21.悪役令嬢のデート
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで21歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「私は、行けないわ」
タンド公爵邸のサロンで、伯母様と二人、お茶をしながら、皇帝陛下から押し付けられた、もとい、拝領した、帝立歌劇場のチケットを前に、思案顔だ。
伯母様の予定は空いているという。
それでも駄目な理由は、『ロイヤルボックスを、タンド公爵家の者“だけ”が使用した』という噂が、間違いなく立つためと仰る。
「エリーは私達の姪。
元々の従属爵位であるエヴルー伯爵位を、公爵へ陞爵して、第三皇子を婿入りさせる。
言わば公爵家から、もう一つ公爵家が生まれるように見えるのよ。
実態は全く違うのにね。
驕っているのではないか、とか言う人が、絶対現れると思うの。
ちょっと厄介なのよ。ごめんなさいね」
「では、ルー様にお願いするしかないと……」
「元々、ルイス殿下と二人で行ってらっしゃい、という仰せだったんでしょう?
ロイヤルボックスを皇族で抑えておいて、行かないのは、態度が悪いわ。
このチケット、中々取れなくて、ロイヤルボックスも、外交筋にはお貸ししてるくらいなのよ。
外交関係だったら、とやかく言われない。
ああ、帝室が気遣ってるんだって理解なわけ。
分かる?」
「なるほど……。勉強になります」
「とりあえず、ルイス殿下に今すぐ手紙を書いて、非番でなければ、お休みを取っていただきなさい。
内容を聞けば、ほぼ公務だってわかるでしょう。
皇帝陛下の仰せなんだもの」
「かしこまりました。すぐにお手紙を差し上げます」
早馬で出して、答えを預かった護衛が帰ってきた。
「『休みは取る。今夕、仕事が終わり次第、そちらへ伺う』との仰せでございました」
「ご苦労様でした。休んでください」
—独りじゃない。
—ルー様がいる。
そう思うだけで、力を得ていた。
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ルイスは、馬車でなく、馬で駆けてきた。
玄関に迎えに出て、汗だくのルイスにタオルを差し出す。黒短髪も汗でびっしょりだ。どれだけ急いできてくれたんだろう。
風通しのいいサロンで、冷たいハーブティー、冷やしたフルーツなどを食べてもらうと、ひと心地ついたようだった。
「ったく。不要になったチケットをエリーに押し付けて。最初に母上のスケジュールを確認しろっていうんだ」
仰る通りだけど、皇帝陛下相手には中々言えない。
ルイスはたぶん言えるんだろう。すごい人だ。
ハーブティーのお代わりを、ごくごくと飲んだグラスに注いでおく。
「エリー。手紙で読んだけど、謁見の時の詫びだって?」
「そう。なんでも……」
私が説明すると、ルイスは頭をがしがしと右手で掻く。珍しくイラついた表情だ。
「元は兄上、いや俺か。しかしあの場でエリーの能力を試そうとするなんて、何考えてるんだ。
タンド公爵閣下が後見役の、大切な儀礼だったのに。
あのバカ親父」
それはさすがに不敬だろうと、唇の前で指を立て、「しぃ」と囁く。
「ごめん。エリーに気を遣わせて……。
休みは取った。安心して欲しい」
「私のためにごめんなさい」
「気にしない。諸悪の根源は父親だから。
団長も笑ってたよ。相変わらずだって」
何が“相変わらず”なんだろう?
皇妃陛下への溺愛ぶりか?
気まぐれなところか?
優秀だけど、人の心にかなり鈍いところか?
