いを探りながら、円を描くように半周したところで、打ち込みが始まった。
互いに手を知り尽くしたような打ち合いに、火花が散るほどだ。
ルイスが遠心力を上手に使った重い打撃で、ピエールの剣を打ち落とす。
二人共に激しい息遣いだ。
試合の礼をした後、二人してやってくる。
ピエールは妻に、6本の紅薔薇を差し出す。
「まとめてすまん。俺の気持ちだ。騎士の忠誠を誓おう」
6本の薔薇の花言葉は、『あなたに夢中』だ。照れて言えない思いを託していた。
「ありがとう、あなた。とっても嬉しいわ」
ピエールの妻も、嬉しそうに受け取る。
「エリー。君に夢中だよ。見守ってくれてありがとう。お陰で君を守ろうと勝てたんだ」
「ほんとうに素晴らしい試合でした。準決勝も気をつけてね。汗がすごいわ」
私はペパーミントの滲出液を浸したタオルを差し出す。
「これは汗がすっと引くな」
「ピエール様。お疲れ様でした。こちらで汗を拭うとすっきりするそうですの」
「本当だ。従兄弟殿、感謝する」
「差し入れの隣りにも置いています。よかったら勧めてみてください」
「エリーは相変わらず賢いな。厳しい王妃教育に合格したはずだ」
ルイスの声が一際高くなる。
「え?王妃教育?」「王太子妃教育じゃなくて?」「合格ってどういうこと?」などと聞こえてくる。
「お恥ずかしゅうございます。ハニートラップを阻止できなかったんですもの」
「あれは仕方ない。誰でも事態回収は難しかっただろう。それも王命で、憎まれ役を演じてたんだ。
結果的に有責で解消した。
エリーは少しも悪くないんだよ」
ルイスの手が伸び、私の頭を優しく撫でる。
「さあ、ピエールも行こう。審判役が待ってるだろう?」
「ああ、最後まで観ていてくれよ」
「はい。ピエール様」
二人の背中を見守りながら、ピエールの妻と微笑みあう。
「じゃ、行ってくる」
「御武運をお祈りしています」
準決勝は相手の刺突に苦労していたが、前後左右の足運びと組み合わせ、最後は相手の喉元に剣を突きつけ、終了とした。
私の手元には、7本目の紅薔薇だ。
ふさわしい言葉を、堂々と贈ってくれる。
最後の決勝が始まった。対戦相手は副団長だ。
決勝にふさわしい熱戦で、フィールドを縦横無尽に動き回り、剣から火花が散る。
観覧席寄りにやってきた時、ルイスの剣が相手の刃を巻き取って、剣が宙に高く舞い上がる。
「しまった!」
放物線を描いた剣が、こちらへ向かってくる。
私は反射的に立ち上がると、日傘を畳む。
一歩出て、むんと身体に力を入れる。
振り上げた日傘で剣を受け止め、骨格で支え、そして打ち返す。
時間が飴のように伸びた感覚だったが、一瞬の出来事だ。
フィールドに、剣が転がるガランガランという重い音が響き渡った。
すぐに、ルイスと副団長が駆け寄ってきた。
「エリー、ケガは?!」
「エヴルー卿、お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。防犯のために、日傘に鉄棒を仕込んでいましたので。
ただ、手が少し、ジンジンするくらいです」
「ジンジンするって?」
「ルイス殿下。これくらい平気です。護身術です。
それに王妃教育で、騎士団の訓練にも参加していました」
「骨に異常があるかもしれない。
タンド公爵夫人、失礼します!医務室にお越しください!副団長、あとはよろしく頼む!」
壁越しに腰を持たれ、ルイスにひょいと持ち上げられる。またしても、お姫様抱っこされると、騎士団の医務室に直行だ。
マーサはすぐに、観覧席の出入口から降りてきて、追いかけてきてくれた。警護の2名もだ。
伯母様の話によると、招待席も観覧席も、シンと静まり返った後は、わざとらしく悲鳴を上げる令嬢や、倒れる令嬢などが現れ、ざわめきでいっぱいだったらしい。
