小話 11. 私の聖堂
テンプレな“真実の愛”のイジメ疑惑追求から始まった、エリザベスと周囲のお話—
※本日2話目の更新です。
前話『184.悪役令嬢の受洗式』の読み飛ばしにお気をつけください。
ラッセル公爵視点です。
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精神的に追い詰められた方の、デリケートかつ、メリバ(?)に近い描写があります。
閲覧には充分にご注意ください。
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引き続き、ゆるふわ設定。R15は保険です。矛盾はお見逃しください。
【ラッセル公爵視点】
「ほう、これはすばらしい」
王城から退出すると、愛娘が贈ってくれた布地で作った銀灰色の礼装が出来上がってきていた。
早速袖を通すと、昔から我が家に出入りする紳士服専門工房で調製したためもあり、着心地もよい。
その職人も布地はもちろん、この色を褒めていた。
『まるで奥様の髪のようなお色ですな』
鏡の中の自分を見ても、アンジェラの銀髪を思い出す。
この色を再現できたのも、帝国の天使の聖女修道院が保管してくれていたアンジェラの絵画のおかげだろう。
今でも最愛の姿は脳裏に焼きつき離れはしないが、それを再現する画力が私にはなかった。
神の導きに心より感謝する。
グレーは礼装によく用いられる色だ。使い勝手がよく、着回しもできる。
エリーの手紙には、『“月の光を集めたような”と謳われた、お母さまの髪の色にはまだ及びませんが、お気に召していただければ幸いです』とあった。
私には充分と思えるほど懐かしく、また先が楽しみでもある。
アンジェラ存命の時は最愛の色目を、何がしか取り入れた衣服を着ていた。
ポケットチーフは青か銀灰色だった。
しかし妻が天に召されたあと、1年間、いや、もっと長く喪の色の黒だった。
エリーが物心つき始めた頃に、ようやく最愛の色目を身につけられた。
アンジェラにそっくりな愛娘の面立ちは、慰めだけでなく、奮い立たせる勇気さえ与えてくれたのだ。
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今日、王妃陛下からお召しを受けた。約3年ぶりの前回に続いてだ。
そろそろ訪ねる頃合いで、なおかつエリーの出産が耳に入っていても不思議ではない。
側付きの侍女達は総入れ替えとなり、手足はもがれた状態だが、あのおぞましい王妃派は瓦解したとはいえ、“賢妃”と尊敬し慕っていた者も少なからずいるのだ。
その眼は曇っているのか、と問いかけたいが。
先触れを出した上で、王妃陛下の居室を訪ねると、ソファーに座った姿があった。
ぼろぼろだった肌の艶も取り戻しつつあり、まだやつれてはいるものの、ドレスのサイズも合っており、化粧もし身だしなみも整えている。
報告よりも健康を取り戻しつつあるようだ。
臣下らしく礼をとり、略式のあいさつをする。
「王妃陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう恐悦至極に存じます」
「ラッセル宰相閣下も御息災で何よりですわ。
お話があってお越しいただきました。どうぞ」
「失礼いたします」
勧められるまま、ソファーに座ると、紅茶と菓子が供されるが手はつけない。何が入っていてもおかしくはないためだ。
私は微笑みを保ったまま、相手の出方を見る。
「ふふっ、ずいぶん警戒されたものね。まあ、致し方ないでしょうが……。
ご愛妾の出産まで、あとひと月でしょう。
いろいろと用意をしなければ、とご相談にお呼びしましたの」
余裕の微笑みを見せながらの申し出を、私は遠慮なく叩き落とす。
「ご用意はすでに整っております。お手を煩わせることはございません」
私の言葉に戸惑い、眉を寄せる。そうすると、以前より深く眉間の皺が現れる。
まだ回復途上、といったところか。
「それは、どういうことでしょう?
