22.悪役令嬢の実験
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで22歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「えッ?出どころを?」
天使の聖女修道院の院長様から、例の“初恋の品物の処理”について、報告を受けていた。
石のペーパーウェイトは、お父さまの手紙を運んでくれている、ラッセル公爵家の“影”に頼んで、王国の大河に、思いっきり投げ込んでもらった。
さようなら〜。
他の燃やせるものは、聖堂での捧げ物を入れる籠などと一緒に燃やしてもらい、堆肥となった。
金と銀の貴金属は溶かして処分し、業者が買い取り、
豆本と時計部分は古物商が買い取った。
アミュレットは鋳潰された。
念のために、と院長様が今教えてくれた件は、ブレスレットタイプの時計から外した、ピンクダイヤモンドとエメラルドを買い取った業者についてだった。
「懸念しておりましたが、やはりピンクダイヤモンドに目の色を変えておりました。
『前の所有者を紹介してくれたら、少なからずお礼をする』などと申すので、『でしたら、別の方に買い取っていただきましょう』と返したところ、諦めて引き取って行きました。
ただ、この修道院に最も頻繁にいらしていらっしゃるのは、エリー様。
しかも出自は公爵令嬢でいらっしゃいます。
万一、ご迷惑があっては、とお知らせいたしました」
「ありがとうございます、院長様。
知識としては、宝飾品の価値を知ってはいるのですが、私自身、収集欲があまりないのです。
買い取り業者は、帝都の方ですか」
「はい、そうです」
「念のため、氏名と店名を教えていただいても、よろしいでしょうか?」
院長様が頷き、書いた紙を渡してくださる。
これが役に立たないことを祈るだけだ。
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先週、ルイスとの初デートは、帝立歌劇場のロイヤルボックスだったため、バレバレだった。
支配人にロイヤルボックスまで案内され、客席から盛大な拍手を浴びた。
ルイスは、客席に向けて片手を上げて挨拶、私はお辞儀までしていたので、逆に堂々とし過ぎていたくらいだ。
早速、新聞にも書き立てられ、伯母様が嬉しそうに持ってきてくれていた。
宝飾店へのお忍びがバレてないだけでも感謝しよう。
修道院でも、数日遅れで届けられる新聞で、皆が知っていた。
シスター達には円満を祝福され、子ども達にはルイスがどんな人かと聞かれる。
くすぐったくも、幸せな時間だ。
農地エリアの工房では、暑さの中、皆が活き活きと働いていた。私も皇妃陛下のレシピや、研究に使用する分を採取させてもらう。
休憩には、井戸で冷やしたハーブティーと、蜂蜜塩オレンジを美味しそうに食べている。
私もいただいたが、汗をかいた身体に染み入るように美味い。普段は甘塩っぱい味は、さほど好きではないのに不思議だ。
この蜂蜜塩オレンジは、昔、甘塩っぱい味が大好きだったシスターが作り始めたという。
これを食べていた方達が、普通味の方達よりも夏バテしなかったので、定着したものだと伝わっている。
経験から得た先人の知恵だ。
そういえば、ルイスの話によると、騎士団の激しい訓練の後は、アーマーの下に着る衣類には、よく白い塩がふいているという。
身体から塩分が出れば、出した分の摂取も必要なので、蜂蜜塩オレンジは理に適っていると思う。
また、耳寄りな話を、ハーブ担当のシスター達から聞く。
この季節、蚊がつきものなのだが、ミントやラベンダーなどの手入れをしている時は、寄りつかないと話す。
今度、滲出液を作ってくるので、吸わせたハンカチなどを身につけてみてくれるかと頼んでみる。
夏の虫除けは、嬉しい成果だ。
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またエヴルーの領 地 邸でも、私が帝都へ行き、留守の間、各種の実験をしてもらっていた。