公開訓練は急遽中止となり、倒れた令嬢は気つけ薬で回復させ、ご退場となった。
関係者のタンド公爵家の三人以外は、お帰りいただいたとのこと。
騎士団の医師の診断は、骨に異常はなく、打ち身のみだった。
両手に湿布をペタペタ貼られ、包帯を巻かれる。
痛みが取れるまで、これが続くらしい。
追いかけてきた伯母様も、説明を聞いている。
ルイスと副団長は、反省しきりだ。
私が、「本当に大丈夫。事故防止に役立ててください」と言っても、謝罪を繰り返す。
騎士団長までお越しになった時には、伯母様が「本当に謝罪はもう充分です。エヴルー卿の言う通り、事故防止にお役立てください」と言ってくれて、「そろそろ帰りましょうか」と話を畳む。
「エヴルー卿も疲れたでしょうから」と、私を引き取り、嫡男・次男の妻達と共に帰らせてくれた。
ほっと一安心、と思いきや、馬車に乗り込んだ途端、伯母様からはお説教だ。
「あんな危ない真似は、二度としないこと。
何のために、警護が付いてると思ってるの」
「タイミング的に間に合わないと思ったからです。
護身術の一環で、襲撃の最初の一撃を躱わすのは、痛いほど繰り返し、叩き込まれました。
その成果で動いちゃったんです」
「どうして日傘があんなことになってるの?」
剣を受け止めた日傘は、強化した鉄棒でできた中棒や親骨が折れ曲がり、可愛い花柄の生地はボロボロだ。
気に入ってたのに。
「えっと。警護を増やすとお話があった頃に注文しておきました。防犯用です」
「だからと言って……。もう、王国の王妃教育は何やらせてるのよ」
ほんとですよね。そこは強く同意です。
まあ、騎士団の野営訓練とかは楽しかったけど。女騎士さんともコソコソ女子トークしてました。
ひとしきり注意してくれていた伯母様も、心労のためか、こめかみを揉んでいる。
ごめんなさい、伯母様。ご心配おかけして。
帰ったら、安眠のハーブティー、マーサに差し入れてもらいます。
でも嬉しい出来事もあった。
ルイスが贈ってくれた、7本の紅薔薇を、嫡男・次男の妻達が、回収して持ってきてくれたのだ。
お礼を言うと、「私たちこそ、守ってくれてありがとうございます」と言ってくれた。
距離が縮まったようで嬉しい。
帰邸後、寝衣に着替えると、マーサにベッドに突っ込まれる。
手だけだと言っても聞いてくれない。
仕方ないので、書類を見ようとしたら、取り上げられる。
「あんな重い剣を受け止めるだけでも、身体に負担がかかってます。大人しく安静になさってください。
それにお見舞いがいらっしゃいますよ」
マーサの言葉通り、伯母様から聞きつけた伯父様がやってきて、抱きしめられる。
心配かけて、ごめんなさい。
念のため、タンド公爵家のかかりつけ医にも診ていただいたが、診断は同じだった。
より詳しく話を聞いてくれ、節々に痛みが出るかもしれないと、頓服の痛み止めと追加の湿布などを出してくれた。
ルイスも私が騎士団に持ち込んでいた色々を回収し、わざわざ持ってきてくれた。
その時、お見舞いしようとしたが、伯母様に断られた、と後から聞いた。
騎士団長も右にならえ。伯母様、強い。
さすがに、皇妃陛下の内々のお見舞いは、「エヴルー卿に負担をかけないため、服装や場所など一切不敬を問わず」ということで、客室にお通しして、お見舞いを受けた。
皇城にしか咲かないという、青薔薇を持ってきてくださった。
ルイスの瞳にも似た、とても不思議な色合いだ。
ただ香りは、ルイスが贈ってくれた、紅薔薇の方が芳しい。
その香りに安心し、気がついたら眠っていた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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