186.悪役令嬢の夫の噂
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
エリザベスの幸せと、その周囲を描く連載版です。
エリザベスとルイスとオリヴィア、親子三人の生活としては、2歩目。
引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
お披露目会の夜——
夫婦の寝室でルイスは落ち込んでいた。
「ごめん、エリー。あんな子どもにムキになってしまって……」
「ううん、私は嬉しかったわ。私だってルー様に言い寄られたら、ものすっごく気分が悪いもの」
「それってやきもち?俺はエリーしか見てないよ」
「私だってルー様しか見てないけれど、嫌だったでしょう。それと一緒よ」
「……ごめん。明日はがんばるよ」
ルイスが私を後ろから抱きしめてくれる。逞しいルイスに包まれているようで安心できる。
私はルイスだけで充分だ。いや、ルイスがいい。
振り返り右頬の傷に唇を捧げると、ルイスは優しい温もりを私の唇に落としてくれた。
〜〜*〜〜
あの爆弾発言のあと、カール第五公子はにこにこしていた。
自分の言動の影響を全く理解していない。
帝室やタンド公爵家、“中立七家”などの皆々様からの、怒り・侮蔑・困惑、諸々をまったく感じていない。
他人の不幸は蜜の味的な視線もだ。
皇妃陛下のため息がここまで聞こえてきていた。
ああ、皇城でも大いにやらかしてるんだな、と推測する。
これは悪い意味で、親の背中を見て育ってしまったのだな、と思う。
ある面、哀れな子どもなのだが、今は急激に膨らみつつあるルイスの怒りを封じるのが先決だ。
子ども相手なら、まだ私のほうが良いと判断する。
いくら失礼でも、高位貴族の男性がほぼ同階級の子どもに向かい、大きな声を上げれば上げたで、また面倒なことになるためだ。
しっかりルイスの分まで代弁しよう。私の怒りもかなりのものなのだが。
私はカール第五公子に思いっきり冷たい目を向けた。
ただし口調はていねいだ。
ちょっとだけ“悪役”をやっていた時のことを思い出すが、今は目の前に集中だ。
「まあ、どなたですの?
今日の招待客の皆様は、デビュタントがおすみの方だけですのに。
“お子様”はお呼びしていませんのよ」
「僕はカール・リグリーですっ!公国の公子です!」
カール公子は自慢げに鼻を膨らませ、鼻息が荒い。
「まあ、さようですの。
で、どうして我が家へお越しですの?
今日は帝室の尊い方々がお越しですので、警備はとても厳重でしたのに……。
警備責任者であるウォルフ帝国騎士団長を始めとした方々が、クビになってしまうかもしれませんわ」
「叔母様のお使いで、クレーオス先生に手紙を届けに来たんです!」
「さようですか。で、もうお手紙は渡されましたの?」
「はい!渡しました!」
「それはご苦労様でした。
でしたら、この大広間に御用はないはず。
クレーオス先生が責任を持って、ご一緒ならばお話は別ですけれど。
ご招待もないのに紛れ込まれては、私どももとても困ってしまいますわ。
公子というお立場は、お小さくても公国の代表でございましょう?
そういったこともわからないお方に、求婚されても全く嬉しくありませんわ。
お顔をよぉぉく洗って、一昨日おいでなさいまし。
出口はあちらでございます。早々にお帰りいただけますか?
それとも警備を呼んで、つまみ出されるのがお望みでしょうか?」
私の滔々とした話に、口を開けてポカンとしている。
きっとここまで言われたことがないのだろう。
世話役のほうが、怒りを露わにしていた。
世話役兼教育係がこれでは、先が思いやられる。
「え、エヴルー“両公爵”エリザベス閣下!