でも側室と一緒に観に行くと、つけあがる、みたいなことを言っていた。
いや、あれは気持ちじゃなくて、損得勘定か—
「そっか。団長閣下も大変ね。
とりあえず、明日の演目は、内容も重くない、喜劇のオペラ『恋の妙薬』。
たぶん、ルー様も眠くならないわ」
「たぶん?」
「たぶん」
「どんな曲があるんだ?」
「有名なアリアは、男声なの。私は歌えないわ。
ピアノでなら、メロディは弾けるけど」
「じゃ、聞かせて」
場所を音楽室に移し、私の弾くピアノに、耳を傾けてくれた、ルイスだった。
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次の朝、朝食をしっかり食べ、騎士団に出勤するルイスを見送る。
ピエールも妻に見送られていて、妙に照れ臭かった。
昨夜の夕食の席でも、「このタンド公爵邸内に、ルイスの部屋を作ったらいい」とピエールが主張して、伯父様が却下していた。
せめて、婚約式を挙げてからだ、との判断だ。
伯母様も同意見で、ルイスも同調していた。
世間は口さがない。
私の評判を守るためでもあるんだろう。
明日の観劇に備えて、マーサと伯母様の美容ペアが結成される。
私はただ身を任せるだけだ。
ドレス選びには参加する。
午後早めのマチネ(=昼公演)のため、黒のエンパイアドレスに近い、緑色のレースも使ったくるぶし丈のワンピースだ。
黒はルイスの髪の色、緑は私の瞳の色だ。
婚約を結ぶと、互いの色目を取り入れることが多くなる。
トップスの長袖とデコルテも黒のレースで、白い肌が透けて見える部分が多い。
胸下で切り替えたスカートには、緑のレースを一部取り入れ、膝下の足が少しだけ透けてチラ見せしている。
「伯母様。このワンピース、少しお行儀悪くないかしら?」
「大丈夫よ。今の流行で、これくらいなら許容範囲なの。ほら、私も作ってるの。安心しなさい」
ご自分のデイドレスも見せてくれ、私はほっとした。
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だが、翌日—
お忍びらしい、帝室の紋章抜きの馬車に、黒のスーツで迎えにきてくれたルイスの反応は違った。
馬車に乗せてくれるエスコートの時から、妙に照れていて、でもチラチラこちらを見ている。
私も気になって、両サイドの一房だけ残して、綺麗に結い上げた金髪の後れ毛を、直すふりをしている。
マーサがいなかったら、微妙な雰囲気になっていたところだ。
雰囲気を変えるため、上演する『恋の妙薬』の
ストーリーを話題にする。
「簡単に知っていた方が、登場人物も分かるし、余裕を持って、鑑賞できるの」
「ふむ。作戦の全体像を把握していた方が、動きやすいのと似てるな」
「このオペラのアリアにも、名曲があってね。
一昨日、ピアノで弾いた作品なの。
先に知ってると、『待ってました』って感じで、どんな風に歌ってくれるのか、聞かせどころをどう表現するのか、そういう見方もできるの」
「剣の試合観戦で、出場者の技量を知っていれば、名勝負になるか否か、あの技をどう使うのか防ぐのかが楽しみって感じかな」
オペラを全部、軍事関連に変換できるのも、ある意味、才能よね。
「そうね。そうとも言えるわ」
私は微笑み、ストーリーの大筋を説明した。
リクエストされ、名曲をアルトに移調し、歌って聞かせる。
「ありがとう、エリー。素敵な歌声で、俺の伴侶は天使かと思ったよ。
おかげで楽しめそうだ」
この言葉の通り、『恋の妙薬』を、最後まで眠らずに、しかも面白そうに、鑑賞していたルイスだった。
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移動する馬車の車中でも、ルイスはご機嫌だった。
「エリーが教えてくれた、『なんと美しい人だろう』と『ひそやかな涙』は、楽しめたよ。
父上へのお礼状は、俺が書いておく」
「え?私がチケットをいただいたんだもの。
書かないとマナー違反よ?皇妃陛下もお口添えいただいたんだもの」
「…………分かった。父上が戯言でも、『エリーと観に行く』なんて言ったのが気になって。
今からこんな事で嫉妬してる俺を、許してくれる?」
青い瞳に熱がこもっていて、私も熱に当てられそう。
「もちろんよ、ルー様。私を好きでいてくれる証拠でしょう?
そう言えば、どこに向かっているの?」
「もう少しで着くよ。着いたら分かる」
その通り何だが、女性は心構えとか、頭から動員する知識とか色々あるのに—
ちょっぴりやきもきしていると、馬車が止まる。
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エスコートを受けて降りると、歴史も古く、人気のある宝飾店だった。
「ルー様、ここは?」
「普段使えるものを選びたいんだ。手伝ってくれる?」
「わかったわ」
ルイスが宝飾品を普段使いするんだ、と意外に思いながら、ドアマンが開けてくれた扉から入る。
品物が並べられたウィンドウの中を、覗き込むお客で、かなり混んでいた。男女二人の客も多い。
「ルー様。どんなものが欲しいの」
「それも悩んでるんだ。訓練の間は、得物の握りに影響あるから、指輪は外すしね。腕輪も同じく」
「ネックレスもシグナキュラム(識別票)があるし、じゃあ、カフスかボタン?」
「う〜ん、そうだなあ……」
ショーケースとルイスの顔を交互に見ていると気がついた。
「ピアスなら、大丈夫じゃないかしら?
