23.悪役令嬢の隠れんぼ
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで23 歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「エリー、いらっしゃい。今日もありがとう」
皇妃陛下は優雅な声と所作で、私を労ってくださる。
お悩みの聞き取りと、効能に合わせたレシピの内容を皇妃陛下にご説明し、侍医の方々に承認してもらい、お付きの侍女方にハーブティーの入れ方を説明する。
最初の毒味付きの試飲まで、ワンセットである。
今日は、先日いただいた、歌劇場のロイヤルボックスのチケットについても、お礼言上を忘れてはならない。
「席が無駄にならなくて、よかったわ。
ルイスも珍しく、騎士団で自慢してたらしいの。
演目の解説に、聞きどころのアリアまで、ピアノで弾いたり、わざわざ転調して歌ってくれた。
最後まで楽しかった。ですって。
団長から聞いたの。結局休ませちゃったでしょう?
お詫びにお茶にご招待したのよ。
私と行った時、欠伸を噛み殺してたのに大違いよ。ねぇ」
ルイス、そこまで話したの?
側付きの侍女長に『ねぇ』と振った皇妃陛下の瞳が、悪戯っぽく輝いている。
「それは演目の通り、『恋の妙薬』故にございましょう」
さすが当意即妙な受け答え。でも照れます。
「本当に。変われば変わるものだわ。
エリーも領地と帝都を行き来して大変でしょうけど、身体を労ってね」
「はい、ありがとうございます。
皇妃陛下におかれましても、ご自愛お祈りしております。
それでは、失礼い」
辞去の挨拶は、皇妃陛下の居室の外からの物音で、打ち消された。
警護の近衛騎士が侍女長に歩み寄り、何事か囁き、侍女長が皇妃陛下に囁く。
「そう。もういらしてるなら、仕方ないわ。
お通しして。
そうね、エリーは私に任せておいてね。何も話さなくて大丈夫よ。そこに隠れてなさい」
うわ、この言葉。この表情。押しかけ相手はほぼ確定だ。
「はい、かしこまりました」
私は皇妃陛下のご指示に従い、部屋の隅に控える。その私を守るように侍女の方々が、前に控えてくださった。
本当に隠れんぼだ。
「皇妃陛下。ごきげんよう。
私がわざわざ、ご機嫌伺いに参りましたのに、危うく断られるところでしたのよ?
あの者は首にすべきではないかしら?」
えーと。それは、職務を変更って意味だよね。
まさか、物理じゃないよね。物理じゃ。
「まあ、そうでしたの。先触れをくだされば、ご遠慮申し上げましたのに。
あいにく少し頭痛がしますの。おもてなしはまたの機会でお願いしますわ」
うっわ。ぶった斬った。でも、無礼にはそれなりに、ってことだよね。
「頭痛ですの?では、例のエヴルー卿とやらも、役立たずということでございますわね。
ルイス“第三”皇子殿下の婚約者は、同じように“役立たず”と拝見いたしますわ」
早速下げに来たか。もう生き甲斐になってるのかな?
いまだに“第三”とか“役立たず”なんて強調してるし。
「ご存じかしら?頭痛にも、重い頭痛と軽い頭痛がございますの。エリザベートのハーブティーは、医学の専門家である侍医のお墨付き。
役立たずではございません。
ああ、せっかくエリーのハーブティーで和らいでいたのに、また重くなってきたわ。
ご存じ?こういう無礼なことをされても、頭痛が起こる場合がございますの。
ですから、マナーというものがございますのよ?
ふふ、ご存じだったら、こうしていらしてないかしら?」
皇妃陛下が喧嘩を買われた。ビシビシ攻めていく。いや、あっぱれ。
「私を侮辱いたしますの?!」
「侮辱ではございません。事実を申し上げただけ。
そろそろ、お引き取り願いますか?」
「えぇ、お望み通り、下がりましょう。
ただ、私もハーブティーとやらが飲んでみたくなりましたの。
そのエヴルー卿とやらを、お貸しいただけませんこと?」
あ、毒殺未遂で、私、死ぬわ。確実だ。確定。
「お断りいたします。
エヴルー卿は、私専属のハーブティーの調合師ですのよ。
ありがたくも、皇帝陛下の麗しきご配慮で、お決めになられましたの。
皇帝陛下のお許しを得てから、お申し出いただけますか?」
第二皇子腹のご側室の顔が歪み、持っている扇が握る力で軋んで折れそうだ。
「皇帝陛下のお許しを、得ればよろしいんでしょ!
