19.悪役令嬢の目標
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスが幸せになってほしくて書いた連載版です。
これで19歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
※今回は日常回です。
「俺も行くよ」
エヴルー領へ一旦帰りたいと話すと、ルイスが同行を申し出た。
謁見の日から数日後、伯父様と儀礼官の話し合いの結果、私とルイスの婚約式と結婚式、公爵への陞爵の日程が決定した。
婚約式は半年後、結婚式はその半年後、つまり今から1年後、陞爵の儀は結婚式の1ヶ月前だ。
この内容は、皇城の広報官より、皇帝陛下のお名前で告知され、新聞にも大きく取り上げられた。
なぜか、私とルイスが“運命の恋”に落ちた、などど書かれている。
このフレーズだけは、勘弁してほしい。
隣国を含め、いずれも公爵が関与している。
これだけ大規模な式典だと、目標を定め、スケジュール調整した上での、同時進行だ。
婚約式、結婚式、陞爵の儀の、ドレスとパリュールも、伯母様とマダム・サラ、私、何故かルイスも参加し、討議の上、決定する。
費用は、衣装分も含め、婚約式はラッセル公爵家、結婚式はルイス、陞爵の儀はタンド公爵家が、分担することとした。
お父さまは、驚いたことに“鳩”の二往復で納得してくれた。
早馬で送った、ルイスの挨拶状も同封した手紙が決め手のようだ。
ルイスの肖像画を送って欲しい、婚約式の費用は、すぐに口座に送金する、と知らせてきた。
桁が違うのではないか、と思わず二度見したほどだ。
婚約式と結婚式、陞爵の儀の後の夜会の招待客のリストは、私と伯父様、ルイス、皇室担当で検討するため、その資料を作る。
そして新しい公爵邸の建築、使用人の採用、教育など、山ほどある仕事を、各々担当し、目標設定、実行、検討、軌道修正の繰り返しだ。
王国での公務を思い出す、こともなく進めて行った。
そんな中、エヴルー領が気になって仕方なかった。
2ヶ月以上空けている。
アーサーが代官を務めてくれているとはいえ、領主は私だ。
また院長様にもお会いしたいし、皇妃陛下のハーブティーの調合もある。
エヴルーからハーブを運んできてもらい、試作は繰り返している。
だがやはり、修道院やエヴルー邸のハーブから直接選び、何よりお母さまの記録簿を参考にしたかった。
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ルイスが一緒に行きたい理由を説明、同行の目的を教えてくれる。
「院長に婚約の挨拶をしたいし、エヴルー邸の使用人達に会いたいんだ。
エリーを守ってきてくれた大切な人達だ。
新しい公爵邸でも、中心となって仕えてくれるだろう。
早めに信頼関係を築きたいんだ。特にアーサーと」
アーサーには、新しい公爵領と邸宅でも、同様の仕事を任せる予定だ。
ルイスの気持ちも分かるが、私達はまだ正式に婚約を結んでいない、内定の関係だ。
伯父様と伯母様に相談すると、絶対に二人っきりにならないことを条件とされ、ルイスは誓ってくれた。
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という訳で、帝都を早朝に出発した馬車は、まもなくエヴルー領に入ろうとしていた。
「マーサ、懐かしいわね。
ルー様、もうすぐエヴルーです。って…。
修道院に行かれてたから、ご存知ですよね」
「エリーと一緒に眺めるのは、格別だよ。
それにエリーと共に治めるんだ。見方が違ってくるよ」
馬車の車内は、私とルイス、約束通り、マーサがいる。
ルイスは、マーサから、エヴルー領のこと、領 地 邸のこと。
そして、エヴルー領での私の過ごし方などを尋ねて話題にしていた。
お喋り上手なマーサの話に、興味津々の様子が恥ずかしくもある。
馬車が領 地 邸に到着する。
手紙を数日前に出し、護衛を先触れに出していたためか、私が王国から到着した時のように、使用人全員で出迎えてくれていた。
その前にアーサーがにこやかに立っていた。
「ただいま、アーサー、みんな。お出迎えありがとう。
こちらがルイス第三皇子殿下です。
私の婚約者に内定した方よ。よろしくお願いね」
「アーサー、エヴルー邸のみんな。
ルイス第三皇子だ。ルイスと呼んで欲しい。
エリーと婚約を結ぶ。ずっと大切にすることを皆に誓う。
しばらく滞在する予定だ。分からないことがあれば、よろしく頼む」
「ルイス第三皇子殿下、ようこそお越しくださいました。
領 地 邸を挙げて、歓迎させていただきます。
エリー様。お帰りなさいませ。
正式なエヴルー卿叙爵、誠におめでとうございます。
また帝都でのお勤め、お疲れ様でございました」
ここで皆が一斉に拍手しながら、「おめでとうございます」「お帰りなさいませ」などと、口々に祝福してくれる。
