20.悪役令嬢の通勤
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで20歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
「気持ちよかった〜。ありがとう、マーサ」
このところ、エヴルーと帝都を行ったり来たりの生活が続いている。
皇族との婚約式、結婚式、そして公爵への陞爵の儀、と立て続けに式典があれば、当たり前だ。
移動中も貴重な時間で、マーサによる美容タイムか、さまざまな報告、決裁、確認などに費やされている。
「エリー様。書類は20分に付き20秒の遠見をお忘れなく。足をお預けください。マッサージをいたします」
とても殿方、いやマーサ以外には見せられない格好だ。
「やはりむくんでいらっしゃいますね」
「だから運動させて。素振りとか乗馬とか」
厳しい王妃教育だったが、運動不足になる時は少なかった。王立学園1年生後半の座学詰込みの時とかくらいだ。
あ、過去過去過去。忘れましょう。
「直射日光は無理でございます。日焼けした花嫁など、ルイス殿下がお嘆きになります」
「ん〜。ルー様は『エリーらしい』って言ってくれると思うけど?」
「30代以降にシミになってもよろしゅうございますか?
日焼けについては、ハーブもまだ研究中でございましょう?」
暑さも増してきた今日このごろ、修道院のシスター達やエヴルーの領 地 邸の皆にご協力願って、こちらも研究中です。
「………………じゃ、せめて木陰とか、室内だったらいい?後は完全防備で。
皇妃陛下のレシピのハーブは、直接採取したいの」
「かしこまりました。ではそのお約束で。
アーサーにも、素振り用のお部屋の用意を申しつけます。
タンド公爵邸では、日傘、長袖で庭園のお散歩をなされませ」
「マーサ。この前、公爵邸のお庭で、素振りにちょうどいい木陰を見つけたの。
お願い、気分転換は絶対必要。
押しつぶされそう……」
潤んだ目で、両手を組んで、“本気で”お願いすれば、マーサはだいたい叶えてくれる。
「ふう、かしこまりました。エリー様。
日焼けに効くハーブのレシピも早くできるとようございますね」
「マーサの言うことも、もっともなのよね。
日焼けって火傷だもの。しない方が絶対いい。
でも、青空の下ってすっごく気持ちいいの。矛盾よね。
日焼け云々言われない殿方が羨ましい」
「申しても仕方ないことでございます。ただ、ハーブの需要はございましょう。
ご無理のない程度に、ご研究あそばしませ」
「ありがとう、マーサ」
移動時間を有効利用して、タンド公爵邸に到着する。
客室の一つは、私専用になりつつあった。
クローゼットの中も、滞在用・外出用のドレスが確実に増えている。
少し休憩し、お時間のある伯母様とお茶をしながら、打合せする。
伯父様が帰邸し、従兄弟夫婦も交えた家族団欒のお夕食後は、伯父様への進捗報告だ。
3日後は、伯父様と一緒に皇城に上がる予定だ。
伯父様は職務で、私は皇妃陛下の元に、新しいレシピをお試しいただくため、お付きの侍女の方々も含めた説明会だ。
「エリー。気遣いが大変だろうが、くれぐれも失礼のないように」
「かしこまりました。伯父様。同乗させていただき、ありがとうございます」
なるべく目立ちたくないので、「あら、タンド公爵ご出勤のいつもの馬車ね」という認識をされたいのだ。
「気にするな。エリーの気持ちも分かる。
で、ここの数字は?」
報告分の確認作業で、夜も更けていった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
「エリー、お疲れ様。遠いところを大変だっただろう」
「ルー様こそ、お疲れ様でございます。
騎士団の訓練もこう暑くては大変でしょう」
「アーマーをフル装備しての訓練は地獄だな。
その後の水浴びが、天国に感じるほどだ」
私は暑い中、喜び勇んで水浴びに興じる大型犬を思い出し、可愛らしく感じてしまう。
ルイスとのお茶会—
婚約者(内定)同士の甘い雰囲気は、お茶が出てくるまでで、その後は、ほぼ真面目な各所の打合せである。
王妃教育の公務を思い出すなあ。
あ、いけない。過去過去過去。
事務仕事の忙しさも、ルイスの美しい青い瞳の眼差しで癒される。