生まれる子は私の養子とする。養育の任に当たれ、と仰っていたではありませんか?」
「はい。前回はそのように申し上げました。
が、王妃陛下が非常に強く拒まれたことを国王陛下にご報告申し上げたところ、『心身に負担をかけてはならぬな』とご判断なさいました。
実際の養育について、ソフィア薔薇妃殿下とメアリー百合妃殿下にご相談申し上げたところ、お二人共に王妃陛下を気遣われ、快く引き受けてくださいました。
なお、養子の手続きは変更なく取らせていただきます」
「え?そんな……。強く拒む、って……」
話の展開についていけず、自分の発言も思い出せないようなので、憐れみの目を向けながら、はっきりと告げる。
「あれほど激しく繰り返していらっしゃったことを、もうお忘れとは……。
やはりまだ心身が思わしくないご様子……。
前回、養子と養育について申し上げたところ、『私が欲しかったのは、アルトゥールとエリーの子ども。それ以外は要らない』と非常に強く主張なさいました。
ただこれは我が国の禁忌にも触れること。
たとえ義兄妹のご関係が解消されましても、このお二人の間にご婚姻はあり得ません。
そちらもお忘れになられるほど、心身の疲労が回復なさっていないことを国王陛下が強くご心配され、かような仕儀となりました」
戸惑いと疑問から一転、王妃陛下は焦りの表情を浮かべる。
「……あ、あれは、つい。決して、本心ではないの。
そんな、だって、今のままでは、王妃ではないわ。
こんな、こんなのって、まるで、名ばかりの王妃ではありませんか?!」
言い募る内に怒りを口にする。
そう、その通りだ、
あなたは王妃であって王妃ではないのだ。
「現在、王妃陛下は療養中でいらっしゃり、最も重要な国王陛下のお渡りのお相手で精いっぱいのご様子。
心身のご回復がなければ、他の務めはご無理でございます」
「お渡りの回数は減らしていただけないの?!
他に、愛妾が、何人もいるんでしょう?!
そうすれば私だって、他の務めを果たせます!」
「かしこまりました。国王陛下にご希望はお伝え申し上げます。
今宵、お返事があるかとは存じますが……」
王妃陛下の顔から血の気が引く。
国王陛下のご寵愛ぶりはどのようなものか想像はつくが、全ては報いが返ってきただけだ。
おそらく、エリーの出産をどこからか耳にし、奪われた王妃の権力を、再びその手に握ろうとしたのだろう。
仕入れた先は護衛についている騎士団あたりだろう。
この王妃陛下のどこがいいのか、さっぱりわからないが支持者はまだ残っているのだ。
リストを精査し、地方に飛ばすとしよう。
「……こんな。情けない。王妃の座なんて……」
王妃陛下の口調が怒りから、嘆きに変わる。
私には全く通用しない。今の国王陛下なら喜んで慰めるだろう。
「おや?これは異なことを仰います。
王妃陛下のご子息、アルトゥール王子殿下が、今は第一王女殿下となられた我が愛娘エリザベスを、『政務だけやらせる名ばかり王妃にしよう』と企まれた際、お止めにならなかったではありませんか?