得れば!」
「そうそう。陛下はエヴルー卿をいたくお気に召し、娘同然に可愛がってらっしゃいますの。
エリザベートと名前で呼んでいるくらいに。
逆鱗に触れないよう、お気をつけあそばせ」
「せいぜい気をつけますわ!ごきげんよう!」
「ごきげんよう」
ご側室が靴音高く、部屋を出ていく。私がここにいることも結局知らないままだった。
作戦遂行。
「エリー。変なことに巻き込んで、ごめんなさいね」
「とんでもございません、皇妃陛下。
ご不調の原因を目の当たりにし、一層の努力を胸に誓いました」
「まあ、エリーも言うこと。
絡まれたら面倒だから、あなた、馬車まで見送ってくださる?
もしエリーが拉致されそうになったら、抜剣を許します。
陛下のお怒りを鎮めるためにもね」
「はっ、かしこまりました」
その後、やや緊張気味な近衛騎士に、タンド公爵家の馬車まで見送られ、待っていたマーサに心配される。
「お顔の色が悪うございますよ」
「後宮が伏魔殿と言われるのがよくわかったわ」
私がかいつまんで説明すると、マーサの顔色が変わる。
「エリー様。以前からの通り、エヴルーの護衛とタンド公爵家の護衛を決してお離しなさいませんように。
私もずっとお側におります」
「ありがとう、マーサ」
「それと、ルイス殿下にこの件を、お手紙でお知らせなさいませ。
人伝えで聞くよりも、ご心配の度は小さくなりましょう」
心配をかけたくなくて、黙ってる気だったのを、マーサに見破られる。
ただ言ってることはもっともだ。
「わかったわ。帰ったらすぐに認めて、お届けします」
どうか、あの優しく心配性のルイスを、必要以上に心配させませんように。
皇妃陛下のお知らせよりも早く届きますように、と心の中で願っていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
あの日。
騎士団の勤務が定時になり次第、ルイスはタンド公爵邸に駆けつけた。
先触れにより、迎えに出ていた私は、思わず抱きしめられられるところだった。
阻止したのは、マーサ。さすがである。
サロンに用意してあった、冷たい濡れタオルとハーブティーで落ち着いたところに、真剣な眼差しで、過保護発動だ。
「エリー。母上の元に上がる時は、俺もついていく。
いくらでも手は回せる。安心してほしい」
いや、それ、通常業務の範囲、越えてますよね?
権限使って、私情入りまくりですよね?
騎士団参謀殿。
「そこまでなさらなくても、皇妃陛下が充分警告されておいででした」
「あそこは何が起こるかわからないんだ。
歩いてて振り向いたら、ついてきてたはずの人間がいない、なんてことだってある。
絶対、警護する。
皇妃陛下専属の調合師だ。皇妃陛下か皇帝陛下の命令で、近衛騎士が警護したって変じゃない」
いや、後宮恐い。怪談みたいだ。
でもルイスは被害者だ。目の前で乳母が殺された。
ここは、危機感をルイスに合わせるべきだ。
何かを感じ取ってるのかもしれない。
「分かりました。次回からよろしくお願いしますね、ルー様」
私は敢えて、優しく微笑んでみる。
ルイスの不安が少しでも軽くなるように—
「受け入れてくれてありがとう。
じゃそろそろ帰るよ。仕事を中断してきたんだ。
明後日の休みは死守したいからね。
ああ、見送りはいい。
マーサ。エリーのケアをよろしく頼む」
「かしこまりました」
「あ、待って。ルー様」
私は荷物の中から、袋入りのハーブティーを取り出し、ルイスに渡す。
「これは眠る前にリラックスできる安眠のハーブティーなの。私も飲むわ。
ルー様も私を心配してくれて、緊張されたでしょう?」
ハーブティーを渡す時に、頼りがいのある大きな手に、そっと私の手を重ねる。
「エリー……。ありがとう。
ゔゔ、抱きしめられないのが、傍にいられないのが、こんなに辛いなんて……」
ルイスは私の手を取ると、自分の額にそっと押し当てる。
まるで何かを祈ってるかのように—
「ルイス殿下。婚約式まで、お忍びください。
私としても、心苦しいのですが、公爵夫人のお申し付けにございます」
「わかってる、マーサ。
じゃ、エリー、ありがとう。おやすみ」
「ルー様。どうかお気をつけになってくださいませ」