そこまで仰らなくとも」
「ごめんあそばせ。私、今とっても不快ですのよ。
これでもお優しくしているほうですの。
愛娘オリヴィアを勝手に婚約者扱いし、それを高位の方々がいらっしゃる場所で、大声で話される。
そんな噂が広まったら、どう責任をとっていただけますの?」
「そ、それは……」
「ぼ、僕がお嫁さんにすればいいんでしょ!」
世話役は言い淀むが、カール公子はさらに言い募る。
ああ、少しは治ってたルイスの怒りが再燃しそうだ。
ちらりと周囲に目を配ると、伯父様を伯母様が抑え、皇帝陛下を皇妃陛下が抑え、第四皇子・第五皇子両殿下を皇女母殿下が宥めているという状況だ。
これ以上、怒りの火に燃料を投下されてはたまらない。
そしてありがたい方の姿が見えた。小さく頷くと手を振ってくださる。
準備は万端、仕上げはご覧あそばせ。
私は落ち着いて、朗々と、そして聞き分けの悪い子どもに諭すように、話を続ける。
「お断りいたしますわ。
オリヴィアの配偶者は、未来のエヴルー公爵の夫です。
我が家は文武両道ですの。
今のカール様ではとても務まりませんわ。
またラウリカ王国の王女でもあるオリヴィアの婚姻には、ラウリカ王国国王陛下の認可が必要です。
同様に、父方の祖父である皇帝陛下のお許しも必要なんですのよ。
何よりもまずは、私の夫、ルイス・エヴルーに勝ってから、求婚していただけますか?
文武両道のすばらしい殿方ですのよ。
ねえ、ルイス。お相手してさしあげてはいかがかしら?」
「ああ、喜んで、じっくりとお相手しよう」
ルイスが冷たく笑ったところで、世話役が慌て始める。
私を宥めると思ったルイスが乗ってきたのだ。
ルイスの迫力のある笑いを向けられたカール公子は、小動物が危険を察知したかのように、唾を飲み込み、一歩引いた。
そこにクレーオス先生の明るい声が会場に響く。
ありがとうございます、クレーオス先生。
「おうおう、こんなところにおいでであったか?
側室様のお手紙に、『悪戯好きで手に負えない。お手数ですが、城まで送っていただきたい』とあったので、探しておったのじゃ。
さあ、帰りますぞ。悪戯坊主め、でっかい注射をしましょうかのお」
「え?え?注射はいいよ!やだ!」
「ではオリヴィア姫にはもう近づかないと、お約束できますかな?」
「うん!する!」
「きちんとお答えを。うん、ではなく?」
「は、はい!もうしません!ごめんなさい!」
「悪戯をきちんと謝りなされ。オリヴィア姫のご両親や、ここにいる皆様へ謝るのじゃ」
「はい!ごめんなさい!もうしません!」
「城中の女性達に、『結婚して』というのもやめますの?皆、困っておるのじゃよ」
「はい!やめます!ごめんなさい!」
「では参りましょうか。
エヴルー“両公爵”閣下。儂の客人がご迷惑をかけて、あいすみませんでしたの。
躾のなってない子で申し訳ありませぬ。
世話役の方。このようなことが二度とないようにするのが、世話役のお役目。
よろしゅうお願いいたしますぞ。
子どもとはいえ、公国の公子殿下なのじゃ。
ふさわしい振る舞いができるまで、こういった場は遠慮なさるのがよろしかろう。
では失礼いたします。
皇帝陛下、私の患者の甥ごが、無礼を働き申し訳ございませぬ」
はい、さすが先生。お見事でございます。
祖父が孫に言い聞かせる雰囲気に変え、世話役には年長者の意見に耳を傾けさせ、最後は最高権力者に呼びかける。
「クレーオス先生。今回は聞き入れますぞ。二度目はないがのお」
皇帝陛下に本気でじろっとされれば、公子と世話役は、大蛇の前のオタマジャクシ。いやミジンコ以下だ。
「も、申し訳ございませんでした!
さ、カール殿下。参りますぞ!」
会場を騒がせた主従が退場すると、少しざわめいていたが、ルイスと私が一転明るく呼びかける。
「子どもの悪戯でお騒がせし申し訳ない」
「皆様、お詫びの印でございます。
最高級のタンド産シャンパンで、泡と流しましょう」
給仕が急ぎ配って回り、乾杯となる。
雰囲気も華やぎ、引き続き歓談に勤しんだ。
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翌日——
私とルイスと在帝国ラウリカ王国大使閣下は、三人そろって、在帝国公国大使館を訪問していた。
時ならぬ客人に、大使館員は慌てていたが、こちらは逆に堂々としていた。
昨日、自国の公子がしたことをやっているだけだし、私達は30分前に先触れは出していた。
公国大使は一応、貴族的微笑みを保ったまま、対応する。
話すのはほとんどが王国大使閣下だ。
昨日のお披露目会にも当然出席しており、終わったあとで打ち合わせもした。
「……という訳で、参りました。
我が大使館に詫びの連絡一つもないとは、いかなるご存念か?