貴族の使用人としては、マナー違反かもしれないが、これが我が家の家風なのだ。
来客によって、通常の貴族的対応もできる、有能な使用人達だ。
少し遅めの昼食には、新鮮な食材が並ぶ。
ハーブの香辛料は、慣れていないルイスの味覚を考えてくれて、控えめだ。
ルイスは新鮮な牛乳やチーズ、野菜などを用いた料理に、目を輝かせ、食欲も旺盛だ。
最後のデザートまで完食し、シェフを呼び出し、感想を伝え、質問したほどだった。
そして、私がしたように、使用人一人ひとりの顔が見たいと話す。
「ルー様。私は“天使効果”のことがあったから、面談したの。そんなに急がなくても大丈夫。
移動でお疲れでしょう?」
「騎士団の訓練に比べたら、なんてことはないよ。
顔と名前の一致は大切だろう?」
結局、私が押し切られ、サロンでお茶をしながら一人ずつ呼び出す。
最初のアーサーから、最後の庭師まで、ルイスは笑顔で対応してくれていた。
胸が温かくなる出来事だった。
夕食後、私の執務室で、アーサーと三人、タンド公爵邸から移してきた、皇妃陛下のための金庫を確認する。
執務室の出入りには必ず施錠し、警護をつけることに決めていた。
「ご希望通り、ルイス殿下には明日から、私によるレクチャーを受けていただきます。
この領地について、基本的な内容を把握してくださることを目標といたしましょう。
また、新しい公爵領の予定が決まり次第、地形図や過去の決算書を始めとした資料を、なるべく早期に送ってくださると大変助かります」
「わかった。明日からよろしく頼む」
「エリー様も、今日はお早めにおやすみください。
帝都でも高熱を出されたとのこと。皆で案じておりました」
「わかったわ。心配をかけないように努めます。
ルー様もやすみましょう」
呼びかけたルイスは、イーゼルに立てかけた、お母さまが祈る油絵をじっと見つめていた。
「ああ、その前に。この絵も実に素晴らしい。
公爵邸にある、肖像画とは別の魅力だ。
まだ存命だったら、俺の肖像画を描いて欲しかった」
「宮廷画家の方も、ルー様の魅力を引き出してくれますよ。
頬の傷もありのままに、というリクエストも受け入れてくれたんでしょう?」
宮廷画家は、モデルの特徴を上手く捉えながら、欠点はなるべく描かない流儀だ。
ルイスは敢えて、『そのままに』と希望していた。
「どのみち結婚式でお会いするんだ。嘘をついても仕方ない。では、休むとするよ。
おやすみ、エリー、アーサー」
「おやすみなさい、ルー様」
「おやすみなさいませ。ルイス殿下」
ルイスは私の手の甲に、触れるか触れないかくらいに、唇を落とし、執務室を出ていく。
邸内も案内し、すぐに把握していた。
さすがの空間把握能力だ。
「お母さま、おやすみなさい。
もうすぐ額が届きます。そうしたら壁に飾りますね。
アーサー、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、エリー様」
共に執務室を出ると、施錠を確認する。
マーサに入浴でケアをしてもらった後、『この屋敷にルー様がいるなんて、変な感じ』と思った時には、眠りに就いていた。
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翌日、約束した時間に、天使の聖女修道院へ院長様に会いにいく。
変わらぬ笑顔で、出迎えてくれた。
「ようこそ、いらっしゃいました。ルー様、エリー様」
そういえば、院長様もルー様呼びをされているお一人だった。
この方が1年に1度でも、ルイスの話を聞いてくれて、本当に良かったと思う。
婚約内定も心から喜んでくれた。
聖堂で祈りを捧げた後、ルイスは私を、亡くなった乳母の墓に連れて行ってくれた。
マーサは墓地のすぐ外で控えてくれている。
居並ぶ墓石の中を、迷いなくまっすぐ進む。
それは、どれだけこの墓に通ったかを示していた。
墓碑はシンプルで、氏名と生没年のみだ。
共に祈った後、ルイスが故人に呼びかける。
「乳母や。俺にも大切な人ができたんだ。
エリーって言う。紹介するよ」
「初めまして。エリザベート・エヴルーと言います。
あなたがルー様のお世話をしていたころ、本当に可愛くてやんちゃだったことでしょう。
お話を聞けなくて、残念です。
ルー様と二人、これから歩んでいきますね。
天から見守っていてください」
しばらく祈った後、立ち上がる。
迷ったが、「ルー様。私もルー様に紹介したい人がいるの」と、母の墓碑の前に行く。
墓石には、アンジェラ・ラッセルと生没年が刻まれ、その下に、『タンド公爵家に生まれ、ラッセル公爵家に嫁ぐ。18年過ごした祖国の地に』とあった。
私は墓碑の前で祈った後、ルイスに説明する。
「お母さまの希望で、ここには遺髪のみ葬られているの。知っているのは、お父さまと私だけ。
タンド公爵家の方々はご存知ないわ」
「エリー。聞いてよければ、それはなぜ?」