私はドアの向こうに消える婚約者(内定)の背を見つめていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
あれから2日。
今日はピアスを店に受け取りに行く日だ。
ルイスは午前中、帝室の担当者達と打ち合わせで、午後からのお出かけだ。
マーサが、今日はピアスを留めやすく、耳元を見せるようにまとめましょうと勧めてくれる。
編み込みを駆使して、綺麗に結い上げてくれた。
お出かけは、青色の上品なデイドレスだ。
ビスチェタイプのエンパイアドレスに、高襟で長袖のレースジャケットを羽織る。
大人っぽいが可愛いらしくもある。
警護のためにお忍びではなく、裏口から入って、応接室で受け取ることにした、という連絡をルイスから受けた。
これはお得意様対応だ。そこで貴族令嬢らしい装いに変えた。
帝室の紋章抜きだがしっかりとした造りの馬車に、迎えにきてくれたルイスのエスコートを受けて乗り込む。
もちろんマーサもだ。
ルイスは一旦降りて、前後の護衛に指示してから乗り込み、馬車は動き出す。
「慎重になっててごめん。ただあの人は何をするかわからないところがある。
念には念を入れさせてほしい」
「はい、ルー様。安心安全が第一ですもの。
でも、ピアスがどんな仕上がりか、ドキドキしててもいいですか?」
「もちろんだよ、エリー。
私も楽しみなんだ。二人の色を、二人で身につけられるからね。見る度にエリーを思い出すよ」
「ありがとう、ルー様。
お願いが一つあるの。聞いてくださる?」
「エリーの言うことなら、できる限りは」
「私のピアスを、ルー様が付けてくれたら、嬉しいなって」
この言葉にルイスの顔が薄紅色に染まっていき、右頬の傷も浮かび上がるくらいだ。
口許に手を当て、なぜか私から目を逸らす。
しばらく後、青い眼差しは私に戻り、嬉しそうに答えてくれた。
「……もちろんだよ。エリー。名誉な役目を務めさせてくれ」
「私がルー様の分を着けてもいい?」
「ああ、お願いする」
馬車が止まり、宝飾店の裏口に着いたようだ。
前回と全く違う方法で入店する。
オーナーが出迎え、立派な応接室に通された。
「ルイス第三皇子殿下。お品物はこちらでよろしいでしょうか」
オーナーがルイスに、二組のピアスを見せる。
白金細工の四つ葉のクローバーに、サファイアとブラックスピネル、エメラルドとイエロートルマリンをはめ込んだ、スタッドタイプのピアス。
注文通りに仕上がっている。
「ああ、大丈夫だ。些少ですまないね。
婚約者とお忍びで来て、普段使いの品を選んだんだ」
「些少などととんでもない。当店をお選びいただいただけで、ありがたく存じます」
ルイスが小切手を切って、渡している。
それだけでも何か、かっこよく見えるから不思議だ。
「ここで着けていきたいんだ。鏡を用意してくれるか?」
「かしこまりました」
最初にルイスが私の耳にピアスを着ける。
少し緊張してるようで、指が震えている。
耳たぶに、鍛えた大きな指が触れて、くすぐったい。
つい首をすくめてしまう。
「きつくない?」「大丈夫」といったやり取りの末、私の両耳に四つ葉のクローバーが収まった。
黒と青、金と緑—
石も小粒だが上質で、デザインも素敵だ。
次は私がルイスに着ける。
「ルイス殿下。左耳から着けますね」
耳たぶがぷにぷにしてて、触感が楽しいが、真面目にやらないと落としてしまう。
それに、マーサと護衛、店の人達の注目を浴びている中だ。
緊張していたルイスの気持ちがわかった気がする。
耳にかかっていた黒髪を、そっと避け、加減を聞きながら装着する。右耳もだ。
耳たぶのぷにぷにを、もう少し触っていたかったのは内緒だ。
ルイスも鏡を覗き込み、照れながらも嬉しそうだ、
二人はご機嫌で、応接室を出る。
そこに店員がオーナーに駆け寄る。
顔色が真っ青だ。
「どうした?ルイス第三皇子殿下の御前だぞ?!」
「大変申し訳ございません。少しお耳を」
オーナーが耳元で何事か囁かれると、顔色が変わる。
応じる囁きも圧が強い。
「あちらは、ずっと以前からお探しで、入り次第、ご予約のお約束をしていたんだ。
それをなぜ店に出す!