一例は、執事見習いの子が、革靴を陰干しでなく、間違って日向に天日干しし、駄目にしてしまった、という話をヒントにしたものだ。
皮革とは、人間で言えば皮膚だ。
革靴のお手入れにはクリーム、油分が欠かせない。
その材料である皮革に、各種オイルを塗る、もしくは全く塗らないという条件で分け、1週間、天日干しにしてもらっていた。
差は歴然だった。
全く塗らなかった皮革はかなり傷み、オイルを塗っていたものは、そこまでではない。
その中でも優秀だった、ホホバオイルとカメリア(椿)オイルなどを元に、炎症に効能のあるハーブなどを組み合わせた、日焼け止めのレシピを考え、製作、実験だ。
婚約式を含めた式典の準備の中、ハーブのレシピ研究が、何よりの気分転換になっていた。
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一方、先代エヴルー卿である母アンジェラに対する、一方的なトラブルで、微妙になっていた領民との関係が、徐々に変わってきていると、アーサーから報告を受ける。
原因は、ルイスとの婚約内定報道だ。
「口の悪い者は、『皇子と結婚するなら、よその男に悪さはしないだろう』などと嘯いていますが、皇族の婚約者に内定されたエリー様と、知己になりたいという希望者がほとんどです。
日程を調整して、領民の代表者との会合を行ってはいかがでしょうか」
「アーサー?皇族の婚約者内定以外に、エヴルー女伯爵が陞爵して、帝室直轄地と合併。
領 地 邸もここから移ることに、置いてきぼり感を持ってる者も多いんじゃないのかしら?」
アーサーは態度を変えず、代表者リストをめくりながら応える。
「仰せの通りです。ルイス様が滞在時、『ここの使用人達は全員、新しい公爵邸で働いてもらう』と仰った言葉を洩れ聞き、エヴルー領の中心地が移ってしまう、という焦りもあるようですね」
「ここはきちんと活用する予定なのだけど、その点を伝えた方がいいかしら?」
「エリー様のハーブの成果に関しても、『あんな草いじり』と思っている輩も多うございます。
会合ではっきりお示しになった方がよろしいかと」
「分かりました。なるべく早めに調整してね」
「かしこまりました」
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という経緯で行った、領民の代表者との会合—
百聞は一見にしかず、いや、体験にしかず。
まず、侍従達により、彼らに修道院と提携して生まれた“新殖産品”で、もてなしてもらう。
我が家のレシピのハーブティーと、領民が紅茶代わりにたまに飲む、ハーブティーとの違い。
シェフが頑張ってくれた、ハーブを香辛料として用いた、庶民料理。
エヴルー領の豊かな食材を用いた、お菓子各種。
ハーブで染色された糸を用いたレース編み、などなど。
実際、飲食して、触れて、実感してもらう。
もてなしが一段落した後、会合を始める。
最初に、アーサーから、『皇妃陛下の日常的なお飲み物に採用されている、ハーブティーのレシピ』の作成者が私である旨、説明する。
私は無言で、貴族的微笑を浮かべるのみだ。
帝室への敬意は深い。
私を見る目が一変する。
引き続き、アーサーにより、ルイス第三皇子の婿入りによる、公爵への陞爵。
今までのエヴルー伯爵領が、エヴルー公爵領の一部となる予定は事実であること。
エヴルー伯爵領は決して取り残されるのではなく、別邸となるこの領 地 邸を、公爵領の支所、及び、天使の聖女修道院と協力するハーブ研究所となる旨が、発表された。
と同時に、ハーブの需要が拡大しつつあるので、ハーブ栽培農家を募集し、麦の連作障害などを防ぐ際に、ハーブを栽培してほしいこと。
収入が例年の平均値を下回った場合は、適正な申請書類を提出すれば、補填すること。
連作だけでなく、専門的にハーブ栽培農地も募集する旨を、伝えたところで、一区切りだ。
ざわつく室内に、丹田に力を込めた私の声が通る。
今日はやや低めだ。舐められては困る。
「領民の皆さん。私はエリザベート・エヴルー。
女伯爵であり、あなた達の領主です。
ピンとこないでしょうけれど、ここエヴルーは宝の山です。