こう、小粒で小さな、スタッドタイプなら、訓練の邪魔にならないでしょう?」
王国や帝国では、生まれて間もなく、赤ん坊のころに、魔除けでピアスを開ける習慣がある。
男性は目立たない金や白金をつけることが多い。
ルイスの場合、白金の小さなピアスだ。
今、私が指し示したものは、シンプルな小ぶりな宝石がヘッドの品だ。
「ピアスか。いいな。いつも着けていられる」
「訓練の邪魔にはならない?」
「今でも着けてて、気にならなかったくらいだ。
デザインはどれがいいと思う?」
「ルー様が付けててお嫌でないもので。お花やハートは嫌でしょう?ふふっ」
「そうだな。これなんかどうだ?」
ルイスが選んだのは、金の三つ葉のクローバーだった。
私は白詰草の花の《栞》を思い出す。
しかし、もう過去で、今はきっと修道院で焼いてくれて跡形もないはずだ。
そこに店員が話しかけてきた。
「ピアスをお探しですか?金だけでなく、宝石を使ったタイプもございます」
葉の部分に、エメラルドが埋め込まれた品を出してきた。
ルイスが小さな声で、私に尋ねる。
「これだと、エリーに俺の色がないな」
「え?」
「普段使いで、エリーと一緒のものを身につけたかったんだ。呆れるか?」
「ううん、すっごく嬉しい」
思わぬ喜びが、苦しかった過去の上書きをしてくれるようで、胸が温かくなる。
「だったら、サファイアやブラックスピネルも使うのはどう?
一つの葉っぱごとに違えてもいいでしょう?
元になる金細工は私の髪の色だわ」
私はサイドの下ろした金髪に触れた後、店員に尋ねる。
クローバーは花だけではなく、葉にも花言葉があったはずだが、自信がなかった。
「少しお聞きしたいんですが、三つ葉と四つ葉のクローバーの花言葉ってわかりますか?」
「はい。お客様。
三つ葉が、『愛』『希望』『信頼』。
四つ葉の花言葉は『幸運』『私のものになって』。
また、葉の各々に、『希望』『信仰』『愛情』『幸福』という意味がございます」
ルイスは花言葉を聞いて、選択を変えたようだ。
「どちらもいいが、四つ葉にしようか?金色の宝石もあるだろう?」
「えぇ、イエローサファイアやイエロートルマリンとかね」
「だったら四つ葉がいい。俺とエリーの色が二つずつだ」
「そうね、素敵だと思う」
二人で、店員が出してくれたイエローサファイアとイエロートルマリンを見比べ、イエロートルマリンを選ぶ。
ここでルイスが、白金細工の四つ葉のクローバーに、サファイアとブラックスピネル、エメラルドとイエロートルマリンを埋め込むよう注文する。
「出来上がるのが楽しみだ」
「私も。嬉しいわ。元気がもらえそう」
宝飾店を出ると、エスコートしてくれるルイスが、少し緊張した雰囲気で話しかける。
「エリー。この先少し行ったところのレストランを予約してるんだ。夕食はそこで食べるのはどうだろう?」
「タンド公爵邸の人達が心配しないかしら?」
「夫人には許可を得た」
「まあ、いつの間に」
「肉が美味しい店なんだ。女性向けに食べやすくもしてくれる」
「それは嬉しいわ。では行きましょうか」
馬車は大通りの馬車溜まりに停め、二人で店に行く。
当然マーサと護衛付きだ。
個室には給仕を在中させており、伯母様との約束はきちんと守る。
ルイスが話したように、肉料理が美味しい。
野菜との組み合わせにも工夫しており、私の分は小ぶりで、コースの終わりまで楽しめた。
食事中の話題で、運動について少し触れる。
「エリーは素振りもするのか?」
「刃を潰した模造剣でね。いくつかの型も教えてもらったし、良い運動になるの。
許可を求めたら、伯母様には驚かれちゃったけど」
「いつか俺と手合わせしてみるか?」
「え?無理無理無理。絶対無理。一瞬で終わりだわ。
護身術の講義の時は、いかに逃げるか、だったもの。素振りや型は体力作りの一環でやったの」
「じゃあ、興味があるなら、騎士団の訓練公開日に、一度来るといい」
「え?いいの?」
「ああ、招待状を出しておこう。良い場所で観られるんだ。俺のやる気も出る」
「とっても楽しみにしてます」
「さあ、そろそろ送っていくよ」
「はい、ルー様」
王家の無紋の馬車に揺られながら、新しい公爵邸の着工時期や、結婚式の準備の進捗について話す。
その合間に、ルイスがふっと尋ねてきた。
「そういえば、エリーはシグナキュラム(識別票)をどうやって持ち歩いてるんだい?
以前、ずっと持ち歩いてるって言ってただろう」
これはちょっと。今、答えるのは難しい。
「ルー様。それは淑女の秘密ですの。でもずっとご無事を祈ってますわ」
「そうか。秘密か」
少し寂しそうな表情に、ほだされてしまう。
「結婚したら、教えて差し上げますわ、ルー様」
「約束だよ、エリー」
私は悪戯っぽい微笑で、返事とした。
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※作中のオペラの元ネタは、ドニゼッティの『愛の妙薬』、アリアは『なんと彼女は美しい』と『人知れぬ涙』です。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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