丁重に断れ!」
小声で店員を叱責している、オーナーの顔が真っ青だ。
「手違いで申し訳ございません。ただご側室様のお忍びとの仰せでして……」
うっわー。とってもとっても嫌な予感がする。
私はルイスの袖をそっと引き、「帰ろう」と小声で囁く。
ルイスも頷き、オーナーに声をかける。
「取り込んでいるようだ。見送りはここでいい。行ってあげなさい」
「はっ、お気遣い感謝します。
ご利用、誠にありがとうございました」
オーナーは最敬礼すると、店舗の方へ向かう。
「お忍びって。皇帝陛下の後宮の女性達、皇妃陛下もご側室も、公務以外は滅多に外出できないんだぞ。
どうやって出てきたんだ?!」
「本当にね。色々問題出てきちゃうのに……」
皇帝の妻妾が勝手に外出となると、貞節問題にも発展しかねないのだ。
「すまない、エリー。俺達には関係ない。気づかれないだろうが、さっさと行こう」
「はい、ルー様」
私達が馬車に乗り込み、表通りに出ると、帝室の紋章入り馬車で、堂々と店に乗りつけていた。
「あれは……」
「揉めてるのがどういう人か、わかっちゃいますね」
「俺達には関係ない。それでいいだろう?
エリー、よく似合ってるよ」
「ありがとう。ルー様もとっても素敵。幸運に恵まれますように」
「ありがとう、エリーもね。この後、どうしたい?
前に食べたスイーツの店で、個室を予約してるんだ。店でしか食べられないものがあるそうだ」
「え?いいの?行ってみたい!です」
「クスッ、了解」
私とルイスは、パティスリーの個室で、美味しいパフェや、焼きたてスフレを堪能し、タンド公爵邸へ戻る。
今夜は公爵家で、夕食の予定だ。
無論、その前後は打合せが入っている。
サロンでお茶をしていると、現れた伯母様が二人のピアスを褒めてくれた。
「ルイス様、エリー。二人ともよくお似合いだこと。
エリーは、明後日の騎士団の訓練公開日に見学に行くのでしょう?」
「はい、ルー様の勇姿を拝見したくて、参ります。招待状もいただきました」
私は照れくさそうにルイスを見て、頷きを確認し、伯母様に答える。
「ルイス様。私も参ってよろしいかしら」
「もちろんです。招待状は明日、届けさせましょう」
「ありがとうございます。二人の嫁も一緒でもよろしくて?」
「はい、それは…。何かあるのでしょうか?」
「いえ、この子に、無礼に近づこうとする者がいても厄介でしょう?周囲を囲んでおこうかな、と」
「ああ、そういうことですか。申し訳ありません。よろしくお願いします」
ルイスが伯母様に頭を下げている。
私だけ話が見えていないようだ。
「伯母様、どういうことですの?」
「前にお話ししたでしょう。
ルイス殿下には、たくさん、手のひら返ししたご令嬢達がいらっしゃるって」
それって本人の前で言ってもいいのかしら。
ルイスは平気にしてるけど。
「はい」
「今は救国の英雄。騎士団では参謀という、名実共に幹部。さらには皇子殿下で、臣下に降りる時は公爵確定。
こんな物件、世の中の貴族令嬢が放っておくと思って?」
「ああ!そういうコトですか」
婚約者(内定)との婚約式、結婚式が決定していても、まだ来るのか。
そういえば、王国でもそう装ってたっけ。
事実はご側室内定者達でしたが。
「そういうことよ。タンド公爵家の女性達で守っておけば、そうそう手は出せないわ。
あなたは堂々と隠れてなさい」
伯母様。堂々とだと隠れてない気がします。
「でも、これから話す予定だったのですが、明後日は、ルー様や騎士様がたにご協力願おうと思ってたんです」
「「協力?」」
伯母様とルイスの声がかぶる。
「はい、実は……」
私の説明にルイスは愉快に笑い出し、伯母様は少し呆れたように、扇で口許を隠した。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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