王妃陛下のお務めの分業制に、ご賛成の立場でございましょう?」
『王妃の務めの分業制』とは、よく言ったものだ。
しかし王妃陛下は狼狽し、言い訳を始める。
墓穴を掘れば掘るほど、抜け出せなくなる身の上を、まだ理解してないようだ。
「ち、違うわ。エリーなら、エリザベスなら、耐えられると、アルトゥールと和解し、すばらしい王太子妃になると……」
ここで私は“慈愛の宰相”の微笑みを浮かべる。
「では、ご自身も耐えてくださいませ。
アルトゥール王子殿下も、エリザベス第一王女殿下に課せられた内容で、帝王“再”教育に励んでいらっしゃいます。
来月にお生まれになる、年の離れた弟君か妹君も受け入れられ、養育の輪に加わられることでしょう。
ご安心し、王妃として最も大切なお役目をなさりながら、療養くださいますよう、臣下としてお願い申し上げます。
それでは失礼いたします」
「え?あ、あぁ……」
王城儀礼通りに美しい礼を行い、王妃の居室を出る。
ドアを閉める際には、ソファーに爪を立て、「いつか、絶対に、会って、みせる……」などと呟いていたが、あれこそ本心でまた立ち直ってくるだろう。
——逃亡防止に部屋の仕様も変え、警護も厳しくするか。
国王陛下は王妃陛下を見捨てることも、追放することも、手放すことも絶対にない。
これは長い付き合いでわかりきっていることだ。
私が亡きアンジェラを今でも乞い慕うように、陛下も王妃を心から愛しているのだ。
以前のように公私混同しなければ、いくらでもご寵愛されればよい。
私が深く傷ついていたアンジェラを何者からも守るために、隔絶した離れに住まわせたように、陛下は自分よりもアンジェラに囚われ続けた王妃を、愛執の檻に閉じ込めようとしている。
いや、檻ではなく、陛下にとっては聖域なのだろう。
——これもまた一つの愛の形なのか。
国王陛下に事の次第を報告し帰邸した私を待っていたのが、愛娘の心尽くしの布で調製された礼装だった。
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試着したまま、我が家のギャラリーにそっと足を踏み入れる。
その一角には、幼児期からデビュタントまでのエリーの絵画と、天使の聖女修道院より譲られたアンジェラの絵画とその模写が並べられていた。
エリーの乳児の頃の絵画を観ると、頼んでいるオリヴィアの絵画が今から楽しみでならない。
1枚1枚、成長を追って観ていき、癒されていった最後は、ルイス殿と共にいる花嫁姿だった。
幸せそうな微笑みに、『これでよかったのだ。これからも護らねば』という想いが込み上げあふれる。
それを受け止めてくれたのは、子ども達から贈られたタッジーマッジーを持って、可憐に微笑むアンジェラの姿だった。
私に心を許し、求婚を受け入れてくれたあと、見せてくれるようになった、愛らしい微笑みを思い起こさせる。
記憶の中から現れる姿は鮮やかで、私の不浄を清め、洗い流してくれる。
「アンジェラ、この礼装はどうだろう。
エリーがアンジェラの美しい髪の色に染めてくれようとしているんだ。
私達の娘は親孝行だろう?」
もちろん返答はない。わかってはいる。
『えぇ、そうね。レーオ。だってエリーですもの』
ベッドの中で、『親バカかしら』とはにかんでいた私の最愛は、この世のどこにもいない。
だが、天に召されたアンジェラの輝ける一瞬を切り取ったこの絵は、その残滓をかき集めた、美しい光だった。
私の心の闇に射しこみ、迷いや悩みを照らしてくれる。
——ここは私の聖堂だ。
どんな嫌なことでさえもぬぐいさり、癒しを与えてくれる。
私はしばし、祈りにも似た想いを我が最愛に捧げる。
「アンジェラ。安らかなる天での眠りが恩寵と共にあるように。おやすみ」
私はベッドで横たわり、小さく手を振ってくれていた最愛を思い出しながら、ギャラリーを静かに後にした。
ご清覧、ありがとうございました。
エリザベスと周囲の今後を書き続けたい、と思った拙作の小話、番外編です。
誤字報告、感謝です。参考にさせていただきます。
★、ブックマーク、いいね、感想などでの応援、ありがとうございます(*´人`*)
前話は、『184.悪役令嬢の受洗式』です。
読み飛ばしにお気をつけください。
●第3章の終了後に「この小話か……」と思われた方々もいらっしゃると思いますが、さまざまな夫婦と愛の形を描きたく、投稿いたしました。
ご不快に思われた方は申し訳ありませんm(_ _)m
●活動報告にも掲載しましたが、第4章の前に、登場人物など整理して臨みたいと思います。
お待たせして恐れ入りますが、どうぞよろしくお願いいたします。
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コミカルなファンタジーを目指した作品を連載中。
精霊王、魔術師とその養娘を中心にしたお話です。
【精霊王とのお約束〜おいそれとは渡せません!】
https://ncode.syosetu.com/n3030jq/
序章後の1話からは、魔法のある日常系(時々波乱?)です。
短めであっさり読めます。
お気軽にどうぞヽ(´▽`)/
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