お金を持っている、あなた達がいうところの、“お貴族様”が欲しがる品物の材料が、たくさん眠っています。
それを掘り起こすのも、掘り起こさないのも、あなた達次第です。
今まで通り、美味しい小麦と乳製品を作ってくれるもよし。
新殖産品である、ハーブ栽培に協力してくれるのもよし。
そこはあなた達にお任せします。
ただこれからの事業としては、絶対的にハーブ栽培地が足りないのは事実です。
あなた達から申し出がなければ、新しい公爵領となる、帝室直轄領で、主に栽培することになるでしょう。
そこは理解しておいてください。
ただし、公爵家別邸となる、ここ領 地 邸は、公爵領の支所、兼、ハーブ研究所として、天使の聖女修道院様と協力していくことは、すでに決まっています。
公爵領の大切な一部であることは変わりません。
新しくなるエヴルー公爵領を、私は婚姻するルイス第三皇子殿下と、盛り立てていかねばなりません。
あなた達も、それを支えてくれることを、私は願っています。
では、今日の会合はこれにて解散。
ご家族に、お土産を持って帰って、実際の感想を聞いてみてください。
遅くまでご苦労様でした」
アーサーの手配で、侍従達から手土産品が配られる。
お菓子やハーブティー、ハンドクリーム、レース編みのハンカチ、使用方法を明記したハーブなどだ。
同封した書類には、修道院の事業の収入変化も明記しておいた。
『お貴族様がやっているお遊びではない』と理解できるも良し、理解できずに今まで通りに暮らすも良し、なのだ。
幸い今まで通りでも、豊かなエヴルー領では食いつめることはない。
会合後、アーサーとマーサが労ってくれる。
「お疲れ様でございます。色々言ってくるでしょうが、全て私が対応いたします。ご安心ください」
「ありがとう、アーサー。
その中で申し訳ないけど、お母さまへの不敬発言は、これからは取締り対象だと布告しておいてね。大した罰じゃないわ。
1週間、日中だけ、その人の発言を書いたボードを首から下げて、ウチの正門の前に立ってもらうだけ。逃走防止の見張り付きで。
ああ、ボードの文言には、『証拠もないのに』『死者を鞭打つ卑怯者』って加えてね。
夜は牢で眠ってもらうけど、三食付きよ。その旨も明記しておいて。
文句を言うなら、その発言の証拠を持ってくるように。
嫌な役目をさせてしまうけど、よろしくね。アーサー」
「エリー様。私どもは、アンジェラ様の代から、腹に据えかねておりました。ようやくとの思いでございます。
これでもお優しい方かと」
「そう?もう天に召されて、反論もできないお母さまを侮辱したのだから、同様に恥をかいてもらうだけよ。
私に対しては、まだ生きているから、反論したければできるもの。
面白がって、茶のみ話や、酒のつまみに話して、無実の死者を鞭打つのが許せないだけ」
マーサは瞳を潤ませ、強く頷いている。
「また明日から帝都に行かなければならないけれど、アーサー。どうかよろしくお願いね。
領民の代表者から、何か言ってきたら、『皇妃陛下のお召しである』と伝えておいて。
実際、本当なんだもの」
「かしこまりました。
責任重大ですが、なかなか楽しくもあります。
エリー様は、興味深い“実験”をなさいます故」
「実験は必要でしょう。
いきなり導入は、それこそ、“貴族様のお遊び”、“遊び半分の草いじり”だもの。
基盤は、豊かな農業と酪農。
そこに“新殖産品”を加えて、相乗効果を生みだしたいだけ。
そのための実験なの」
「エリー様。実験リストはお預かりしました。
後顧の憂いなく、帝都でのお勤めを果たしてくださいませ」
「はい、アーサー。よろしくね、マーサ」
ここで実験が成功、実地でも順調ならば、陞爵した後は、ルイスと治める公爵領にまで広がっていく。
明日からは、そのための事務手続きと宣伝活動だ。
よしっと気合いを入れた私は、美容部員にチェンジしたマーサに攫われ、明日からに備えた。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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