それも一区切りし、ルイスもお気に入りのハーブティーを飲んでいると、パーラーメイドが、カートにスイーツを載せて運んできた。
「エリー。帝都で今評判のパティスリーらしい。
同僚から聞いたんだ。よかったら食べないか?」
「とっても嬉しいです。
ルー様が買ってきてくださったんですか?」
「いや、小姓に買って届けさせた。
俺もやったお使いだ。
ああ、駄賃も渡してる。騎士教育の一環なんだ」
「ルー様のお小姓姿、凛々しかったでしょうね。
拝見しとうございました」
「そうか。俺も幼いころの愛らしいエリーに会いたかった」
ルイスは実は『可愛い』と呼ばれるのが、苦手らしい。
この容貌だ。少年期の小姓時代は、本当に可愛らしかったと思う。
そこに、聞き分けがよく、雑用も嫌がらない。
訓練にも真面目に参加する。可愛がられないはずがないのだ。
そこで連呼され、男らしさを求めていたギャップで、苦手になった。などと想像してみる。
気持ちはわかるので、『かっこいい』や『凛々しい』に置き換えている。
それはさておき、目の前のスイーツだ。
私は飴細工が載った涼しげなレモンタルトを選ぶ。
ルイスは金箔が載ったオペラだ。
ビターチョコレートが効いてるのがいいらしい。
「ん〜。美味しい。評判になるの、分かります。
レモンの甘酸っぱさとほろ苦さ、タルトの香ばしさが絶妙です」
「確かにうまいな」
目を細めて食べている。気に入ったんだろう。
訓練の後の甘いもので、ご機嫌になっている。
やっぱり可愛い。黒短髪を撫でたいくらい。
優しさもあって、明日の皇妃陛下の元へ、ハーブティーの講習に行くのも心配してくれる。
大丈夫、と微笑むと、何かあったら遠慮なく連絡を、と言ってくれる。
「そういえば、エリーはどこか出かけたい場所はないか?
同僚から、婚約者をデートの一つにもまだ誘っていないのか、と心配された」
「私はこうして、お会いして、お話ししてるだけでも、嬉しくて幸せなんです。
でも、デートも楽しそう。候補はありますか?」
「そうだな。聞いた話だと、歌劇場や劇場、カフェにレストランといったところだ。
あとは、水辺の散歩やボート遊び、植物園とかが」
「植物園、行ってみたいです!……あ、申し訳ありません……」
「クックックッ……」
食い気味に答えてしまい、恥ずかしい。
ルイスは口許を抑えて笑っている。
「いや、聞いた時、エリーが興味を持ちそうだと思ったんだ。ただエヴルーは自然豊かだ。
確認して正解だったな」
「でも、選択肢に出されたところ全部に、ルー様となら行ってみたいです。
ルー様は苦手なところはありませんか?」
「……訓練の後、公務で、歌劇場や劇場に行った時は、眠気との闘いだった。ロイヤルボックスが、またちょうどいい仄暗さなんだ。
心理的訓練だと思って必死に耐えたな」
「あら、残念。作品によっては面白いのに。笑えたりするのもありますのよ」
「今度見るときには、そういうものにしよう。
エリーとだと、選ぶ時から楽しそうだ」
「私もですわ」
次の機会に植物園に行くことにして、スイーツをいただいた後は、打合せを再開。
夕食を従兄弟夫婦達ともご一緒して、騎士団の寮に帰るルイスを笑顔で見送った。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
今日は皇城での講習日—
まずは皇妃陛下に、前回のレシピを飲んでいた間の記録を頂戴し、何点か質問する。
今回はどの症状に効能があるとされるハーブを用いているか、お伝えする。さらに侍医の方々にご了承いただいた上で、入れ方をお付きの侍女の方々に説明する。
皆さま真剣で、懸念していたイジメなどもなく、大変よくしていただいている。
入れたものを、毒味係が飲んでしばらく様子を見た後、侍女長が「どうぞ、お召し上がりを」と、皇妃陛下にお声をおかけして、カップを口に運ばれる。
「ん、美味しいわ。エリーのハーブティーは不思議ね。
苦味が強かったり、渋みや青臭さがほとんどないんだもの」
すでにエリザベートから、愛称のエリー呼びである。
ありがたいが、伏魔殿とも呼ばれる後宮のトラブルには、極力巻き込まれたくない。
第三皇子妃じゃなくて、女公爵への婿入りなんですよ〜っと大声でアピールしたいくらいだ。