まさか、第五公子殿下のご乱行を知らなかったではすみませんぞ!」
「ら、乱行と言っても子どもがしたことでして……」
「ほほう。ラウリカ王国王女殿下である、オリヴィア殿下の婚約者と、一度ならず二度までも詐称したことが、子どものしたことですまされると?」
「そ、それは……」
「皇城で働く女性達も大層迷惑していると、我が大使館まで聞き及んでおります。
後宮を花園に見立て、多くの花を側室やご愛妾として愛でていらっしゃるお父上の真似事なのでしょうが、ここ帝国でそれが通るとお思いか?
そこを教育なさるのが、在帝国大使閣下、あなた様のお役目でしょう。
皇城に入るには、子爵家以上の身分が必要です。
既婚や婚約者がすでにいる女性も多い。
婚約していない女性は、さらに迷惑なことだ。
公子殿下のなされたことが、どれだけの帝国の貴族家に迷惑をかけているのかおわかりか?」
「は、はい……」
「それがとうとう、我がラウリカ王室まで及ぶとあっては、対岸の火事ではすみません。
公国の主君であらせられる御方に、尊きご一筆をいただきたく存じます。
『公国の方々とオリヴィア殿下のご婚姻はあり得ない』と。よろしいですな」
「そ、そこまでしなければなりませんか?」
「はい。私の去就もかかっておりますので、ぜひ。
それとも、例の、水面下で収めた、“関税”“通行税”への“共同宣言”を、表に出してもよろしいのですか?」
この言葉を聞き、公国大使は慌て始める。
自国の財政が破綻寸前になったため、“関税”“通行税”の大幅値上げをしようとしていた計画を、帝国と王国が組み、公国の周辺各国を巻き込み、未然に潰したのだ。
「わ、わかりました。至急伝えます」
「よろしくお願いします。迅速に動いていただければ、私も母国への報告は遅らせます。
そうですね。猶予は2か月でいかがでしょう」
「……承知しました」
ここまで黙っていたルイスが口を開く。
「公国大使閣下も、我がエヴルー“両公爵”家が、どれだけの複雑な立場か、ご存じだろう。
7歳ならば、本気で教育すれば理解できる。
お父上の真似事はその後で良いのでは?
どちらにしろ、公国の方々とのご縁は何重にもなくなりました。
側室である公女へのクレーオス先生の診察も、我が家の好意。
ラウリカ王国国王陛下から依願された本職は、我が妻であるエリザベス殿下の侍医なのです。
辞退してもよろしいが?」
「も、申し訳ございません。
至急、大至急、書状はお届けいたします」
この約束よりも早く、1か月ほどで書状は届いた。
最も警戒していた、タチの悪い婚姻相手は消えてくれた。
これもクレーオス先生と王国大使閣下のお陰だ。
あのカール公子は皇妃陛下のお手配で、帝国騎士団の小姓達が行う訓練に、週に数回、参加することとなった。
しばらくして、『オリヴィア公女に婚約を申し込むためには、ルイス閣下との勝負に勝たなければならないらしい』との噂が広まった。
その間、ルイスは非常にご機嫌で、噂を振られても、『そうなんですよ。実に楽しみです』と決して否定せず、その表情はお父さまにそっくりだった。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
●私ごとですが、本日16日が誕生日で、この日までに、登場人物などを整理して、第4章を始めることを目標にしていました。
無事に達成できて、かつ更新もでき、安心しています。
これからも作者ともども、エリーとルイス、オリヴィアをよろしくお願いいたします(*´ー`*) ゞ
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序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞヽ(´▽`)/
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