「……例の“天使効果”でご自分に恨みを持つ人達が、墓を荒らして、タンド公爵家にご迷惑をかけないためなの。
エヴルー卿だったころ、こちらによくお祈りにいらしていて、そのご縁で……。
お父さまがお母さまの遺言通りになさったそうよ。
私も修道院を訪れ、院長様に教えていただくまでは、知らなかったの……」
「そうか……」
「お母さま。紹介します。私の大切な伴侶となる方、ルイス様です」
ルイスも祈りを捧げてくれた後、眠るお母さまに話しかけてくれる。静かな墓地に、密やかにバリトンが響く。
「アンジェラ・ラッセル公爵夫人。エリーのお母上。ルイスと申します。
エリーは私を救ってくれました。私はエリーを愛しています。絶対に裏切りません。
貴女の愛娘を心から大切にし、共に歩んでいきます。天から見守っていてください。
安らかな眠りを……」
心臓の上に手を当て、騎士として、言葉を捧げてくれる。
しばらくして、二人立ち上がり、静かに微笑み合う。
「また来よう、エリー」
「はい、ルー様」
二人で来れて本当に良かった。
墓地の入り口で、「エリー、幸せにね」と風が囁いた気がした。
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ルイスは三泊四日滞在すると、帝都へ帰って行った。
滞在中、アーサーからレクチャーを受けるだけでなく、ずいぶん話し込み、夜はハーブ料理を肴に、お酒を酌み交わしたようだ。
「騎士団方式だよ」と笑っていた。
私はルイスが帰った翌日、懸念だった品物を持って、約束した日時に、院長様を訪ねる。
例の“初恋”の品々だ。
経緯を説明すると、快く引き受けてくれた。
やはり訳ありの遺品処理を頼まれることもあるようだ。
ただ院長様が懸念したのは、ブレスレット型の時計に象られた、チューリップの花の部分のピンクダイヤモンドだった。
「こちらは非常に貴重なお品です。
帝都の宝飾店でもあるかどうか。手に入れた方は、間違いなく社交界で自慢なさるでしょう。
エリー様のお目にかかるやもしれません。
こちらで永年、お預かりすることもできます。
いかがなさいますか?」
私は迷わず、即答した。
「処分をお願いします。
なぜなら、贈られた時の私は、ピンクダイヤモンドとしてではなく、アルトゥール様と二人のための花、チューリップを表すために、材料として用いたに過ぎません。
外して石とし、別のものに加工していただければ、もう私とは無関係です。
お手間をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」
「かしこまりました。では、全てばらばらにし、処分いたしましょう」
「ありがとうございます、院長様。
そうですわ。今日は子供たちに会っていってもよろしいでしょうか。
寝込んだお見舞いに絵をもらったので、そのお返しに、筆記用具と絵本や本を持って参りましたの」
筆記用具は不足気味で、子ども向けの絵本や本はまだ高級品だ。子供たちの心を豊かにしてあげたかった。
「これは何よりのものを、ありがとうございます」
喜んだ院長様と共に、子ども達を訪問すると、喜んでくれる。この笑顔に癒される。
交代で農地エリアに働きに出る子ども達と共に、久しぶりにハーブ畑に出る。
帽子を持って追いかけてきたマーサに、陽よけの大きめな帽子を被らされ、子ども達も笑い、私もシスター達も笑う。
青空の下、本当に気持ちいい。
ハーブは必要なものを、許可を得て収穫する。
工房を順番に覗いていくと、口々にルイスとの婚約内定を祝福される。
帝都から数日遅れで手に入る新聞で知ったらしい。皆に言われ、照れてしまうほどだ。
各工房も順調で、特に染色工房では、不在の2ヶ月の間に、遅れを取り戻し目標を達成し、結果を出しつつあった。
ムラなく染まった柔らかで上品な色合いの布地に、美しく染まった糸を用いた繊細なレース編みが素晴らしい。
早速、帝都の商会から問合せが来ていると言う。
私もサンプルをもらい、マダム・サラの意見を聞こうと思った。
最後に、図書館で母アンジェラのハーブの記録簿を閲覧し、皇妃陛下のお悩みに関係ありそうな部分を、貸し出してもらう。
充実した時間を過ごし、私は着飾った社交界よりも、こちらが性格に合ってたんだと、しみじみ思う。
ルイスと結婚して、女公爵となったとしても、ポイントを抑えた、能率の良い最低限の社交を目指したい。
こういう生活を送るために、喜んで滅多に会えない珍獣扱いされよう。
目指せ珍獣、と誓った。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書きたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
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