「体質改善のために飲む場合は、毎日食後に3回など、回数が増えます。できれば美味しい方が、心地よく続けられるかと。
あとは、子どもはまずいと中々飲んでくれません」
「ふふっ、確かに子どもはそうね。エリーはよく知ってること」
「母のレシピにありました。エヴルーにいたころ、天使の聖女修道院の孤児院でお世話をした時の体験のようです。
そのおかげで、私は幼いころから、美味しいハーブティーを飲めたので、幸せでございました」
「そう。アンジェラ様はお優しかったのね」
母と皇妃陛下は、ほぼ接点がない。
帝立学園の同窓生というくらいで、在園時期も重なっていない。
それでも見知ってくらいはいたのだろう。
ただし、これ以上突きたくないし、用事はすんだ。
さっさと退散しよう。そうしよう。
「はい、優しい人でした。
皇妃陛下。そろそろお暇申し上げます。
何かございましたら、すぐにご侍医にお知らせを。
私にもご連絡くださいませ」
「ありがとう、エリー。また来てちょうだいね」
「はい、かしこまりました」
帰る準備をしていると、ちょうどそこに、折悪しくというか、皇帝陛下がお出ましになる。
侍女の方々はお辞儀でお出迎えし、もちろん私も同様だ。
「皇妃。今評判のオペラのチケットを手に入れたぞ。
この歌手はそなたが好きであったろう?」
「まあ、陛下。ありがとうございます。
あら、この日は確か、公務が入っていたような……」
すぐに侍女長が確認し、皇妃陛下の仰る通りであったことが判明する。
「つまらん。皇妃のために押さえたのだ」
「そう仰らずに。ご側室の方々とおいでになれば、きっと楽しゅうございますよ」
「嫌だ。余計な期待を与えると、身の程を知らず、動き始める。誰かおらぬか?」
侍女の方々にいるはずがない。公務についていくか、お留守を守るか、いずれかである。
もしくはメイドだが壁に立ち、目は伏せたままだ。
皇妃陛下の代わりのチケットなんて、恐れ多すぎる。
と、ここで、皇帝陛下の視線が私に定まる。
なぜに?
今日の服装は、壁に溶け込むようなアイボリーで、地味に抑えているはずなのに。
「エリザベート嬢?お主の予定はどうかな?」
きたーー!きちゃったよ。ええ、予定はございませんとも。
「皇帝陛下に申し上げます。その日の予定はございません」
「だったら、お主に譲ろう。皇妃も色々世話になっておる。おかげで調子も良いようだ。
謁見の時もつい色々尋ねてすまなかった。
ルイスから聞いて、皇太子に確認したところ、誠に優秀だと申しての。
実際、そなたの返しは実に見事で、どこまで答えられるのか、試してみたくなったのだ。
後で皇妃に散々叱られたわ。
せめての詫びだ。
2階のボックス席。ルイスと共に行けばよい」
やっぱりこの人、皇太子殿下にそっくりだ。
逆か。皇太子殿下が似てるんだ。
自分も優秀で、優秀な人材も大好物だけど、相手の気持ちは、あまり分からない。いや、分かろうとしない。
たぶん皇妃陛下に解説されて、なるほどって思ったんだろう。
で、皇妃陛下への『反省してるよ』アピールで、私にくださると。
ふ〜ん。そうですか。
「ルイス殿下は、職務がおありなのかもしれませんので……」
「では、儂と行くか?」
下手な冗談はやめてください。他方面に被害が生じます。
「恐れ多うございます……」
ここで救いの手が差し伸べられた。
「陛下。ご冗談ばかり。エリーが困っておりますわ。おやめください。
ルイスが騎士団の任務なら、公務と差し替えればよろしゅうございましょう?
非番ならそのままで」
救いと思ったら違った。
仕事を公務ってか、一見デートに変更って、騎士団の周囲にはどう思われるだろう。
「皇妃陛下に申し上げます。
ルイス殿下が任務におつきあそばしていた場合は、恐れ多くはございますが、伯母であるタンド公爵夫人と参りとう存じます」
「おお、そうか。伯母孝行に行ってくるがよい」
「はい、ありがとうございます」
伯母様、巻き込んでごめんなさい。
と思いつつ、チケットを拝領し、皇妃陛下の元を退去した。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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